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※子供の負傷注意
地下道への入り口は確かにあったが、しっかり塞がっていた。入れない。
『ハタタカ様、こちらに』
3号の声が教室から呼びかけた。
『この棚、動かせるようです。2号、お願いします』
2号が棚を動かす。
下の床が蓋になっていた。開けると穴がある。警官が中に入った。
ハタタカが杖に雷を込めて、中を照らす。
穴の底に小さな足が見えた。
ゲンゴロと1号が初等学舎に着いた時、件の子供が担架に乗せられるところだった。蛾の魂が子供に入っていく。耳までの金髪…炎使いだ。
「ハタタカ、カケラは」
「私では壊せないのだ…弱っててケガもしてるから、雷の力は流せないのだ…」
ゲンゴロは担架の子供を見、そのまま見送った。
「……そうだな」
ハタタカがゲンゴロの服の裾を強く引っ張ったので、下男は屈んで聞いた。
「んだよ」
「…あの子供、助からないのか……?」
「⁈」
若き勇者は声を震わせた。
「ゲンゴロの…水の力なら、カケラも、やさしく壊せるのに…壊す必要がない…のか……?」
見透かされて下男は心中狼狽した。胸の内で己に毒付きながら、若き勇者に語りかける。
「いや。今の俺ぁただの下男だ。手負のガキに触る理由がねぇ。それに、助かるかどうかの道を知ってるなぁ神様だけさ。俺にゃそんなこと、わからねぇよ」
ゲンゴロは2号を手招きして、泣きだしそうな主人を預けた。ハタタカを抱きしめることができるのは擬人たちだけなのだ。
『柄じゃねぇし資格もねぇが……使わせてもらうぜ』
あの子供のために。若き勇者のために。
故郷の教導師のように。
ゲンゴロは救急車が走り去った方角に、十手を振り、掲げて、三叉路の神に訴えた。
「ノ・カルカ・オン、ヒノ・チイ・マー・ケン・オン(三叉路の神よ、彼の道行を見守り給え)。」
北部旧教の言葉や仕草は、ハタタカにはわからなかった。
ただ、下男があの子供のために祈った、ということは理解した。
☆
「どうしたのだ、それ?」
ハタタカは十手を指差した。
「ああ…落ちた教堂の師長さまに貰ったんだけどよ…」
1号が聞いた。
「落ちた教堂というのは、先程お会いしたところの近く…マールン5区教堂ですか?」
「たぶんそうだ。名前は聞いてねぇ。戦後作った回廊型教堂で、中庭に小部屋があるとこだ」
『それはおかしい』
3号の声が否定した。
『マールン5区教堂は、昨日蛾が燃やした。ひとり住んでいた教導師長も犠牲になっている』
マールン5区教堂は、確かに焼けていた。
警察に許可を取り、中に入った。中庭の小部屋の屋根には穴が開いていたが、瓦礫は外に出してある。部屋の一角に、焼けていない木の枝が置いてあった。
「……どうなってやがる…」
「昨日、隣のアパートに蛾が落ちてきて」
同行した警官が話してくれた。
「ヒカリ師長は強い炎使いでしたので、人々が避難して消防車が来るまでの間、炎と蛾を誘導してくれたのです。ですが、蛾が中庭に落ちて…師長様が、赤毛隊が来るまで回廊の中に炎を閉じ込めてくださいましたが、師長様もそれで…」
「…そうかぃ。これからここはどうなるんだぃ?」
「師長様はおひとりでここを守っておられました。引き継ぐ者がおりませんので、残念ですが…近く取り壊すことになるかと思います」
「…そうかい」
十手を見る。大事に保管されていたのだろう、汚れひとつない。焼けた跡もなかった。
「なぁ、これ師長様にもらったんだけど…」
「古い飾十手ですか。師長様、気前いいんですよね、私もよく巡回の時お菓子もらいましたよ。形見と思って、大事にしてあげて下さい」
警官はしみじみ言って俯いた。
『ご丁寧にありがとうねぇ、なんとか託せて、本当によかったぁ』
これが導きだというのなら。
これでよかったと言うのなら。
重みを増した十手を振り、掲げ、ゲンゴロはまず新語で、そして震えながら旧語で、師長に丁寧な祈りを捧げた。
☆
例の子供が一命を取り留めた、という医師からの連絡に、誰よりもゲンゴロが驚いた。
「助かったのか」
『はい』
「よかったのだ…」
若き勇者は安堵の表情を見せた。
面会こそできないが、魔王のカケラも無事取り出せたので、今まで回収したカケラも合わせて壊しに来てほしい。病院職員は必要事項のみ伝えて電話を切った。
電話を切った後、ハタタカは表情を曇らせた。
「入り口が棚で蓋してあったから、誰か、穴を閉じた人がいるって、警官の人が言ってたのだ…ひどいことするのだ…」
「…そうなんか…ヒデェことしやがる」
明らかに転げ落ちてじゃ出来ないケガをしていた。ゲンゴロはもう少しひどい内容を具体的に推理していたが、今度は綺麗に隠した。
ここから先は『勇者』は立ち入れない。警察か、依頼を受けた殺し屋の仕事だ。
「こちらです。近隣の分も、当院の金庫で預かっていました」
「ありがとうございますのだ」
容器内でカケラを全て灰にして、ハタタカ達は病院を出た。すれ違う病人や怪我人達を、ゲンゴロはずっと不思議そうに見ていた。
「今ぁ、助かるんだな…」
車内でゲンゴロは呟いた。
寝たきりの老婆も、穴に落ちた子供も、カルカナデなら助からなかった。なんなら、死なせてやってくれと頼まれるような者達だった。でも彼らは助かった。今は助かるだけの知識や技術や施設や仕組みがある。
カンクロは、百年前でも助けられたのではと考えるほど短絡的ではなかったし、素直に「助かる人が増えた」と喜ぶには手を汚しすぎていた。
それでも。
ここは百年以上未来の敵国で、助かったのも敵国の人間で、故郷の国は滅ぼされ、もうない。
それでも。
今でも簡単に助かるわけじゃないことは、泣きついた女やしくじったという師長が証明している。あの子供はこれから教堂を焼いた罪に問われるだろう。あの子供を襲って地下に閉じ込めた奴が、報いを受けるかどうかもわからないのに。
それでも。
ハタタカはゲンゴロを見た。
小声すぎてよく聞こえなかったが「助かる」という言葉はわかった。
「うん、本当によかったのだ。ゲンゴロのお祈りが届いたのだ」
「…そいつぁどうかね」
偉大な勇者に気を遣わせた下男は苦く笑った。
(了)
※あとちょっとだけ続きます