9.強さ
「お前...庵一族の歴史は知ってるだろ?」
「ん、知らないし興味もない。勝手に話されても困る」
「シシル!聞いてあげなさいよ!なんか可哀想でしょ!?」
斗真が座り込んだのを見て危険がないと判断したのか、いつの間にかジールが僕の後ろまで来ていた。
「でも、こいつは権力にものを言わせて暴れてたじゃん。なら、僕に冷たくあしらわれても仕方ない」
「そうだけど...でも...」
「それでも...聞いてあげようよ、シシル」
シェルラも僕のもとまでやってきて、そう言った。
本当に、2人とも優しいな。こんな奴にまで情けをかけるなんて...
ま、2人がそう言うなら仕方ないか。
「...ん、わかった」
「...ありがとな、ジール、シェルラ」
「いいわよ。さすがにあのやられ方して話も聞いてもらえないとか可哀想で見てられないもの」
「うん...私も...」
2人は、哀れみのような感情を斗真に向けていた。そんな必要ないのに...
「優しいんだな...俺は、こんなやつらをあんな扱いしてたのか...」
斗真は、少しは過去の行いを反省してくれたみたい。よかったよかった。
...それはそうとして、だ。
「ん、早く話してよ、先輩」
「コイツは丁重に扱わなくてよかったぜ...!」
「ん、ありがと」
的確に煽りを入れる。僕はまだ、コイツを完全に許すことは出来ないとおもってるからね。
「........。まぁいい、続きを聞いてくれ。庵一族は、初代である庵聖真が作った功績によって貴族となり、その権威を代々受け継いできた。初代は、名もない戦士だったらしいが...当時行われていた魔王との聖戦において、とんでもない活躍をしたらしい。その際、生み出された『型』と血。これらを受け継いだ庵一族は、権力に溺れることなく、ただ強さを証明することで、高い地位についてきた」
そりゃすごい。今の斗真とは真反対だ。
「だが...俺の2つ前の代、つまり俺の爺さんが、ついにこの国を治めるまでの権威を手に入れた。それは、今までの一族の人と同じように、ただひたすら強さを証明して高みまで辿り着いたんだ」
「ん、そんなこと可能なの?」
「出来ちまったんだから、出来るんだろうよ」
かなり難しいことのはずだけど、まぁ実際出来たんだから、可能か不可能かでいえば、可能なんだろうな。
正しく理想的な王位継承の流れとも言えるだろう。
「なのに...俺の父は、ただ受け継いだだけの地位と権力を、ついに振りかざしはじめた。独裁政治を行い、奴隷を手に入れ、強さを捨てた...別の、権力という名の強さに、溺れたんだ」
斗真は、自身の手を強く握りしめ、唇を噛み締めた。相当な怒りを感じていることが、嫌でも伝わってくる。
「俺はそれが許せなかった。だから、国に反抗して...父の付きの人間を2人殺して、ここに連れてこられた。だから、ここで......強くなろうと思った。そして、強くなって、父を殺して...また、昔のような、純粋に強さを追い求め、謙虚に国を治める...そんな王になりたかったんだ。でも...」
斗真は、下を向いて涙を零しながら、続ける。
「いつからだろうな。ここに来て...ここの奴らに囃されるうちに、俺も権力に溺れちまっていた。横柄で、強欲で...まさに、父みたいなやつに成り下がってた...」
「................」
「みんな、ごめん...本当に、ごめん。俺が間違ってた。本当に、すまなかった──」
そう言って頭を下げる斗真からは、心から反省していた。過去の自身の行いを、正面から受け止めることができたみたいだ。
「ん、終わった?」
「.....ああ、聞いてくれてありがとな、クソガキ」
「ん。じゃ、僕も...ごめん、先輩」
「.......?すまん、耳が遠くなったみたいで──」
「ごめん、先輩」
斜め90度、綺麗な直角になるよう頭を下げながら、伝える。
斗真は、豆鉄砲を食らったみたいな顔をしていた。
「.....??何、なんだ急に...?何を言ってるんだ?」
「僕は先輩のこと勘違いしてた。先輩は根っから腐ってて救いようのないやつだと思ってたけど...違ったから。ちゃんと、自分なりの信念を持ってた。それを貫けなかっただけで。正直、僕はバカにしてた面もあったから、だから...ごめん、先輩」
斗真は、もっと最低なヤツだと思ってたけど...ちがった。
斗真は、勇気が無かっただけ。自分の愚行に向き合い、それを認める勇気が。
根は素直でいいヤツなんだと思う。だから、きっと今後はこれまでの行動を改めてくれるって、信じてる。
「...!!クソっ、なんだよ、急にそんなこと...」
「ねぇ、先輩。僕たちの目標、知ってる?」
「は?目標?なんだ、急に...」
「国家転覆」
「...!!」
斗真は、それを聞いて目を見開いた。
驚きの感情と...何か、希望を見つけたかのような、期待の感情を添えて。
「僕は友達を殺されて、弟を連れ去られた。その罪の濡れ衣を、僕は着せられた。だからここにいるの。そして、ここにいる人間の中には、権力に苦しめられた人が何人もいた。だから、僕は弟を探しながら、国を変えるために...権力を振りかざすやつらを、全員引きずり落とすの。つまり...」
「俺の目的と、同じ...」
あの話を聞いた今ならわかる。
僕たちは、協力できる。そして、いい仲間になれる。
「先輩。僕は目標を達成する上で、一つだけ心配があった。それは、国を落としたあとの話。それで一旦国は変われど、統治者が居なくなったこの国はきっと滅びる。罪なき人々を道連れにして、ね。でも...先輩がついてきてくれれば、国を落としたあと先輩を祭り上げて王様にしちゃえば、万事解決。先輩の目標も達成できてウィンウィンってやつ」
「.....!」
「だから、協力してほしい。お願いします」
そう言って、頭を下げる。先輩が聞き入れてくれるかは分からないけど...それでも、謝罪の意も込めて、丁寧に。
「...こちらこそ、協力させてくれ。一緒に...この国を変えさせてくれ...!」
「ん、んじゃよろしくね、先輩」
そう言って握手すると、会場が沸き立った。大きな歓声が聞こえてきた。
「きっと茨の道になる。それでも俺は...お前を信じるよ。シシル」
「ん、僕も。期待してるよ、先輩」
そう言い、僕たちは笑いあった。これから、仲間として...友として、共に歩んでいくことを誓いながら。
「さて...それじゃ、楽しかったし今日はこれでお開きにするか!」
斗真の一言で、採掘場内にいた人々は、それぞれの持ち場へと帰って行った。
正直、このまま闘技大会を続けても、収穫はないだろうし...あんまり意味ないから、かなり助かった。
ちなみに、闘技大会はそもそも斗真がはじめた事だったらしい。はじめは強くなるために考えた企画なのに、いつの間にか自分の誤った強さを使って、権力を手に入れるためのものになっていた...そう話していた。
「なぁ、シシル。お前は、なんであんなに強いんだ?」
「ん...難しい質問だね」
闘技大会後、僕たちは洞窟に帰ってきていた。もちろん、斗真と...斗真を兄貴と呼び慕う、3人の子分──亮介、春樹、陽太を連れて。
「確かに...あのシシルの強さは異常だったわ」
「うん...とってもかっこよかった」
「オレたち、気づいたらやられてたっすからね...」
みんなに褒められて、ちょっと嬉しい気持ちになる。
「んー...戦闘における強さって、種類が多すぎてどれを伝えるべきなのか迷うね...」
「じゃあ...お前が1番大事にしてる強さを教えてくれよ」
「ん...それなら、間違いなく心だよ」
「心...か?」
それを聞いて、全員頭にハテナマークが浮かんでいるような表情をしていた。
「ん、そう。心の強さは、実力が拮抗してる時に勝敗を決める最大の要因だよ。なんなら、実力で負けてても、気持ち次第では余裕で勝てる時もあるから」
「...というと?」
「んーと、その話するにはまず判断力の話が必要なんだけど...戦闘において、相手が自分より圧倒的に強い時以外は、判断力がめっちゃ大事なの。瞬時に、どう動いて、どこを狙うかを決める。そして、それを正確に実行する。これが、勝ちにつながる」
これは、僕一人で考えたものじゃなく、父さんから聞いた話も混じってるけど...それを、僕なりに解釈した形だ。
「確かに...お前、バカみたいなスピードで俺の仲間を落としてたもんな。それも、相当正確に...」
「そう。で、その判断力っていうのは、自分の気持ちに左右されるの」
「そんなことあるか...?正しい判断を下すには、経験を積む方が大事な気がするが...」
あ〜、まぁ確かにそうかも。
でも、僕の場合は、毎回考えて判断してるから、経験に裏打ちされた反射とは、また異なると思うんだよなぁ...
「ん、それも間違ってないと思う。でも、正しい判断を下す力イコール判断力じゃなくて、その上さらに素早く判断を下す力も必要なの。戦闘において、正解...すなわち、勝ちに繋がるルートはひとつじゃないから。だから、速さの方が大事だと僕は思ってる。そして...自分が強気の時はパッと判断できるけど、弱気だったり、パニクってたりしたら...絶対、判断する余裕なんてない。だから、戦闘中に自分の心を律することが、一番大事だと思ってる」
これが、僕が考えて出した結論。
ぶっちゃけ、そんなに深く考えたわけじゃない。でも...
なんとなく、そうだと思う。僕の脳に染み付いている、僕の感性であり、思考の根本。
物心ついた時から存在する、僕なりの理性が、ここに存在している...そんな気がするから。
「なるほど...」
「なんていうか...厳しいっすね」
「...だな。俺たちがすぐ出来るような内容じゃねぇ」
「大丈夫。まだ1年半以上あるから。ゆっくり鍛えよ」
「つかお前、ホントに8歳なのか?価値観やら考え方やら...うちのオヤジなんかよりよっぽどスゲェよ」
「ふふん、シシルはすごいんだよ!」
「...なんであんたが嬉しそうなの、シェルラ?」
そんな感じで、平和な会話を重ねていた。
そして、次の日から...
「シシル、稽古つけてくれや!」
「オレたちもお願いするっす!」
「私も...戦えるようになりたい!」
「そうね、私もお願いするわ」
「ん...みんなでやろう」
全員での稽古会が始まった。
「オラァッ!」
「これでも...くらいなさい!」
「ん、甘い」
「のふっ!?」
「はぁ!?なんで魔法効いてないのよ!?」
「えいっ...!」
「そこっす!」
「ん、遅い」
「きゃっ...!」
「ぐえっ!?」
否、稽古ではなく、蹂躙が始まった。
「...お前、なんなんだ?マジで強いとか言うレベルじゃねぇよ」
「ホントよ。なんで私がせっかく覚えた攻撃魔法効かないわけ?」
「ん、魔法はわかんないけど...斗真は、負けん気がつよすぎるから、攻撃が単調。攻撃全部当てる気で来るんじゃなくて、一挙手一投足...そのひとつひとつを全て使って相手をコントロールするの。誘い出したり、隙をつくったりね」
「ほんとすげえっす、シシルの兄貴...」
「ん、兄貴になった覚えは無い...僕の弟は1人だけ」
「私は魔法打つ前に倒されちゃうし...うぅ、シシル速すぎるよ...」
「ん...魔法はわかんないから、勉強しとく。シェルラもジールも、なにもアドバイスできなくてごめん」
「そ、そんな...!謝らないで、シシル」
「そうよ、そう簡単に使えるもんじゃないのよ、魔法は」
そんな会話をしつつ、また特訓に戻る。
そしていつも通りご飯を食べ、みんなが寝静まった深夜に...
「ふっ...!」
剣術の稽古を行う。もちろん、1人で。
みんなは相当疲れていたようで、すぐに寝てくれた。おかげで、今日はいっぱい出来る。
闘技大会で使った『型』。まだ完成には程遠いが、『技』はハマればかなりの効果を発揮できることが分かった。もっと増やして、完璧な『型』を目指そう...!
そして、それとは別に魔法の勉強もすることにした。シェルラが管理棟の書庫からたくさん魔法学の本を持ってきてくれているので、それを読んで魔法も使えるようにしておけば...きっと2人にも、アドバイス出来るはず。
僕たちは、もっと強くなれる。絶対に。
そのために、僕もみんなを支えてあげないと...!
そうして、夜は更けていくのだった。