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カンクロは目を覚ました。
また気を失っていたらしい。部屋の真ん中で伸びていた。ゆっくり起き上がる。
腰まであった髪を一気に剃られた影響で、まだ時々意識が朦朧とする。だが、封印を解かれたら、大人になってからは伸びないはずの髪や髭が、少し伸びていた。色こそ白いが、幾らか術の力も確かに戻っている。少しずつ頭もハッキリしてくるだろう。
カンクロは、床に並べたふた揃いの服を見た。
故郷カルカナデが滅んだことは彼にとって甚大なショックだったが、いつまでも嘆いているわけにはいかなかった。
『なぜ、俺を起こした……?』
今の勇者……ものこそ知らないが、決してバカではないガキ……は、勇者の仕事の協力を請うた。
だが、アイツは子供で、俺は殺し屋だ。
頼むか? 親は、大人は何をしている?
今は、わけのわからん機械や人造人間なんて代物がある便利な世の中らしいが、そんな中でわざわざ百年前の敵国の前科者を頼るのは何故だ?
それとも…ガキを唆して俺を起こさせた奴がいるのか?
『また利用されるなぁ、ゴメンだ』
それが、何も知らない子供を利用するような輩なら尚のこと。
いざという時のために、すぐ動けるようにしておく必要がある。
だが。
目の前にある、ふた揃いの服。ハタタカ達が用意してくれたものだ。
片方は、テルテマルテの中央合わせの服。
もう片方は、北部特有の右側合わせの服。
今、カンクロは服を着る事すらできずにいた。
それが救いになると請われて、また自分もそう信じて、手を汚し続けてきた。
だが結局、そんな自分と愛する故郷を利用され、カルカナデは滅んだという。今更、どのツラさげて故郷の服を着られようか。
かと言って、故郷を滅ぼした国・テルテマルテの服を着るのも躊躇われた。この上なお故郷を裏切れというのか。なんのために? 死んで詫びることすらできない人間に。
『…俺ぁ、どうすりゃ…』
運命を司る三叉路の神に祈る。いつまでも行先は見えなかった。
⭐︎
「入ってもいいのだー?」
ドアの向こうからハタタカが声をかけた時、カンクロはまだ下着姿だった。慌てて寝台の毛布を巻いて出る。
ハタタカだけではなかった。
仲間だという擬人…封印の地に来ていた1号と2号、タラントを洗ってくれた4号…がいた。
「こういう服は着れるか?」
ハタタカの問いかけに合わせて、後ろの3体が妙ちきりんなポーズをした。いま人気の子供番組でやってるものだが、百年前の勇者には通じない。ただ、ポーズのおかげでどんな服かはよくわかった。
擬人たちは、体にピッタリした、ボタンも合わせも刺繍も飾りもない、でも明らかに下着とは違う上下を着ていた。
「…見たことねぇ服だな…」
「伸び縮みする貫頭衣・トートーとゴム帯ズボンのメリなのだ。自分で好きな飾りをつけれるし、他の服とも組み合わせできるのだ」
地味で素っ気なく安い服をハタタカは上手に紹介した。
「……へぇ……」
カンクロは胡乱な返事をした。そんな返事しかできなかった。
先に渡された服も、ボタンの付け方や合わせに様式があるものの、昔とは違うデザインだった。金持ちの服はこういうものなんだろう、そう思っていた。
だがコレは、国の様式がまるでない。こんなモノまであるのか。
出された服を受け取る。
はじめての手触りだった。
小さな勇者の、古の勇者を見つめる眼差しは笑ってなかったが、昔の人々のような侮蔑や憎悪もなかった。
『コレなら着てくれるだろうか』
ただ、それだけの眼差し。
カンクロは、百年という時の流れを肌で感じはじめた。