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《碧眼の花と緋の刃》軍に拾われた少女は、差別と陰謀の時代に抗い、愛を知る  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第4話 前編《寄り添う手①》


翌朝、ソニアは言われた通りにユリウスの執務室へと向かって本部の廊下を歩いていた。


(痛みもほぼ無くなったし、何の問題もないと思うのだけれど…)


そう思いつつ、昨晩のユリウスの様子を思い返す。


(大尉って、意外に心配性なのかしら…?こうやって他人から心配されることなんて、今までほとんど無かったし…正直、どう反応すれば良いのかよくわからないのよね)


そんなことを考えながらふと顔を上げると、正面から見知った人物が歩いてくるのが見え、ソニアは思わず足を止めた。


「…おはようございます、シュヴァイガー大佐」

「ん?君はクロイツァー大尉の…学生が、朝からこんな所まで何の用かね?まさか、用もなく入り込んできたわけでもあるまい。それとも迷子か?」


ハインツはまじまじとソニアを見つめると、彼女の方へと手を伸ばしてくる。


「来なさい。学生棟まで連れて行ってやろう」


その仕草や言葉に、ソニアは背筋がゾクリとしてしまう。


(何か、嫌な感じがする…)


一歩でも近付けば何かされそうで、足がすくむ。

どう離れるべきか頭が回らず、ソニアはただじりじりと後ろに下がっていく。


とその時、ソニアの肩に背後からそっと手が置かれ、少し驚いた彼女はパッと後ろを振り返る。

そこにはちょうど出勤してきたと思われるユリウスが立っており、ソニアはホッと胸を撫で下ろした。

ユリウスはまっすぐにハインツを見据えながら、静かに口を開く。


「…おはようございます、大佐。自分の弟子に何かご用でしょうか?」


その言葉にハインツが一瞬舌打ちしたように見え、ユリウスは相手を警戒する。

そんな彼の様子に、ハインツはため息まじりに口を開く。


「いや…学生が用も無しに本部をうろつくのは、あまり感心できたことではないからな。話を聞こうと思っただけだ」

「そうでしたか、それはお手数をおかけいたしました。彼女のことは自分が執務室まで呼び出しておりましたので、大佐がご心配されるようなことは何もないかと。では、失礼いたします」


ユリウスは僅かに棘のある口調でそう返すと「行くぞ」とソニアに声をかけた。

ソニアはハインツにサッと一礼すると、そのまま素早くユリウスの後に続く。

ハインツはそんな彼の後ろ姿を険しい顔で睨みつけると、くるりと向きを変えて自身の執務室へと戻って行くのだった。


ソニアは無言で前を歩くユリウスをじっと見上げる。


「あの…ありがとうございました、大尉」


そう礼を言われたユリウスは、軽く後ろを振り返った。


「気にするな。…シュミット、大佐に何もされていないか?」


押し殺したユリウスの声音に、わずかな苛立ちが混じる。


「いえ、特には…。声をかけられただけです」

「そうか…なら良かった」


ユリウスは短くそう告げると、再び前に向き直った。


(昨晩といい先ほどといい、大佐(あの男)の狙いは一体何なんだ…?)


そう考えつつ、ユリウスはソニアと共にまっすぐ執務室の方へと歩を進めた。


執務室にたどり着くと、ソニアは昨晩のように休憩スペースのソファに腰掛けるよう促される。

ユリウスはそんなソニアの隣に腰を下ろすと、彼女の左腕に視線を向けた。


「シュミット、腕はどうだ?」

「痛みはほぼ引きました。触れるとまだ少し痛みますけど…」

「…一応、確認させてもらうぞ」

「はい」


ソニアがそう答えると、ユリウスは彼女の左腕に巻かれた包帯を、患部に触れぬようにそっと解いていく。

昨晩あった赤い手の跡は綺麗に消えていたものの、所々が青痣になっており、ユリウスは思わず眉を顰めた。


(大佐め…力加減というものを知らないのか…?規則違反を指摘するにしては、明らかにやり過ぎだ)


そう思いながら小さくため息をつき、ソニアの目をじっと見つめる。


(大佐の様子からして、ソニアの瞳の色が何か関係している可能性も否めないな。だが、今はそれよりも…)


そう考えつつ、ユリウスはソファから立ち上がる。


「大尉…?」

「打撲用の軟膏があったはずだ。取ってくるから、お前はここで少し待っていろ」

「はい、承知いたしました」


ソニアはそう答えながらも、内心苦笑いしてしまう。


(そこまでしなくても良いのに…)


そう思いつつ、ユリウスの気遣いをありがたく思うソニア。

断るのも申し訳ないだろうと、彼女はユリウスが戻って来るのを大人しくその場で待つことにする。


ユリウスが室内の棚をゴソゴソと漁っていると、執務室入り口の扉が勢いよく開いた。


「おはよーっす…って、あれ?」


ズカズカと室内に入って来たヴェルナーは、棚を漁るユリウスの姿に気付く。


「大尉、そんなとこで何やってんすか?」


その言葉に、揃って出勤してきた他の3人もユリウスの方へと顔を向ける。


「そこを漁ってるってことは…」


状況を察したギルベルトはそう呟くと、休憩スペースの方へと移動する。

ひょっこりと中を覗き込むと、予想通りソファに腰掛けるソニアの姿が目に入った。


「お、やっぱ嬢ちゃんだったか」


ギルベルトはそう言いながら彼女にヒラヒラと手を振り、彼の姿に気付いたソニアはペコリと頭を下げる。


「おはようございます、ベルクマン准尉。朝から申し訳ございません、少しお邪魔しております」

「気にすんなって。…んで、大尉は何探してんだ?」


ユリウスの方に振り返ったギルベルトはそう尋ね、ユリウスは棚を漁りながら口を開く。


「…ギルベルト、救急キットをどこに片付けたんだ?軟膏を使いたいんだが…」

「あ…(わり)ぃ、そういや俺のデスクの方に置いたんだったわ。ちょっと待ってろ」


ギルベルトは自分のデスクから救急キットを回収すると、そのままユリウスに手渡す。

それを受け取ったユリウスは足早に休憩スペース内へと姿を消し、状況が飲み込めていないヴェルナーたち3人は揃って首を傾げた。


「…准尉、何かあったんですか?」

「例の嬢ちゃんが来てんだよ」


シュテファンの問いにギルベルトがそう答えると、ヴェルナーの目が一気に輝く。


「えっ、マジっすか!?」


ヴェルナーはいそいそと休憩スペースの出入り口に向かい、他の隊員たちもその後に続く。

スペース内ではユリウスがソニアの左腕に軟膏を塗っており、その光景にヴェルナーたちは目を丸くした。


「大尉…何やってるんです?」

「見ての通り、怪我の処置だが…」


ポカンとするラルフの問いにユリウスがそう答えていると、ソニアはふと視線を上げる。


(多分、大尉の部下の方たち…よね?学生なんだし、私の方からきちんと自己紹介しないと…)


そう判断したソニアは、ヴェルナーたちに向かって頭を下げた。


「…座ったままで失礼いたします。軍大学工学部3年のソニア・シュミットと申します。お騒がせして申し訳ございません」


ヴェルナーとラルフ、シュテファンの3人は、淡々とそう告げるソニアに思わず見惚れてしまう。

ギルベルトはその様子を苦笑いで眺めつつ、やれやれとため息をついた。


「お前らな…いくら嬢ちゃんが美人だからって、朝から揃ってだらしねぇ顔してんなよ」


その言葉にハッと3人は姿勢を正し、そんな彼らを横目にギルベルトは休憩スペースに足を踏み入れる。

2人に歩み寄りつつ、ソニアの左腕の状態に気付くと思わず口を開いた。


「こりゃ(ひで)ぇな…。嬢ちゃん、大丈夫か?」

「はい。大尉に適切に処置していただいたおかげで、大事ありません」

「とはいえ、腫れが気になるな…(わり)ぃが、ちょいと触らせてもらうぞ?」

「えっ…?」


ギルベルトが痣に触れると、ソニアは痛みに一瞬顔を歪める。

その様子にギルベルトは眉をひそめ、ユリウスに視線を向けた。


「…その軟膏塗り終わったら、そっちの青い蓋のも上から塗っとけ。多少痛みが抑えられるはずだからよ」

「わかった」


ユリウスは、そのまま黙々とソニアの腕に軟膏を塗り続ける。

入り口にたむろしていたヴェルナーたちも揃ってソニアの周りに集まり、その腕の状態に驚いた様子を見せた。


「大尉…流石に女の子に怪我させるのはどうかと思いますよ?」

「シュテファンの言う通りっす。それに、女の子を乱暴に扱う男はモテない──」

「ローデ少尉、モテるモテないの話は今関係ないでしょ?」


ラルフはそう言ってヴェルナーの頭を軽く小突く。

そんな彼らの言葉に、ユリウスは深くため息をついた。


(直接的な原因は大佐とはいえ、シュミットから目を離した俺も確かに悪いな…)


そう自省するユリウスと他の隊員たちを交互に見つつ、何だか居心地の悪さを感じるソニアは、だんまりのまま俯いてしまう。

そんな彼女の様子に気付いたギルベルトは、ヴェルナーたち3人に声をかけた。


「…とりあえず、お前らはきちんと自己紹介し返してやれよ。嬢ちゃん、戸惑ってんぞ」

「「「あっ…」」」


ギルベルトの指摘に、ヴェルナーが我先にと口を開く。


「俺、ヴェルナー・ローデって言うんだ。階級は少尉で…歳は24。朝からこんな可愛い子が執務室にいるなんて、目の保よ──」

「ヴェルナー、お前いい加減にしろよ…」


ギルベルトは呆れた様子でヴェルナーの首根っこを掴み、ソニアから距離を取らせる。


「自己紹介くらい良いじゃないっすか!?」

「ダメだ。嬢ちゃんを、お前の女遊びに巻き込もうとすんじゃねぇよ」

「してないですって!挨拶しただけっすよ…!」

「早速口説こうとしてたろ!」


言い合いを始めてしまったギルベルトとヴェルナー。

そんな2人の様子にソニアは内心戸惑ってしまう。


(えっ?この状況、私のせい…よね?どうすれば良いの?)


そんな様子のソニアを、ユリウスはじっと見つめて口を開いた。


「…ヴェルナーは、大体いつもあの調子だからな。お前が気にする必要はない」

「あ、はい…」


そう言って再度ヴェルナーたちに目を向けるソニアのそばに、ラルフとシュテファンが歩み寄る。


「朝から騒がしくてごめんねぇ…」

「ローデ少尉って、女の人が絡むとああなっちゃうんです…」

「そうなんですね…」


ふとソニアが2人を見上げると、ラルフとシュテファンは少し屈んで彼女ににっこりと笑いかけた。


「俺はラルフ・サヴォイア。階級は曹長で歳は30。よろしくね」

「僕はシュテファン・クリューガーです。階級は最近伍長になったばっかりで、年齢は20。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


ソニアが丁寧に頭を下げると、ラルフとシュテファンもそれに倣う。

頭を上げたラルフは、ギルベルトたちを見やりながら苦笑いで口を開く。


「…そろそろ、准尉に加勢した方が良いかな」

「賛成ですね…」


シュテファンはそう答えると、ラルフと共にヴェルナーたちの方へと向かって行った。

これで落ち着くのかと思いきや、何やら論争がヒートアップしているようで、ソニアは思わずユリウスに声をかける。


「大尉…止めなくてもよろしいのでしょうか?」

「…そのうち飽きるだろうからな、放っておけ。今はシュミットの手当てが最優先だ」


ユリウスは小さくため息をつきつつ、丁寧な手つきでソニアの左腕に包帯を巻き直し始めた。

巻き終えた包帯を隅から隅までしっかり確認すると、ユリウスは処置を終える。


「とりあえずはこれで良いだろう。もし、明日もまだ痛みが残っているようであれば、一度医務室で診てもらえ。わかったな?」

「はい、承知いたしました。…ありがとうございます、大尉」

「気にするな。そういえば…お前、時間は大丈夫なのか?」


ユリウスはちらりと室内の時計を見上げ、ソニアもつられて視線を上げる。


「…1時限目は訓練課程ですので、そろそろ戻らせていただこうかと」

「そうか…なら、送っていく」


立ち上がりながらそう言うユリウスを、ソニアは首を横に振って止めた。


「大尉、そこまでしていただく必要はございません」

「そういうわけにいくか。また怪我を増やされても困るからな…行くぞ」


ユリウスはそのままスタスタと休憩スペースから出て行ってしまう。

ソニアはまだ言い合いを続けているギルベルトたちに素早く一礼する。


「すみませんが、失礼させていただきます。お騒がせしました」


そう告げると、ソニアは急いでユリウスの後を追った。

執務室の扉が閉まる音が聞こえると、ヴェルナーとラルフ、シュテファンの3人は顔を見合わせる。


「…大尉、どうしたんですかね?わざわざ学生さんを送っていくなんて…」


首を傾げるシュテファンの言葉に、ラルフもうんうんと同意するように頷いて口を開く。


「さっきも、すごく丁寧にケガの手当てしてたよねぇ…。ひょっとしてあの子に気がある…なんてことない?」

「いやいやいや…流石にそれはないっすよ。ずーっと『恋人は作らない』って言い張ってるんすから…」


そう話すヴェルナーたち3人に、ギルベルトはやれやれとため息つく。


「お前らな…あんま変な憶測してっと、大尉に叱られんぞ。単に、あいつは嬢ちゃんのことを心配してるってだけなんだからな」

「でも、痣くらいっすよ?大尉らしくない気がするんすけど…」


そう首を傾げるヴェルナーの言葉に、ギルベルトは頭を掻きながら口を開いた。


「まあ、あの痣の原因が大尉なら俺もそう思うだろうけどよ。あれをつけたのはシュヴァイガー大佐らしくてな…」

「大佐がですか…?」


そう首を傾げるシュテファンの様子に、ギルベルトは腕を組んで考え込む。


(俺の判断で話して良いことじゃねぇよなぁ…)


そう悩みつつも3人に向き直り、言葉を選びながら口を開く。


「話してもらえる保証はねぇが…気になるなら大尉に聞いてみな」

「ということは、あの子は何かしらの訳ありなんですね?」


ラルフにそう問いかけられたギルベルトは、気まずそうに頭を掻く。


「相変わらずラルフは鋭いな…。まあでも、そういうことだ」

「ふーん…。でも、訳ありのかわい子ちゃんなんて余計にそそるっすね」


ニヤリと笑ってそう言うヴェルナーの頭に、ギルベルトは呆れ顔で手刀を食らわせた。


「痛ってぇ!!」

「ヴェルナー…あの子は大尉の弟子なんだぞ?間違っても、手ぇ出そうすんな」

()()出してないのにヒドいっすよ!」

「その『まだ』ってのが問題だろうが!一応言っておくが…嬢ちゃんはまだ未成年だからな?もし手ぇ出したら、俺も大尉も遠慮なく通報してやっから覚悟しとけよ」


ギルベルトがはっきりとそう宣言すると、ヴェルナーは(流石に通報はマズイ…!)と焦り始める。


「ちょ…!俺を犯罪者にしないでくださいよ!!」

「嫌なら大人しくしてた方が良いと思うよ?」


呆れ顔でそう言うラルフに、シュテファンも腕を組みつつうんうんと頷く。


「ローデ少尉の場合、そもそもきちんとした女性関係を築くべきだと思いますけどね…。そんな取っ替え引っ替えしてたら、いつか刺されますよ?」

「それはねーって!お互いちゃーんと合意の上なんだからよ」


ケラケラ笑ってそう言うヴェルナーに、ギルベルトたちは呆れてしまう。

ヴェルナーは、チラリと扉の方に目を向けつつ口を開いた。


「…にしても、『氷の美女』って渾名(あだな)はマジだったんすね」

「確かにあの子、全然表情変わらなかったよねぇ…。普通はローデ少尉の発言に少しくらい引くと思うんだけど…」


ラルフの辛辣な言葉に、ヴェルナーはムッとした表情を浮かべる。


「…曹長、ちょっと酷くないっすか?」

「いや、僕もいきなりあの発言は内心ドン引きでしたよ…?」


そう話すシュテファンたちの横で、ギルベルトは腕を組んで考え込む。

そんな彼の様子にラルフは首を傾げた。


「…准尉?どうかしました?」

「いや…何でもねぇ」


ギルベルトはそう答えつつ、昨晩と先ほどのソニアの様子を思い返す。


(あの嬢ちゃん…16にしては動じなさ過ぎるし、落ち着き過ぎだ。それに、歳に見合わない堅苦しい敬語…眼の色関連で周りと壁を作ってるってだけなら良いが…他に何か事情があんのか?)


ギルベルトはそう思いながら扉の方へと視線を向け、そんな彼の様子をラルフはじっと見つめるのだった。

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