小話・駐車場の下に
カンクロは、たまに不思議な表情を見せることがある。
ハタタカが聞いても「別に」とか「なんでもねぇ」としか言わない。
百年ぶりのテマリは景色が違うから戸惑っているのではないか、と、擬人3号は推測していたが、ハタタカは納得できずにいた。
古い建物や交差点の一角を見る眼差しは、驚いてるようには見えない時もあったからだ。
「今日は暑いですね。少し休憩しましょう」
1号が、街道沿いの休憩場に車を停めた。
食堂や冷菓屋もあり、大きな駐車場には車がたくさん停まっている。
ハタタカは車をすぐ降りた。けど。
「どうしたのだ?」
カンクロが、車から降りてこない。
道路と、標識と、建物と、その裏の山と、駐車場を見て、またあの表情を浮かべた。
「……ここに昔、来たことあんだ」
「そうなのか⁈ 前にも冷菓屋さんがあったのだ?」
「いや。掘立て小屋に、行く当てのねぇ奴らが立てこもってた」
カンクロは遠くを見ながら話した。
「ここの地主に魔物退治を頼まれてよ。確かに暴れちゃいたが、様子がおかしかった」
魔物は強く、厄介だった。
戦闘中、あばら屋から声がした。子供の声だった。
『まもの、ガンバレー……!』
『おいはらえー……!』
一旦引き、体制を立て直す間に、近隣住民から話を聞いて回った。
「要は、魔物退治にかこつけて、溜まり場の奴らも片付けちまおうってハラさ。結局、俺が魔物使いと戦ってる間に、地主の部下があばら屋ごと焼いちまった。仲間を山側から向かわせたが、間に合わなかった」
「ひどいのだ…なんでそんなことしたのだ?」
「町に勝手に居着いて、毎日魔物出して暴れて、金やら食いもんやら盗まれりゃ、たいがい腹も立つだろうよ」
「……なんで助けようと思ったのだ?」
「身を持ち崩した奴なんざ、あの頃ゴマンといた。一々潰してたら誰もいなくなっちまぁ。そうでなくても俺ぁ散々」
勇者の車の横を人が通ったので、カンクロはその後の言葉を飲み込んだ。
⭐︎
建物の奴らとも会話を試みたが、叶わなかった。彼らにとって、カンクロは地主の手先で、自国に侵入した敵国民だった。
『お前に何がわかる⁈』
『金持ちどもに全てを奪われ、その日の食いもんにも困るおれらの苦しみがわかるか!』
『また追い出されてたまっかよ、ナァーデは北国にすっこんでろ!』
仲間達が山から建物に向かう間、魔物と男達をひとりで相手した。
『俺ぁ何も知らねぇ。だが、オメェらがこれからどうなるかはわかる…もう謝って済むこっちゃねぇぞ。女子供だけでも逃してやんな』
だが結局、誰も逃がせなかった。
「俺ぁ…殺すなぁ得意だが、救うなぁてんで下手で困らぁ……」
カンクロはそれきり黙った。
ハタタカは足元を見た。カンクロの言う争いの痕跡は、何もない。3号も何も言わなかった。記録も残ってないのだろう。
古の勇者は、十手を振り旧語で何か祈りの言葉を唱えてから、車を降りた。
休憩所の中は涼しかったし、ご当地冷菓も飲み物も美味しかった。他にも色んなお土産が売ってたし、いろんなものを食べることができた。大人も子供も沢山いて、賑やかだった。
とてもいいところだった。
夜、ハタタカは夢を見た。
建物が燃えていた。中には、泣いてる子供たちと、子供を守る大人たちがいた。
「こっちなのだ!」
ハタタカは、裏山にみんなを誘導していった。
登りきったところは、現代の駐車場だった。
「悪いことしちゃダメなのだ」
「はい。ごめんなさい、もうしません」
みんなで冷菓を食べた。楽しかった。
麓から誰かが来る。
長い赤毛がなびく。勇者の頃のカンクロだった。
悲しそうに笑い、何か言ったが、聞こえない。
そこで目が覚めた。
朝、カンクロに夢の話をしたら、彼は夢と同じ顔をした。
「そうかぃ……みんなを助けてくれてありがとうな、勇者様」
夢のカンクロも同じことを言ったのかな、ハタタカは思った。
(了)




