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※吐血注意
暴れたい気持ちの下男が真っ先に飛び出した。ハタタカが続く。
「2号はジュアンさんと車で離れるのだ!」
だがジュアンも勇者の後を追った。タランテラと家主が心配だった。
屋敷の方から人々が逃げてくる。
大窓はガラスが割れていた。
陽が入らぬ部屋の片隅に倒れた家主と、大きな何かがいる。
「サーラ様とタランテラは!」
「バカ危ね」
ゲンゴロがジュアンをつき飛ばす。瞬間、魔物が弾丸のような速さで下男に体当たりした。
「⁈」
ゲンゴロに一瞬目を向けたハタタカは、魔物にテーブルをぶつけられ、窓の外に飛ばされた。
「もうおびえるのはいやだ」
馬くらい大きなノミが嘶いた。
その腹に避雷針が刺さる。
「ハタ…ぐぇ!」
ノミは、猛スピードでゲンゴロにぶつかった。壁と魔物に挟まれた下男は黒い血を吐き、床に崩れ落ちた。
「もうおびえるのはいやだ」
ノミがタランテラを引きちぎる。窓の外でジュアンが悲鳴を上げた。
服の左肩から、小さな何かがコロリ、と落ちた。
☆
「あれは⁈」
「2号!」
屋敷に飛び込みそうになるジュアンを、2号が引き留め、連れていく。
「待って、ガラグデーンの中身! 保存しないと!」
「危ないから離れてて欲しいのだ!」
ハタタカは部屋の中を見た。
ゲンゴロが避雷針を刺してくれたが、魔物の近くで家主サーラが倒れている。ゲンゴロも動かない。
2号はチカラが強いから押さえててくれると思うけど、時間をかけていたら、ジュアンが飛び込んでくるかもしれない。急がなきゃ。
ノミは八つ当たりするようにタランテラを破っていたが、ハタタカに気がついて顔を向けた。
「あっ……⁈」
ノミは、飛ばなかった。
後ろ足の関節に、黒い刃が走り爆発する。追って、前足も切れた。
「直に、打ち込みな」
ゲンゴロが、なんとか起き上がって家主を抱え、部屋を出た。
ハタタカは、タランテラの端切れをなるべく離してから、言われた通りにした。
☆
魔物使いの男は、遠巻きに見ていた野次馬のひとりだった。戦後から村に住む一族で、サーラの家とも長年付き合いがあった。
「言い伝えられていた。共に北から逃げてきた時に、曽祖父が人を殺して金品を奪った、その証をアイツの家が持っていると。アレがある限り、俺ら一族は逆らえない、と……過去に怯えて暮らすのは、もうウンザリだ」
ガラグデーンの話を聞いて、証はあそこだと確信したという。
左肩から出てきたのは、小さな骨と、名入りの指輪。
「なんで急にノミの足が切れたのだ?」
救急車に運ばれる家主を見送りながらハタタカが聞いた。
「言ったろ、何もなきゃ血反吐でもションベンでも、って」
「……さっき吐いた血…⁈」
「ハラワタ潰されて助かったぜ」
「⁈ …………」
絶句するハタタカに、ゲンゴロは薄く笑った。
「ああ…そういや、やったらクチきかねぇんだっけな」
「……⁉︎ あっ、いや」
フラフラと歩み去る下男に、ハタタカは言葉を探しながら後を追った。
☆
「待ってください、タランテラを修復させてください! あとガラグデーンが」
「わかったから! 記録と申請が済んだら持ち主に返すから、その後で……」
「お願いしますよ、汚さないでくださいよ! ああそこの人踏まないで! 変な薬品かけないで! その刺繍糸一本も大事な」
「まず我々に現場の記録をさせてくれ」
「警察は後だ、まずは対魔庁だろ」
ジュアンと警察と対魔庁職員とが言い合ってるせいで、それぞれ作業が進まない。ゲンゴロがジュアンを引っ張った。
「おい、話があんだが」
「いま忙しいんで後にしてください!」
「俺の一張羅いるかぃ?」
「一張羅?」
「タラントだ。少ねぇんだろ、やるよ」
「「えっ‼︎」」
ジュアンだけでなく、ハタタカもビックリした。コッソリ聞く。
「…あげちゃって、いいのだ……?」
古の勇者は薄く笑った
「いいさ。どうせ俺ぁ袖も通せねぇ」
軋む胸の内は、無視した。これでいい。
驚きすぎて固まってたジュアンが一転、叫んで踊ってゲンゴロに抱きついて、また叩かれた。
対魔庁職員に、ジュアンを一旦ハタタカの別荘に連れていくことを伝える。現場は快く彼らを見送って作業に戻った。