②
そのとき、先ほど敷地内に向かった門番が戻ってきた。門番の後ろには、初老くらいの男がいる。
「お待たせしました。こちらが――」
「このお屋敷の執事を務めております、マグヌスです」
男が軽く頭を下げる。つられるようにディアも頭を下げた。
「私がお屋敷の管理と使用人の統括を行っております。あなたの指導役にもなりますので、お見知りおきを」
マグヌスの言葉に、ディアは軽く瞬きをする。
まさか、執事が直々に指導するなんて思いもしなかった。
(私はメイドとして雇われたのだし、指導するのは先輩メイド、よくてメイド長だと思っていたのだけど)
目を伏せて、思案する。
そんなディアの様子を気にすることなく、マグヌスは「行きましょうか」とディアに声をかけた。
「門からお屋敷までは結構歩きます。その間にお仕事についての説明をいたしましょう」
「は、はい! よろしくお願いいたします!」
元気な年頃の娘を演じて、ディアは門番が開けてくれた門から敷地に入った。
「がんばれよ~!」
先ほどまで話していた門番が叫んだ。ディアは笑みを浮かべて振り返る。ぺこりと頭を下げたあと、ディアはマグヌスに続いた。
ハルハーゲン伯爵家の庭はとても美しかった。
季節の花々が咲き乱れる空間。休憩スペースらしきベンチに噴水。心が安らぎそうな空間だ。
田舎出身の娘らしくきょろきょろと辺りを見渡すディアを他所に、マグヌスは足を進めていく。
丁度門と屋敷の中間地点で、彼は立ち止まった。
「……今回のあなたの仕事についてですが」
ひそめられた声に、ディアは察した。
(今回の依頼主はマグヌスさんという執事ね)
だが、彼が依頼主だとすると組織が動くわけがない。裏に誰か権力者がいるのだろう。
(その人がハルハーゲン伯爵なのかどうかは、わからないけど)
少なくともマグヌスが依頼について知っていることは確かだ。
「あぁ、そうです。言っておきますが、私は依頼主ではありませんよ」
ディアの思考を読み取ったようなタイミングだった。
彼はただ者ではないと直感が告げている。ディアは顔に張り付けていた笑みを取り払う。
「私は伝達を請け負っているだけです。また、あなたの本当の仕事を知っているのはこのお屋敷では私ともう一人だけですので」
「つまり、ほかの人には気づかれるなということですね」
「話が早くて助かります」
しかし、彼がその『もう一人』を教えてくれる気配はない。
依頼について知っているのはマグヌスだけだと思ったほうがいいだろう。
「聞いている通り、今回の依頼は我が主エイドール・ハルハーゲンさまの護衛です。少し前から、彼に脅迫状が届いていましてね」
「……それはまた物騒で」
「使用人の中でこの件を知っているのは私だけですので、これもまた内密に」
内密にするのは、大方ほかの使用人たちに心配をかけないためだ。こういうのはよくある。
(脅迫状も、貴族ではよくあると聞くわね)
特に悪徳と名高い貴族などは一日に数通届くそうだ。けど、エイドールは周囲から慕われていると聞いている。
「お言葉ですが、ハルハーゲン伯爵はとても人格者だと聞いております」
「えぇ、そうですよ。ですが、誰の恨みも買わないなど現実的に無理でしょう」
とある人物にとってその行動が善だったとしても、誰かにとっては悪となる。
マグヌスが言いたいのはこういうことだ。
「期日は犯人が捕まるまで――と言いたいところですが、とりあえず半年です。あなたのボスにも伝えていますので」
「……犯人を捕まえるのに、それ以上の時間がかかったら?」
「そのときはそのときですよ。事が収まれば、それでいいですしね」
つまり、犯人捜しは二の次ということか。
「私はエイドールさまの身が無事なこと、事が収まることだけを望んでいますので」
引き続きよろしくお願いいたします。