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※虫(蛾)注意
「まっ……待ってくれ! 俺みたいな奴にホイホイやっていい武器じゃねぇぞ‼︎」
ゲンゴロは慌てた。薄青い刀身は飾りにも見えるが、この大きさは『武器』だ。
二又の刀身を持つ十手は、三叉路の神を祀るテマリ教の象徴として、古くから大事にされている。だが、新旧で扱いが違う。
飾十手は、テマリ新教の教導師長が腰につける装飾品だ。大抵は掌サイズだ。
北部旧教の十手は、共同体の功労者や高名な信仰の守護者に贈られる、名誉ある『武器』だ。
「普通に武器として使えるけど、飾ってもいいよ」
老師長は十手を取り出し、先程の小枝のように振った。
「いつか封印から出てきた時に、カンクロに渡して欲しいって受け継がれたんだけど、ココもう取り壊しになるから。ほんとドジっちゃったんだぁ」
そして、ゲンゴロに十手を差し出した。
「だからキミにあげる。北の民で、水使いで、北部旧教信者で、勇者様のお手伝いしてるんでしょ。受け取ってくれないかなぁ」
むしろ別人だった方が、素直に感謝も出来たろう。だが。
人殺しで、祖国を滅ぼす端緒にもなって、旧教堂に穴も開けた人間に、覚えてもいないことへのあまりにも大きい謝礼。古の勇者は激しく困惑した。
「……コイツを売って、教堂再建の足しにゃできねぇのかい。オr…あー…カンクロ、は…殺し屋のクセして信心深ぇ、と聞いたぜ。恩を返したきゃココを残す方がいいんじゃねぇか?」
老師長は笑った。
「実はねぇ…怒らないでね、一度ホントお金が厳しくて、売ろうとしたことあるの。したら、武器にも飾りにも半端だから安いよって言われてねぇ」
「……」
「でも、キミが勇者の助手として十手を使って、たくさん人を救ってくれた後なら、高く売れるかもねぇ」
「……」
これはもう、断れない。古の勇者は腹を括った。
右手で十手を受け取り、振って、構える。重かった。
「…ノ・カr…あー…名誉ある印、謝意と共にこのカ…あー…この名無しのゲンゴロ、確か…に、受け取りました。勇者を助け、右…正しい道に向けて使うことを、これをもって神と貴方に誓います」
新語で誓うのは不慣れだが、ここはテマリ新教堂で、相手はテマリ新教の師長だ。なにより前科者の自身が、北部旧教的意味で十手を受け取るなんて。汗だくで言葉を振り絞った。
「ご丁寧にありがとうねぇ、なんとか託せて、本当によかったぁ」
師長は目を細めた。
「こうして話すと、普通の青年だねぇ」
「え」
「時代と国の事情に挟まれて、嫌なこと沢山あったろうに…それでも、ウチの祖父母を助けてくれて本当にありがとねぇ、勇者カンクロ」
「ゲンゴロ様!」
ゲンゴロは、歩道にひとり立っていた。
「え?」
呼ばれた方を見る。擬人1号が、介護施設のロゴが入った車をゲンゴロの横につけた。
☆
「少しお待ちを。この車借り物なので」
1号が、助手席に慌ててビニールを敷く。
「え?」
手を見る。黒く煤けている。服も前のままだ。右目に手をやると、擬顔がちゃんとついている。どうなってる?
首を捻りながら車に乗り込んだ。1号が報告する。
「鍵が壊れた部屋に居られないので、まず旅館の手配と、お母様のための施設の手配をしまして。専門の相談員の方に相談を引き継ぎましたので、施設の車をお借りして、ゲンゴロ様の水生石の位置情報を元に駆けつけました……どうしたんですか、それ?」
「あ、ああ…師長様にもらった」
頭打って見た夢かとも思ったが、十手は右手に持っていた。
携帯は割れている。
襟元の石を押した。今度は術が通った。
「ハタタカ!」
※
『1号、2号から状況を受信しました。魂がここに入ったのに、魔物使いが見つからないのですね』
校舎一階の教室。
2号とは違う音声が、ハタタカと会話している。擬人3号だ。
3号と4号は、今夜の宿に先に入っていた。家庭教師の3号、家政士の4号は戦闘に向いていないが、こうして他の擬人を通して話し、知恵を貸すこともできる。
「本当に建物の中に入ったのだ。みんなで探したけど、見つから…わあっ‼︎」
巨大な蛾が、窓のすぐ外で空に飛び立った。
すかさず警官が窓を開ける。
外には誰もいない。
警官が蛾の出現を知らせてる間に、ハタタカは窓から外に飛び出した。
校庭で雷を打つも当てられず、雷は門扉を壊した。蛾は、住宅街に向かって飛んでいく。
「2号! 車を…」
『ハタタカ!』
耳飾りから相棒の声がした。
「…ゲンゴロぉ‼︎ 何してたのだぁ⁉︎」
泣きそうになった。
☆
また主人から叱られて下男は苦笑した。
「悪ぃ、魔物使いどうだった?」
『今、また蛾が飛んでったけど誰もいないのだ! いないのに蛾が』
建物の合間から、遠くに蛾の羽が見えた。
「蛾はこっちでなんとかすらぁ、魔物使いを急いで探せ!」
『わ、わかったのだ!』
1号が、蛾のいた方向に車を走らせながら言った。
「いいですか、この車は借り物です。借り物ですからね」
「…ああ、気ぃつける」
※
わかったとは言ったが、魔物使いの居所はわからない。ただ蛾が出てきたことで、宿直や警官も信じてくれるようになった。
2号を通じて3号が言った。
『宿直のお方、古い地図データを拝見しましたが、この初等学舎には地下室がありますね?』
「んん? 昔の地下道のことか? でも子供が落ちて危ないからって埋めたはずだなぁ。確か入り口が校庭のこの…」
先程、蛾が吹き出したところに近い。
全員、地面に這いつくばって入り口を探した。
※
「追い抜け!」
ゲンゴロは車の屋根に上がった。車は蛾に並走する。
蛾は、道路の上を低く飛んでいる。ジワジワと高度が下がってきた。
体の大きさが、先程より更に二回りくらい小さい。火の勢いも落ちた。
『まずいな…急げよハタタカ』
十手に力を込める。水を介さずとも術力が入った。旧語で、身に余る武器を使うことを詫びる。
更に高度を下げ縮んだ蛾に、ゲンゴロは飛び込んだ。十手を羽の根元に打ち下ろすと、羽が脆く崩れた。蛾が叫ぶ。
「たすけて」
「そうしてぇよ、俺も」
十手を頭に振り下ろした。