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《碧眼の花と緋の刃》軍に拾われた少女は、差別と陰謀の時代に抗い、愛を知る  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第4話 後編《寄り添う手②》


一方のソニアとユリウスは、学生棟へと向かって並んで廊下を歩いていた。

無言で何か考え込んでいる様子のユリウスに、ソニアはやや遠慮がちに声をかける。


「あの…申し訳ございません、お手間をおかけしてしまって…」

「始業までまだ時間もある。気にするな」

「ですが、本当にここまでしていただく必要はなかったと思うのですが…」


その言葉に、ユリウスは小さくため息をついて立ち止まる。

何事かと首を傾げるソニアに、ユリウスはキョロキョロと辺りを見回してから真剣な表情で向き直った。


「シュミット…お前、気付いていないのか?」


ユリウスの言葉にソニアは瞬時に思考を巡らせるも、思い当たる節は何もない。


「いえ…何のことでしょうか?」

「…シュヴァイガー大佐が、お前を見る目だ」

「私を見る目…?」


ソニアはユリウスの言わんとすることをよく理解できず、怪訝な表情を浮かべる。

そんな彼女の様子に、ユリウスは小さく息をつく。


「どうやら、本当に気付いていないようだな。大佐がお前を見る目が、昨晩を境に変わった」

「えっ…?」


僅かに驚いた表情を見せるソニアに構わず、ユリウスは言葉を続ける。


「以前は、どちらかというとお前のことを疎まし気な目で見ていたようだが…昨晩と今朝は何かを探ろうとしているような目をしていたからな。怪我の件もある以上、シュミット単身の時に大佐と接触させるのは少し不安が残る」


ユリウスの説明に、ソニアは先ほどハインツと遭遇した時のことを思い返す。


(じゃあ、さっきのあの嫌な感じって…そういうこと?でも、一体どうして…?)


そう考えつつ、ユリウスを見上げた。


「…大佐は、私の何を探ろうとしていらっしゃるのでしょうか?」

「そこまでは俺もわからない。が、何かあってからでは遅いからな…。怪しいと思うからには、警戒しておくに越したことはないだろう」

「承知いたしました。ですが、講義の際はどう対応すれば…?」


ソニアは少し困惑した様子を見せ、その様子にユリウスは頭を悩ませる。


(そういえば、大佐は第2学年の魔術訓練担当官だったな…。必須単位である以上、シュミットに講義を休ませるわけにはいかない。が、リスクを考慮すれば可能な限り接触を避けるべきだろう…)


そう判断したユリウスはソニアに向き直った。


「…大佐と2人になるような状況は、人目のあるなしにかかわらず避けるようにしろ。もし講義内容で質問があれば、大佐ではなく俺まで聞きに来い」


ユリウスの提案をソニアはありがたく思うが、一瞬その表情を曇らせる。


(でも…クロイツァー大尉の迷惑になってしまうんじゃないかしら…?)


思わず不安になってしまうソニアは、恐る恐るユリウスを見上げて口を開く。


「ですが、私の事情で大尉の貴重なお時間をいただくなんて…本部での通常業務もありますよね?」


そう告げるソニアの言葉に、ユリウスはフッと笑って彼女の頭をポンポンと撫でた。


「そこは否定しない。が、弟子のために動くのも師匠としての勤めだからな…。迷惑でもないし、お前は気にしなくて良い」


そう話すユリウスを、ソニアは思わず少し目を丸くしてじっと見つめる。


(きっと、ベルクマン准尉がこんな風に大尉に接していらっしゃったんでしょうね…。普段の大尉からは考えられないくらいの高待遇だもの)


そんなことを考える彼女の様子に、ユリウスは小首を傾げた。


「…シュミット?」

「いえ…ありがとうございます、大尉」


ソニアがそう礼を言うとユリウスは満足気な表情で一瞬フッと笑い、2人はそのまま廊下の角を曲がる。

廊下の向こう側に学生棟への扉が見え、ソニアはユリウスに声をかけた。


「大尉、ここまでで結構です」

「そうか?…なら、また3時限目の講義の時にな」

「はい、承知いたしました。では一旦失礼させていただきます。部下の皆様にもよろしくお伝えください」


ソニアはそう言って一礼すると、学生棟の方へと駆けていく。

そんな彼女が扉の向こうに姿を消したのを確認すると、ユリウスは自身の執務室へ向かうべく、くるりと踵を返して来た道を戻っていくのだった。


ユリウスは執務室の扉を開けて室内に入ると、まっすぐ自分のデスクに向かう。

そのまま始業準備を進めていたユリウスだったが、ヴェルナーたちからの視線に小さくため息をついて口を開いた。


「…さっきから何だ、お前たち」


ユリウスがそう言うと、ヴェルナーとラルフ、シュテファンの3人は互いに顔を見合わせる。

ギルベルトは苦笑いしつつ、そんな様子の彼らに代わってユリウスに返答した。


「…全員、嬢ちゃんのことが気になって仕方ねぇみたいだぜ?」

「は…?」


そう話すユリウスとギルベルトに、ヴェルナーたちは慌てて割って入る。


「ちょ、准尉!誤解されるようなこと、言わないでくださいよ!」

「そうですよ…僕ら、どちらかというと大尉の態度の方が気になる──」

「シュテファン、それ益々言わない方が良いんじゃないかな…」


そんな会話にユリウスは深くため息をつく。


「…お前たちには関係ないだろう?」


ユリウスは引き続き始業準備のためにデスク周りを整理し、そんな様子にギルベルトは苦笑いする。


「そう言ってやんなって。嬢ちゃんに自己紹介した以上は、こいつらも赤の他人ってわけじゃねぇんだからよ」

「仕方がないな…」


ユリウスはやれやれとデスクの引き出しからソニアに関する資料を取り出すと、それをラルフに差し出した。


「…ラルフとシュテファンは、一度それに目を通してみろ。話はそれからだ」

「あ、はい…」


ラルフは資料を受け取ると、シュテファンと並んで書類の束に目を通していく。

それを読み進める2人の表情は、以前のヴェルナーと同じように徐々に引きつっていった。


「…大尉、あの子一体何者なんですか?」


そう発言するシュテファンに、ヴェルナーは小さく吹き出す。


「シュテファン、俺と同じ反応してやんの」

「いやぁ…流石にこれは、皆が皆同じ反応するんじゃないかな?俺もそう思ったけど…」


そこまで言ったラルフは何かを考え込むように黙り込み、その様子にギルベルトは首を傾げる。


「ラルフ、どうした?」

「あ、いえ…こんな優秀な子なら、わざわざ軍大学に入らなくてもなぁと思っただけです。やっぱり、何か訳ありなんですか?」


ラルフはそう言いつつユリウスに視線を向けた。

その視線を受けたユリウスは、腕を組みつつ口を開く。


「その辺りの事情は俺も聞いていない。だが…」


ユリウスはそう言うと、現状ソニアが軍大学で置かれている状況と自分が個別指導を受け持つようになったことと、ソニアの瞳の色については一旦伏せた上で昨晩の出来事を簡単に説明する。

一通り話し終えると、ラルフたちは納得したらしい表情を浮かべていた。


「なるほど…事情は理解しました。その子も苦労してるんですね…」

「というか、シュヴァイガー大佐は何考えてるんすかね?規則違反を指摘するにしても、怪我させるのはどうかと思うっす」


そう憤るヴェルナーの隣で、シュテファンは首を傾げる。


「僕、大佐とはほぼ接点ないんでよくわからないんですけど…ひょっとして、元々手加減が苦手な方だったりします?」


そんな疑問に、ギルベルトは首を横に振りつつ口を開く。


「いや…指導教官に選ばれてるってことは、その辺は全部クリアしてるはずだ。でなきゃ、講義中に学生が怪我しまくって問題になっちまうだろ?」

「確かに准尉の言う通りですね…」


顎に手を当てながらそう呟いたラルフは、ユリウスに視線を向けた。


「つまり、大尉は『大佐の動機がよくわからないからこそ、ひとまず警戒している』って認識で間違いないです?」


ラルフの問いかけに、ユリウスは小さく頷く。


「ああ、ラルフのその認識で合っている。弟子を取った以上は、その身辺についてもきちんと気にかけるべきだろうからな」


ユリウスの言葉を聞いたラルフは、腕を組んで少し考え込む。

そんなラルフの様子に、ギルベルトは首を傾げた。


「ラルフ、どうした?」

「あ、いえ…俺も大佐の意図が気になったもので。ちょっと引っかかりますよね」


ラルフはそう言いつつ、再度ユリウスに視線を向ける。


「大尉、俺に何かできることってあります?」


そう問われたユリウスは、ふと足元に視線を落としま。


(力を貸してくれようとするのはありがたいが…これは俺とシュミット、そして大佐の問題だ。そう簡単に部下たちを巻き込むわけにはいかない…)


そう判断したユリウスは、ラルフに向き直る。


「いや…今は大丈夫だ。必要があれば声をかける」

「そうですか?大尉がそう仰るなら、まあそれで構いませんけど…」

「とりあえず、あんまり1人で抱え込まねぇようにしろよ」


ギルベルトの言葉にユリウスはこくりと頷くのだった。



───────

────

──


一方のソニアは、1時限目の武術訓練講義のために講義室内でポツンと1人待機していた。

講義の開始まではまだ少し時間があり、講義室の隅の方で先ほどユリウスから言われたことを思い返す。


(シュヴァイガー大佐は、私の何が気になるのかしら…?単に、私が碧眼持ちだからってこと?)


碧眼は、世間一般では『一生に一度出逢うかどうか』と言われるほどに希少な瞳の色として有名だ。

当事者であるソニア本人も、自分以外に同じ眼の色をした人間とは出会ったことがなかったほどである。

物珍しいのもわかるし、世間的に差別対象である以上、目を引く色であることはソニアも理解していた。


(でも、本当にただそれだけなのかしら…?)


そう考えるソニアは、何かが引っかかるような気がしてならない。

モヤモヤした気持ちを抱えていると講義室の扉が開く音がし、ソニアはふとそちらに視線を向ける。


「シュミット…随分と早いではないか」


入り口に立つルイーゼは少し驚いたような表情でそう言い、ソニアは一礼する。


「おはようございます、ザクセン中佐。朝から少し所用がありまして…その足で直接講義室まで参りました」

「なるほどな…」


ルイーゼはそう言うと講義の準備をすべく、隣接する倉庫から機材を運び出し始めた。

そんな彼女の様子を、ソニアはじっと伺う。


(中佐、瞳の色のことを何も仰ってこないわね…。ひょっとして、大佐は誰にも話していないのかしら?)


腕組みつつそう考え、ホッと息をつくソニア。


(大々的に吹聴されるかと予想していたから、ありがたいと言えばありがたいのだけど…)


そう思いつつ、ソニアはルイーゼの方へと移動し、そのまま彼女の運んでいる機材の反対側を持った。


「…お手伝いいたします」

「ああ、すまない」


2人で倉庫と講義室を行ったり来たりしていると、ふとルイーゼが口を開く。


「9月の時点ではどうなるかと思っていたが…シュミットの上達ぶりには実に驚かされたな」

「そうでしょうか?」

「今となっては、他の同級生よりも頭1つ抜けているだろう?…誰かに指導してもらえるようにでもなったのか?」


そう問われたソニアは、どう返答すべきなのか一瞬言い淀んでしまう。


(…大尉曰く、個別指導はどの教官も少なからず行ってるというお話だったし…話しても問題ないわよね?)


そう判断したソニアは、ルイーゼに向き直ると小さく頷いた。


「…はい。現在、クロイツァー大尉より個別指導を賜っております」

「は…?」


ソニアの返答に、ルイーゼは思わず目を丸くする。


(あの大尉が…?いや、大尉だからこそあり得る話か…)


ユリウスの実力を思い返したルイーゼは、すぐにそう納得した。


「…どおりで、この短期間で急激に伸びるはずだな。彼の指導は厳しいが、的確だろう?」


素直にコクリと首を縦に振るソニアの様子に、ルイーゼは一瞬目を丸くする。


(…多少は、この子も他の人間を頼れるようになったということか。警戒心の強いシュミットを、まさかあの大尉があっさり信頼させるとはな…)


そう考えつつ、ルイーゼはフッと笑う。


「…シュミット、良い師に出会えたようだな」

「良い師…」


ソニアはポツリとそう呟くと、ここ2ヶ月ほどのことを思い返す。


(基礎の基礎から学び直さなければならない私に、大尉は本当に根気良く付き合ってくださったわよね…。厳しい言葉や指導も多かったけれど、それは私のことを思ってくださってこそだったのだろうし…)


そう考えながら、ソニアはユリウスからの指導を1つ1つ思い出して反芻する。


(短期間でこのレベルまで持ってこられたのは、間違いなく大尉に指導していただいたおかげだわ)


改めてユリウスの有能さを認識し直したソニアは、ルイーゼに向き直った。


「…はい。とても良い師に出会えました」

「そうか…それは何よりだ。これからも精進しなさい」

「肝に銘じておきます」


そう話しながら機材を運び終わると、他の同級生たちも講義室に集まり始める。

ソニアは相変わらずポツンと1人で講義に臨むものの、ユリウスの個別指導の時間を心待ちして乗り切るのだった。

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