1.プロローグ
この作品は、15歳未満の方が閲覧する場合に相応しくない描写(残酷な描写)があります。15歳未満の方、残酷な描写が苦手な方はお控えください。
この物語はフィクションです。
「...ん」
激しい目眩に見舞われる。体を起こすことすらままならない現状に嫌気が差しつつ、朦朧とする意識の中、ゆっくり、そう、ゆっくりと頭を上げる。
暫く髪を切ってないせいで、長く伸びた灰色の髪で視界が覆われている。それを退かして...明るい光が差し込む、部屋を見渡す。
「お?おはよう、起きたようだな、シシル!」
「ん...おはよう、父さん」
ずっと傍で見守ってくれていた父さんが、明るく話しかけてくる。相変わらず、元気いっぱいだ。
「あ、おはよう。今日はご飯食べれそう?」
「ん...厳しいかも」
「そっか、一応お粥さん置いておくから、食べれそうなら食べてね。無理はしなくてもいいけど」
そして、母さんは僕の世話をしながら、バタバタと家の中を走り回っている。
「シシルが食わないんなら、俺が食べちゃうぞ?いいのか?」
「ん...僕は食べれそうにないから。あげる」
「そこはもちっと張り合ってくれよ...」
「ん...ごめん」
本当に...心から、申し訳なく思う。悔しく思う。僕が、普通の子供なら、こんな大変な思いさせることなんて無かったのに...
「父さーん!あ、兄ちゃん!おはよ!」
「ん、おはよう。シルル」
シルルが、ドタバタと音を立てながら、自慢の金髪をなびかせて部屋に駆け込んできた。
シルル──僕の双子の弟は、とても元気で活発な、普通以上の能力を持っている。日の下を走り回っても息切れせず、勉強も人並み以上。双子のはずなのに、僕とは真逆な弟。優しくて人に気を使えて、沢山の友達もいて...シルルの元気な姿を見ると僕も元気を貰える。本当に、自慢の弟だ。
まぁ、ちょっと嫉妬もしちゃうけど...
「うわっ、兄ちゃん髪長!切ったげよっか?」
「バッカお前、この綺麗な髪切るなんてもったいねぇことする訳ねーだろ!なぁ、シシル?」
「ん、邪魔だから切りたい...」
「はぁ、息子二人の美的センスの無さに父さん絶句...」
悲しそうな表情をつくる父さんだが、その実結構楽しんでいた。こういった、何気ない会話を。
「あっ、そうだ!父さん父さん、今ね、村にすごいお医者さんが来てるらしいんだ!なんでも──」
「魔瘴を治す医者なんだって!」
『魔瘴』とは、この世界──『オド』における不治の病の1つである。
『オド』には、5柱の魔王が存在する。中でも、最も強く、長くこの世界に存在する大魔王──ジョーカー。
奴は数万年前、世界中に自身の魔力をばら撒いた。その魔力に触れた者は、不治の病──魔瘴にかかる。発症者は、全身に黒い斑点が表れ、激痛に襲われる。その他にも多くの症状が発症者を苦しめ、最終的に──死に至る。
発症から死まで、期間は個人差があるものの、平均3年、長くても6年生きれば長い方だ、とされてきた。
そして、この病は治らない。治せない。治す方法が分からない。数万年の研究を重ねても原理が理解できず、何もできずに死んでいく。そんな呪いのような病を発症したものは、知り合いからも、身内からも忌み嫌われ、見捨てられ、精神的にも冒される。そんな、何ともおぞましい病である。
この病は基本、30歳以上の人間しか発症しない。また、かなりの多量の魔力を取り込まない限り発症しないことも、研究で分かっていた。
───僕が、現れるまでは。
僕──シシルと弟シルルは、捨て子だったらしい。後に病院の検査で双子だと分かったが、元々名前も何もなしに道端に捨てられていたそうだ。そして、そんな僕たちを拾って育ててくれたのが──父のゲイルと母のシェマだった。
そして、検査によって判明したことだが...僕は、生まれて間もないはずなのに、魔瘴にかかっていた。
それだけではない。僕は魔瘴にかかっているにも関わらず、8歳となった今なお、ボロボロの身体で生きている。
これらは、今までの研究を大いに覆す衝撃の事実である。故に、僕の存在は世間一般には知られないよう、小さな村で療養させている。
それが何故か?簡単な話だ──僕の存在が知られたことによって、研究者たちのこれまでの研究が間違っていた、という事実を知られないため。完全な、私情である。
父と母は激怒していたけど、この決定が下された当時6歳の僕は、両親が傷つくことだけは心から嫌だった。だから、余計な争いをしないために、「それでいい」って言った。
そうして、今日に至る訳なのだが...
「魔瘴を、治す...」
「医者...だと?」
「うん、そう!とっても賢そうな人でね、兄ちゃんに合わせてほしい、必ず治してみせるからって言ってたの!」
「...シルル、それは...」
ありえない、と思った。なぜなら、未だに魔瘴の治療例など存在しないからである。だから、その言葉が嘘なのは明白だ。
「...いやー、魅力的だねぇ」
「はい。信用に足りる相手ならば、尚更魅力的なのですが」
残念ながら、とてもじゃないが信じられる話ではない。ない...はずだ。はずなのに...
なのに、なぜだろう...分かっているのに、どうしても、僕は期待してしまう。
「...ん、もしかしたら本当に、治してくれるんじゃない?」
「...!?シシル!」
「ダメよ、絶対そんなの嘘に決まってる!あなたを利用しようとしてるだけ!だから、絶対ダメだからね、シシル!」
母さんは、必死に僕を止めようとしてくれてる。心からの善意で。
...でも、その善意こそが...僕を、この奇行とすら思える行為に走らせる一因になってしまう。
「...でも、じゃあどうするっていうの」
「え...?」
「このまま、弱っていく僕を、辛そうな目で見るふたりの顔...もう見たくない。僕も、シルルみたいに...元気で、優しくて、頭がよくて...陽の光の下で、みんなと走り回って、それで...」
言葉が詰まる。涙が出そうになる。でも、でも...
この思いは...決して、止められない。止めたくなんてない...!
「...2人の、役に立ちたい...!」
「...シシル...」
「危ないのは分かってる。でも、このままじゃ変わらない。だから僕は...その人に、頼ってみたい」
「...そうか。分かった」
父さんは、何かを決心したかのように、顔つきが変わった。
どうやら、信じようと思ってくれたみたいだ。
「シルル。その人を連れてきてくれないか?」
「!?ちょっと、あなた、何考えて...」
「俺は今、シシルの覚悟を聞いた。シシルがリスクを承知で決めた覚悟を...踏みにじりたくねぇよ」
「...わかった。なら私も、覚悟、決める」
母さんも...覚悟を決めた、強い顔になった。
「...2人とも、ありがとう」
「...いいんだ。ごめんな、こんなことしか出来なくて。ほんっと、情けねぇ父でごめんな...」
「じゃあ呼んでくるね!!」
シルルは、またドタバタと走りながら、部屋を出ていった。
そして...シルルは、すぐにその医者を呼んできた。
眼鏡をかけた、黒髪の男。かなりスラッとした長身だった。
医者は、自身をキングと名乗った。首都の方でも割と有名な医者だ、と名乗っていたけど...
「ほーん、アンタが、ねぇ」
「胡散臭いです。やっぱり帰らせましょう」
「ん、父さんも母さんも落ち着いて...」
父さんと母さんは一ミリも信じてなかった。せっかくのチャンスを棒に振るようなこと、しないでほしいんだけど...
「私は、魔瘴を治しうる治療法を編み出しました。まぁ治療法というよりかは、治療薬と言った方が正しいかもしれませんがね」
そう言って、キングは持ってきたバッグから、赤い液体の入った注射を取り出した。
その中には、赤黒い液体が入っていた。
僕は、僕の部屋のベッドに寝転がらされた。ついでに、手足を紐で縛って固定された。キング曰く、「暴れられる可能性があるので」との事だった。
「これから、この血清を打ちます。痛いと思うが、我慢してくれ。君が耐え切れたら、魔瘴は治る」
「...ん...」
キングは、淡々と僕に告げる。
痛いのはかなり嫌だけど...魔瘴が治るなら、それに超したことはない。だから、我慢しよう。
「あぁ、親御さん、不安だとは思いますが、一旦外にいてもらっていいですか?かなり危険なので...」
「分かった。だが、お前に言っとくことがある...もし、だ。もし、シシルに何かあったら...」
「あなたは、私たちが殺すから」
父さんと母さんは、キングに向かって凄い形相で凄んでた。なんとまぁ恐ろしい...
「ふっ、いいでしょう。治してみせますよ」
「兄ちゃん、頑張ってね!」
「...ん」
間もなく、始まる。生まれてからずっと、僕を、みんなを、苦しめてきた魔瘴が治るかもしれない手術が。
怖い。
痛いし苦しいらしいから、怖い。
危ないらしいから、怖い。
誰も傍にいないのが、怖い。
死ぬのが...怖い。
でも、僕が乗り越えられたら、その時は...
「ふふっ」
なぜだろう?自然と、笑みが零れた。
「...?君、笑う余裕があるのか。この状況で」
「ん...まぁ、ちょっと楽しみで」
「そうか...ま、頑張ってくれよ。君が耐えないと私は殺されてしまうからね」
「ん...頑張る」
「それじゃあ...いくぞ」
プスッ
「...っぐ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」
痛い痛い痛い...!いや熱い...?なんだ、なんなんだ...!
全身が、焼ける、痛み...し、死ぬ...!
「くっ、このままじゃ精神がもたないかもしれない...!やはり幼い体では...」
「シシル...!頑張れ、シシル!」
「お願い、耐えてシシル...!」
「頑張れ、兄ちゃん!」
「あがっ、かはっ...!ぐ、が、ぁ...」
視野が狭まっていく。もう、むり...
「...シ...れ...」
「この....じゃ.....まず....!」
「に....生き.....」
─────────────
「...ん。」
激しい目眩に見舞われる。体を起こすことすらままなら...あれ?
「目眩が、しない...?それに体も心なしか軽いような...」
ガシャン!
「わ、びっくりした。...母さん?どうしたの?バケツ、落とし──」
「シシル!!!」
「!?な、何!?」
急に母さんが飛びついてきた...!?いつもは、あんまり感情を表に出さない人なのに...
「シシル、シシル...!よかった、よかったぁ...!」
「えちょ、母さ、どうしたの...?」
「どうした、何事だ、シェマ!?」
「あ、よかった父さん。母さんが──」
「あ...っ!シシル!」
「えぇ、父さんまで!?」
父さんは、割とふざけてチョッカイかけに来るけど...なんだか様子がおかしい。一体2人してどうしたんだ!?今までこんなこと一度も...
あ、違う。そうか、思い出した。僕は...
手術を、受けたんだ。
「もしかして、僕の魔瘴は...」
「...ええ、治ったわよ!あなたはあの、魔瘴に、ついに勝ったの!」
「...ほん、とに?」
「あぁ、そうだ!本当に、だ!よく...よく頑張ったな、シシル!流石は俺の息子だ!」
「...う、うっ」
「うわぁぁぁぁぁっ!」
心の底から、喜びが溢れ出してくる。止まらない。
やっと...やっと僕は、開放されたんだ...この呪いから!!
「怖かった、痛かった、苦しかった...!でも、僕、勝ったよ...!」
「あぁ、あぁ!そうだ!本当に偉いぞ、シシル!」
「うん、うん!これからは、シルルと一緒に、学校にもいけるし、外で遊んだりも出来るの!」
「嬉しい...嬉しいよぉ...!」
それから僕たちは、3人で抱き合って、泣きあった。30分くらい、ずっと泣いてたから、3人仲良く目が腫れていた。それを見たシルルが爆笑していたのは、また別のお話。
「経過も良好ですね。おめでとう、シシル君。きみは、人類で初めて魔瘴を克服したんだ」
数日の間は、キングの診察を受けつつ経過観察をした。結果、異常なしと診断され、僕は晴れて魔瘴から開放された。
「ん...ありがとう、先生。あと、疑ってごめんなさい」
「いえいえ、私としても、私の研究が正しかったことが実証されましたので...まぁ、実用化まではされないでしょうが」
キングは、残念そうにそう言う。
「ん、そうなの?」
「私の血清は、シシル君以外の患者には効果がなかったんですよ。ただ、君は色々と例外的な症状だったから、或いはと思ってね。予想通りだったよ。」
「なるほど...」
じゃあ、やっぱり信じちゃダメなタイプの医者だったのか...偶然成功してよかったけど。
「お前、そんな危険な真似をウチの息子にさせたんか?」
「そのメガネを粉々にされる覚悟はよろしくて?」
父さんと母さんはブチ切れだったけど、僕がなだめて何とか落ち着いてもらった。
確かに、僕を実験に使ったのは事実ではあるけど..結果、上手くいったのはキングのおかげだからね。
「何はともあれ、きみはこれで自由だ。これからは、元気に、自由に過ごすといい」
「はい、ありがとうございました...!」
「では私はこれで。失礼します」
「先生、本当にありがとうございました...!」
「こちらこそ。ではお大事に」
そういって、先生は去っていった。
これから、ようやく本当に僕の人生が始まる。そう考えると、胸が踊る。楽しみで仕方ない。早速、明日からシルルと学校に行くことになっている。
「楽しみだなぁ...!」
この先僕の身に起こる、あらゆる不幸を、この時の僕は知る由もなかった。
初めまして、読んでいただきありがとうございます。これからも、私の手がある限り、書いていきます。拙い文書ですが、ぜひ読んで、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。