(下)(終)
下町酒場『キジバト』亭。
居酒屋に本来は入れない未成年のハタタカだったが、話を聞くために特別に入場させてもらっていた。カンクロもマントで顔を隠し気味にして同行した。
「すみませんのだ、最近酒場を荒らす魔物のことを聞きにきましたのだ、見たって人がいたら、教えて欲しいのだ」
ハタタカが大きな声でお願いをした。
一拍あいて、どっと爆笑がおこった。
「すみませんのだー!」
「教えてほしいのだー! 勇者様、貴族言葉がお上手でちゅねー」
酔っ払いたちが一斉に、笑いながらハタタカの舌足らずな貴族言葉をからかいだした。若き勇者は真っ赤になって下を向いた。
「酔っ払いの戯言だ、気にすんな」
下男は勇者に声をかけてから、店内の客たちに声を張った。
「おい、お前らの楽園を守りてぇなら、ちょっとばかり酔いを覚まして協力しろや。昨日…」
「ああ? 見ねぇ顔だな、なにもんだぁ? ナァーデが命令すんな…ぶっ!」
電光石火。
酔っ払いの顔面に、ゲンゴロは拳を叩きつけた。顔を隠してたマントを振り払う。
「覚悟はいいな、くそドッデ」
酒場は、魔物が出てないのに荒れた。
元殺し屋カンクロは強かった。
襲いくる酔っ払い達や飛んでくるグラスや皿をよけ、飛びくる火球や小さな電撃をその辺の酒や水や食器であしらう。そんな中でも、北の民を侮辱する発言をした者にはキッチリ一撃をぶち込み倒していった。
急展開にしばらくポカンとしていたハタタカも、やっとコレは良くないと気がついた。慌てて倒れた人達の元へ駆け寄る。みんな生きてる。安心した。
また例の言葉が飛び交い、ハタタカの頭の上をグラスが飛んだ。カンクロはグラスを叩き落として、中身を投げた奴の顔面に叩きつける。
ハタタカは、まず知ってる人から止めることにした。
「カ……ゲンゴロ! 暴れるのはやめるのだ!」
ハタタカの言葉を笑う人はいなかったが、暴れるのをやめる人もいなかった。
ただ、下男は主人に返事はした。
「北の民をコケにされて、黙ってるわけにゃいかねぇだろ!」
「盗人民族ナァーデにゃコケがお似合いだろうが!」
野次った奴は即一撃くらって倒れた。
「ごみどもめ」
酒場にシレッと現れた巨大アリだったが、何かする前にカンクロが顎を十手で叩き割り、ハタタカが電撃でトドメを刺した。
酒場の外にいた身なりのいい中年男性に、ごく小さい電撃を当てて気絶させる。魔王のカケラが壊れて終了。魔物退治の最速記録だ。
酒場はまだ大騒ぎだった。どさくさに紛れて、ゲンゴロと関係なく勝手に喧嘩してる人達も酒場から出てくる。
ハタタカは頑張って、対魔庁と警察に連絡した。
ハタタカは足をプラプラさせた。
「……やっぱり、暴力はよくないのだ」
「んなこたわかってら。他にいい方法があるなら、そっち使わぁ」
ちゃんと話せば……と言いかけてハタタカは口を閉じた。彼女自身、ついさっき笑われたとき、何も言わなかった。なんと言ったらいいかもわからなかった。
また足をプラプラさせた。困った。
ぐう。
若き勇者のお腹が鳴った。古の勇者は笑って言った。
「腹減ってんなら食えよ」
「で、でもコレは、ゲンゴロにあげるために持ってきたものなのだ。お腹減ったから返して、は良くないのだ」
「頑固なこって」
下男はハンタンを恭しく持ち、少しだけちぎって残りを主に渡した。
「どうぞ、勇者様」
「でも」
「俺が自分のもんをあげた。問題ねぇだろ」
「……ありがとうなのだ!」
今度はハタタカが、ハンタンを半分こした。
カンクロの「せめて小さい方をよこせ」という要求が通るまで、少し時間がかかった。
勇者ふたりが平和なことを物陰から確認して、擬人3号はその場を離れた。
『いつもああでいてほしいものだ』
3号はため息をつきたかったが、あいにくそんな機能はついてなかった。
(了)