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 勇者様の車は、昼休みに来た。

 外で遊んでいた一部の子供たちが、歓声を上げて車に寄って行った。

 監視役のアクアも猛ダッシュした。

「勇者様、勇者様!」

「ダメよ!」

 園児がハタタカに触れかけた手を、強く掴んで引き離す。途端に場がシン…となった。

「あ…」

 訳も分からず怒鳴られ引き離された子供が、目に涙を浮かべたその時。

 無骨な手が園児に伸びた。涙を飛ばし、手を振ると。

「うわああ‼︎」

 沢山のシャボン玉が、まるで花の綿毛が飛ぶように舞い上がる。園児たちの歓声も上がった。

 くだんの園児も涙を引っ込め、皆と一緒にシャボン玉を追って教堂の入り口へと向かっていく。


「へへ…洗剤、残ってて助かった」

 白髪の男が、小さなボトルをくるりと回した。

「ありがとう女史さま、子供が私に触れたら危なかったのだ…」

 勇者は笑顔で礼を言った。



 女性師長は頭を下げた。

「機械の不調で申し訳ありません、勇者の印、この目で確認いたしました」

 ハタタカは服の前を合わせた。ハタタカは検分を求められるのが苦手だった。今は機械で服の上から印を確認できるはずが、雷の力が強いハタタカは機械の不調が多い。


 テマリ大陸には『魔王の呪い』がある。


 大陸には、十年前後おきに『魔王のカケラ』が降り注ぐ。カケラを取り除かずにいると、心の闇を食って育ち『魔物使い』になってしまう。

 そして、カケラを受けたもののうち、ひとりが魔物使いを解放できる『不死身の勇者』に、ひとりが大陸を破滅に導く『不死身の魔王』になる。お互いのカケラが呪いを解くカギになる。

 勇者になると、カケラを受けた所が黒い穴になる。それが、勇者の印。

 ハタタカは、胸の真ん中に穴があった。


「勇者様、検分終わったかぃ」

 白髪の男が師長室に入ってきた。先程「下男のゲンゴロ」と紹介されたその男を、師長とアクア助手は訝しげに見た。

 勇者様は雷の力が強い。強すぎて、下手に触ると感電してしまう。

 テマリ大陸では、その髪の長さが術力の強さになる。若くして腰近くまである長い黒髪が、ハタタカの雷の強さを証明していた。

 だからこそ、従者に擬人を連れている。人間では危ないのだ。訓練を受けた長髪術兵ですら何人も怪我をした、と聞いている。

 それなのに下男は短髪で、しかも雷と相性が悪い水使いだと言うではないか。なぜ?

 空気を察したハタタカが言った。

「ゲンゴロは、山で拾ったのだ」

「山で…⁈」

「ウッカリ熊に会っちまってよぉ」

 男が口を開いた。訛りが強い。

「勇者様が助けてくれた。街ぁ苦手だけど、俺ぁ恩を返してぇ。だから、山も、名前も、全部捨てた」

 グッ、と拳を作る。

「体力だけが取り柄さぁ」



 男は実際、体力があった。


 勇者様が師長から話を聞く間、今日泊まる部屋に、荷物をあっという間に運び終えた。

 ちょうど配送が来たので、物品の運び入れも手伝ってもらうと、こちらもあっという間に終わってしまった。腰にきていた爺さまがたと数少ない若者のアクアは大層助かった。

「ありがとうございます、ゲンゴロ様」

「様ぁやめてくれ、ただの幽霊さぁ」

 見知らぬ人間を興味津々で見ていた子供のひとりが、恐る恐る聞いた。

「げ…ゲンゴロ…なの…?」

 男は薄く笑い、作り声で言った。

「『そうだよ、きみは幽霊初めて見るの?』」

 子供達は目を丸くしたが、ジンワリと笑顔が広がり「『うん、はじめて!』」と歓声を上げた。

 アクアも目を丸くした。

 今のやり取りは『タガミンとゲンゴロ』という人気児童書シリーズの一節だ。子供たちにせがまれて何度読み聞かせただろう。アニメ版を何度再生しただろう。ドジっ子だけど優しく勇気ある少年・タガミンと、記憶喪失の幽霊・ゲンゴロとの冒険譚だ。

 下男が言った。

「勇者様に散々見せられて覚えちまったけど、毎度すんげぇウケるな、これ。…おっと」

 下男は、突進してきた園児を軽くかわして言った。

「『ごめんね、幽霊だから触れないんだよ』」

 彼はセリフのモノマネをしただけだったが、園児達にとってそれは、新しい遊びを始める合図だった。


 ハタタカと擬人1号が師長室を出ると、下男が次々と飛びかかる園児を器用にかわしながら廊下を移動してきた。

「あっ勇者様、助けてくれよ!」

「…私も混ざりたいのだ…」

「えっ⁈ 待っうわ」

 ムクれた主人に慌てた幽霊は、園児達に足を掴まれてひっくり返った。

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