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「テンデ山の麓に別荘が! では登っ」
「山に入っちゃダメなのだ」
彼らは車でハタタカの別荘に向かっていた。ゲンゴロは毛布をかぶり、後部座席の隅で丸くなっている。
「残念…けど服と下着はとりだしたい! ただでさえ保存状態が心配なのに! 記録を見る限り、カンクロもタラントを大事にしていないし!」
ハタタカは助手席から後ろをのぞいた。毛布は微動だにしない。
「記録によれば、普段のカンクロは安物のトレェ(作業着)を着ていたらしいですが、タラント入れた荷物を背負ったまま、平気でドブで戦ったりオシッ…失礼、キレイじゃない水でで戦ったりした記録が残ってて! 先祖から受け継がれた晴れ着に最悪の環境です! 所詮は殺し屋、服がもつ歴史のことなど、どうでもいいのです!」
毛布は動かなかった。
「あの……違う、と思う、のだ」
ハタタカは、髪が後部座席に行かないように押さえながら振り向いた。
「カンクロは水使いなのだ。水使いは、水か水生石がないと魔物と戦えないのだ。
きっと、どんな水を使ってでも魔物を倒そうとしたのだ…と、思うのだ」
さっき、ゲンゴロが体を潰され吐いた血まで使って戦ったこと、潰されて助かったとまで言ったことに、ハタタカは言葉をなくすほど衝撃を受けた。自分には、そんなこと出来ない。
「勇者になってわかったのだ…人を助けるのって、ものすごく難しくて、ものすごく大変なのだ……だから……大事な服を汚しそうでも頑張るしかなかった……と思う、のだ」
毛布の中身は首を振ったが、二人には伝わらなかった。
ジュアンは勇者の大変さはわからなかったが、真剣な勇者の様子に「そうなんですね…失礼しました」と言って口を閉じた。
思ったことをうまく言えなかった。ハタタカは、あとでちゃんと考えて話そうと思った。
☆
「これだ」
ゲンゴロが、箱をテーブルに置いた。自分を三度も殴った乱暴な男が静かに箱を置いたので、ジュアンは驚いた。
持ち主は蓋を開けなかったので、ジュアンが開けた。紙包も開く。
「……これは……っ‼︎」
色褪せて所々ほつれや破れがあるものの、ジュアンが見た中で一番綺麗に形を残しているタラントだった。若き服飾研究家はその美しさに言葉をなくした。
包紙をテーブルに広げ、その上に服を広げる。襟や袖回りの、持ち主を表す刺繍もかなり残っているのを見て、ジュアンは震えた。
「こんな見事なタラント……どこで⁈」
「爺さんが持ってたもんだ、詳しくは知らねぇ」
持ち主はそっぽを向いて答えた。
「お住まいは北のどちらに?」
「……山だ。名前は知らねぇ」
「山?」
襟回りの刺繍に目をやる。
「ですが出生地を表す襟にあるコレ、山ではなく、高い塔ですね……順に、光る、エールエーデ、高いと……えっ‼︎」
「すまねぇ、やっぱやるの止めら」
下男の出した右手を掴み、ジュアンは襟を凝視した。刺繍の記号が、言葉となって頭に響く。
『サン・エールエーデ・マイヤート・カンクロゥ(エールエーデ灯台でやっと授かった子供)』
汗が、ふき出た。
☆
ジュアンは、カンクロに少し詳しかった。テンデ山発掘を実現するために、論文のテーマにもした。
殺し屋勇者カンクロを描いた絵は何種類もあるが、それぞれ姿が違う。北のイメージを悪くするために描かれたこともあり、みな人相は悪い。サトロ広場の断罪があった後はほぼタラント姿で描かれた。
当時テルテマルテでカルカナデの文化はあまり知られてなかったし、カンクロの写真も不鮮明なため、どんな姿をしていたかは、意外とハッキリしてなかった。
そんな勇者の、描かれたタラントを片っ端から調べた。昔のものだけでなく、今のものも。絵画だけでなく、新聞の風刺絵まで。
写真がある近代においても尚タラントの形や刺繍がいかにいい加減に描かれているか、北の民の文化への理解の歴史、正しい知識と研究の必要性、そして封印されているタラント(と下着)の発掘を訴えたかった。
その中に一枚、タラントの刺繍が『読める』絵があった。テルテ中西部の美術館に残されていた、カンクロと同時代の三流画家の絵。太刀琴という北の古い楽器を携えて、赤いタラントで正装した赤毛の勇者の姿。
襟に描かれていたのは『サン・エールエーデ・マイヤート・カンクロゥ(エールエーデ灯台でやっと授かった子供)』の刺繍。
カンクロは実際、カルカナデ東端の町・エールエーデの生まれで、灯台守の一人息子だった。
「放せよ」
ジュアンは顔を上げた。そして青ざめて手を離した。
この下男ゲンゴロの顔、あの絵に似てないか?
「皆、動くな」
対魔庁の職員が数人、部屋に入ってきた。




