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 周囲の人たちは皆逃げていて人的被害こそなかったものの、テレビ撮影は中止になった。ジュアンは家の主人に平謝りして弁償することを約束して、その場で業者に修繕の予約した。

「魔物の被害は対魔庁から補償が出るのだ」

「はい、でもさすがに申し訳ないので……本来なら、コチラのお宅でタランテラを見せて頂くはずでした」

「タランテラ?」

「女のハレの服だ……カルカナデの。ほら、あそこに飾ってあんのが、そうだ」

 ゲンゴロは、開け放たれた大窓の向こうに飾られた衣服に、右手を振った。

『嫌がる割によく知ってるじゃないですか』

 ジュアンは言いかけて飲み込んだ。下男の顔は険しく真っ青だった。

「わぁ……すごいのだ」

 ハタタカは感嘆の声を上げた。

 カンクロのタラントは、赤い生地の襟や袖に刺繍がされていた。しかし窓際に飾られているタランテラは、タラントより丈が長く、服全体にも色とりどりの刺繍やビーズが施されている。

「少しづつ作り直されながら、母から娘に代々受け継がれるものだったそうです。先の戦争時に、多くのタラントが失われましたが」

 下男の肩が僅かに震えた。ジュアンは気付かず、ハタタカに解説を続けた。

「タランテラはその刺繍の美しさから、蒐集家が隠すなどしたので、比較的残っています。それでも、あんなに完全な姿で残ってるのは稀なんですよ!

 ……やっと掴んだ、伝統衣装の素晴らしさを大陸中に伝える機会を、自ら台無しにしたのですから。弁償はケジメです」

 ジュアンは家主にまた頭を下げた。若い女性は「いえいえ」と恐縮している。

「大陸中にか……なら台無しにして、よかったのかもな」

 ゲンゴロはつぶやいた。

「左肩にガラグデーンがあらぁ」

 ジュアンが、すごい速さで下男を見た。



「ガラグ……?」

 首を傾げたハタタカに、ゲンゴロは蒼ざめながらも説明した。

「ガラグデーン。タランテラにだけ使うお守りさ。『悪魔への告げ口』つってな、左肩の飾りの中に、誰かの悪さした証拠とか告白文とかを内緒で仕舞っておくんだ。中身を母娘だけの秘密にしてる限り、ソイツが娘の身を守ってくれる」

「失礼!」

 ジュアンはタランテラに駆け寄り、左肩をつぶさに見た。左肩の刺繍飾りの一つが膨らんでいる。

「ガラグデーン、これが……サーラ様」

 家主が歩み寄った。

「お祖母様からタランテラを受け継いだ時に、ガラグデーンについての伝承はありませんでしたか」

「いえ何も……ただ、祖母は病の床でコレを譲ってくれましたので…もし元気だったら、何か教えてくれたかもしれません」

 若き服飾研究家は、美しい伝統衣装を眺めた。

「であれば……確かに撮影が中止になって、よかったかもしれません。僕はガラグデーンを本でしか知らないので、気が付かずに調べてしまったかもしれない。

 でも中身が秘密な限り、ガラグデーンは今も貴方を守ってくれるはずですから」


 車に乗り込む勇者たちを呼ぶ声がした。

「お待ちください勇者様!」

 ジュアンだ。

「下男のかた、もう少しお話できませんかぁ⁉︎」

 ゲンゴロは毛布にくるまって無視した。

 しかし、走り出した車にぶら下がられて、2号は車を停めた。

「見て欲しいものがあるんです!」



 ジュアンは通信板に、古い布カバンの写真を出した。

 ハタタカは助手席から通信板を覗き込んだ。ゲンゴロは毛布にくるまったままだ。

「僕の母が持っていたものです。この内側に」

 次の画像に変わる。ハタタカの感嘆の声に、ゲンゴロが左目を覗かせた。

「タランテラの刺繍生地が使われています。祖母の母が北から逃げてきた時に、カバンの裏地に加工したそうです。

 旧カルカナデ区の服は、このように一部のみ残されていることが多いです」

 ゲンゴロの左眼が毛布の中に消えた。

「母からこの話を聞いた時、衝撃でした。残そう、伝えようとした強かさに胸を打たれました! 僕もそれに続きたい!」

 毛布の塊は少し小さくなった。

「僕が女であれば、僕がもう少し早く生まれていれば、僕がもっと北の民の血を受け継いでいたら……何もかもが悔しい!」

 ジュアンは、すっかり縮こまった毛布の塊に訴えた。

「北の民は、昔を知る方ほど先祖の文化の話をしたがりません。貴方も苦しいこととは思います、でもどうか僕に、貴方がたの伝統衣装のことを教えてほしい! 国が滅んで百年経とうとしています、いま残さなければ消えてしまう!」

 毛布は口を滑らせた。

「……大層なこと言うけどよぉ…そもそもタラントを着れなくさしたのぁ、ドッ……中の民だろうがよ。オメェらで滅ぼしといて、今さら残せってか。随分と勝手なこと言うじゃねぇか……」

 ジュアンはめげなかった。

「そうです、勝手です! それでも正しく残せれば北の文化の勝ちです!」


 その時。

 ゲンゴロが毛布を跳ね除けると同時に、ハタタカが言った。

「魔物なのだ!」

 屋敷からの、何かが割れる音。そして悲鳴。

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