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『理由がわかるなら、あの野蛮人にさっさと服を着せておくれ』
『簡単じゃないぞ』
『愚痴は結構。何のための頭脳だい』
蒸し器にカップを並べながら、内緒の通信で擬人4号は同僚の3号を叱り飛ばした。
ハタタカは十歳にして強力な力を持っていた。雷を発し落とす能力である。長く豊かな黒髪が、その力の強大さを物語っていた。
だがそのため、人間と触れ合うことはできなかった。相手が感電してしまうからだ。彼女の母も娘の雷で今も床に伏している。
擬人……科学の粋を集めて作られた人造人間……は、そんなハタタカの世話をするため集められた、彼女のための仲間だった。
従僕の1号。力仕事の2号。家庭教師の3号。家政士の4号。
皆がハタタカを慕っていた。
だからこそ、百年前の殺し屋勇者を仲間にすることは擬人達にとっても大事件だった。
4号の思考回路は怒りに満ちていた。
小汚い姿で現れ(百年封印されてたから、これは仕方がない)。
小汚い服を捨てるのを許さず(3号から伝統衣装と聞いたので一応許して洗ってやった)。
下着姿で別荘内を歩き回り(許せない。ハタタカ様に失礼極まりない)。
ハタタカ様を悩ませている(これが一番許せない)‼︎
いつものハタタカ様なら、蒸し菓子の生地を混ぜる音を聞くだけで笑顔になってくれる。だが今日は、蒸し器からいい香りが漂ってきても暗く沈んだお顔のままだ。
なんたる一大事! あんな男のせいで!
更なる怒りを無理矢理引っ込めて、4号は飲み物を用意し始めた。最高の家政士として、怒りで味を濁らせるわけにはいかない。
「ハタタカ様、おやつができましたよ」
⭐︎
大好きな蒸し菓子の匂いがしてきても、ハタタカの気持ちは晴れなかった。
約百年前、テルテマルテの王がみんなの前でカンクロの髪を剃り落とさせた『サトロ広場の断罪』のことを、さっき家庭教師ロボット3号から聞いたのだ。
「王様はなんでそんなことさせたのだ?」
「カルカナデを『倒すべき悪』と印象付けるのに、カンクロ様は適任でした。国黙認の殺し屋が勇者として大陸中を歩き回っていたのですから。そういう人間を皆の前で裁くことで、北の野蛮人を倒すテルテマルテの正しさをアピールできます」
野蛮人。
3号は当時の言いようを再現しただけだったが、ハタタカはカンクロを、ただの殺し屋と少し違う印象を持ち始めたところだったので、3号がそう言ったことにショックを受けた。
「カンクロ様は、カルカナデの伝統衣装を着た姿で広場に晒されました。北の服を着ることで、またあの時のように、悪の象徴として利用されるのを恐れているのではないでしょうか」
「そんなことしないのだ、好きな服を着たらいいのだ」
「ハタタカ様はテルテマルテの民。彼にとっては敵国の人間です。言葉だけでは信用されないでしょう」
「でも私は、北の人たちをいじめてないのだ!」
「百年前は戦ってたのです」
「……」
百年前の敵国人の信用を得る。
大人でも難しい課題に、十歳の勇者は頭を悩ませていた。
「ハタタカ様、おやつができましたよ」
声をかけても少女はうつむいたまま。4号の怒りが再燃した。
そして勢いよくお盆を動かして、お茶をエプロンにこぼした。
「あっ! 大丈夫か4号!」
ハタタカが駆け寄る。やはり我らがあるじ、擬人にも優しい。
「大丈夫ですハタタカ様、ほら」
4号は濡れたエプロンをめくり、服までは濡れていないところを見せた。
「あっ! そうだコレだ!」
ハタタカは、4号に抱きついた。