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《碧眼の花と緋の刃》軍に拾われた少女は、差別と陰謀の時代に抗い、愛を知る  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第3話 前編《暴かれる秘密①》


─聖暦5606年12月─


夜、自身の執務室で事務仕事をしていたユリウスは、チラリと壁の時計に目を向ける。

時刻は既に19時になろうとしていた。


(いい加減、訓練所に行った方が良いな…)


そう判断したユリウスは、室内の4人の部下に声をかけた。


「…お前たち、そろそろ切り上げて帰れ」


その言葉に、自席で書類と睨めっこをしていたヴェルナーが声を上げる。


「えっ!?俺、まだ今日の分終わってないんすけど…ちょっとだけ残って進めても良いっすか?」


そんなヴェルナーの様子に、ユリウスは小さくため息をつく。

そのまま少し呆れたように、やれやれと視線をヴェルナーに向けた。


「…不要な残業は許可しかねる。明日挽回しろ」

「そんなぁ…!後少しなんっすよ!お願いします!」

「駄目だ。少しだというなら、尚更明日で構わないだろう」


ユリウスの頑なな態度に、ヴェルナーはガックリと肩を落とす。

その様子にヴェルナーの斜め前の席に座る隊員は思わずクスクスと笑い、ヴェルナーはムッと口を尖らせた。


「サヴォイア曹長…そんな笑わなくても良いじゃないっすかー…」

「ごめんごめん…。でも、今日はもう諦めた方が良いと思うよ?クロイツァー大尉は、元々残業に厳しいからね」

「でも…」


それでも納得できない様子のヴェルナーに、ラルフ・サヴォイアはやれやれとフォローを入れる。


「俺が明日朝イチで手伝うからさ。それなら良いでしょ?」

「マジっすか!あざっす!」


ヴェルナーが顔の前で手を合わせながらラルフにそう礼を言うと、ラルフは「仕方がないなぁ…」と苦笑いした。

そんな2人の会話をヴェルナーの隣の席で聞いていた別の隊員は、呆れ顔を浮かべながらヴェルナーに向かって口を開く。


「ローデ少尉、自分の仕事は自分で何とかしましょうよ…」

「仕方ねーだろ?事務仕事、最近ほとんど俺に回ってくるんだからよー…。そう言うなら、シュテファンも手伝ってくれても良いんじゃねーの?」

「いや、僕にも僕の仕事があるんですよ?それに、大尉だって各自の仕事量はきちんと調整されてるんですから…」


はっきりとそう言われてしまったヴェルナーはシュンと小さく縮こまってしまい、シュテファン・クリューガーは思わずため息をついた。

そんな彼らの様子に、ヴェルナーの正面に座るギルベルトはケラケラと笑いながら口を開く。


「ま、とりあえず全員デスク片付けな。大尉に叱られる前にさっさと帰れよー」


ギルベルトの一声に、ヴェルナーは諦めた様子で渋々片付けを始める。

ラルフとシュテファンもその様子に苦笑いしつつ、各自帰り支度を整え始めた。

そんな3人の様子を見守りながら、ギルベルトはふとユリウスに視線を向ける。


「で、大尉はまだ残んのか?戸締りどうするよ?」

「…俺が後でやっておく。ギルベルトも先に帰ってくれて構わない」


ユリウスはそう言いながら席を立つと、そのまま足早に執務室を後にした。

そんなユリウスを見送りつつ、ヴェルナーはキョトンとした表情で首を傾げる。


「…大尉、どうしたんすかね?ここ2ヶ月くらい、ほぼ毎日この時間になるとどっか行っちまうけど…」

「さあ…?ベルクマン准尉、何かご存知じゃないです?」

「あー…」


唐突にラルフから話を振られたギルベルトは、少し困ったように頭を掻く。


(別に、ユリウスから口止めされてるわけじゃねぇし…こいつらには話しても大丈夫だろ)


そう判断すると、3人に話を切り出す。


「…大尉な、最近学生の個別指導始めたんだよ」


ギルベルトからの思わぬ言葉に、3人は一拍置いてから揃って「はあぁぁ!?」と驚きの声を上げた。


「えっ!?あの『鬼教官』が『個別指導』っすか…!?」


あからさまに狼狽えた様子を見せるヴェルナーに、ギルベルトは小さく頷く。


「おう。本人からそう聞いたぞ」

「冗談ですよね…?俺の記憶じゃ、大尉は学生指導自体嫌ってたはずですけど…」


ラルフがやや動揺した様子でそう言うと、シュテファンもコクコクと首を縦に振って同意する。


「その通りですよね…。でも、大尉がわざわざ個別指導されるなんて…どんな学生さんなんですか?」


そう問われたギルベルトは、腕を組んで眉を上げつつ口を開く。


「俺も資料でしか知らねぇが…工学部3年の子だな」

「工学部の3年…まさか…」


ヴェルナーはハッとした表情でポツリと呟くと、思わず顎に手を当てる。

そんな彼にラルフは声をかけた。


「ローデ少尉、ひょっとして心当たりある感じ?」

「えっと…心当たりっつーか、ほぼその子だろうなっつーのは…」

「えっ、本当ですか!?」

「落ち着けって、シュテファン…」


食い気味に詰め寄るシュテファンを宥めつつ、ヴェルナーは2ヶ月ほど前のことを思い返す。


「実は…ちょっと前に、大尉が気にかけてた学生が1人いてさ。そん時に、その子の資料見せてもらったことがあったんだよな。そこに工学部の3年って──」


そこまで言ったヴェルナーは、ふとラルフとシュテファンが目を丸くしていることに気付く。


「…あれ?曹長?シュテファン?」


その言葉に、ラルフはハッと我に返る。


「あ、ごめん…。大尉が学生を気にかけるって時点で驚いちゃって…」

「それに『その子』って…ひょっとして、女の子なんですか!?」


シュテファンの言葉を受けて、ヴェルナーはちらりとギルベルトに視線を向けた。

ギルベルトは少し気まずそうに頭を掻く。


(まさか、ヴェルナーが既に嬢ちゃんのことを知ってたとはな…)


内心やや驚きつつも、ギルベルトは冷静に口を開いた。


「…シュテファンの言う通り、大尉の弟子は女子だ」

「あっ、じゃあソニアちゃんで確定なんすね?」


ヴェルナーの問いにギルベルトがコクリと小さく頷くと、ラルフは再び目を丸くする。


「今日はひたすら驚かされっぱなしだなぁ…。准尉、その子の資料って俺らも見られます?」

「まだ大尉のデスクに入ってるとは思うが…あいつ、基本鍵かけてるしな」


そう言って、ギルベルトはユリウスのデスクに視線を向ける。

他の3人も(それもそうか…)と早々に資料の入手を諦めた。


「それなら、実際見に行った方が早くないですか?多分、学生棟の訓練所ですよね?」


シュテファンの提案にヴェルナーとラルフは同意しかけるが、ふとラルフが疑問を抱く。


「でもさ…俺らって学生棟に入れたっけ?大尉みたいに、軍大学の指導教官じゃないと自由に出入りできなかった気がするんだけど…」

「あー、そういやそうっすね…。俺、この前始末書書かされたばっかだし、また書く事態は避けたいなーなんて…」


そう苦笑いするヴェルナーに、ギルベルトたち3人は呆れ気味にため息をつく。


「…とりあえず、今日のところは諦めな。個別指導が長続きすれば、そのうち俺らにも紹介してくるだろ」


それなら仕方がないと諦めたヴェルナーたちは、3人揃って帰宅の途に着く。

ギルベルトはそれを見送り、自分のデスクで書籍を開くのだった。



その頃、一方のソニアたちは訓練所で個別指導の真っ最中であった。


「シュミット、脇が甘いぞ!」

「はい!」


ソニアとユリウスは、かれこれ30分ほど魔術を使用しながらの手合わせを続けている。


ソニアがユリウスに向けて氷魔術を放つと、ユリウスは炎魔術でそれを相殺する。

それに伴い、辺り一面に濃い水蒸気が発生した。


(よし、この隙に…!)


ソニアは水蒸気に乗じてユリウスの死角に回り、彼に直接攻撃を仕掛けた。

が、それはいとも簡単にガードされてしまう。


(また止められたっ…!?)


ソニアが奥歯を噛み締めると、その瞬間ユリウスからのカウンターが飛んでくる。


「…っ!?」


ソニアはそれを何とか躱しながら、素早くユリウスから距離をとった。


(参ったわね。ハンデ無しじゃ、1回もまともに攻撃が通らないなんて…)


ソニアはそう悔しく思いつつも体勢を整え直すと、再度ユリウスに攻撃を仕掛けるべく一気に距離を詰める。

手数で勝負しようと連続で魔術を展開するも、ユリウスは顔色一つ変えずにソニアの魔術を残らず相殺していく。


(これでもダメなんて…)


次の手を考えるソニアが一瞬足を止めた隙を狙って、ユリウスは彼女に足払いをかけた。


「あっ…」


ソニアはバランスを崩し、一瞬で周りがスローモーションに見える。


(これ、頭打つかも…)


後ろに倒れながらそう内心焦るソニア。

ユリウスは素早く手を伸ばすと、彼女の身体を支えた。


「シュミット、大丈夫か?」

「あ、はい。ありがとうございます…」


ホッとした様子のソニアの腕をそっと掴み、ユリウスはそのまま彼女を引き起こす。


「…息が上がり始めたな。一旦休憩にするぞ」

「はい、承知いたしました」


ソニアはそう答えると、その場に座り込んで軽く息を整えた。

ユリウスもその隣に腰を下ろし、水のボトルに口をつけつつじっとソニアを見つめる。

その視線にソニアは小首を傾げた。


「何でしょうか?」

「いや…ここ2ヶ月ほどで随分と進歩したと思ってな。少なくとも、第1、第2学年の魔術と武術の単位に関しては、もはや何の問題もないはずだ」


その言葉に、ソニアはユリウスから受けた指導を1つ1つ思い返す。


「…大尉が丁寧に指導してくださったおかげです。本当にありがとうございます」


そう言ってペコリと頭を下げると、ユリウスは真剣な表情で口を開いた。


「…礼を言うのは、全ての講義で単位を取ってからにしろ。今のシュミットの実力なら、第3学年の武術の講義もおそらく問題ないが…俺の講義ではせいぜい付いても可だからな」

「可であれば、単位的には問題ないのではありませんか?」


そう疑問を口にするソニアに、ユリウスは小さくため息をつく。


「お前な…自分の受け持ちの講義で、弟子がギリギリの可なんざ許すわけないだろう。後1ヶ月少しで、最低でも良は取れるようになってもらうぞ」


その言葉に、ソニアは一瞬目を丸くした後につい苦笑いしてしまう。


(相変わらず大尉は厳しいわね。でも、それだけ私に真摯に向き合ってくださってる証拠だし…何より、私もそれに応えたい)


そう思いながら、まっすぐにユリウスを見つめる。


「…今後とも精進いたします」


ソニアがはっきりとそう答えると、ユリウスは満足気にフッと笑ってソニアの頭をくしゃっと撫でた。


「ああ。お前には期待しているからな、シュミット」


ユリウスはそう言いつつ、これまでのソニアの成長ぶりを思い返す。


ギルベルトの見立て通り、ソニアは最初の1週間で魔術も武術も第1学年分の基礎を習得した。

その後1ヶ月で第2学年の試験対策範囲も一通り指導し終わり、現在は第3学年の単位を取らせるべくみっちりと指導している真っ最中なのである。


(教育課程の成績からある程度予想はしていたが…訓練課程でもここまで優秀だったとはな。10年に1度の逸材、と言っても過言じゃないだろう)


そう考えつつ、ユリウスはソニアを横目で見つめる。


(今、シュミットの最大の課題は魔術コントロールだ。他の魔術関連技術のレベルに比べて、そこだけが妙に芳しくない…。何かが突出して苦手というのも珍しいが、コントロールだけはここ2ヶ月であまり進歩が見られないからな。さて、どう指導していったものか…)


頭を悩ませながら再度水のボトルに口を付けようとしたユリウスだったが、ほぼ空になっていることに気付く。

ユリウスは素早く立ち上がると、何事かと彼を見上げているソニアに声をかけた。


「シュミット、少し待っていてくれるか?水を汲んでくる」

「はい、お待ちしております」

「すまないな、すぐ戻る」


ユリウスはソニアにそう告げると、一旦訓練所を後にする。

ソニアがその場で座ったままユリウスの戻りを待っていると、訓練所の扉が開かれる音が聞こえた。


(大尉が戻って来るには妙に早いわね…見回りの教官かしら?)


そう思いつつ扉の方に目を向けると、そこには見覚えのある人物が立っていた。



───────

────

──


ユリウスは、訓練所から中庭を挟んで二棟先の給水所で水をボトルに補充すると、足早に来た道を戻っていく。


(とりあえず、この後は一旦魔術コントロールに集中させるとするか…)


そう個別指導スケジュールを立てながら訓練所に近付くと、何やら言い争うような声が聞こえてきた。


(ん…?どこかで揉め事か?)


ユリウスは素早く辺りを見回してみるが、特に争うような人影は見当たらない。

声の出所を辿ってみると、どうやらその声は訓練所内から聞こえてきているようだった。

嫌な予感がしたユリウスは、訓練所の扉に走り寄って一気に開く。


「痛っ…!シュヴァイガー大佐っ、離してください…!」


ユリウスの目に飛び込んで来たのは、指導教官の1人であるハインツが、ソニアの腕を無理矢理掴んでいる光景だった。


「抵抗しようとするからだ。貴様、許可のない魔術の使用は禁止されて…ん?」


ユリウスの姿に気付いたハインツは、彼の方へと視線を向ける。


「大尉…?」


ソニアもユリウスの姿に気付くが慌てて目を逸らし、ユリウスは(今、一瞬シュミットの眼が…)と動きを止めた。

ハインツは俯くソニアの頭を乱暴に鷲掴みにすると、半ば強引に彼女の顔をぐるりとユリウスの方へ向ける。


「お前、その瞳の色は…」


ユリウスはソニアの瞳をじっと見つめたまま、低くそう呟くのだった。

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