ねじれの縊血(いち)
俺は田舎の高校で物理の講師として働き、食いつないでるアラフォー。講師はバイトのような立場であり部活や校内行事に必要以上に関わったり、残業などは無いので割と自分の時間は多くとる事ができる。更に未婚であるので自分のために多くの時間を、物理のある未解決の問題や研究に充てる事ができている。すでに講師として勤務して20年。私立の高校であるので県の採用試験などは受ける必要が無く、高校から常勤の教師に誘われているのだが断り続けている。ただ最近の研究の発表の一環で海外に何度も渡航したことで貯金が底を尽きそうになってしまっていた。
そこで2年に1度のアパートの更新のタイミングで引っ越し。より安い物件を探す事にした。以前仕事を一緒にした人物の伝手で、とある格安の一軒家を紹介してもらえた。かなりボロい平屋で断熱材やエアコンもついていない。以前の住人は身寄りがなく老衰でこの家で亡くなっており、市が解体費用を渋り格安で貸出したという事情だそうだ。こちらとしても渡りに舟。世界では毎日20万人近くの人が亡くなっているので清掃さえしっかり入っていれば俺は気にならない。
その家にはあるいわく・うわさがあった…。
引っ越しを済ませ、隣家へ挨拶に伺った際に隣家のおばちゃんからその話が聴けた。
「お隣にお引越しされた方ね。あらまぁ、、そう…。あ、よろしくお願いしますね?
…え?噂?そうねぇ…。
あのね。お宅の前にね。よく動物の死体が捨てられてるのよ。
うん。でもね、よく分かんないのよね。
私も直に聞いたことがあるんだけどね。
ドサッ!!
って音が外でしたからすぐに。あ、ほんとすぐよ。数秒で。
家の外に出たら、お隣のお宅の家の前に潰れた猫の死体が捨てられててね。
しかも周りに誰も人がいなかったのよ。
この辺りは田舎だから2階を越える高さの建物なんて見渡す限り無いし不思議よね?
お隣さん…、あぁもう亡くなった隣のお爺ちゃんの方ね。
そのお爺ちゃんも頻繁に死体が捨てられてるから
監視カメラで玄関の様子を撮ってたらしいんだけど
その映像では上から猫が落ちてきてたって意味の分からない事を言ってたし。
…あぁ、私はその映像は見てないわよ。
お爺ちゃんちょっとボケが入ってたからまた適当なこと言ってるのかなって。
まぁそんな場所だけどよろしくね。」
うーん…、お化けだか幽霊が見えるぐらいであれば無視すれば良いのだが
実際に潰れた動物の死体があるのは迷惑だなぁ。
保健所に連絡して片付けてもらうんだっけ?
でも何回も同じことが続くと遺棄した犯人であると思われるんじゃなかろうか?
前の住人であるお爺ちゃんもそんな理由で監視カメラをつけていたのかなぁ。
1カ月後
この町での生活にも慣れたある日曜の昼過ぎ。外で
ドンッ!
と何かが叩きつけられた音がしたので窓から外を見てみると
イタチ?テン?だかが、家の前の道路で死んでいた
今まさに血だまりが広がっていくような生々しい死
しかし辺りには人影も何もなく、逃げていく足音なども聞こえず
誰かのいたずらで…という感じはしなかった
車の通過した音すら前後で聞こえなかった
運行省に電話をかけその野生生物の死体の処理を依頼すると
10分程でこの地区の担当の人物がやってくる
「あら~やっぱりまたですかいな。」
50台前半の作業着を着たおっちゃんが軽トラに乗ってやってきたので
俺も通報者として様子を見に家の前に出る
「前ここに住んでた爺さんがやってた訳じゃ無かったんかね。月に1,2回はここに来させられてたから、てっきりあの爺さんが小動物を虐待死させてたんかと噂になっとったのよ。…あ、そう。あの爺さんは亡くなって、代わりにこの家に入った人かね。やっかいな家に移ってきたもんやね。」
作業着のおっちゃんは何度もここに小動物の死体の処理をしに来ているようだった。手際よくゴミ拾い用の金属のトングでその死体を不透明な黒い袋に入れ、車に乗り去っていった。後には血溜まりが残されていたが雨でも降ればすぐに流れ分からなくなるだろう。
その日以降、自身の研究や論文に対し手が付けられなくなった。実際に生き物の死を目の当たりにし、血溜まりを見てしまったからだろう。脳裏にその光景がへばりついてしまった。その現象の原因を究明したいという好奇心も湧いてきた。
そこでまず家の前に監視カメラを付けて24時間の録画を試みる。この家の前の住人である亡くなったお爺さんがやっていたことのようだが、まずは自らの眼で現象を確認してみるところからだ。
引っ越してお金が無い時であるのにクレジットでそこそこの支出をし、監視カメラを玄関から前の道路に向けて設置してみる。早く野生生物の死体が道路に落ちていて欲しいような、やっぱり落ちていて欲しく無いような不思議な気持ちになった。
2週間後
再度それは起こった。ただその現場自体は直接見ていない。講師の仕事で高校で授業を行なっており、夕方に帰ってみるとすでに血溜まりがあった。玄関の鍵を出していると隣の家のおばちゃんがこちらに近づいてきて
「ねぇ。3時間程前にもまた犬の死体があったのよ。やぁねぇ。私が電話して処分してもらったんだけど、ほんと誰がやってるのかしらね?えっと…あなたは?あ、学校の講師?先生?ふ~ん。じゃお仕事中だったのね。」
このおばちゃんは一方的に話をし、隣の自分の家に帰っていった。このおばちゃんは俺の事をちょっと疑っていたのか?と思ったが、それも確かに当然か。人の仕業であるならば第一容疑者は俺である。しかしまぁ今回は監視カメラがあるので気持ちは少し上向きである。
さっそく監視カメラからメモリカードを抜き取り、スマホに差し込む。映像は自動で大型のテレビに映し出されるので操作して4時間前の時間を再生する。4時間前では道路には何も無い。若干染みが見えるのは前回のイタチ?の死体の時から雨が一度も降っていないからであろう。そこから30倍速で再生を行う、すると道の中央にパッと犬が現れる。その地点に時間を戻し、等速で確認する
ひゅううう
ドサっ!
じわじわ
犬が上から降ってきた。そして地面に叩きつけられ、血溜まりが広がっていく様子が鮮明に撮られていた。値の張る監視カメラだったことが災いし、画質が非常に良く、大画面テレビで見てしまったことでリアルよりも生々しく感じられた。
俺も眉唾だと信じていなかったが、前の住人のお爺さんがしていた証言が正しい事が証明された。
空から???
上空を飛ぶ乗り物は飛行機、ヘリコプター、飛行船、気球に至るまでその全てがネットで航路を確認することができる。前回と今回、野生生物が落下してきた日時に上空を飛ぶ乗り物を確認してみたのだが該当は無かった。遠くから死体を射出する何かしらの装置があるにせよ地面に落ちてから横に転がり、落下地点は安定しないのではないか?監視カメラの様子では真上から垂直に落下しているように見える…。監視カメラの映像で解決に至るかと思っていたのだが、余計に混乱させられる結果となってしまった。
半年後
その間に8回の野生生物の死体が空から降ってきた。小さいものでネズミ。大きいもので猪が血溜まりを作った。
家賃の安い家に移った事もあり半年程暮らすと少しお金が溜まる。そこで買おうと思っていたドローンを購入する。
ドローンで上空を撮影するためだ。
…ただそれで原因が究明するとは思っていない。そこまでしたんだからもう自身にできることはないと、ある意味諦めるために撮影をしようと思ったのだ。
ドローン自体に360度カメラが搭載されているタイプ。64Kの天球撮影が出来るので、操縦や撮影の技術はほとんど必要ない。ただただ真上に飛ばすだけだ。その撮影された映像はリアルタイムで手元のスマホでも録画・閲覧ができる。操縦ミスでおしゃかにしてはいけないので、高校の生徒に手伝ってもらいながら校庭で念入りに操縦の練習をしておいた。
そして、晴れた休日の朝
スマホとドローンの充電は100%にしてある。充電が切れるまで飛ばし続け、ひとまずの決着としたい。ドローンの電源を入れて羽が回転し始め
プィーーーン
小さな高い音が鳴りすぅーっとドローンが離陸する。そしてそのままゆっくり真上へ上がるように操作し続ける。ドローンが少しずつ小さくなっていき、ドローンカメラの映像はスマホに映し出され、視点が上空へ上がる。ぼんやりともうドローンをオークションで売る時の文言を考える。
【2回だけ遊んだだけの美品です。上空の画像や動画を撮影するために購入しました。綺麗な動画が撮れましたので出品します】
高額なドローンではあったが美品のまま欠品なく外箱に戻して出品すれば相当の金額で売れるはず。我が家の家計はいまだ火の車であるのだ。出品の金額はいくらからスタートにしようか…。それとも即決価格で売れなかったら徐々に下げていこうか…
などと考えていると上空300mにまでドローンが上がっていた。ぼんやりとスマホの映像を見ながら考えていたが特に不審なものは確認できなかった。意識をドローンの映像に集中させものの数秒。上空308mで異変が起こった。突然に映像の中に無数の物体が映りこむ。ドローンを空中で停止させ360度の映像を確かめてみると360度全ての場所に動物が数十体、ピタッと空中に浮いている。半径10m程の空間であろうか。犬、猫、ウサギ、猪、ネズミなどが、生きているかのように目を開き空中に停止しているものの動く気配が無い。
上空300mの地点ではその上方に何も確認できなかったのだが、そこから数m上に行っただけで唐突に空間が展開されたかのように無数の動物が現れた。心臓が高鳴る。この謎の空間から生物が降ってきていたことは間違い無いだろう。深呼吸を一つ入れ、ドローンを操作する。動物に当たらないように、密集していると思われる球状の空間の中心を目指す。
そこには1人の人間がいた。他の動物と異なり一目で死んでいると分かる。首を吊って亡くなっているのか首が伸び舌が飛び出ている。縄は見られないが首には青黒い跡がくっきりついている。上空314m地点で亡くなった人物の心霊現象であったのだろうか…。
3年後
私は今でもこの家に住み続け、休みの日の度にドローンを上空に飛ばし続けている。結局ドローンは売りに出さず、謎空間の存在に関しては誰にも伝えていない。
ピンポーン
ガラガラガラ
チャイムが鳴ったので玄関を開けると制服を来た警察官が2人
訪ねてきているのに俺が出たことに驚き顔を見合わせて小声で何かを言っている
「えっと、あの、警察ですけど、、先日お宅の前で亡くなっていた人物の身元が判明しました
…あなたです。
…あなただったんですよ。家の前で亡くなっていた人物。あなたのDNAと指紋が一致したので間違いないかと…」
少し前。家の前に60歳程の男性の死体が落ちてきた。人間が落ちてきたのは初めてであったが、それは謎空間の中心にいた首吊り人とは明らかに別の人間。警察が言うにはその家の前で死んでいた人物は私であったらしい。
現在、ここ田舎では2階建ての建物も珍しい程ではあるが、200年程前にここが日本という国であった頃。この地方は東京という名前の首都であったらしい。
高さが100mを越えるような高層ビルが立ち並び、人口も1200万人程が首都圏にいたのだという。
しかし…おおよそ200年前…
2024年8月に世界中で悲劇が起こった。
地上よりも高い所にいた人物。アパートやデパート、ビルの主に2階以上にいた人物は床・地面をすり抜けた。2階から1階にすり抜け3~4m程を落下した人物の死亡率は20%程とそうでもなかったが3階以上からの落下となると死亡率は跳ねあがった。飛行機からも人が落下していた。船では船底のバラスト水から乗員・乗客の水死体が無数に発見された。人が多く入っていた高層ビルのような建物のすり抜けに関しては地獄絵図であった。死体は3階部分にまで積み上がり1,2階部分の天井・床部分に人間がめりこんでその全てが亡くなっていた。
車や電車といった乗り物に乗っている人物は床がすり抜けることなくある一定以上の高さであることが後の調査で判明している。とにかく既存の物理法則では解明できない事態が世界中で巻き起こった。
俺が四次元と空間の拡張の研究に手を付けるきっかけとなった大災害だ
三次元空間におけるねじれの位置は一次元の線である
ではあの球形の三次元空間は、五次元空間におけるねじれの空間であるのか?
この世界には十一次元まで存在するとまことしやかに噂されているが
積分や微分すると理論が単純化、一般化されるから解き明かせない結果を無理やり理由付けするためだけの
次元の拡張なのであろう。解き明かしたとこじつけるためのほとんど意味の無い考えだと思っている。
200年前に呪われたと言える上空314mの時間の止まった三次元空間
時間軸のズレで未来の俺が降って来たということ
俺の死
を考慮に入れる
なるほど。近年俺によってようやく解き明かされた四次元の理論。
早々に五次元の背中が見えた。
俺が潰れてしまうその日まで研究を続け次元の高みを解きほぐしていこう