11.ピエロ
「ん、この辺でいいかな──ディストーション解除」
手を前に出し、そう言うと、何もなかった空間からさっき倒したミズワニが突如として出現した。
「はぁ!?おま、どっから出したんだ今!?」
「何もないとこからワニ出てきたんだけど!?」
「ん、これが空間魔法、ディストーションの力」
ディストーションについて、はじめは僕自身も使い方がさっぱりだったが...使ってみたところ、どうやら効果範囲内の空間を圧縮して、別の空間に保持しておくことが出来るみたいだった。
さらに、保存空間はかなり広いようで、色んなものを同時に保管できる。そして、保存空間内ならば、内部のものを好きなように動かしたりできるので、ゴチャゴチャになったりせず、欲しい時にそれを出せる、という超万能魔法だった。
「めちゃくちゃ便利だな、それ...」
「そうなら私たちの荷物もそれで運べるんじゃない?」
「ん、できるよ。というか...多分、この辺の木とか回収したらそれで家作ったりもできる」
「あ、そっか!保存空間内なら中身好きにいじれるから...」
「なら、これで野宿も卒業か?」
「ん、残念ながら僕に建築の知識はないから無理」
「なら最初から言うなよ!!」
「建築学を今すぐ学ぶ方法探さなきゃ...」
「ジール、それは流石に厳しいと思う...」
「ん、とりあえずこのワニ食べよう。おなかすいた」
「そうね、そうしましょ。シェルラ、いい感じによろしく」
「うん、わかった」
そう言い、シェルラは炎魔法を器用に扱い、いい感じに焼いてくれた。
「ん、ワニは初めて食べるけど...」
「意外と悪くないわね」
「そうだな...看守長に塩をもらって正解だった」
「だな!アイン、ナイス判断だったぜ!」
旅の荷物の大半は、看守長が僕たちにくれたものだった。服やリュック、装備類はもちろんのこと、調味料や寝袋など、様々な生活用品を貰った。
ちなみに、もらった装備類はかなり良質なものらしい。僕にはよく分からないが、斗真が目を輝かせていた。
しかもどうやらアインが作ったものがほとんどらしく、斗真とアインが仲良くなるきっかけとなった。アインは戦闘能力以外もかなり優秀みたいだ。
「じゃ、僕は見張りしとくから。みんなは寝ててね」
「おう、なんかあったら起こせよ」
「うん、私たちも手伝うから」
「ん、わかった。おやすみ」
「おやすみ〜」
「シシル、お前も少しは休めよ」
「ん、分かった、アイン」
...よし、そろそろみんな寝静まった頃だろう。
見張りも当然するが、敵が来ないのなら特にすることはない。ならば、やることはひとつ。
「今日も、稽古だ」
───────
ビュン、ビュン、ビュン
刀が空を切る音だけがあたりに響く。心地いい音だ。
今日で旅を始めてから3日目。僕たちは危なげなく森を進んでいた。
食料は、先日のワニ大量発生のおかげで、あのあとシュロンしか見かけてないが余裕がある。まあ、さすがに飽きてきたけど...
それにしても、本当に静かだ。この森の中では、風の音も聞こえないし、他の生物の鳴き声も聞こえない。
......他の、生物も...?
よく考えたらおかしくないか?こんなに鬱蒼と緑の生い茂る森に、ほとんど野生動物が存在しないなんて。
虫の声さえも、一度も聞いていないなんてありえない。
そういえば、この森に入ってから、シュロンとミズワニという、2種類の魔物にしか会っていない。ミズワニは水辺周辺における食物連鎖の頂点に君臨する強い魔物だが、シュロンは適応能力が高いだけの、いわゆる雑魚。そんなシュロンは生きているのに、他の魔物が、この樹林に存在しない...即ち生存できないなんて、ありえない話だ。
何かがおかしい。異変が起きている、そう考えるべきだ。
ガサ...
「ん...?」
何かが近づいてきている。それも...かなりの数...!
「全員、戦闘準備!」
そう叫び、みんなを起こした。かなりの数がいるが、こちらが全員で対処すれば...勝てないことはないはず。
「...?みんな?」
...けっこう大きめの声で叫んだが、みんな起きる気配がない。斗真の体をゆすってみたが、全く起きない。
「お友達は起きませんよ?ワタクシの術にかかっていますからね」
「...!なんだ、お前...」
突然話しかけられて、振り向く。そこに立っていたのは、黒いスーツを身にまとい、ピエロの化粧をした男だった。
身長は僕より20cmほど高いか...?この森の中でスーツなんて、どうかしてる。というかこの人...なんだか、どこかで会ったことあるような...
「お前、誰だ?みんなに何をした?」
「おや、2つ同時に質問とは、なかなか強欲ですねぇ?まぁいいでしょう。まず、ワタクシが誰か?という問いですが...今はまだ答えないでおきましょう。何をしたかについては...幻夢魔法を使っただけ。ま、簡単に言えばとってもいい夢を見て、とっても深い眠りについてる、といったところですね」
男は、楽しげにそう答える。てっきり、はぐらかされると思っていたのに...
「...なんだお前、なにが目的だ?敵意も殺意も感じられないのに、こんなことして...」
「う〜ん、強いて言えば...余興、でしょうか?」
「なに...?」
ポケットから赤い玉...お手玉を取り出して、それで遊びながら答える。
「ワタクシはね、暇なのですよ。自分の城にこもって来訪者を待つ。それしかやることがなくてねぇ...そんな中、とても面白い方がいると聞きまして。なんと、人類史上初の、魔瘴の克服者がこの国を落としに行くとか」
「...!!」
そうか、コイツの目的は、僕...!!
だから僕だけ眠らされなかったのか。僕で、遊ぶために...
「そんな面白いお話があるんだったら、ワタクシも混ぜていただきたくて...ただ、すぐ終わってはつまらないので、こうして余興を用意したわけです。あなた一人で、どこまでやれるか見させていただきますよ?」
パチン!と指を鳴らすと、木々の影に隠れていた、大量の狼が姿を見せた。
「この子達は、ワタクシのペットです。そうですねぇ、ざっと500程でしょうか?この子達相手にどれだけ戦えるのか見せていただきましょう。運が良ければ...『職業』を貰えるかも知れませんしねぇ?ま、死にそうになったら助けてあげましょう。死なれては困りますから」
「.....」
完全に舐められている。だが...こいつは、この態度を取るに値する実力があることは、一目見れば分かる。
「おい、ピエロ」
「そんな名の者はここには存在しませんが、まあいいでしょう。なんですか?」
「賭けをしたい」
「...賭け?」
「この狼どもを僕が全部倒せたら...僕が欲しいものを1つ渡してもらう。僕が倒せなかったら、その時はお前の言うことを1つ聞いてやる」
これは、かなりのピンチだけど...同時に、絶好のチャンスでもあるとみた。
この暇人ピエロは、完全に僕で遊ぶ気だ。僕を殺したいわけでもなんでもない。
だから、多分適当に賭けとか言っとけば、引っかかってくれるはず...!!
「雑な条件ですね?ほしいものがあるなら先に指定して頂けません?」
「お前は僕で遊んで楽しんでる。お前は僕に借りがあると言っても過言じゃない状況だと思うけど」
「...!」
「賭けに乗らないなら、僕は戦わない。どうするの?」
「ふっ、ははははっ!いい、素晴らしくいい!その賭け、乗って差し上げましょう。せいぜいワタクシを楽しませてくださいね!」
見事引っかかってくれたみたいだ。これで、勝てたらいいものが手に入るかもしれない。
「さぁ、行きなさい!我が下僕たちよ!!」
そう言うと、狼たちが一斉に襲いかかってきた。戦闘開始だ。
まずは...
「ディストーション」
「ほう、空間魔法...珍しいですねぇ」
手始めに、まだ寝ている仲間たちをディストーションで避難させる。巻き込まれる可能性があるから。
そして、狼達を見据える。
僕の周囲360°全てに、大量の狼がぎっちり。全員僕めがけて、ものすごいスピードで駆け寄ってくる。
見たところ、かなりの速さを誇るようだ。そして、鋭い爪と牙が攻撃手段だろう。魔力は感じられないので、恐らく魔法は使わない。知能は低そうか...?なにか特殊な固有能力があるのなら話は別だが、見た通りの速い狼ならば、やることはひとつだ。
「《天恵剣》──『竜巻』!」
自身を中心に、周囲に対して斬撃を与え続ける技。知能が低く、突っ込んでくるあの狼たちには、全方位対応できる『置き』技が効果的だろうと判断した。
結果は見事成功。突っ込んでくる狼たちを、次々に斬り倒す。だが...
「...意外と知能あるのかよ、こいつら...」
100匹近く死んだあたりで、動きが止まった。どうやら、近づいたらまずいことが分かったらしい。こうなったら、この技はこれ以上使えない。全方位に斬撃を撃ち続けるため、かなり体力の消耗が激しいからだ。
ここからは、どの方位から狼が飛んでくるか見極め、斬る。それを繰り返すほか無さそうだ。
常に全方位に神経を巡らせ、咄嗟に反応しなければならない。しかも、残り400匹分。かなり厳しい戦いになる。だが...諦める訳にはいかない。ここで勝てば、『あれ』が手に入るかもしれないから...!
「さぁ...来い!」
地獄の戦いが、幕を開けた。