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《碧眼の花と緋の刃》軍に拾われた少女は、差別と陰謀の時代に抗い、愛を知る  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第2話 前編《氷の少女と鬼教官①》


翌日、ユリウスは自身の執務室で資料をパラパラとめくっていた。

昨夜のソニアの様子が何となく気になったユリウスは、軍大学から彼女の資料を取り寄せたのだ。


(ソニア・シュミット…16歳で飛び級編入し、工学部第3学年に在籍。教育課程においては聴講生時代の2年間は常に成績トップ…。これまでの成長ペースだと、各学年の訓練課程でもそれなりの成績は付くだろうな)


そう思いつつ椅子の背にもたれかかるユリウスは、昨晩の訓練所でのソニアの様子を思い返す。


(本人は何でも無いと言っていたが…あれは明らかに泣き腫らした目だった。いつも一切表情を変えずに淡々としている、あのシュミットが…何があったんだ?)


そんな疑問を抱くも、ユリウスは軽く頭を横に振って無駄な思考を排除する。


(いや…所詮は受け持ちの1学生に過ぎない。あいつが泣いていた理由を探るよりも、自分の仕事を終わらせるのが先決だな)


そう自分に言い聞かせるも、胸のざわめきは増していく。

それを振り切って席を立つと、仕事の書類を直属の上官に提出すべく執務室を後にした。


ユリウスはそのまま外廊下を歩きながら、ふと中庭の方へと目を向ける。

その視線の先には、中庭の一角で軍大学の学生たちが魔術訓練講義を受けている光景が広がっていた。

何気なく講義の様子を横目で見ながら歩いていると、学生たちの中に見知ったソニアの姿が見える。


(なるほど、別学年の講義中というわけか…)


そのまま中庭を通り過ぎたユリウスは、上官の執務室前に辿り着くと扉を軽くノックした。


「入りたまえ」


中からそう声がし、ユリウスはそっと扉を開いて室内へと足を踏み入れる。

部屋の中では大柄で強面の男性軍人が椅子に腰掛けており、ユリウスは一礼した。


「お疲れ様です、メーゲンブルク中将」

「よく来たな。とりあえず座りなさい」


ルーファス・メーゲンブルクはユリウスをソファに腰掛けさせ、給湯スペースで2人分のコーヒーを淹れて席に着く。


「ほれ、お前の分だ」

「ありがとうございます。こちらが報告書となります」


ユリウスはルーファスに書類の束を手渡し、ルーファスは「すまんな」とその書類を受け取る。

それを一旦ローテーブルの脇に置いて、ユリウスに声をかけた。


「…で?今年の学生指導はどうだ?」

「そうですね…第1学年ならばともかく、第3学年ともなれば、もっと実力があって然るべきかとは思います」


ユリウスがそう告げると、ルーファスは声を上げて笑った。


「ははは!相変わらず大尉は厳しいな。お前から見れば、全員必要レベルに達しておらんというわけか」


ルーファスの言葉に頷きかけたユリウスは、ふとソニアのことを思い出す。


「…1人、見込みのある学生はおります」

「ふむ…お前がそう言うなんざ珍しいな。どんなやつだ?」

「今年、特例措置で入学した学生です」


ユリウスの言葉に、ルーファスは一瞬目を見開いてからフッと笑った。


「…あの子か」

「中将、シュミットをご存じなのですか?」


驚いたように、つい疑問を口にしてしまうユリウス。


(軍幹部がたかが1学生を知っているとは…)


そう不思議に思う彼の様子に苦笑いしつつ、ルーファスは口を開く。


「…当たり前だろう。特例措置についての会議には、俺も出席していたからな」


その説明に、ユリウスは(なるほど、そういうことか…)と納得した表情を浮かべる。

そんな様子の彼を、ルーファスはじっと見つめた。


「…俺も特例措置を支持した以上、どうしているのか気になってはいたんだが…講義には付いていけているのか?」


そう問われたユリウスは、腕を組みつつ口を開く。


「初回こそ要領が掴めていないようでしたが…ここ最近は最低ラインは越えている、といったところでしょうか。本人も勉強熱心なようで、毎回不明な点に関してはきちんと質問してきます」


その説明に、ルーファスは感心したようにうんうんと頷いた。


「なるほど…魔術に関してはまだまだこれからということだな」


ユリウスはルーファスの言葉に小さく首を縦に振る。

その様子にルーファスはフッと笑うと、ユリウスをまっすぐに見つめた。


「…伸び代のある学生には、尚更しっかりと指導してやりなさい」

「承知いたしました」


そのまま2人はいくつか仕事の話をし、その後ユリウスはルーファスの執務室を後にする。

再び外廊下に出ると、ちょうど講義が終わったらしく学生たちがゾロゾロと学生棟の方へと戻って行くのが見えた。

ふと中庭の方へと視線を向けると、ソニアがメモを片手に指導教官に何かを話しかけているのが目に入る。


(他の講義でもああいう感じなのか…。本当に勉強熱心な学生だな)


ユリウスが感心しつつそのまま彼女を眺めていると、声をかけられた指導教官は適当にソニアをあしらってその場を後にする。

ソニアは少し俯いた様子でしばらくその場に立ち尽くしていたが、くるりと踵を返して学生棟の方へと戻って行った。


その光景を見たユリウスは、自分の中に嫌な感覚がじわじわと広がっていくのを感じ、それを打ち消すようにフルフルと頭を振る。

そんな彼の前から先ほどの指導教官が歩いてくるのが見え、ユリウスは思わず声をかけた。


「お疲れ様です、シュヴァイガー大佐」

「ん?誰かと思えば、クロイツァー大尉か…何か用かね?」


ハインツ・シュヴァイガーは、怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

咄嗟に声をかけてしまったユリウスは、何を話すべきなのか瞬時に思考を巡らせた。


「…今年の学生たちはいかがですか?」


そんなユリウスの問いかけに、ハインツは僅かに目を丸くする。


「学生…?大尉がそんなことを聞いてくるなんざ、珍しいな」

「その…今年自分は第3学年の担当なのですが、特例措置で入学した学生が1人おりまして。他学年の講義での様子が少々気になっています」

「特例措置?ああ、あの小娘のことか…」


ハインツは少し不満げな表情を浮かべ、その様子にユリウスはモヤモヤとしてしまう。


「…彼女がどうかしたのかね?何か問題でも?」

「いえ…大佐は、彼女のことをどう思われますか?」


ユリウスの問いかけに、ハインツは不服そうに小さくため息をついた。


「そうだな、気になる点はいくつかあるが…優秀過ぎるところが鼻につく。他の教官たちや学生たちにとっても、面白くないようだな」

「…そうですか」


ユリウスの胸に、またあの嫌な感覚が広がる。

そんなユリウスを余所に、ハインツは言葉を続けた。


「とはいえ、顔立ちは綺麗な子だろう?君も指導する時は、多少手加減してやってはどうだね。学生から鬼と呼ばれる君でも、美人を泣かせるのは忍びないだろう?」


ハインツはそう言ってユリウスの肩をポンっと軽く叩くと、そのままその場を後にする。


「まさかとは思うが…」


ユリウスはハインツの背中を見送りながらそう呟くと、他の指導教官の話も聞いて回ろうと思い立つのだった。



───────

────

──


小1時間が経った頃、ユリウスは自身の執務室のデスクでソニアの資料を片手に小さくため息をついた。


ユリウスが指導教官巡りをした結果としてわかったことは2つ。

1つは、ソニアは他の学生たちとあまりうまくいっていないということ。

もう1つは、指導教官たちからろくに指導を受けていないということだった。

理由は単純だ。飛び級の特例措置入学で、軍大学でも指折りの成績…そんなソニアが気に食わない。ただそれだけの、馬鹿げた話。


(どいつもこいつも、すぐに自分の保身に走ろうとする…)


ため息をついたユリウスは、じわりと頭痛を覚え、思わずこめかみを押さえる。


(全く、嫌なことを思い出してしまうな…)


そう考えていると、不意に部下から声をかけられた。


「大尉?どうしたんすか?今日、ずーっと書類と睨めっこしてるみたいっすけど…」

「…少し気になることがあっただけだ。気にするな、ヴェルナー」


ユリウスがそう言うと、彼の部下であるヴェルナー・ローデは、いつもの調子で遠慮なくユリウスの待つ資料を覗き込む。


「あっ、その子…今年入った、例のかわい子ちゃんっすよね?」


そんなヴェルナーの言葉に、ユリウスは少し驚いたように彼の方へと振り返る。


「お前…シュミットのことを知っているのか?」

「そりゃあ、入学式の時にめちゃくちゃ美人がいるって話題になってましたから。俺もわざわざ見に行きましたもん」


そう言うヴェルナーに、ユリウスは呆れ気味に口を開く。


「全くお前は…あの時どこに行っていたのかと思えば……ん?」


ふとあることに気付いたユリウス。

怪訝な顔をヴェルナーに向け、そんな彼の視線を受けたヴェルナーは「ヤベッ…」と小さく呟いた。


「お前、許可なく学生棟に入ったのか…?」


ユリウスの低い声に、ヴェルナーは思わず冷や汗をかく。


「い、いやぁ…勝手に入ったというか、成り行きで入らざるを得なかったというか──」

「ヴェルナー」


ユリウスは言い訳するヴェルナーの言葉を遮ると、鋭い視線を彼に向けた。


「始末書、今日中に提出しろ」

「へーい…。でも、仕方ないじゃないっすか。あんな可愛い子、直接この目で見てみたいって思いません?」


そんなヴェルナーの言い訳に、ユリウスは思わず呆れ顔を浮かべる。


「そんなことを考えるのは、お前くらいのものだと思うが…」

「いや、そんなことないっすよ?他にも何人か本部の連中が来てて──」


そこまで言ったヴェルナーはハッと慌てて口を噤み、ユリウスはやれやれとため息をつく。


「どこの誰が入り込んでいたのか…覚えている限りで構わない、一覧にして提出するように」

「了解っす…」


そう肩をすくめるヴェルナーの様子に、ユリウスは再びため息をついた。


「全く…学生1人に浮き足立つとは、お前たち相当弛んでいるんじゃないか?」

「いやでも『氷の美女』って言われてるくらいっすよ?男なら多少なりとも気になりますって…」


ヴェルナーの言葉にユリウスは首を傾げた。


「…氷?」

「あれ?大尉、知らないんすか?あの子って、常に無表情(ポーカーフェイス)らしいんっすよ。笑わない、泣かない、怒らない…。で、ついた渾名(あだな)が『氷の美女』ってわけなんすけど…」

「なるほど…」


そう呟きつつ、ユリウスは腕を組んで椅子の背にもたれかかる。


(確かに、これまでの講義でもあいつの表情が変わったところを見たことがないな…)


ユリウスが講義中のソニアの様子を思い返していると、ヴェルナーはニヤニヤとユリウスに視線を向けた。


「でも、何で大尉があの子のこと気にしてるんすか?ひょっとして、ああいう子が好み──」

「違う」


ユリウスがキッパリとそう言い切ると、ヴェルナーはつまらなさそうに口を尖らせる。


「なーんだ。女っ気のない大尉にも、いよいよ春が来たのかと思ったのに…」

「…俺はそういう相手を作る気はないと、何度も言っているだろう。いい加減理解しろ」

「えー?何でっすか?大尉も俺らと恋バナしましょうよー」


そう言うヴェルナーに、ユリウスは思わずため息をついた。

そんな彼の様子に、ヴェルナーは苦笑いで口を開く。


「…冗談すよ。んで、その子が何かやらかしたんすか?」

「いや、特に何もやらかしていないが…」

「ふーん…。でも大尉、1年目の子たちと接点ありましたっけ?今期は確か、3年目の子らの担当っすよね」


そう言ってヴェルナーは首を傾げ、その様子にユリウスは軽くソニアの状況を説明し始める。


「…シュミットは今年入学だが、軍大学での学年は第3学年だからな。俺の魔術訓練の講義も受けているぞ」

「は?どういうことっすか…」


相変わらず怪訝な表情を浮かべるヴェルナーに、ユリウスは思わず小さく息をつく。


「相変わらずお前は察しが悪いな…。とりあえず一通り読め」


そう言うと、ユリウスは持っていた資料をヴェルナーに手渡した。


「へぇ、ソニアちゃんっていうんっすね」


それを受け取ったヴェルナーはじっくりと内容に目を通しながら、徐々に顔を引きつらせていく。


「えっ…若いなーとは思ってたけど、16歳?しかも特例措置…?」


ブツブツとそう呟くヴェルナーは、引きつったままの顔をユリウスに向けた。


「この子、何者なんすか…?容姿端麗、頭脳明晰って…」

「何者かは知らない。が、あそこまで飲み込みが良いと、こちらとしても指導し甲斐のあるのは確かだな。ああいう学生に色々と叩き込むのは楽しそうだ」


そんなユリウスの言葉に、ヴェルナーは思わず目を見開く。


(厳しい大尉がたかが1学生を褒めるなんざ、明日は隕石でも降ってくるんじゃねーのか…?)


そんなことを考えつつも、ふとヴェルナーはあることに気付く。


「何つーか…ここまで欠点無しな子だと、周りからの妬みは凄そうっすよね」

「……」


無言で考え込むユリウスの様子に、ヴェルナーは首を傾げる。


「あれ…?ひょっとして、既にもう妬まれまくっちまってる感じすか…?」


その言葉に、ユリウスはコクリと小さく頷く。


「…ああ、そうらしい。教官たちも、どうもまともに指導をしていないらしくてな…」

「マジっすか…何つーか、人間って何年経っても変わらないもんっすね…。あん時、准尉たちから散々叱られてたってのに…」

「同感だな…」


そう話すユリウスたちは揃ってため息をついた。


(優秀な人間が適切な指導を受けられていないというのは、本人のモチベーションにも関わってくる。何より、軍全体にとってもマイナスでしかない…)


ユリウスはそう考えながら、どうにかしてこの状況を打開できないかと思案する。

が、何年経っても改善される様子のない指導教官たちの意識を、ただの尉官である自分が即座に変えさせるというのは到底無理な話で、ユリウスは頭を悩ませた。


(となると…あまり気乗りはしないが、方法は1つしかないか…)


ユリウスはそう結論付けると、再度訓練所へと向かうことを決意するのだった。

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