第3話 後編《暴かれる秘密②》
ソニアの瞳は見慣れた翠色とは違い、澄んだ美しい碧色を湛えていた。
(見間違いじゃない…だと?どうなっているんだ…?)
思わず動揺するユリウスから、頭を掴まれたままのソニアは視線だけを逸らす。
ハインツは、そんな彼女を何やら見定めるような怪しい目付きで見下ろした。
「…クロイツァー大尉、見たか?この小娘…どうやらあの『劣等種』だったらしいな」
ハインツは冷たい口調でユリウスにそう告げる。
突然のことに動きを止めてしまっていたユリウスだったが、すぐに我に返ってソニアをハインツから引き剥がした。
「シュミット、大丈夫か!?」
「はい…」
俯くソニアが僅かに震えていることに気付いたユリウスは、彼女を庇うように自分の後ろに素早く押しやる。
(『劣等種』…確か、テオリム教が忌み嫌っているらしい『碧色の瞳を持った人間の総称』だったはずだ)
そう考えながら、ユリウスはちらりとソニアに視線を向ける。
テオリム教──この国の人口の8割が信仰していると言われている宗教だ。
各種教育機関ではテオリム教に関する『宗教』の科目が設けられている程度には力を持ち、国民のほぼ全体がテオリム教に関する基礎知識を学んでいる。
更には多くの魔術師がテオリム教会に所属しており、絶対的な力を持った集団であることは確かだろう。
(碧眼の人間なんざ、ただのお伽話かと思っていた…が、今はそんなことはどうでも良い)
そう判断したユリウスはハインツに向き直った。
「…シュヴァイガー大佐、こちらで何をしていらっしゃったのですか?」
「単に、私は見回りに来ただけだよ。たまたま、その小娘が1人で座っているのを見つけてな…」
ハインツは、ソニアの方に何かを探るような視線をじっと向ける。
「…以前から気になってはいたんだ。彼女から時折、若干の魔術の気配がしていたものでな。それで、試しに解除魔術をかけてみたんだが…まさか劣等種であることを隠していたとは」
ハインツはやれやれと手を上げると言葉を続ける。
「全く…そもそも学生の魔術使用には許可が必要だろう?入学してからずっと魔術を使い続けてきたとなると、これは重大な規則違反だと思うが…さて、どうしたものか」
そう言うと腕を組んで悩み始めるハインツ。
ユリウスが後ろのソニアの様子をチラリと確認すると、彼女は俯いたまま微動だにせず立ち尽くしている。
普段の気丈な態度とは打って変わった彼女の姿に、ユリウスはちくりと胸が痛んだ。
(…テオリム教の差別対象と同じ瞳の色を持っているとなると、人生苦労するのは目に見えている。おそらく、シュミットはできる限り普通の生活をすべく、長年瞳の色を変えていたんだろうな…)
そう考えたユリウスは、ハインツに向き直って咄嗟に口を開く。
「…シュミットの魔術使用に関しては、自分が許可しておりました」
その言葉に、ソニアは驚いたようにバッと顔を上げた。
一方のハインツはピクリと眉をひそめ、怪訝な面持ちでユリウスに視線を向ける。
「は?君がかね…?」
そんなハインツから目を逸らさぬよう、ユリウスは真っ直ぐにハインツを見つめ返す。
(この場を乗り切るには、これ以外に方法はない)
ユリウスはそう腹を括り、静かに首を縦に振った。
「はい。入学式の直前に彼女を見かけた際に、色彩補正用の眼鏡を紛失したらしく困っておりましたので。事情を聞いた上で、無用なトラブルを避けるためにもと幻影魔術を使うよう進言しました」
そんなユリウスの説明に、ハインツは腕を組むとため息まじりに口を開く。
「…なるほど。君は元々その小娘が劣等種であることを知っていた、ということか…」
ハインツの発する言葉に、ユリウスは嫌悪感と苛立ちを覚える。
「…大佐。その言葉は差別用語として禁句扱いとなっているはずです。使用を控えていただけますか?」
「ふむ、そういえばそうだったな。だが…何故君がそこまでしてその劣…小娘を気にかけるのかね?」
訳がわからないと言った表情で、ハインツはそうユリウスに問いかけた。
「…自分は現在、彼女の個別指導を受け持っております」
ユリウスの言葉にハインツは目を丸くし、声を上げて笑う。
「ははは!意外にも君は冗談が上手いな!…大尉が学生を気にかけることなど、今まで一度もなかっただろうに」
「…シュミットは非常に優秀な学生です。であれば、その実力を伸ばしてやることも指導教官の役割の1つだと考えました」
「なるほどな…経緯はよくわからんが、君も指導教官としての自覚が少しは芽生えたということか」
ハインツはそう言うと、ユリウスとソニアをじっと見比べる。
ユリウスはソニアの前に立ちつつ、そんなハインツを警戒した。
しばらくして、ハインツはユリウスたちから視線を逸らすと小さく息をつく。
「ふむ…まあ、大尉がきちんと管理しているのであれば、私からはこれ以上何も言うまい」
そう言ったハインツは、もう1度ソニアに意味ありげな視線をじっと向けると、くるりと踵を返す。
「あの小娘、ひょっとすると…」
ユリウスたちが気付かないほどに小さくそう呟いてニヤリと笑うと、ハインツはそのまま訓練所を後にする。
ユリウスはハインツの姿が見えなくなったのを確認すると、即座にソニアの腕を確認した。
ハインツに掴まれていたソニアの左腕には薄っすらと赤い跡が残っており、かなりの力を込められたのだろうとユリウスは察する。
「…シュミット、痛むか?」
「少し…。ですが、この程度問題ございません」
そう答えたソニアはパッと顔を上げ、ユリウスをまっすぐに見つめた。
「大尉、どうしてあんなことを?」
「ん?何のことだ?」
そう首を傾げるユリウスに、ソニアは言葉を続ける。
「先ほど、私の魔術使用の許可を出していると…」
「ああ、そのことか…単に、そう言っておいた方が都合が良いと思ってな」
「えっ…?それだけですか?」
ソニアはユリウスの言葉に思わず驚いてしまう。
「ああ、そうだが…それがどうかしたのか?」
「何故、碧眼の私を庇ってくださったのですか?大尉には何のメリットもないと思うのですが…」
そんなソニアの言葉に、ユリウスは小さくため息をついた。
(また、メリットデメリット論か…)
やや呆れながらも、ユリウスはソニアを真っ直ぐに見つめながら口を開く。
「…メリットも何も、シュミットは俺の弟子だからな。庇うのは当たり前だ」
「ですが、私は──」
「大体…瞳の色が翠だろうが碧だろうが、シュミットがシュミットであることには変わりないだろう?むしろ、そんなこと如きで態度を変える人間の方が信用ならない」
ソニアの言葉を遮って、ユリウスははっきりとそう告げる。
それを聞いたソニアは、硬くしていた表情を少し柔らげた。
そんな彼女の頭にポンッと手を置くと、ユリウスは再度口を開く。
「…それに、お前は他のどの学生と比べても頭2つ3つ飛び抜けて優秀だからな。お前が劣っているなんざ、そんな馬鹿げたことを他の奴らに言わせてたまるか」
そんなユリウスの言葉にソニアはつい涙が滲みそうになり、思わず下を向いた。
「…ありがとうございます、クロイツァー大尉」
「礼は不要だ。俺も、自分の弟子があんな扱いをされるのは我慢ならないからな」
そう言いつつ、ユリウスは左腕をさするソニアをじっと見つめる。
「…応急処置くらいしておくか。シュミット、付いて来い」
「この程度、放っておけば勝手に治るかと思いますが…」
「駄目だ。たかが軽い怪我と思っていたら…ということは、軍では…特に有事の際には、よくある話だからな。初めからきちんと処置をしておくに越したことはない」
ユリウスはそのまま訓練所の出入り口に向かって行き、ソニアも渋々その後を追う。
訓練所の外に出ようとしたユリウスは、ふとソニアの方へと振り返った。
「…一応、魔術をかけ直しておくか」
ユリウスはソニアの顔の前に手をかざし、幻影魔術を展開する。
ユリウスの掌が空気を撫でると、ソニアの虹彩の縁に暗がりが差し、海の碧が静かに翠へ沈む。
「これで良いな」
「…ありがとうございます」
ソニアがホッとしつつそう礼を言うと「気にするな」とユリウスは訓練所から出て、ソニアも彼に続く。
しばらく並んで廊下を歩いていくとユリウスの執務室に辿り着き、ユリウスは扉を開いた。
「入れ」
「はい、失礼いたします…」
ソニアは少し声を落としつつそう答えると、そっとユリウスの執務室に足を踏み入れる。
それに続いてユリウスも室内に入ると、素早く扉を閉めた。
その音に、執務室奥の休憩スペースで書籍に目を通していたギルベルトが何事かと顔を覗かせる。
「ユリウス、随分早かったな…ん?」
ギルベルトはソニアの姿に気付き、彼女をじっと見つめた。
見知らぬ人物からの視線に、ソニアは一瞬後退りしかけてふと思い止まる。
(大尉の…部下の方、かしら?随分と歳上そうだけど…)
そう考えるソニアに、ギルベルトはニッと明るく笑いかけた。
そのまま休憩スペースから出ると、ソニアの前に歩み寄る。
「…大尉が個別指導してるっていう嬢ちゃんだな?」
「はい…軍大学工学部3年の、ソニア・シュミットと申します」
ソニアが一礼すると、ギルベルトも答礼しつつ自己紹介を返す。
「俺はギルベルト・ベルクマン。見ての通りアラフィフのおっさんだが…一応、大尉の部下だ。よろしくな、嬢ちゃん」
「こちらこそよろしくお願い申し上げます。えっと…」
そう言い淀むソニアの様子に、ギルベルトは自身の階級を伝え忘れていたことに気付く。
「あっ…悪ぃ、階級は准尉だ」
「承知いたしました、ベルクマン准尉」
ペコリと頭を下げるソニアを横目で見つつ、ユリウスはギルベルトに声をかけた。
「ギルベルト、救急キットはどこだ?」
その言葉に、ギルベルトは呆れたような表情を浮かべる。
「は?何だ、個別指導中に怪我でもさせたのか…?」
そう言いつつ、執務室内に置かれた棚の中をゴソゴソと漁るギルベルト。
「ったく、学生の扱いには気ぃ付けろよな。万が一にでも何かあれば、全部大尉の責任になんだぞ?」
「すまない…色々あってな」
短く謝罪するユリウスに、ギルベルトは小さくため息をつきながら救急キットを差し出す。
それを受け取ったユリウスはソニアを休憩スペースに連れて行き、ソファに腰掛けさせると彼女の制服の左袖をめくった。
ソニアの左腕に薄っすらと残るハインツの手の跡に、ギルベルトは首を傾げる。
「…それ、大尉の手形じゃねぇよな。何かあったのか?」
ソニアの手当てをするユリウスは話して良いのか判断がつかず、一旦ソニアに視線を向ける。
その視線を受けたソニアは、僅かに不安気な表情を浮かべた。
そんな彼女に、ユリウスは少し考え込んでから声をかける。
「…シュミット、ギルベルトは信頼に値する人間だ。ついでに言えば、口も堅い」
「大尉がそう仰るのでしたら…」
ソニアはそう言うと、訓練所で何があったのかを恐る恐るギルベルトに説明する。
ユリウスが入れる補足にも耳を傾けつつ真剣な表情で話を聞いていたギルベルトは、ソニアたちが一通りの話を終えると深くため息をついた。
「…ったくよ…大佐だって指導教官のくせに、何やってんだ?学生に怪我させりゃ、自分が処分対象になり得ることくらい知ってるはずなんだけどな…」
そう言いながら、ギルベルトはソニアの顔をじっと見つめる。
「あー…こりゃ確かに指導教官レベルの連中なら気付くか。まあ、編入したばっかの学生に、高度な隠密魔術を重ねるなんざ無理な話──」
「ギルベルト、それは俺が応急処置でかけた幻影魔術だ」
「は?そうだったのか?」
ギルベルトが驚いたように目を丸くすると、ソニアはコクリと頷いた。
そんな彼女の様子に、ギルベルトは腕を組みつつ口を開く。
「それなら…嬢ちゃん、普段どんな感じで幻影魔術使ってんだ?」
「それは…」
ユリウスはそう言い淀むソニアの顔の前にサッと手をかざすと、自分のかけた幻影魔術を解除する。
「…口で説明するのも難しいだろう。実際にやってみた方が早い」
「承知いたしました」
ソニアはそう答えると、教わった通りの手順で魔術を展開させていく。
彼女の瞳が再度碧から翠へと変化し終わると、それを見ていたギルベルトは驚きの声を上げた。
「こりゃあ驚いたな。嬢ちゃん、その魔術は誰から教わったんだ?」
その問いに、ソニアは一瞬言い淀んでから口を開く。
「…父からです」
「父親…シュミットなんて苗字、軍じゃ聞いたことねぇし…警察関係者か?」
「えっと…」
そう問われて言葉に詰まってしまうソニアを余所に、ギルベルトは話を続ける。
「…それにしても、変化させる範囲を虹彩に限定させた上で、隠密魔術を二重がけか…。確かにこれなら、元々の魔術の展開範囲が狭いし、気配もほとんど表に出ねぇわけだな」
「だが…その状態を維持するのにも、相当な魔術コントロール能力が必要なはず──」
ユリウスはそこまで言うとはたと言葉を切り、ギルベルトは何事かと首を傾げる。
「大尉、どうした?」
「いや…」
ユリウスは真剣な表情でソニアに向き直った。
「シュミット、お前いつもその状態で魔術訓練講義を受けていたのか?」
「はい、大尉の仰る通りです」
ソニアの返答に、ユリウスとギルベルトは思わず顔を見合わせる。
「大尉、お前とんでもねぇ子拾ってきたじゃねぇか…」
「ギルベルトの言う通りだな…だが、これでようやく合点がいった。シュミットの魔術コントロール能力だけが妙に低かったのは、そういう理由か」
ユリウスはそう言いつつ顎に手を当てる。
(複数の魔術を同時に操るなんざ、教会所属の上級魔術師にとっても難易度が高い。にもかかわらず、シュミットは2つの魔術を維持しつつ、別途最低限の魔術使用ができるということか…。これは、10年に1人の逸材というレベルを遥かに超えているな…)
ユリウスがあれこれと考えていると、ギルベルトは難しい顔をして腕を組んだ。
「とはいえ、その状態で訓練課程の講義か…。基礎ならともかく、応用となるとかなり厳しいんじゃねぇのか?」
ギルベルトはそう言ってユリウスにちらりと視線を向ける。
「…ギルベルトの言う通りだな。シュミットにはさっき話したが…現状、俺の講義ではギリギリ可をつけられるかどうかというところだ」
「応用レベルなら、魔術コントロールはできてんのが大前提だからな…。さて、どうしたもんかね」
そう頭を悩ませるユリウスたちに、ソニアは頭を下げた。
「申し訳ございません。お2方にはご迷惑をおかけしてしまい──」
「シュミット、謝罪は不要だ。弟子を手助けするのは、師匠として当然のことだからな」
そう語るユリウスの言葉にギルベルトは思わずフッと笑ってしまい、くしゃくしゃとユリウスの頭を撫でる。
「お前も、ここ2ヶ月くらいで随分と成長したじゃねぇか。ん?」
「ギルベルト…それは止めろと言っているだろうが…」
そう話すユリウスたちに、ソニアは少し戸惑った様子を見せた。
「嬢ちゃん、どうした?」
「いえ、准尉は随分とフランクな方なのだなと思ったもので…」
ソニアはそう言いつつ、ユリウスたちにじっと目を向ける。
(鬼教官と言われる大尉が、歳上とはいえ部下に撫でくり回されてるなんて…何だか妙な光景ね)
ついそんなことを考えてしまうソニア。
ユリウスとギルベルトは顔を見合わせると、少し気まずそうに揃って頰を掻く。
「ギルベルトは俺の部下でもあるが…同時に俺の師匠でもあるからな」
「そうなのですか…?」
「おうよ。大尉が軍大学の学生だった頃、4年間個別指導でビシバシ鍛えてたんだぜ?」
ギルベルトはそう言うとニッと笑って続ける。
「ま、そういうわけだから、俺も孫弟子が困ってるんなら力を貸すことは厭わねぇよ」
その言葉に胸の奥がじんわりと温かくなったソニアは、ユリウスたちに深々と頭を下げた。
「…ありがとうございます。大尉、准尉」
「気にすんなって。…とはいえ、早いとこ何かしらの解決策は考えねぇとな」
「そうだな。瞳の色を変える方法、か…」
3人は揃って頭を悩ませるも、良い案は一向に浮かんでこない。
「…とりあえず、飲み物でも淹れるわ」
一旦気持ちを切り替えるべく、ギルベルトは給湯スペースで紅茶を用意し始める。
ユリウスとソニアは礼を言ってそれを受け取ると、揃ってカップに口を付けた。
ホッと一息ついたソニアは、少し考え込んでから口を開く。
「…やはり、魔術を使うしか方法はないのではありませんか?」
その言葉に、ユリウスはローテーブルにカップを置いて腕を組む。
「そうなると、コントロール力を上げる方法を模索してみるべきかもな…。もしくは、魔術の効果をどうにかしてしばらくの間維持できる方法があれば良いんだが…」
「魔術の固定化…」
ギルベルトはポツリとそう呟くと、ふと顔を上げる。
「…ひょっとしたら、魔術の効果を維持するってのは可能かもしれねぇ」
「本当ですか?」
ソニアの言葉に、ギルベルトは小さく頷く。
「おうよ。ただ、あくまでも可能性があるってレベルだけどな」
「…他に方法も思い浮かばない以上、それに賭けてみるとするか。どうすれば良いんだ?」
ユリウスの問いかけに、ギルベルトは頭を掻く。
「いや、今すぐにってわけにはいかなくてよ…。お前ら2人とも、今週末空いてるか?」
「俺は空いているが…シュミットは未履修分の講義の補講があるんじゃないか?」
そう言いつつ、ユリウスはソニアに視線を向ける。
「確認いたします」
ソニアはそう言うと制服のポケットからサッと手帳を取り出し、パラパラとページをめくって予定を確認する。
「…今週の土曜日、午前中であれば空いています」
「そんじゃ、朝9時に中央本部正門に集合ってことにするか」
「ん?市街に出るのか?」
ユリウスがそう問いかけるとギルベルトはコクリと頷き、それを見たソニアは(外に出るなら、外出申請が必要よね…)と少し考え込む。
「…シュミット、お前の外出申請は俺が手続きしておく。正規軍人からの申請なら、ほぼ無条件で通るだろうからな」
「ありがとうございます」
「じゃ、とりあえずの方針は一旦決まりだな。…んで、嬢ちゃんは腕大丈夫そうか?」
ソニアは自分の左腕を軽く動かしてみる。
「痛みはありますが…この程度であれば、特に支障はないかと思います」
「一応、鎮痛薬は塗っておいたが…シュミット、明日朝一でここまで来てくれ。念のため、腕の状態を確認しておきたい」
「いえ、そこまでしなくても大丈夫──」
「駄目だ。何かあってからでは遅い」
「…承知いたしました」
そう話すソニアとユリウスの様子に、ギルベルトは思わずくっくっと笑ってしまう。
(まさか、ユリウスがここまで弟子に過保護になるとはなぁ…。嬢ちゃん自身相当優秀らしいし、そりゃ学生に厳しいユリウスといえども気に入るってもんか)
そう考えるギルベルトに、ユリウスはジトっと視線を向けた。
「…何だ?」
「いや…お前も良い師匠になったと思っただけだぜ。それより…」
ギルベルトはそう言うと、壁に掛かった時計に目を向ける。
「嬢ちゃん、そろそろ寮に戻んねぇとマズいんじゃねぇか?」
「…本当ですね。大尉、准尉、すみませんが私はこの辺りで失礼させていただきます」
「おう。寮まで気をつけてな」
「明日、必ず顔を出すんだぞ?わかったな?」
「承知いたしました」
ソニアはそう返事をして一礼すると、足早に執務室を後にした。
パタパタと廊下を走っていく音が聞こえ、ユリウスは少し申し訳なく思ってしまう。
「…もう少し早く帰してやるべきだったな」
「まだ門限まで時間はあるし…まあ大丈夫だろ。俺らも帰ろうぜ」
「そうだな…」
そう言ったユリウスはデスク周りをサッと整理すると、ギルベルトと共に帰路に着くのだった。




