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5

※子供の負傷注意

 地下道への入り口は確かにあったが、しっかり塞がっていた。入れない。

『ハタタカ様、こちらに』

 3号の声が教室から呼びかけた。

『この棚、動かせるようです。2号、お願いします』

 2号が棚を動かす。

 下の床が蓋になっていた。開けると穴がある。警官が中に入った。

 ハタタカが杖に雷を込めて、中を照らす。

 穴の底に小さな足が見えた。


 ゲンゴロと1号が初等学舎に着いた時、件の子供が担架に乗せられるところだった。蛾の魂が子供に入っていく。耳までの金髪…炎使いだ。

「ハタタカ、カケラは」

「私では壊せないのだ…弱っててケガもしてるから、雷の力は流せないのだ…」

 ゲンゴロは担架の子供を見、そのまま見送った。

「……そうだな」

 ハタタカがゲンゴロの服の裾を強く引っ張ったので、下男は屈んで聞いた。

「んだよ」

「…あの子供、助からないのか……?」

「⁈」

 若き勇者は声を震わせた。

「ゲンゴロの…水の力なら、カケラも、やさしく壊せるのに…壊す必要がない…のか……?」

 見透かされて下男は心中狼狽した。胸の内で己に毒付きながら、若き勇者に語りかける。

「いや。今の俺ぁただの下男だ。手負のガキに触る理由がねぇ。それに、助かるかどうかの道を知ってるなぁ神様だけさ。俺にゃそんなこと、わからねぇよ」

 ゲンゴロは2号を手招きして、泣きだしそうな主人を預けた。ハタタカを抱きしめることができるのは擬人たちだけなのだ。

『柄じゃねぇし資格もねぇが……使わせてもらうぜ』

 あの子供のために。若き勇者のために。

 故郷の教導師のように。

 ゲンゴロは救急車が走り去った方角に、十手を振り、掲げて、三叉路の神に訴えた。

「ノ・カルカ・オン、ヒノ・チイ・マー・ケン・オン(三叉路の神よ、の道行を見守り給え)。」

 北部旧教の言葉や仕草は、ハタタカにはわからなかった。

 ただ、下男があの子供のために祈った、ということは理解した。



「どうしたのだ、それ?」

 ハタタカは十手を指差した。

「ああ…落ちた教堂の師長さまに貰ったんだけどよ…」

 1号が聞いた。

「落ちた教堂というのは、先程お会いしたところの近く…マールン5区教堂ですか?」

「たぶんそうだ。名前は聞いてねぇ。戦後作った回廊型教堂で、中庭に小部屋があるとこだ」

『それはおかしい』

 3号の声が否定した。

『マールン5区教堂は、昨日蛾が燃やした。ひとり住んでいた教導師長も犠牲になっている』


 マールン5区教堂は、確かに焼けていた。

 警察に許可を取り、中に入った。中庭の小部屋の屋根には穴が開いていたが、瓦礫は外に出してある。部屋の一角に、焼けていない木の枝が置いてあった。

「……どうなってやがる…」

「昨日、隣のアパートに蛾が落ちてきて」

 同行した警官が話してくれた。

「ヒカリ師長は強い炎使いでしたので、人々が避難して消防車が来るまでの間、炎と蛾を誘導してくれたのです。ですが、蛾が中庭に落ちて…師長様が、赤毛隊が来るまで回廊の中に炎を閉じ込めてくださいましたが、師長様もそれで…」

「…そうかぃ。これからここはどうなるんだぃ?」

「師長様はおひとりでここを守っておられました。引き継ぐ者がおりませんので、残念ですが…近く取り壊すことになるかと思います」

「…そうかい」

 十手を見る。大事に保管されていたのだろう、汚れひとつない。焼けた跡もなかった。

「なぁ、これ師長様にもらったんだけど…」

「古い飾十手ですか。師長様、気前いいんですよね、私もよく巡回の時お菓子もらいましたよ。形見と思って、大事にしてあげて下さい」

 警官はしみじみ言って俯いた。

『ご丁寧にありがとうねぇ、なんとか託せて、本当によかったぁ』

 これが導きだというのなら。

 これでよかったと言うのなら。

 重みを増した十手を振り、掲げ、ゲンゴロはまず新語で、そして震えながら旧語で、師長に丁寧な祈りを捧げた。



 例の子供が一命を取り留めた、という医師からの連絡に、誰よりもゲンゴロが驚いた。

「助かったのか」

『はい』

「よかったのだ…」

 若き勇者は安堵の表情を見せた。

 面会こそできないが、魔王のカケラも無事取り出せたので、今まで回収したカケラも合わせて壊しに来てほしい。病院職員は必要事項のみ伝えて電話を切った。

 電話を切った後、ハタタカは表情を曇らせた。

「入り口が棚で蓋してあったから、誰か、穴を閉じた人がいるって、警官の人が言ってたのだ…ひどいことするのだ…」

「…そうなんか…ヒデェことしやがる」

 明らかに転げ落ちてじゃ出来ないケガをしていた。ゲンゴロはもう少しひどい内容を具体的に推理していたが、今度は綺麗に隠した。

 ここから先は『勇者』は立ち入れない。警察か、依頼を受けた殺し屋の仕事だ。


「こちらです。近隣の分も、当院の金庫で預かっていました」

「ありがとうございますのだ」

 容器内でカケラを全て灰にして、ハタタカ達は病院を出た。すれ違う病人や怪我人達を、ゲンゴロはずっと不思議そうに見ていた。


「今ぁ、助かるんだな…」

 車内でゲンゴロは呟いた。

 寝たきりの老婆も、穴に落ちた子供も、カルカナデなら助からなかった。なんなら、死なせてやってくれと頼まれるような者達だった。でも彼らは助かった。今は助かるだけの知識や技術や施設や仕組みがある。


 カンクロは、百年前でも助けられたのではと考えるほど短絡的ではなかったし、素直に「助かる人が増えた」と喜ぶには手を汚しすぎていた。

 それでも。

 ここは百年以上未来の敵国で、助かったのも敵国の人間で、故郷の国は滅ぼされ、もうない。

 それでも。

 今でも簡単に助かるわけじゃないことは、泣きついた女やしくじったという師長が証明している。あの子供はこれから教堂を焼いた罪に問われるだろう。あの子供を襲って地下に閉じ込めた奴が、報いを受けるかどうかもわからないのに。

 それでも。


 ハタタカはゲンゴロを見た。

 小声すぎてよく聞こえなかったが「助かる」という言葉はわかった。

「うん、本当によかったのだ。ゲンゴロのお祈りが届いたのだ」

「…そいつぁどうかね」

 偉大な勇者に気を遣わせた下男は苦く笑った。


(了)

※あとちょっとだけ続きます

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