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碧眼の花と緋の刃  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第17話 前編《寄り添う温度①》


翌朝、遠征訓練3日目。

入り口に近い位置で眠っていたユリウスは、朝日の眩しさに目を覚ました。

ゆっくりと身体を起こすと、傷の具合を確認する。


(まだ塞がってはいないが…この程度なら、動くのに何ら問題はないはずだ)


そう思いつつ、少し離れた所で眠っているソニアに目を向けた。

彼女はまだぐっすりと眠っているのか、微動だにしない。

その様子に、ユリウスは申し訳ない気持ちになってしまう。


(余程疲れていたのか…ソニアには悪いことをしたな)


物音を立てないよう静かに寝具を片付け、朝食を吟味し始めるユリウス。

が、いつまで経っても起きる気配のないソニアに違和感を覚える。


「…ソニア、そろそろ起きたらどうだ?」


彼女を揺り起こすべくそっと身体に触れた瞬間、ユリウスはハッと表情を変えた。


(何だ、この熱さは…?まさか…!)


慌てて彼女を抱き上げ、声をかける。


「おい、しっかりしろ!」

「うっ…」


ソニアは小さく呻くと、薄っすらと目を開く。


「クロ、イツァー…大、尉…?」


少し荒い息遣いで僅かに震えながらそう呟くソニアの様子に、ユリウスは彼女が発熱していると断定した。


(顔色が良くない…それに、震えているということは、まだ熱は上がりきっていないようだな)


そう判断すると、片付けたばかりの自分の寝具を引っ張り出すと毛布をソニアにかける。


「…まだ寒いか?」

「いえ…温かいです。ありがとう、ございます…」


挿絵(By みてみん)


辛そうに話すソニアの頭をポンと撫でたユリウスは、荷物から乾燥薬草を取り出す。

一旦入り口のトラップを解除すると、そのまま横穴の外に出た。

何種類かの野草を素早く摘むと、水と薬草と共に携帯鍋に放り込んで火をつける。


しばらくしてユリウスは鍋の中身をカップに注ぐと横穴の中に戻り、ソニアのそばにしゃがみ込む。


「ソニア、起きられるか?」

「…はい」


しんどそうに身体を起こそうとする彼女を、ユリウスは片腕で支える。

もう片方の手でカップを差し出すと、ソニアはゆっくりとした動作でそれを受け取った。


「薬…ですか?」

「まあ似たようなものだ。お前の場合、早めに熱を上げ切った方が良いだろうからな。これを飲んで横になっておけ」


ソニアは小さくコクリと頷くと、カップの中身に口をつける。

その苦さに顔を歪めるソニア。

そんな彼女にユリウスはそっと声をかけた。


「…苦いのはわかるが、全部飲み切れ。良いな?」

「わかりました…」


ソニアはぎゅっと目を瞑りながら、一口ずつ時間をかけて何とか煎じ薬を飲み干す。

それを確認したユリウスは、ソニアを寝かせて毛布をかけ直した。

横になったソニアは、ユリウスを見上げて口を開く。


「後…どのくらいで、出発しますか…?」


その言葉に、ユリウスは一瞬目を見開くと深くため息を漏らした。


「お前な…その状態で、山の中を歩き回れるわけがないだろう…」

「でも…早く、他の皆さんと…合流しないと──」

「駄目だ。今日は1日大人しく寝ていろ」


真剣な表情でそう告げるユリウスの言葉に、ソニアは小さく頷く。


(こんな時に熱が出るなんて…)


そう申し訳なく思いつつ口を開く。


「大尉…すみません、ご迷惑を…」


その言葉に、ユリウスは首を横に振った。


「迷惑でも何でもないから気にするな。ソニアは、その風邪を治すことだけ考えていれば良い」


はっきりとそう告げるユリウスの言葉をありがたく思うソニア。


(…大尉が一緒で良かった)


そう彼の存在に感謝しながら、ゆっくりと再び眠りに落ちていった。


「ソニア…」


ユリウスはポツリとそう呟くと、ソニアの様子を心配そうに見つめる。


(とりあえずは、震えが収まるまで待つしかないな。熱が上がり切ったら…)


そう発熱時の対処法を1つ1つ思い出しつつ、干されていた自分の服に手を伸ばした。


(流石に一晩もあれば、完全に乾いているか)


そんなことを考えながら、乾いた服に袖を通す。

とその時、ユリウスはふと昨日の状況の違和感に気付く。


(そういえば…あの時、ソニアの服は干されていなかったよな…?)


何度思い返してみても、干されていたのはユリウスの服と包帯だけ──

そこでユリウスはソニアの発熱の原因を察した。


(…俺のせい、というわけか)


ユリウスはそう判断すると、俯いて深く肩で息をつく。


「何をしているんだ、俺は…」


ため息まじりに呟いて顔を上げると、汗ばむソニアの額に張り付いた前髪をそっと避ける。


(弟子に散々負担をかけた挙句、熱を出させるとは…師匠としても上官としても失格じゃないか)


ユリウスはそう不甲斐なく思ってしまう。


(メーゲンブルク中将には、帰ってからお叱りを受けるとして…今は、1つずつ問題を潰していくしかないな)


そう気持ちを改めると、ユリウスはソニアのすぐ隣で地図を広げて眺めた。

彼女の様子を伺いながら、横穴からプレハブ小屋までのルートを模索する。


「足場があまり良くないことを考えると、やはりソニアの体調がきちんと戻ってから出発すべきだろうな…。となると、後1日2日はここでの滞在と仮定しておいた方が良いか。だが、そうなると食料が…」


ユリウスはブツブツと小さく呟きながら、これからの行動についてアレコレと考え込むのだった。



───────

────

──


しばらく経った頃、次第に火照りを感じ始めたソニアは不快そうに身じろぐ。

ふと額にひんやりとした感覚があり、ソニアはその心地良さに小さく息をつきつつ目を開いた。

心配そうに彼女を見つめるユリウスと目が合い、彼は申し訳なさそうに口を開く。


「すまない、ソニア…起こしたか?」

「いえ…大丈夫です」


そう言いながら、ソニアは少し朦朧としつつもそっと額に手を伸ばす。

指先に何かが触れ、そこで額に乗せられているのがユリウスの手だったことに気付いた。


「大尉の手…冷たくて、気持ち良いです…」


その手を額に押し当てながら、ぼんやりとユリウスを見つめるソニア。


「…このまま、そばにいてくれませんか…?何だか…心細くて…」


普段の彼女からは想像できない、甘えるような声だった。

それを聞いた瞬間、ユリウスの心に奇妙なざわめきが走る。


(何だ、この感覚は──)


一瞬、何かを自覚しかけるユリウス。


(いや、今はそんなことを考えている場合じゃない)


そう自分に言い聞かせると、それを強引に打ち消した。


「……わかった」


やや動揺しながらもユリウスが何とか言葉を絞り出すと、ソニアは安心した表情で再び目を閉じる。

少しして彼女がスヤスヤと寝息を立て始めると、ユリウスは深く肩で息をついた。


(…そばにいてくれ、か。こんなに弱気なソニアは初めて見るが…まあ、この状況下での体調不良ともなれば、心細くなるのも致し方ないだろうな)


そう考えながら、ソニアの額に置いた右手をそっと撫でるように動かす。


「ん…」


短く声を出したソニアは、ユリウスの手を両手できゅっと掴む。

そのままその手をそっと顔の横へと持っていくと、安心したような表情で再び深く寝息を立て始める。


そんな彼女の様子に、一瞬ユリウスの胸が跳ねた。

フルフルと頭を横に振り平常心を取り戻しつつ、眠るソニアをじっと見つめる。


(…こうして寝ていると、まるで子供みたいだな。いや、年相応ということか…?)


そう思うと同時に、何とも言えないむず痒い感覚が胸をかすめた。

気付きたくなかった何かが、そこにあるような気がする──

ユリウスはただ、そのまま黙って意味もなく掴まれた右手を見下ろすしかなかった。


しばらく経ってソニアが彼の手を握る力を少し緩めると、ユリウスはそっと右手を抜き取り、気まずそうに頰を掻く。


「色々済ませておこうと思ったんだが…」


そう呟きながら、ちらりと眠るソニアに目を向ける。

ユリウスの脳内に、先ほど言われた『そばにいてくれませんか?』が何度も脳内で反響する。


「あんな顔をさせるくらい、追い込んでしまったのか…」


だがそれ以上に、その言葉が妙に心に引っかかって離れない。


(…何なんだろうな、本当に)


ユリウスはそう思いつつ、もう一度ソニアの額を優しく撫でる。

まだ熱は高く、彼女の額に濡れタオルをそっと乗せた。

が、タオルはすぐに温くなってしまう。


(発熱が長引けば、無駄に体力を持っていかれかねない。なるべく魔力を温存しておきたいのは山々だが…背に腹は代えられないな)


そう判断すると、氷魔術で小さな氷の塊をいくつか作り出す。

それを適当な袋数枚に入れ、それぞれを小さな布切れで包み込んだ。

簡易的な氷嚢をソニアの首元や脇下に置くと、彼女の険しい表情が幾分か和らぐ。


そんな彼女の様子を逐一確認しながら、ユリウスは荷物からレーションを取り出して口を付け始める。

1人不味い朝食を取りながら、ソニアに何を与えるべきかを考え込んだ。


(レーションはあまり消化には良くないからな…。となると、外で食料を調達するべきか?いや…さっき見た限りでは、食えそうな野草はほとんどなかったな…)


ユリウスが悩みつつレーション片手に荷物を再度漁ってみると、底の方から小さな袋が出てくる。

中身を確認すると、袋に入っていたのは沢山の白い小さな粒だった。


「米…」


ポツリとそう呟きながら、ユリウスは出発前日のことを思い返す。

終業後に声をかけてきたギルベルトが「珍しいモンが手に入ってよ」とユリウスに手渡してきたのだ。


(確か、柔らかく煮れば消化にも良いとか言っていたな…)


そう記憶を辿るユリウスは、携帯鍋に米と水を入れるのだった。



───────

────

──


数時間が過ぎた頃、ソニアはふと目を開ける。

しばらくぼんやりと天井を見つめていたが、すぐそばから聞き慣れた声が耳に入ってきた。


「ソニア、具合はどうだ?」


その声の方へと視線を向けると、優し気に彼女を見つめるユリウスと目が合う。


「えっと…倦怠感はだいぶ消えた気がします」


そう言うソニアの額に、ユリウスはそっと手を置いた。


「…熱もほとんど下がったな。薬草が効いたようで何よりだ」

「すみません、お手数をおかけしてしまって…」


シュンと縮こまってしまうソニア。

そんな彼女の様子に苦笑いしつつ、ユリウスは口を開く。


「別に構わない。が、次は雨に降られたなら自分の服もきちんと乾かしておけ」


その言葉に、ソニアは(あ、そっか…それが原因だったのね)と昨日のことを思い返す。


「…わかりました」

「それなら良し」


ユリウスはそう言いながら、くしゃくしゃとソニアの頭を撫でた。


「飯は食えそうか?」

「えっと…大丈夫だと思います」


そう答えるソニアに、ユリウスは湯気の立つ容器を差し出す。

その中身に、ソニアは一瞬驚いたような表情を浮かべた。


(これって…お米?初めて食べるわ…)


そう思いつつ、煮られた米をスプーンで掬う。

フーフーと少し冷ましてからそれを口に入れるソニア。

その瞬間、身体に沁みるような優しい味がして、何となくホッとした気持ちになる。


「…美味しいです。お米ってこんな味なんですね」

「気に入ったなら何よりだ。食えるだけ食っておけ」

「はい」


パクパクと食べ進めるソニアに、ユリウスは安心したように小さく息をつく。


(飯を食える程度の体力は戻ったようだな…)


そんな彼の様子に気付くと、ソニアはハッとスプーンを口に運ぶ手を止めた。


「す、すみません…。ひょっとして私、大尉の分まで──」

「いや、俺はレーションを食べたから気にするな」


ユリウスはそう言って少し考え込むと、真剣な表情でソニアに向き直る。


「…ソニア、すまなかったな。その体調不良、どう考えても俺が原因だろう?」


その言葉に、ソニアは軽く顎に手を当てて少し考え込んでから口を開いた。


「でも…元を辿れば、私が崖から落ちたせいですよね?大尉に怪我をさせた上に、私の看病までさせてしまって…。私の非の方が大きいと思うんですけど…」


そう言って申し訳なさそうに俯くソニア。

そんな様子に、ユリウスは思わず彼女の頭を手を伸ばす。

ポンポンとソニアの頭を軽く撫でると、彼女は不安気な表情を浮かべつつ、ちらりとユリウスを見上げた。


「大尉…怒らないんですか?」


その言葉に、ユリウスは少し呆れたような顔で口を開く。


「俺が怒る理由があるか?」

「だって、私のせいで現状こんなことに…」

「別にお前のせいでもないと思うが…」


そう言いながら、ユリウスはソニアをまっすぐに見つめる。


「それに、俺がソニアを守るのは当然のことだからな。お前の身の安全の確保は、指導教官である俺の役目だろう?」

「あ…そういえば、仮配属先の部隊長には学生の保護責任があるんでしたっけ…」


そう言ったソニアは、以前ユリウスやルイーゼから聞かされた仮配属についての説明を思い返す。

仮配属期間中、受け入れ先の部隊長は学生の保護責任を全面的に負う…という規則が軍大学にはあるのだ。


(つまり…私に何かあれば、大尉にも何かしらの処分が下されるのよね…?)


そう改めて認識し直したソニアは、サッと顔を青くした。

そんな彼女の背をユリウスは軽くポンッと叩く。


「…この程度のトラブルなら、特に問題にはならないはずだ」

「そうなんですか…?でも、もしシュヴァイガー大佐が難癖を付けてきたりしたら…」


少し不安気にそう言うソニアの言葉に、「確かに無きにしも非ずだが…」と腕を組むユリウス。


「まあ、向こうに訓練の詳細情報が渡ることもまずないだろうからな。心配無用だ」


そう言われたソニアは、少し不安に思いつつもコクリと小さく頷いてから、再び米を口に運ぶのだった。

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