挿話・勇者の服は 1
※カンクロが、封印を解かれてから間もない頃の話
※下着姿注意
百年前の勇者カンクロは、洗面台の前に立っていた。
勇者、といっても、たまたま勇者の印を受けてしまった殺し屋である。魔王を倒した後も不死身の呪いが解けず、先日まで封印されていたのだ。
白い髪も髭もボサボサで、下着姿に裸足の若い男。いまや勇者にも殺し屋にも見えない。
「その服、そんなに大事なものなのか?」
彼の封印を解いた現代の勇者ハタタカが駆け寄って聞いた。
勇者、といっても、たまたま勇者の印を受けてしまった10歳の少女である。百歳以上としの離れた殺し屋に怯えもせず、興味津々で洗面台を覗き込んだ。
洗濯水につけ置き洗いしてある、色褪せた服がそこにあった。封印を解かれた時に、カンクロが着ていたものだ。
「……おめぇらにゃあ、わからねぇよ」
ハタタカは幼くて、間伸びした北部訛りにも北部諸国が受けた迫害の歴史にも馴染みがなかった。なので、素直に思ったことを言った。
「そうか、わからないのか。残念なのだ……」
嫌味を素直で返されてカンクロは赤面した。もっとも、ハタタカがいる右側の彼の顔は、勇者の印が黒く穿たれていて、顔色など変わりはしない。
「見えるか。襟や袖口、裾のところ」
「あっ」
見れば、ボロボロの囚人服に似つかわしくない刺繍が施されている。
「俺の一族の模様だ」
「一族…?」
「家ごとに模様が決まってんだ」
「…ふぅん。昔の囚人服は作りが丁寧なのだな」
「タラント」
「?」
「タラントだ。っても、わかりゃしねぇよなぁ…」
確かに、ハタタカにはわからなかった。
これが囚人服ではなく、彼の祖国であるカルカナデ伝統のハレの衣装であることを。
彼の親は家と共に焼けてしまったため、地元の人が復元してくれた、大事な一着だったことを。
カンクロが大国テルテマルテに引き渡された時、敢えてタラントを着せられ、大衆の前に晒されたことを。
それがタラントを着るカルカナデの印象を悪くさせ、北部諸国の迫害を一層促進させたことを。
「大事で……大事すぎて、俺ァもう、袖を通す資格すらねぇ……これ以上汚せねえ……」
ハタタカにはわかった。
カンクロの声が震えていることを。
声だけでなく肩も、握りすぎて白くなってる拳も震えていることを。
ハタタカ達が用意した服も着てくれず、下着姿でうろつかれて正直困っていたが、彼なりの理由があることを。
なので、正直な気持ちを言った。
「わかるようになりたいのだ…」
カンクロは残った左眼で、初めてちゃんとハタタカを見た。
そして、敵国テルテマルテの裕福でバカなガキと舐めてかかった自分を恥じた。
「オメェ…お前、は『本物の勇者』なんだな」
「えっ⁈ そ、そうだぞ! 信じてなかったのか⁈」
「偉いや」
「? あ、ありがとうなの、だ…?」
「俺たぁ違わぁ…」
ため息のように吐き出された北部訛りは、ハタタカには難しすぎた。