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碧眼の花と緋の刃  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第15話 後編《波間の序章 ②》


その後、アンナに誘われたソニアは、彼女たちと一緒になって浅瀬で海を楽しんでいた。

そんな4人の様子をユリウスとギルベルト、ラルフの3人は少し離れた海岸からじっと見守る。


「ソニアちゃん、珍しく楽しそうですねぇ」


ニコニコとそう言うラルフに同意するように、ギルベルトも小さく頷いた。


「だな。年頃らしい可愛いとこもあんじゃねぇか」

「全くあいつらは……小休止の予定だったんだがな」


やや呆れ顔のユリウスの肩を、ギルベルトはポンポンと叩く。


「まあまあ、そう言うなって。嬢ちゃんは、ただでさえ普通の人生経験ってもんが少ねぇんだ。たまにはこういうのもアリだろ?」


ギルベルトの言葉に、ユリウスは深くため息をつく。


(それはそうなんだが……)


そう思いながら、ソニアたちの方へと視線を戻した。

そんな彼の横で、ラルフが口を開く。


「せっかくだし、俺も参加しちゃおうかなぁ」


そう言って彼は海の方へと移動する。

それを見送ったギルベルトは、ニヤリと笑ってユリウスにコソコソと声をかけた。


「んで?ユリウス、さっき嬢ちゃんと何してたんだよ」

「は?何の話だ?」

「いや、あの子のこと抱きしめてたろ。お前ら、いつの間にそういう関係になってたんだ?ん?」


その言葉に、ユリウスはため息まじりに口を開く。


「お前な……そんなわけないだろう。ソニアが転びかけたのを、支えただけだ」

「ほーん、珍しいな。いつものお前なら『自業自得だ』っつって放っておくだろ?」


そう言われたユリウスは、小さく頰を掻きながらチラリと海で遊んでいるソニアを見やった。


「……ここでずぶ濡れになられたら、車に乗せられないからな」

「なるほどねぇ……」


ギルベルトは、引き続きニヤニヤとユリウスに視線を向ける。

そんな彼の様子に、ユリウスは深く肩で息をついた。


「何を期待しているのか知らないが……ソニアは俺の弟子であって、それ以上でもそれ以下でもない」

「へーへー。とりあえずは、そういうことにしておいてやるよ」


少し揶揄うような口調でそう言いながら、ギルベルトは時計を確認する。


「で、いつ出発するよ?あんま遅くなってもアレだろ?」

「早めに向こうを出たとはいえ、確かにそろそろ出発した方が良いかもな」


ユリウスは海で遊ぶ5人に声をかけに行き、その様子をギルベルトは腕を組んで眺める。


「……弟子以上でも以下でもねぇ、か」


ポツリと意味あり気に呟くと、ギルベルトは一瞬フッと笑ってから6人の方へと向かうのだった。



───────

────

──


「ソニア、そうジロジロ見る必要もないだろう?」

「あっ、すみません……運転する際の参考になるかなぁと思いまして」


助手席のソニアは、地図を持ち直しながら申し訳なさそうに前に向き直る。

隣のユリウスもやれやれと視線を前に戻すと、ハンドルを握り直した。

そんな2人の様子を眺めながら、後ろのアンナとシュテファンはクスクスと小さく笑う。


「ソニアさんは努力家ですね」

「まあでも、気持ちはわかるかも。クロイツァー大尉って、運転めちゃくちゃスムーズですよね。あたしも参考にしたいなぁ……なーんて」


そう言いつつ、後ろからやや身を乗り出して運転席を覗き込むアンナ。

彼女に同意するように、ソニアが無言でコクコクと頷くと、ユリウスは小さく息をついた。


(正直、気が散って仕方ないんだが……とはいえ指導教官たる者、学生の手本にはなるべきか)


そう判断したユリウスは、ちらりとソニアに視線を向ける。


「好きにしろ」

「「ありがとうございます」」


ソニアはアンナと揃って礼を言うと、運転するユリウスをじっと観察し続けた。


そこから30分ほどが経った頃、引き続き運転を続けていたユリウスはソニアに声をかける。


「ソニア、この先は左だったか?」

「……」


彼女からの返答がなく、サッと助手席に目を向ける。

そこには地図を広げたまま、スヤスヤと気持ち良さそうに眠っているソニアの姿があった。

そのままバックミラーに視線をやると、後部座席のアンナまでもが眠っているのが見え、ユリウスは思わずため息を漏らす。


「全く……こいつら、俺を参考にするんじゃなかったのか?」


その言葉にシュテファンはクスクスと笑う。


「思わず寝てしまうくらいに、大尉の運転が上手いってことですよ。道案内なら僕がしますから、2人ともこのまま寝かせて差し上げては?」


そう言われたユリウスは、もう一度ソニアを横目で見やる。


(慣れない早起きに、長距離移動──確かに、ここで起こすのも忍びないか)


そう小さく肩で息をつくと、バックミラー越しにシュテファンに視線を向ける。


「仕方がないな。シュテファン、頼むぞ」

「了解です。お任せください」


シュテファンは前方が良く見えるように若干横に移動し、小声でユリウスと話をしながら案内をするのだった。


それから小1時間ほどが経過した頃、ユリウスは山間地に設置された大きな高さのある金網フェンスの前に車を停めた。

そして、まだ眠っている助手席のソニアをやや躊躇いがちにそっと揺り起こす。


「ソニア。着いたぞ、起きろ」

「んん……」


ソニアはゆっくりと目を開くと、ぼんやりと寝ぼけ眼でユリウスの顔を見つめる。

が、すぐに状況を把握すると、ハッと目を見開いて慌てて身体を起こした。


「す、すみませんっ……!私、道案内役なのにいつの間に眠って──」

「気にするな。幸い、シュテファンが道を覚えていたから問題はなかった」


その言葉に、ソニアは申し訳なさそうにくるりと後部座席の方へと振り返る。


「クリューガーさん、ご迷惑をおかけしました……」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


シュテファンはそう言いつつ、隣のアンナを起こしにかかる。


「ベーゼさーん。着きましたよ?起きてください」

「んー……後1時間……」


寝ぼけた様子で答えるアンナに、ソニアは少し冷や汗をかきながら声をかける。


「ちょっとアンナ……!起きてってば!」


後ろに手を伸ばし、ゆさゆさとアンナを揺するソニア。

しばらく抵抗していたアンナだったが、やがて諦めたのか薄っすらと目を開ける。

目の前にソニアとユリウス、シュテファンの3人の姿が目に入り、一瞬の間の後に彼女は飛び起きた。


「えっ!?えーっと……」


どう言い訳すべきなのかをぐるぐると考えるアンナ。

しかし、素直に謝罪するのが吉だと判断すると素早く頭を下げた。


「すみませんでしたっ!!」


そんな彼女の様子に、ユリウスは苦笑いでため息をつく。


「悪いと思っているなら、訓練中に巻き返すんだな」

「ぜ、善処します……」


シュンと小さくなってしまうアンナに、シュテファンは素早くフォローを入れる。


「まあまあ、大尉もそんなこと言わないであげてくださいよ……そもそもベーゼさんは救護要員なわけですし、挽回と言われても難しいんじゃありませんか?」


その言葉に(それもそうか……)と押し黙るユリウス。

そんな彼の様子を伺いつつ、アンナはシュテファンにコソッと声をかけた。


「クリューガーさん、ありがとうございます」

「いえいえ。この状況だと、僕はベーゼさんの味方でいるべきでしょうからね」

「へっ……?」


小首を傾げるアンナを横目に、シュテファンは2人で会話をしているソニアとユリウスをじっと見やる。


「その分は、ソニアに挽回してもらうとするか」

「えっ!?えっと……お手柔らかにお願いしても良いでしょうか?」


恐る恐るそう告げるソニアの様子に、ユリウスはフッと笑って彼女の頭に手を乗せる。


「すまない、冗談だ。とはいえ、すべきことは全てきっちりこなしてもらうからな」

「はい、わかりました」


ホッとした表情でそう答えるソニア。

そんな2人の様子に、シュテファンはフッと小さく笑みを浮かべる。


(大尉は、どうしてもソニアさんに肩入れしちゃうからなぁ……)


そう思いながら、アンナと並んで2人を眺めるのだった。



───────

────

──


しばらくするとギルベルトたちの車も到着し、7人全員が揃う。


「よし、全員居るな」


ギルベルトは鍵を取り出しつつそう言うと、フェンスの扉部分に付けられている重そうな錠前を開ける。

扉はギィと軋むような音を立てながら開かれ、7人は揃って中へと足を踏み入れた。


「とりあえず、一旦ここに入んぞ」


ギルベルトはすぐそばに設置されているプレハブ小屋を指差し、アンナは軽く首を傾げる。


「これ、何の建物なんですか?」

「簡単に説明すると、管理小屋みてぇなもんだな」


そう言いつつギルベルトは小屋の鍵を開け、ソニアはそっと中を覗き込む。


「……よく見えませんね。電気は通っているんでしょうか?」

「簡易発電機は設置されているが……まずは、動くかどうか確認してみないとな」


ユリウスはそう言うと小屋の裏手に回っていき、ソニアも素早く彼の後に続く。

そこには小型の発電機が置かれており、ユリウスはそのそばにしゃがみ込んだ。


軽く埃や汚れを払うと、ユリウスは発電機を作動させてみる。

が、それはうんともすんとも言わなかった。


(流石に、長期間使われていないとなるとこんなものか)


そう思って何度か始動操作を試みるユリウス。

そんな彼の隣にソニアもしゃがみ込むと、じっと発電機を観察する。

軽く発電機を揺するとチャプンと液体が動く音が聞こえ、ソニアは眉をひそめた。

そっと発電機に顔を近付けると、ユリウスに声をかける。


「これ、燃料入れっぱなしになってませんか?」


そう言われたユリウスも、即座に発電機に顔を寄せた。

燃料独特の臭いが鼻をつき、ユリウスは顔をしかめる。


「……確かに、お前の言う通りみたいだな」

「この状態で放置してたとなると、中で詰まってるかもしれませんね……」

「ということは、こいつは使い物にならないのか?」


少し肩を落とすユリウスの横で、ソニアは真剣に考え込む。


「お時間いただけるようであれば、分解修理を試みます」


ソニアの言葉に、一瞬驚いたように目を丸くするユリウス。

が、すぐに納得したような表情を浮かべた。


(そういえば、ソニアは工学部だったな……)


そう考えつつ、ユリウスはソニアに向き直る。


「ありがたい提案だが……そう簡単に直るものなのか?」

「詰まっているだけなら、まだ何とかなるかもしれません。流石に、部品が劣化していたらお手上げですけど……ひとまず、確認するだけしてみますね」


ソニアはそう言うと、器用に発電機の部品を外し始める。

そんな彼女の様子を隣でじっと眺めるユリウス。


「手を貸すか?」

「いえ、このくらいでしたら1人で大丈夫です」


はっきりと言い切るソニアを、ユリウスは少し驚いたように見つめた。


しばらくソニアがゴソゴソとしていると、戻って来ない2人を心配したギルベルトたち5人も小屋の裏までやって来る。


「どうしたよ、動かねぇのか?」

「今、ソニアが確認しているところだ」


ユリウスのその言葉と同時に、ソニアは顔を上げた。


「大尉、これを見ていただけますか?」


挿絵(By みてみん)


そう告げる彼女の手元を覗き込んだユリウスの目に、真っ直ぐに切られた2本のケーブルの切断面が映る。

彼は思わず眉をひそめた。


「……意図的に切られたものか?」

「その可能性が高いと思われます。ここまで綺麗に切れているのは、劣化にしては流石に不自然かと」


切断箇所を確認しながら、ソニアは再度口を開く。


「ただ……この2本がダメになっているとなると、修理が利きませんね」

「発電機無しで過ごすしかないということだな……」


小さく息を漏らすユリウスの横に、ギルベルトもしゃがみ込む。


「そうなるか……ま、今日のところは魔術で何とかするしかねぇだろ。どのみち明日からは生存訓練なんだ、しばらく必要にはなんねぇよ」

「それもそうですね」


ソニアたちは立ち上がると、小屋の入り口へと向かう。

彼女たちの後ろ姿を見送り、ラルフは気まずそうに頭を掻いた。


(やっぱり、ソニアちゃんには気付かれたかぁ……まあ、今の様子ならそこまで深く追求されなさそうだけど、帰ったらシュヴァイガー大佐には一応報告しといた方が良いかな?)


ラルフはそう考えながらため息をつく。


(全く……大佐たちも、痕跡が残るような細工なんて初めからしなけりゃ良いのに)


じっとソニアたちの方を見つめながら内心悪態をつくラルフに、そばにいたアンナは首を傾げる。


「サヴォイア曹長、どうかしたんですかー?」

「えっ?あー……明日からの訓練に備えて魔力温存しときたかったんだけど、ちょっと無理そうだなぁって」

「ふーん……?まあでも、仕方ないですよね〜」


アンナはそう笑い飛ばしつつ、ソニアたちを追って入り口の方へと向かう。

ラルフは小さくため息をつくと、自身も彼女たちの後を追った。



光魔術で明かりを灯し、翌日からの生存訓練について話し合う7人。

が、なかなか話が進まずにいた。


「いや、だから!流石に2人はキツイっすよ……!」

「だけどよ、そうなると2班にしか分かれらんねぇだろ?下見の意味、ほとんどなくなるじゃねぇか」

「俺もギルベルトに同感だな……」


ユリウスはやれやれと頭を掻き、どうしたものかと思い悩む。

彼とギルベルトは、7人を3班に分けるつもりだったのだが、ヴェルナーから猛反対を受けていたのだ。


(他の4人にも意見を聞くべきだな……)


そう判断したユリウスは、ソニアに声をかける。


「ソニアはどう思う?」

「えっ?」


急に話を振られたソニアは、少し戸惑いつつも考え込む。


「そうですね……生存訓練の経験がないので何とも言えませんが、何かあった時に2人の班だとリスクが高いのではありませんか?」

「僕も同感ですね。いざという時の連絡手段もありませんし、3人と4人で分かれた方がより安全な気もします」


シュテファンもソニアに同意すると、アンナが腕を組んで「うーん……」と唸りながら口を開く。


「でも、遠征実習の下見も兼ねてるのに……本末転倒じゃないですか?」


見事に意見が分かれ、ギルベルトは思わず苦笑いしてしまう。


「こりゃあ参ったな。ラルフはどう思うよ?」

「え、俺ですか……?」


ラルフは腕を組んで真剣に考え込む。


(色々後処理は済ませたけど、あんまりアレコレ見て回られるのは困るんだよなぁ。万が一、何か未処理の物が出てきても困るし……)


そう判断すると、慎重に口を開く。


「俺も、ソニアちゃんたちに賛成ですね。下見中のトラブルで誰かが大怪我したら、それこそ本末転倒じゃないです?」

「あー……確かにそれもそうか。そうなりゃ、大尉が責任問われるもんな」


頭を掻くギルベルトの言葉に、ラルフはハッと一瞬表情を変える。


(大怪我、ね。なるほど、そういう手もあるにはあるのか……)


そう考えつつ、ユリウスに向き直った。


「より安全にいくなら、2班に分けるのが1番良いと思いますよ?」


ラルフの言葉に、ユリウスはやれやれと息をつく。


「多数決で4対3なら仕方がないか……」


そう言いながら、真剣な表情で腕を組む。


「よし、それなら2班に分けるぞ。俺とソニア、ベーゼは固定、ギルベルトとヴェルナーはペアだとして──」

「僕とサヴォイア曹長がどちらに入るか、という部分ですね」


シュテファンはギルベルトに視線を向ける。


「ベルクマン准尉、研修官指導にあたってはどちらの方が都合が良いですか?」

「ヴェルナーが『教える側』ってことを考えると……どっちかっつーと、シュテファンだな」


少し悩みながらも、ギルベルトはユリウスの方を見やる。


「大尉の方はどうだ?」

「こちらとしては、ラルフでもシュテファンでもどちらでも構わない」

「んじゃ、こっちにはシュテファンに入ってもらうか」

「了解しました」


シュテファンがそう答えると、ラルフはソニアとアンナに向き直る。


「じゃ、俺はソニアちゃんたちと一緒になるわけだ。2人ともよろしくね」

「はい」

「よろしくお願いしまーす」


ラルフはニコニコとソニアたちと話しつつ、ユリウスに声をかける。


「大尉、今のうちにどの辺りを回るのか決めておきません?」

「それもそうだな……ギルベルト、お前たちの方も無理のない範囲で頼む」

「あいよ。任せときな」


7人はそれぞれの班で集まると、下見の範囲をじっくりと吟味し始めるのだった。

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