10.はじまり
「ん、これどうするの?」
「さっき言ったじゃろうが...!ここに名前を書け!」
「シシル、できた?」
「ん、多分」
「出来とらん!名前を書け!」
「ん...」
僕たちは、闘技大会から約1年半...魔力測定の日から、2年の月日が流れ...ついに、魔天銀山から出る日が来た。
この長い月日の中で、各々が成長した。
シェルラは炎属性の魔法を軸にして、後方から特大火力を相手に押し付ける、重量系魔法使いに成長した。
ジールは、ナイフの戦闘術と暗殺術を学び、回復魔法と強化魔法でサポートしつつ、いざとなったら近接戦闘も可能な万能型シーフに。
斗真は、僕と一緒に剣術を鍛えつつ、風魔法を使って味方の防御やサポート、さらには魔法と剣術の同時攻撃など...近距離から中距離まで1人でこなせる、超万能魔法剣士になった。
ちなみに、アインはあの魔力測定の日以降ひたすら魔銀を掘り続け、つい2週間前にようやく掘ることができた。その魔銀を取り込み、魔力を増大させたアインは──物理面は土魔法で盾をつくり...魔法攻撃は風魔法で散らすという、万能タンクになった。
ちなみに僕はというと...闘技大会の日以降、必死に魔法を勉強したものの...使えるようになったのは、たった2種類の魔法。
それは、雷属性の基礎魔法『スパーク』と、空間属性の基礎魔法『ディストーション』のみ。
『スパーク』は、基礎魔法だから当然大した威力は出ない。『ディストーション』に関しては、目の前の空間が「小さくなる」だけ。
何を言っているか分からないと思うが、僕も分からない。小さくなるからなに?というか、空間が小さくなるって何?
どうやら雷属性も空間属性も非常に仕える人が少ないらしく、この施設の書庫にあった魔法書には、基礎魔法しか使い方が記されていなかった。そして、一般的に使われる他の属性の魔法は、僕には体質的に合わなかったらく、欠片も使えなかった。完全に無駄骨だ。
剣術に関しても、『型』は完成することが出来なかった。考えた『技』をまだ使いこなすことが出来ないので、完成とは言えないレベルなのだ。
ちなみに、『技』は15個存在する。これだけあれば、あらゆるパターンに対応できるだろう。使いこなせれば、の話だが。
そんなこんなで、各々が強くなった状態で、ここを出発する。
ちなみに...斗真の弟分の3人は置いていく。看守長が許可をくれなかったのと、斗真がそう言ったためだ。
「兄貴...気をつけてくださいね」
「必ず生きて帰ってきてくださいよ!」
「いい知らせ、待ってるんで!」
「...おう、待ってろよ、お前ら」
「...ついに行くんじゃな、シシルよ」
「ん。行くよ」
ここから出るのに必要な書類を書き終えた僕に対し、看守長が話しかけてきた。
「思えば...あの日からはや2年か。時の流れは早いものよな」
「ん...そうだね、早かった。」
僕の『型』、まさか完成しないとは思わなかった...
「シシルよ」
「ん?」
「この先、恐らくとんでもない苦難に満ち溢れていることじゃろう。だが...諦めてはならんよ。いついかなる時も、前を見よ。そして、思い出すといい。ここでの日々と...昔の、幸せだったお主の暮らしを」
昔の記憶...もう、完全に残ってるわけではない。それでも...僕と、シルルと、父さんと、母さん。4人でいた時のいくつもの記憶は、僕の頭から絶対に逃がさない。
僕は、あの日々を...幸せを、取り戻しにいくんだ。
「ん、分かった。今までありがとうございました、看守長」
「うむ...では、行ってこい」
「ん。それじゃ...行こっか、みんな」
「「「「オー!!」」」」
そう言い、僕たちは...ついに魔天銀山の外に出た。
「わぁ...」
「森だな」
「森だね」
「森ね」
「森です!」
魔天銀山を囲う高い壁の向こう側に広がっていたのは、森だった。緑が生い茂り、(後ろ以外は)見渡す限り木々に囲まれていた。
「すごい...!私、初めて森を見た!とっても綺麗な場所だね!」
「ん、シェルラ森見たことないの?」
「うん、そう。ちょっと事情があって、外に出る機会がほとんどなかったから...」
「そっか。じゃ、見れてよかったね」
「うん!」
看守長に貰った地図によると、ここは大和帝国の南端あたりに位置するようで、これからかなりの距離北上し、国のほぼど真ん中にある、大和帝国の首都──京まで行くことになる。京には、多くの貴族がいるらしい。そして、当然庵将一...つまり、皇帝たちもここにいる。
今僕たちがいる葦尾樹林は、とてつもなく広大かつほとんど開発が進んでいないため、かなり険しい道を長距離進まなければならないらしい。大変だが...僕たちなら、必ず乗り切れるだろう。
「さぁ...行こうぜ、シシル」
「ん。進もう」
そうして僕たちは、京へ向かって進み始めた。
「おい、ジール、定期的に索敵魔法使いながら進めよ」
「分かってるわよ。現にもう使ってるし」
この木々が鬱蒼と生い茂る森では、とにかく周りが見えない。なので、視覚に頼らずとも敵を見つけられる索敵魔法は、この森を進むために必須なのだ。
「...あ、いるわよ、魔物向かって左の木の後ろに、シュロンが」
「了解。じゃあ僕が倒してくる」
「んじゃ俺らは待機な」
「気をつけろよ、シシル」
「ん」
シュロンとは...比較的どこにでもいる、かなり弱いモンスターだ。知能も戦闘能力も低いが、環境適応能力が高く、世界中至る所で見られる。
シュロンは、いわゆるスライム性のモンスターで、プニプニした体の中にコアが埋まっており、それを破壊すると討伐完了、という感じである。
こいつは、環境適応能力によって魔法攻撃がかなり効きにくい。だから、斬撃を使える僕が倒す。
「ん、みつけた──よっと」
看守長にもらった真剣を軽く振る。その一太刀でしっかりコアまで真っ二つにして、人生初の魔物討伐をアッサリと終えた。
「ん、終わった」
「早かったな。ま、そりゃそうか」
「シュロンくらい一撃でやってもらわないとな」
「可愛かったね、あの子...」
「シェルラ、今後はあんたも魔物倒すんだからね?」
その後も、ジールの魔法に定期的に引っかかるシュロンを僕と斗真、そして謎の巨大なオノを担いでいるアインで倒していった。
「日が暮れてきた」
「んじゃ、今日はこの辺で野宿とするか」
「うわ、そうじゃん森の中にいる間は野宿じゃん。うーわ最悪...」
「まぁ、仕方ないよジールちゃん」
「まっ、諦めろって2人とも。暫くはこんな生活が続くだろうけどな」
「うぇ〜...」
この木が生い茂る場所での野宿。いつ魔物から狙われるか分からないので、1人は見張りをしないといけない。
「ん、見張りは僕がやる」
「あ?見張りは交代でいいだろ?」
「ん、みんなは寝ないといけない。でも、僕は寝なくてもいい」
「ダメだよ、シシル。あなたも寝ないと」
「そうよ、今日の戦闘、あんたが7割だったじゃない?だから、みんなで回せばいいじゃない」
「いや、僕は寝なくてもいい。っていうか、寝れないし。そういう体質だから、気にしないで」
こういう時、この体質はかなり役に立つ。普段は割と邪魔なんだけど...
「初耳なんですけど...ま、そういうことなら頼むわよ、シシル」
「ん、任せて。とりあえず、食料がいる」
「そうだな、今日はシュロンしかいなかったから食料が何もない」
食糧がないのは死活問題だ。どうにかして集めなければ。
「ん、水は補給できそう?」
「近くに池はあるわよ」
「ん、じゃあシェルラの出番」
「うん、煮沸消毒だね!」
「私がついていくよ」
「よろしく、アイン」
シェルラとアインで、近くの池へ向かった。水集めは、2人に任せとこう。
「問題は飯だ、飯。どうすんだ?」
「ジール、近くになんかいない?」
「んーと...なんもいないわね」
うーん、そっか...じゃあ、どうしようもないな。
ま、最悪1日ご飯食べなくても、生きてはいけるだろう。明日以降は、ご飯を探そう。
「ん...じゃあ今日は仕方ないからご飯抜き──」
と言いかけた時だった。
「きゃああああああっ!」
「!?シェルラ!?」
シェルラの悲鳴が響き渡ってきた。
「池の方で何かあったのか!」
「ん、行くよ!」
池に行くと、大量のワニがシェルラとアインを水魔法で攻撃しているのが見えた。
「見つけたわ!」
「あのワニ...ミズワニか」
「ミズワニの表皮はかなり硬いはず...俺らの剣が通るか分からねぇぞ!」
それはまた面倒な...
「でもやるしかないでしょ!」
「ん、僕が...斬る」
「うぅ、冷たい...」
「チッ、数が多すぎる!私の風魔法では散らしきれない...!」
「グワァァ」
ミズワニの1匹が、アインに噛み付いた。あらゆる攻撃を防ぐ手段を持つアインだが、大量のワニの同時攻撃に対応しきれていないようだ。シェルラは、突然の襲撃に対応しきれず、パニックになっていた。
「2人とも、下がって」
「...!3人とも!」
ミズワニの表皮は、とても硬い。それは、表皮を構成する物質の密度が高い証拠。もし刃の入れ方を間違えれば、そのまま刃こぼれするか、最悪折れる可能性まである。ただ、ミズワニは物理防御力こそかなりの水準であるが、魔法耐性はそこまて高くなかったはず...そして、ここは水辺。ならば、恐らく...
「斗真、シェルラを連れて池から離れて。アインは自力で離れてね」
「了解!」
「だが...離れるにも離れられんぞ、これじゃあ!」
「大丈夫、引き剥がすから」
そう言い、剣に魔力を込め、振る。その衝撃波で、ワニたちは池の中に飛ばされた。
「アイン下がって!早く!」
「これだけ離れればいいか!?」
「ん!喰らえ──『スパーク』!」
僕はスパークを池に向けて放つ。すると、スパークによって放たれた電撃は、池中で感電を起こした。少しすると、ワニの死骸が大量に浮かび上がってきた。
「ん、作戦成功」
「ふぅ、何とかなったな」
「シシル、アイン、ごめん、私何もできなくて...」
「ん、もともとシェルラの得意分野じゃないから、気にしないで。森の中だと、炎魔法はさすがにまずいから」
もし森に引火して火事になったら、それこそ大惨事だ。監獄に逆戻りだし、なんなら最悪巻き込まれて死ぬ可能性まであるから。
「ああ、シェルラにはいずれ、助けてもらうことになるだろうからな」
「うん、ありがとう...」
「ま、結果オーライってやつじゃない?食料手に入ったし」
「ん、そうだね」
困っていた食糧問題を解決できたのはラッキーだった。これで、明日以降も安心して旅ができる。
「んじゃ、このワニども持って帰るとすっかね」
「ん、その必要はないよ」
「あ?どういう──」
「『ディストーション』」
そう言って、僕は池に向かって空間を縮小させる。
すると、その場にあったはずの池が消えてなくなった。
「ん、これが正しい使い方か」
「は!?おいシシル、どこやったんだよ!」
「ん、戻ってからのお楽しみ」
そう言い、僕たちは拠点にしようと思っていた場所に戻るのだった。