5(終)
カンクロが目覚めると、次の日の昼を過ぎていた。
起き抜けに、4号が駆けつけた。ハタタカが楽しそうに後からついてくる。
「おはようなのだ!」
「……おはようさん」
「両腕あげて!」
ボンヤリした頭で4号の言われた通りにすると、紙でできた服を着せられた。
「……なんでぇこりゃ」
「服の試作。そのまま立って」
4号はテキパキと紙に書き込んだり長さを調整したりしている。
右胸に留め具が描いてあるのを見て、カンクロは顔色を変えた。
「おいコレ」
「右胸のは留め具に見せかけた、ただの飾り。今あんたが着たとおり、これは貫頭衣。合わせはないし、北も中央もない。でも、あんたは右になんかあると安心するんだろ? 面倒な人間だよ」
驚いた。
ブローチをつけた時に涙ぐんだことがバレてた事だけでなく。
テルテマルテで、しかも擬人というよくわからないモノに、自分への対応として滅多ないほど慮られたことに、カンクロは言葉をなくした。
ハタタカと目が合う。少女はニッコリした。
「4号はすごいのだ!」
「……そうだな」
正直に答えた。
⭐︎
「顔洗ったら台所においで」
紙の服を脱がせて、4号は部屋を出た。これから食事とお菓子の支度がある。
カンクロは頭が働くようになってきた。
「耐雷服が半袖だぁ…?」
「あっそうなのだ、今の耐雷服は、百年前の顔も見えない服よりずっと軽くて楽なのだ! この服もそうなのだーカワイイのだー」
「へぇ」
古の勇者は左目を若き勇者に向けた。ご丁寧に、クルクル回って服を余さず見せてくれている。
「ガキ……名前、なんだっけ」
「ハタタカなのだ」
「ん……ハタタカ、オメェ俺ぁ怖かねぇのか」
ハタタカはちょっと考えた。
「あんまり怖くないのだ」
「おいおい、敵国の殺し屋が家にあがってんだぞ。ちったぁ怖がらねぇか」
不死身の悪党の封印を解き平気で近づいて話しかけるガキに、それを止めない上に厚遇する従僕達。
『今ぁ、随分と平和なんだな』
カンクロは呆れながら、ハタタカを部屋から追い出した。
みんな、ハタタカを怖がった。
雷の力が怖くて、遠巻きにビクビクと話す人もいる。ハタタカ自身、雷の力で人を傷つけるのが怖かった。
なのに。
近寄ってもハタタカを怖がらず、質問しても普通に返事をしてくれる。親にもされたことがない。
だから、カンクロを怖がれと言われて、ハタタカはビックリした。
『面倒な人間』
さっき4号が言った言葉はこういうことなのか、とハタタカは少し思った。
そして、ちょっとだけ…面白い、と思った。
⭐︎
服が増えている。合わせがないので、カンクロは着ることができた。青い石のブローチを右襟につけると、自然と背筋が伸びる。
服の横に箱があった。
蓋を開けると、紙に包まれたタラントが、丁寧に折り畳まれて入っていた。
そっと蓋を閉め、少し泣いた。
初日に風呂に放り込まれたから洗面所の場所は覚えていたが、道中誰とも会わなかった。子供とお供4人で住むにはデカい家だ。
顔を洗ってから、カンクロは手拭きを左肩にかけてみた。なんともない。ブローチもつけてみた。なんともない。
『着らんねぇ癖に捨てらんねぇたぁ、厄介なもんだ』
鏡に向かって苦笑した。
台所を探すのは少し手間取った。
ハタタカに抱きつかれたまま器用に働いている4号に、カンクロは声をかけた。
「なぁ……左肩にも、飾りつけられっかぃ?」
「時間かかるけど、できるよ。なんだい、その服にまだ飾りが欲しいのかい?」
「コレにゃ要らねぇ。でもさっきの耐雷服にゃ付けてくれや」
「本当、面倒な人間だねぇ!」
「面倒な人間なのだ!」
ハタタカの笑顔に、カンクロも少しつられた。
『面倒な人間……か』
人間扱いされたのは、いつ以来だろう。
カルカナデのタラントは、左肩に魔除けをつけたりマントなどで左肩を隠す。カルカナデの信仰では、悪魔は左から来るとされていたからだ。カンクロも昔から、左肩を隠して魔除けを付けていた。
悪魔を恐れて、ではない。自分の失敗で周りが不幸になるのを恐れた故だ。
カンクロは、昔からテルテマルテが嫌いだった。この国のために働きたくはなかった。
だが、このお人好しで、下手すりゃ誰かに利用されてそうなテルテマルテの勇者ハタタカ一行が、自分を起こしたせいで苦境に陥ったら。
見捨てることは、到底できない。
そう、思い始めていた。
(了)