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碧眼の花と緋の刃  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第16話 後編《断崖のふたり②》


「くしゅっ……!」


ユリウスの様子を伺いながら、ついウトウトしてしまっていたソニア。

突然の外からの冷たい風にくしゃみをしつつ、顔を上げた。


(どのくらい経ったのかしら……)


そう思いながら横穴の外に目を向けると、穴の向こう側が赤く染まっている。

眠るユリウスをちらりと確認してから立ち上がると、右足首の痛みを思い出す。


「痛っ!」


それに構わずそっと穴から出るといつの間にか雨は止んでおり、頭上には夕焼け空が広がっていた。


(あれ以上、悪天候にならなくて良かったわ)


そう思いながら、ソニアは外に出していたボトル類を回収する。

予想以上に水が確保できたことに安心しつつ、念のためにと炎魔術を使って雨水を煮沸した。


その水を使ってユリウスの傷を洗浄し、包帯を巻き直す。

が、未だに目覚める気配のない彼の様子に、ソニアは不安を覚える。


「どうしよう、私のせいだ……」


そう呟いた瞬間、胸の奥からずっと押し込めていた恐怖が堰を切ったように溢れ出し、涙が頰をつたう。

ソニアは慌ててそれを拭うと、じっとユリウスを見つめる。


「お願いです、起きてください……!」


きゅっと彼の手を握りながら、祈るように言葉を紡いだその瞬間、ユリウスの手に力がこもる。

ハッとソニアが彼の顔に視線を向けると、ユリウスはゆっくりと目を開いた。


挿絵(By みてみん)


ソニアは思わず声を上げる。


「クロイツァー大尉っ……!」


ユリウスはその声の方へと顔を向けると、目を見開いて素早く起きあがろうとする。


「ソニアっ!ぐっ……」


傷の痛みに僅かに呻くユリウスを、ソニアは素早く支える。


「大尉、まだ動かない方が──」


そう言いかけたソニアの両肩を、ユリウスはぐっと掴んだ。


「お前、怪我は!?大丈夫なのか!?」


その声音には、普段の冷静さからは想像できないほどの焦りが滲んでいる。

そんなユリウスに少し驚きつつも、ソニアはそっと彼の手に触れた。


「えっと、私は大丈夫です。大尉の方が余程重傷かと……」


申し訳なさそうにそう告げるソニアの言葉に、ユリウスは安心したように深く息をつく。


「俺のことはいい。本当に、怪我はないんだな?」


一瞬返答に悩むソニア。

ユリウスに無駄な心配をかけまいと、コクリと無言で頷くときゅっと両手を握りしめた。


「大尉、すみませんでした。私を庇ったから、こんなことに──」


その言葉を聞いたユリウスはそっとソニアの頭を撫で、彼女はふと顔を上げる。


「ソニアが無事なら、それで構わない」


優し気な表情でそう言うユリウスに、ソニアはますます申し訳なく思ってしまう。


「でも、大尉が怪我を……」

「気にするな。弟子に大怪我される方が寝覚めが悪い。それに、この程度は怪我したうちに入らないからな」


ユリウスはそう言いながら、自分の身体をサッと確認する。


(あの高さから落ちた割には、軽傷で済んだのか)


熊の襲撃を受けた際のことを思い返すユリウス。

あの時、落ちていくソニアを見た瞬間、反射的に崖へと飛び込んでいた。

考える間もなく、ただ咄嗟に『彼女を守らなければ』と感じたのだ。


(無我夢中で手を伸ばして、どうにかソニアを抱き寄せたところまでは覚えているが……)


ユリウスはそう考えながらソニアに視線を向ける。


(こいつにも見たところ目立った怪我はないようだし、俺たちは相当運が良かったみたいだな)


ホッと胸を撫で下ろしつつ、ユリウスはソニアに声をかける。


「お前が手当てしてくれたのか?」

「あ、はい。アンナがいれば、もっときちんとした処置ができたと思うんですけど……すみませんでした」


シュンと小さくなってしまうソニアに、ユリウスはやれやれとため息をついた。


「謝る必要はない。医学生でもないのによくやったぞ、ソニア」

「えっ?えっと、ありがとうございます……」


少し嬉しそうに答えるソニアを微笑ましく思いつつ、ユリウスはぐるりと辺りを見回す。


「ここは……洞穴か何かか?」

「はい。たまたま見つけたんですけど、獣の気配もなかったので、野営に使えるかと思いまして」

「なるほどな」


そう言ったユリウスの目に、応急処置用の薬品や綺麗に洗って干された自分の服と包帯類、ボトルに詰められた水等が映った。


(この非常事態に、ソニア1人でここまで対処できたのか……)


思わずそう感心してしまうユリウスの様子に、ソニアは小首を傾げる。


「大尉?」

「いや、ソニアは頼りになるんだと思ってな」

「そうでしょうか?とりあえず、自分にできそうなことをしただけなんですけど……」


自信なさ気なソニアに、ユリウスは苦笑いで口を開いた。


「そうやって、冷静に判断できているだけで十分だ。まだ実践経験のない学生ともなれば、パニックに陥っていてもおかしくない状況だったしな」


そう言いながら、ソニアの頭をくしゃっと撫でる。


「何はともあれ、お前のおかげで助かった。礼を言わせてくれ」

「こ、光栄です……」


照れ臭さからか、少し堅苦しくなってしまうソニア。

ユリウスはそんな彼女の様子にやや呆れてしまう。


(本当に、こいつは変わらないな。相変わらず、褒められ慣れないやつだ)


そう考えながらも、ユリウスはソニアの成長ぶりを内心嬉しく思うのだった。



その後、荷物からレーションを取り出した2人は並んで夕食を取る。


「……」


眉間に皺を寄せながら、黙々とレーションの中身を口に運ぶソニア。

その様子に、ユリウスは思わず苦笑いしてしまう。


「不味いだろう?」


その問いかけに、ソニアは素直に頷く。


「はい……父から聞いてはいましたけど、まさかここまでとは思いませんでした」

「これでもマシになった方だ。俺が士官養成課程を受けていた頃なんざ、ほとんどの連中が鼻を摘みながら食っていたからな」


ユリウスは当時のことを思い返しつつ小さく息をつき、その言葉にソニアは渋い表情を浮かべた。


「遠征演習の食事って、レーションなんですね」

「そうだ。グループによっては、食材を集めてきて自炊するところもあったらしいが……」


その説明にソニアは(あ、自炊できるならまだマシかも)と僅かに希望を持つ。

が、続くユリウスの言葉にそれは易々と打ち砕かれる。


「いつだったか、間違って毒草を食った連中がいたらしくてな。それ以降、自炊は禁止されている」

「そうなんですね……」


思わずガックリと肩を落とすソニア。

そんな彼女の背を、ユリウスはポンポンと軽く叩く。


「そう落ち込まなくても良いだろう。どちらにせよ、手に入る野草なんかも限られるしな」

「でも、食材さえあれば、もっと美味しいものが食べられるのに……」


ソニアはため息まじりにそう述べる。

そんな彼女の言葉に、ユリウスは僅かに眉を上げた。


(こいつ、ひょっとして……)


ユリウスはソニアをじっと見つめながら口を開く。


「お前、料理が得意なタイプなのか?」

「はい、そうですけど……よくわかりましたね」

「演習だの訓練だので疲れている中で、わざわざ飯を自分で作りたがるのは大体そういう奴らだ」


ユリウスの説明に、ソニアは素直に「あ、確かに……」と納得する。

そんな彼女の様子に、ユリウスはフッと笑いながらレーションの中身を口に運ぶ。


「文武両道かつ家事も得意ときたか。ソニアには、苦手なものなんざ無さそうだな」

「苦手なもの……」


ソニアはそう呟くと、少し考え込んでからユリウスを見上げる。


「人付き合い、でしょうか?」


その言葉に、ユリウスは思わず小さく吹き出してしまう。

俯いて肩を震わせる彼の様子に、ソニアは不服そうに口を尖らせた。


「そこまで笑わなくても良いじゃないですか……」

「くくっ、すまない。お前の人付き合いの悪さをすっかり忘れていた」


笑いながらそう言うユリウスは、ソニアを真っ直ぐに見つめる。


「ここのところ、ソニアのそういう一面を見る機会もなかったからな」

「言われてみればそうですね。普段からシュヴァイガー大佐への対策で、大尉の執務室に入り浸りですし、他の人と接することもほとんど──」


そこまで言いかけたソニアは、ハッと表情を変えてユリウスを見上げる。


「そういえば……この状況、下見どころじゃありませんよね?す、すみません。せっかく大尉たちが色々と考えてくださったのに、私のせいで台無しに──」

「ソニア、落ち着け」


オロオロと慌て始めるソニアを、ユリウスは素早く遮った。


「不測の事態というものはいつでも起こり得る。下見に影響が出るのは確かだが……今1番重要なのは、無事に他の5人と合流することだ」

「合流……」


不安気にポツリと呟くソニア。

その隣でユリウスはレーション片手に地図を広げ、とある地点を指差す。


「俺たちが落ちたのは、おそらくこの辺りのはずだ。ソニア、この横穴がどの辺りかというのは把握しているか?」

「あっ!」


ユリウスの問いかけに、ソニアは現在地の確認をすっかり忘れていたことに気付く。


(やってしまった……)


そう焦る彼女の心境を察したユリウスは、ポンと彼女の肩に手を乗せた。


「イレギュラー続きでお前も混乱していたんだろう。今回ばかりは仕方がなかった。次からは気を付けろ」

「……はい」

「となると、上の情報に頼ってみるか」


その言葉にソニアはキョトンとした表情で天井を見上げ、そんな彼女の様子にユリウスは小さく吹き出す。


「ソニア、そうじゃない」


彼は笑いながらやれやれと立ち上がると、ソニアに声をかける。


「とりあえず、ついて来い」

「あ、はい……」


ソニアはよくわからないまま小首を傾げて返事をすると、右足の痛みを悟られないよう慎重にユリウスの後に続く。

2人揃って横穴の外に出ると、ユリウスは夜空を指差した。


「これのことだ」

「えっと、()ですか?」


空を見上げたソニアが驚いたようにそう言うと、ユリウスはコクリと頷く。


「特定の星の位置から、大体の方角や緯度がわかる。それを参考にすれば、今いる場所の大まかな位置くらいは割り出せるはずだ」

「そんなことができるんですね」


目を丸くして感心するソニアの様子に、ユリウスは思わず苦笑いする。


「お前な……この程度は生存訓練の基本だぞ?ちょうど良い、この際やり方を覚えておけ」


その言葉にソニアがコクリと頷くと、ユリウスは星を使った方角の確認方法を細かく説明する。

ソニアはメモを取りつつ真剣にそれを聞き、一通りの説明し終えたユリウスは地図を広げた。


「方角を把握できたら、地図をそれに合わせて回す。次に、目印となるものを探すんだが……この辺りだと、地形を総合的に見た方が良さそうだな」

「総合的に見る……」


ソニアはそう呟きながら、キョロキョロと少し薄暗くなった周りを見回す。


「えっと、この連なった山脈はあそこになるんでしょうか?」

「ああ。ここが崖になっていることを考慮すると……おそらく、今俺たちがいるのはこの辺りだ」


ユリウスはそう言って地図の1点を指差し、ソニアもそれを覗き込む。


「小屋までの直線距離は遠くなさそうですけど……崖があるので、かなり遠回りになりそうですね」

「そうだな。それに、ラルフたちの安否も気になる……流石に今からは動けないが、明日の朝にはここを出るぞ」

「はい、わかりました」


ソニアの返答を聞き、横穴の方へ戻ろうと後ろに振り返るユリウス。

その視線の先には穴の入り口がなく、彼は踏み出しかけた足を止めた。


(どういうことだ?)


ユリウスは一瞬そう悩むも、すぐに何かに気付いたようにハッとソニアに視線を向ける。


「えっと、何でしょうか?」


そう首を傾げるソニアの瞳が碧色であることに、ユリウスはようやく気付いた。


(俺も、この状況に多少は混乱しているらしいな……もっと冷静に周りを見なければ)


そう自省しつつ、ソニアに声をかける。


「ソニア、入り口に幻影魔術を使ったのか?」

「はい。万が一、あの熊みたいな獣が入ってきたら怖いと思ったので……バングルを通しておけば、魔術をかけ直す労力も減りますから」


その言葉にユリウスの眉間が僅かに寄る。

その奥にあったのは叱責ではなく、むしろ彼女がそこまで気を張っていたことへの心配だった。

が、そんな彼の表情に不安を覚えるソニア。

ユリウスの様子を伺うように、ちらりと彼を見上げながら言葉を続ける。


「えっと、その……大尉以外に見られることもないかと判断しまして……」


ソニアがそう言うと、ユリウスは難しい顔で腕を組む。


(私、判断を間違ったのかしら?)


そう思ったソニアはおずおずと頭を下げた。


「……勝手に行動してすみませんでした」

「いや、お前が謝る必要はない」


謝罪するソニアを思わず遮るユリウス。


(想像以上に、こいつには負担をかけてしまったな)


ソニアに対して、そう申し訳なく思う。


「俺の方こそすまなかった。非常時には俺が率先して指示を出すべき立場だったんだが……」

「いえ、助けていただいたのは私の方ですし……謝るなら私の方です」

「そう言われてもだな、俺が──」


そこまで言ったユリウスは、言葉を切るとフッと笑ってソニアに目を向ける。


「キリがないな」

「……そうですね」


ソニアもそう言って微笑み、ユリウスを見つめ返した。

2人は互いにもう1度フッと笑い合うと、そのまま並んで横穴の中に戻っていく。


「あの……私が見張りをしますので、大尉は先に休んでください」

「いや、その必要はない」


そう断言したユリウスはサッと横穴の入り口に手をかざす。

そのままいくつか魔術を展開させる様子を、ソニアは不思議そうに眺める。


「えっと、何の魔術ですか?」

「簡単に言えば、探知魔術の応用だな。何かが侵入してくれば、いくつかの魔術がトラップとして作動するようになっている」

「そんな便利な魔術があったんですね……初耳です」


興味深そうにじっと入り口を見つめるソニア。

じりじりと発動箇所に近付こうとする彼女の首根っこを、ユリウスは素早く掴んだ。


「ただし、対象の判別はできないからな。たとえお前でも、触れればトラップの餌食だぞ」


その言葉にソニアはピタリと動きを止め、素早く後退する。


「……気を付けます」

「わかれば良し。気になるなら、時間のある時に展開方法を教えてやる」


ユリウスはそう言うと、時計を確認しつつ再度口を開く。


「とりあえず寝るか。ソニアはろくに休めていないだろう?」

「あ、はい……では、お言葉に甘えて」


ソニアはゴソゴソと荷物を漁って自分の寝具を取り出す。

2回ほどくしゃみをしながら毛布を広げていると、ユリウスが心配そうに彼女に声をかけた。


「大丈夫か?夏とはいえ、夜は冷えるからな。必要なら俺の毛布を貸すぞ」

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「なら良いが……あまり無理をするなよ。何かあれば起こしてやるから、安心して休め」


ソニアは「わかりました」と頷くと、モソモソと寝袋に潜り込む。


「……おやすみなさい、大尉」


体力も気力も限界を迎えていたソニアは、眠そうな声でそう告げると泥のように眠り始める。

そんな彼女をじっと見つめるユリウス。

ソニアの展開していた光魔術をそっと解除すると、自身も目を閉じるのだった。

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