12.ディストーション
「ふっ...!」
ズバババッ!
「いいですねぇ、いい戦いっぷりですねぇ!もっと私を楽しませてくださいよ!!!」
「うるさい...!」
数が多い。あまりにも多すぎる。
竜巻を使ってから、どれだけ戦ったか分からない。数多の狼を切り伏せ、殺したにも関わらず...全然減らない。
「おや、注意散漫ではないですか?」
「...っ!がぁっ...!!」
疲れが出てきたせいで、動きが、思考が鈍る。その一瞬の隙を逃さず、狼が一瞬で距離を詰め、僕の腕に噛み付く。その痛みでできた隙を見つけた狼たちが、一斉に駆け寄ってくる。
「それは...悪手だ!」
別にわざと噛まれて隙を作ったとかそういう意図は無いが、狼が大量に駆け寄ってくるこのタイミングは、一掃する絶好のチャンスである。
「《天恵剣》──『竜巻』!」
寄ってきた狼が、一瞬でバラバラに切り裂かれる。これで、かなりの数を削れ──
「がはっ!?」
突然、背中を激痛が襲う。後ろを振り返ると、背中に爪を刺す狼の姿があった。
急いでそいつを斬る。なんでだ、今竜巻で周りの狼は全員死んだはずなのに...まさか、竜巻の後隙を狙われた!?さっき見たから、学習したのか...!
また狼たちが駆け寄ってきた...!もう一度、竜巻を──
ガブッ
「...!ぐぁ...」
突然、狼が左腕に噛みつく。いつの間に、距離を詰められた...?まさか、見逃していたのか?真正面から近寄る狼を...?
痛みで剣を振れない。力が入らない...視界もぼやけてきた。刺された背中が、噛まれた腕が...熱い。寒い。
足が動かない。立てない。力が入らない。もう、無理...
...ふざけるな。
まだ立てる。まだ動けるはず。僕はまだ死んでない。戦える、戦えるはずだ...!
意識を保て、考えろ。この状況を打開する方法を...
狼たちは、動けない僕に近づいてくる。それも、かなりの速さで。そして、今もう目の前に、真後ろに、真横に、数え切れないほどの狼たちがいる。今にも、僕を切り裂き、殺さんとして...
竜巻は撃てないだろう。この腕で、全方位に剣風を飛ばすなど不可能だ。ならば、どうする?使えるものはなんだ?
足はノーダメージだから動く。だが、動かしたとて意味は無い。魔法は...『スパーク』ごときではどうにもならないだろう。『ディストーション』は...中に閉じ込めることなら可能だ。だが...それだけじゃ間に合わない。恐らく、正面に使ったあと他の方向のやつらにやられるだけ。
他の『型』は...無理だな、やっぱり撃てない。この状態じゃまともに剣を振れやしない。
...でも、『技』を使わずに周りの敵を一掃できるなら?全方位かつ広範囲を斬ることができたら?
その方法は...思いつく限りは、2つ。
1つは、『スパーク』を剣に乗せて振ること。仮に剣で魔法の効果を乗せて放てるならば、剣風を出さずとも広範囲を斬れる。だが、目の前に敵が迫っているこの状況で、魔法の効果を剣に纏わせて放つ、なんて時間はない。
ならば...2つ目の方法を、試すしかないか。
理論上出来ないことはない...はず。でも、やった事ないし、出来たとてどれほどの効果があるか分からない。それでも...他に、方法はない!
できるか分からないけど...一か八か、喰らえ...!
「『ディストーション』...!」
バシュゥッ!
「ほう、これはこれは...」
「...できた...!」
僕が使ったのは、『ディストーション』の派生技。次元を縮めて別空間に保存する...その効果範囲を、薄く細く調整する。そして、ごく僅かな限られた空間のみを縮めることで、効果範囲がまるで斬撃のように斬れる、という技だ。
この範囲の線を、自身の周辺に瞬時に張り巡らせ、発動すれば...ほぼノータイムで、全方位対応の、物理的な干渉が難しい斬撃を放てる、という訳だ。
そして、見事迫り来る狼たちを切り裂き、撃破した。
そして...これが使えるのならば、あとは簡単な話だ。
狼たちに近づくことなく、安全な距離から、防御不能の斬撃をお見舞いできる。その上、これは魔法だから体力は使わず、魔力だけを消費することで撃てる。
本来、『ディストーション』は魔力消費量がかなり高い。『スパーク』の50倍くらいかかる。でも、僕は魔力量が多い方みたいで、何回使っても魔力が減ってる感覚がない。だから、まぁ多分大丈夫だろう。
「...まさか、今のを突破するとは...しかも、あんな魔法で、ね。しかし...こうなってしまうと、あとは作業になってしまいます...うーん、面白みに欠けますねぇ?」
「ん、もう十分楽しんだでしょ。もう終わらせよう」
そう言い、狼のいる場所に線を張り巡らせ...歪める。
「さよなら、狼さん」
バシュッ
これで、全ての狼を倒した。ようやく終わった...!
全身傷だらけ。痛くて仕方ない。アイツにお願いを聞いてもらったら、ジールに回復してもらお──
「残念ながら、まだ終わりではないですよ?」
「...は?」
「確かに、私のペットは全て倒されましたが...まだ終わりではありません。なぜなら、私のペットはまだ死んでませんから」
「...?何言ってるの、もう全員死んでるじゃん」
「ククッ、では見せていただきましょうか?あなたの絶望する表情を──『死者の踊り』」
ゾワッ
嫌な気配が漂う。これは魔力...?それも、どこかで感じたことのある、嫌な魔力...
「グルルル...」
「...!?な、に...?」
さっき切り倒したはずの狼たちが、次々と起き上がる。その見た目はさっきまでのとは違い、僕の斬った箇所が爛れ、傷として残っている。だが、その目は──さっきまでよりもさらに獰猛で、殺意に満ち溢れている。まるで...
「お前が、オレを殺した。許さない」
と言わんばかりに。
「...でも、もうお前らには負けない──『ディストーション』」
生き返ってきた狼たちを、次々と切り裂く。魔力はまだまだ余裕なので、何度も何度も発動し、生き返ってきた狼を切り裂いていく。
「ククッ、いい、素晴らしくいい!もっと私を楽しませてください──『死者の踊り』!」
ゾワッ
「グルルル...」
また生き返らせやがった...!これじゃ、埒が明かない...!
僕の魔力は、大量にあるとはいえ多分いつかは無くなるだろう。アイツはそれを待つ気なのか...?
いや、ありえない。楽しさを求めるアイツが、そんなつまらない手を取るわけがない。
となれば、恐らく何か仕掛けがある。そして、それを僕が見破れるか試している...といったところか?
となると...飽きっぽいアイツのことだ、早く見つけないと「もういい」とか言ってアイツが手を下す可能性だってある。早くトリックを見つけなければ...
まず引っかかるのは、僕が斬った狼たちを生き返らせる時、僕がつけた傷が体に残っているという点。これは、復活の際に戻せなかった可能性もあるが......死者蘇生ができるなら、あの程度の傷が治せないわけが無い。そもそも、傷口が爛れているが...あれは、間違いなく意図的につけているものだろう。
次に、復活した狼たちの様子だ。元々知能はかなり高かったはずだけど...今は、知能のない、言葉通りの獣に成り下がってるように見える。
あと引っかかるのは...アイツがこの魔法と思しき効果を発動する際の、嫌な魔力。あれは...確か、アイツと狼たちが来た時に感じた魔力だ。この魔力を察知したからこそ、敵襲に事前に気づけた。
ということは、僕たちと接触する際にも使っていた...?でも、死者蘇生なんて起きてなかったはずだけど...
あの時起こったことは、確か...
「幻夢魔法...?」
確か、みんなを眠らせた魔法を使ったって言ってたような...もしかしてこれも夢で、実際は僕も眠っているとか...?いや、それはないか。確かアイツは、「とってもいい夢を見て、とっても深い眠りについている」、そう言っていた。これは、何をどう考えてもいい夢じゃないし...仮に、夢の影響でみんなが起きないのであれば、僕の悪夢を見たら飛び起きるだろう。
となると...今見ている狼たちは、幻影?でも、幻なら...ダメージを受けないはず...?
「試してみる価値は...ある」
覚悟を決める。今まで『ディストーション』で斬って遠ざけてきた狼に、攻撃を止める。すると、狼たちはこちらにものすごい勢いで向かってきて──
僕の身体を、すり抜け...消滅していく。
「...!やっぱり...!」
「あららぁ...見破られちゃいましたか」
これはつまり、狼が死んでいるということ。ならば、この勝負は...
「僕の勝ちだ」
「おや?まだ私は倒されてませんが...」
「お前は、ペットを倒せって言った。お前を倒すのは条件に含まれてない」
これでも納得せず、コイツが襲ってきたらもう無理だけど...どうだ?
「う〜ん...これはダメですね、完敗です。狼が全員死んでることがバレちゃいましたからねぇ?」
ふぅ、よかった...なんとか、修羅場を乗り越えられたみたいだ。
「...じゃあ、僕の欲しいもの1つくれるんだな?」
「いいでしょう、差し上げますとも。何が欲しいのですか?高価な装備ですか?それとも...神権、とかですか?」
「それが何か知らないけど...僕が欲しいものは1つ。魔導書がほしい」
やっと手に入る。僕が欲しかったものが...
正直、手に入るのはもっと先になると思っていた。どこにあるかの見当もつかなかったから...
「...魔導書、ですか?あなたは、魔法使いではありません。空間魔法は使えますが...それでも、メインは剣術でしょう?何のために魔導書を?」
「シェルラにあげる。シェルラ、この森に来てから何も出来ないって...すごく辛そうにしてた。だから、これをあげる。それに、僕の仲間たちはみんなとても深い悲しみやトラウマがあるけど...シェルラは、シェルラの心の傷は、みんなとは比べ物にならないくらい、深くて重い傷だった。だから、少しでも元気になってほしい」
「...そうか、そうですか。彼女の...なるほど、いいでしょう。では、私の知る限りの最上級の魔導書をお渡しします」
そう言って渡された分厚い本の表面には、魔導奥義書と書かれた本だった。
触れただけで分かる。とんでもない魔力が内部に存在することが。
「いやぁ、楽しませてもらいましたよ。今後もあなたの活躍に期待しています。せいぜい、楽しませてくださいね?」
「...おい、ピエロ」
「おや、まだ何か?」
「今回は僕に攻撃したからよかった。でも、もし僕の仲間たちに手を出したら...お前を、必ず殺す」
「ククッ、いい、素晴らしくいい!あなたは本当に面白い人だ!いいでしょう、そもそも私はあなたにしか興味ありませんし...約束しましょう。では、またお会いしましょう」
そう言って、ピエロは消えた。
「っはぁ〜!終わった...!」
なんとかなった。本当に疲れたし全身痛いけど...とりあえず、みんなをディストーションから解放してあげて──
ぐらっ
...?なんだ?目眩が...それに、なんだか、ちから、はい、らな
パタッ
───────
シシルが倒れた頃、世界の端にて──
「ばあ、面白いことになってきたよ」
光のみで構成された空間で、光の粒──魂が、1人の老婆に話しかける。
「なんじゃ」
「奴が勇者の、兄の方に接触した」
「ふむ、死んだのか?」
「撃退したよ。奴が本気じゃなかったのもあるけど...かなり頑張ってた。もしかしたら、あっちでもいいかもね」
「そうじゃな...勇者は、このまま殺されるやもしれん。次善策を並行させておくべきかものぉ」
「次善策というか...あっちが本命になるかもしれないね」
「ほぉ...お主がそこまで言うとは...楽しみじゃな」
2人は、永遠に続く光の中、そう笑った。
いつの日か、輪廻から解放される日を夢見て。