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碧眼の花と緋の刃  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第14話《備えの刻》


翌日夕方。

教習を終えたソニアとユリウス、シュテファンの3人は、ユリウスの執務室へと戻って来た。


「お、戻って来たな」


ギルベルトはそう言いながらユリウスの元へと歩み寄る。


「ほれ。遠征訓練で必要そうな薬だの何だののリスト、作っといたぞ」


ユリウスはギルベルトからリストを受け取ると、ざっと中身を確認した。


「思いのほか多いな。これだけの量を支給してもらえるのか……?」

「7人で丸1週間ちょい滞在ってなると、こんなもんじゃねぇの?まあ、詳しくは向こうで確認しようぜ」


ギルベルトはそう言うとちらりとソニアに目を向ける。


「嬢ちゃんも付き合ってくれるか?本部(こっち)の医務室、まだ行ったことねぇだろ?」

「えっ?あ、はい。承知いたしました……」


そう言いながら、ソニアは小首を傾げた。


(別に、今このタイミングじゃなくても良い気もするけど……何か理由があるのかしら?)


ソニアはそう考えつつも、執務室を出ていこうとするユリウスたちの後に続く。

医務室に向かって廊下を歩く中、ソニアはユリウスたちにおずおずと声をかけた。


「あの……何かあったんですか?」


ユリウスとギルベルトは顔を見合わせてから、ソニアに視線を向ける。


「相変わらず、嬢ちゃんは察しが良いよなぁ。いや、俺らがわかりやす過ぎんのか?」


苦笑いしつつギルベルトは続ける。


「ま、着きゃわかるからよ」

「えっ……?」


首を傾げるソニアの肩に、ユリウスはポンと軽く手を乗せた。


「詳しくは向こうで話す。少し待て」

「あ、はい……わかりました」


ソニアは渋々引き下がり、そのままユリウスたちと廊下を進んでいく。

しばらくして医務室にたどり着いた3人。

扉をノックしようと構えたユリウスが、ふとソニアに声をかける。


「ソニア、中に入っても驚いたり声を上げたりするな。わかったか?」

「は、はい……」


何事かと思いつつそう返事をするソニア。

それを確認したユリウスは、軽くノックをしてから扉を開く。

ユリウスに促されて室内に足を踏み入れたソニアは、目の前に立つ人物に思わず声を上げかける。


「クラ──」


そんなソニアの口を、ユリウスが後ろからサッと塞ぐ。

その瞬間、ソニアはハッと言葉を切った。


(やってしまった……でも、何でクラウゼ先生がここに?)


そう思いつつ、気まずそうにユリウスを見上げるソニア。

ユリウスは、やれやれとやや呆れたような表情で彼女を見下ろしていた。


そんな2人を苦笑いで見つつ、ギルベルトは前に向き直る。


「とりあえず、遠征訓練で必要なモンを貰いに来たんだが……」


さりげなく話を切り出すギルベルト。

彼の視線の先のエリーザベトは、ちらりと扉が閉まっていることを確認してから口を開いた。


「……メーゲンブルク中将からお話は伺っています。他には誰もいませんし、盗聴系の魔術等も仕掛けられていないようなので、そう警戒されずとも大丈夫ですよ?」


ニコリと穏やかに微笑むエリーザベトの様子に、ユリウスはソニアの口を塞ぐ手をそっと下ろす。

ソニアはどう声をかけるべきなのかわからず、少し戸惑ったようにエリーザベトを見つめた。


「えっと……?どういうことなんでしょうか?」

「ソニアちゃん、中将から何も伺ってないの?」


エリーザベトの問いかけに、ソニアはフルフルと首を横に振る。

そんな彼女の様子に、エリーザベトはユリウスたちに視線を向けた。


「まずは、自己紹介からですね」


エリーザベトはサッと一礼して口を開く。


「軍病院所属のエリーザベト・クラウゼと申します。以後お見知り置きを、クロイツァー大尉、ベルクマン准尉」

「こっちこそよろしくな、先生」

「今回は色々と手間をかけて申し訳ない」


答礼しつつそう述べるユリウスとギルベルト。

その様子に、状況を理解していないソニアはますます首を傾げた。

そんな彼女に、ユリウスは「実は……」とエリーザベトが遠征地付近まで来てくれる旨を説明する。


「──というわけだ」

「そうだったんですね……」


そう呟くと、エリーザベトに向き直るソニア。

深々と彼女に頭を下げて口を開く。


「すみません、先生にまでご迷惑をおかけしてしまって……」

「気にしないでちょうだい。何も起こらなければ、ただの休暇だもの。どうせ暇を持て余していたし……ちょうど良かったわ」


その言葉に、ソニアはホッとした表情を浮かべる。

そんな彼女をユリウスはじっと見つめた。


(なるほど、ソニアの顔馴染みというのは本当だったようだな。こいつがこれほどわかりやすく表情を変えるなんざ、俺なんかよりもよほど懐いていると見えるが……ただ、相手が医官というのが引っかかる)


そう考えるユリウスは、ふとソニアと目が合う。


「大尉?」


少しキョトンとした表情で首を傾げるソニアに、ユリウスは思わずフッと笑ってしまう。


「何でもない。気にするな」


そう言って、ソニアの頭を軽く撫でる。

エリーザベトは、そんなソニアたちの様子を微笑ましそうに見つめつつ口を開いた。


「さて……先に、医薬品類の用意を済ませてしまいますね。お話はその後で」


ギルベルトから手渡されたリストを確認すると、テキパキと必要なものを揃え始めるエリーザベト。

ソニアたちは医務室内の椅子に腰掛け、彼女が作業を終えるのを待つ。

5分ほどすると、大きめの紙袋2つと4人分の紅茶を手にエリーザベトが声をかけてきた。


「お待たせしました。まず、こちらがリストに載っていたものですね」


エリーザベトは紙袋をユリウスとギルベルトに差し出す。


「他に必要になりそうなものも、追加で入れておきました」

(わり)ぃな。助かるぜ、先生」

「いえ、これが仕事ですから」


挿絵(By みてみん)


そう言いながらソニアたち3人に紅茶を配り、エリーザベトも空いている椅子に腰掛けた。


「さて……遠征について、私が予め伺っておくべき事項はございますか?中将から、一通りのスケジュールは共有されておりますが……」

「スケジュールを把握してもらっているのであれば、特段伝えておくこともないが……」


ユリウスは一瞬ちらりとソニアに視線を向けてから、エリーザベトに向き直る。


「ソニアが外泊するのは、今回が初めてだと中将から聞いている。かかりつけ医の視点から見て、何か気を付けておくべきことはあるだろうか?」

「そうですねぇ……」


エリーザベトは顎に手を当て、少し考え込む。


「ソニアちゃんは健康そのものなので、特に心配は要らないかと思います。移動は車ですか?」

「おう、その予定だぜ」

「であれば、適時休憩を取らせてあげた方が良いかもしれませんね。車移動も長距離移動も、慣れていないでしょうから」


その説明に、椅子に深く掛け直して腕を組むユリウス。


(移動時間は、単純計算で片道3時間……となると、2回ほど休憩を挟んだ方が良さそうだな。だが、ソニアのことを考えると──)


そう考えつつ、ふと顔を上げた。


「気分が悪くなった際の薬を、念のためもらっておくことは可能だろうか?」

「もちろんです」


エリーザベトは一旦席を外すと、すぐに錠剤をいくつか持って来てユリウスに手渡す。


「こちらを。1度服用したら、3時間は空けてください」

「わかった。すまないな」


そう言いつつユリウスは錠剤を紙袋へと仕舞い込む。

ギルベルトはそんな彼をニヤニヤと見つめ、それに気付いたユリウスは僅かに眉をひそめた。


「……何だ?」

「いや?可愛い弟子のために頑張ってんなぁと思っただけだぜ」


その言葉に、エリーザベトもついクスクスと笑ってしまう。


「ソニアちゃん、素敵なお師匠さまね?」

「はい……そうですね」


ソニアは少し照れ臭そうな表情でユリウスを見上げる。


「大尉、色々とお気遣いありがとうございます」

「気にするな。備えあれば憂いなしと言うだろう?それに、お前以外の連中に必要になるかもしれないしな」

「あー……確かに、部隊丸ごと長距離移動ってのは初めてだもんなぁ」


思い出したようにそう言うギルベルトに、ソニアは申し訳なさそうに肩をすくめた。


「すみません。私なんかのために、皆さんに仕事の調整までしていただいて……」


ソニアの言葉に、ユリウスは彼女の頭を軽く小突く。


「お前な……前にも言っただろう。これは、ウチの部隊全員で取り掛かるべきものだ。ソニアが引け目を感じる必要は一切ない」

「……ありがとうございます」


そう穏やかに微笑むソニアに、エリーザベトも安心したような表情を浮かべるのだった。


その後、しばらく遠征訓練について話し合ったユリウスたちは席から立ち上がった。


「んじゃ、期間中に何かあったらよろしく頼むぜ」

「はい、承知しております。皆さま、どうかお気をつけて」


エリーザベトの言葉に、ユリウスたちはコクリと頷く。

そのまま医務室を後にした3人は、まっすぐにユリウスの執務室へと向かった。


執務室に近付くと、何やら中から明るい話し声が聞こえてくる。

ユリウスがそのまま扉を開くと、空席に腰掛けてシュテファンと話をしていたアンナが振り返った。


「あ、ソニア。おかえり〜!大尉と准尉もお疲れ様でーす」


軽く一礼してそう言うアンナに、ソニアは思わず身体の力が抜けてしまう。


「アンナ……随分と早いのね」

「だって、寮にいても暇なんだもーん」


そう口を尖らせるアンナに、ソニアは少し呆れ気味に小さく肩で息をつく。


「だからって、クリューガーさんの仕事の邪魔するのはどうかと思うわよ?」


ソニアが軽く諌めると、シュテファンはフルフルと首を横に振った。


「大丈夫ですよ。ちょうど、少し休憩しようと思ってたところなので」

「ほーら、クリューガーさんもこう言ってるんだし……ちょっとくらい大目に見てよね」


ケラケラと明るく笑い飛ばすアンナ。

その光景にユリウスはやれやれとため息をつく。

そんな彼の肩を、ギルベルトはポンポンと叩いた。


「ま、歳の近い(わけ)ぇ連中が集まりゃこうなるって。仕事に支障ねぇっつーんなら、目ぇ瞑っときな」

「……わかった」


ユリウスはそう答えると、楽しげに会話をしているソニアたち3人に目を向ける。

すると、ふとアンナが首を傾げた。


「そういえば……ソニア、ホントに明日からあたしがいなくて大丈夫なの?」

「アンナ、またその話?」


少し呆れ気味に口を開くソニア。

そんな彼女たちの様子に、シュテファンはクスクスと笑う。


「ベーゼさん、心配し過ぎですよ……僕らも付いてますし、大丈夫ですって」

「それはそうなんですけど、状況も状況だから心配なんですぅ」


そう口を尖らせるアンナを見て、シュテファンはフッと笑いながらチラリとユリウスに視線を向けた。


「何だ、シュテファン……」

「いえ。何だかんだで、ソニアさんは可愛がられてるんだなぁと」

「……何故俺を見る?」

「だって、ソニアさんのこと、1番可愛がってるのは大尉じゃないですか」


その言葉に、アンナはソニアをギュッと抱きしめる。


「あたしの方が可愛がってると思うんですけどぉ。なんせ、ソニアの親友なわけですし!」

「……私、いつアンナの親友になったの?」


抱きしめられたままのソニアが首を傾げると、アンナは大袈裟に驚きの声を上げる。


「えぇっ!?ソニア、酷くない?そう思ってたの、あたしだけ?」

「えっと……」


つい戸惑ってしまうソニア。


(親友になろう、だなんて一言も言われてないんだけど──)


そう考えるソニアの様子に、ユリウスはやれやれと小さくため息をつく。


「ソニア……普通、親友になるための申し出というものはないからな?」

「あっ、そうなんですね……」


そう答えるソニアに、(相変わらず不器用なやつだな……)と苦笑いするユリウス。

一方のソニアは俯き気味に少し考え込む。


(親友なんて、私には縁のない言葉だと思ってたのに……)


ソニアはそう思いつつアンナに視線を向けた。


「私なんかで良いの?」


ソニアの言葉に、アンナはキョトンとした表情を浮かべる。


「えっ?それって、むしろこっちのセリフじゃない?あたしは、ソニアのこと大歓迎なんだけど」


ニッコリと笑うアンナの表情に、心が温かくなるのを感じるソニア。

フッと微笑むと、アンナの手に自分の手をそっと添えた。


「ありがとう。じゃあ……私もあなたのこと、親友だと思って良い?」

「当ったり前じゃん!これからもよろしくね、ソニア」


そう言ってソニアを強く抱きしめるアンナ。

ソニアは「アンナ、苦しい……」と言いつつも、その表情は穏やかなものだった。

そんな2人を、執務室内の全員が微笑ましく思いつつ眺める。


「そういえば……大尉、このままソニアのこと引き取っちゃって大丈夫ですか?」


時計を見ながらそう言うアンナにつられ、ユリウスも壁を見上げた。


「他にすべきこともないからな。構わない」

「了解しました。ソニア、行こ?」

「うん。それでは、私はこれで失礼させていただきますね」


ソニアとアンナはサッと一礼すると、そのままユリウスの執務室を後にする。

その後ろ姿を見送りつつ、ユリウスは腕を組んで難しい表情を浮かべた。

そんな彼に、ラルフが声をかける。


「大尉、どうかされました?」

「いや、明日からのソニアの送り迎えについて、きちんと決めておくべきかと思ってな」

「あー……すみません、真っ先に休みもらっちゃって」


気まずそうに頭を掻くラルフ。


(……といっても、シュヴァイガー大佐の指示で色々後始末しないといけないんだよなぁ。あの人も、自分で仕掛けたなら自分で処理してくれれば良いのに……)


内心ではそうハインツに悪態をつく。


(まあでも、俺が逆らえないってことは、大佐が1番よく知ってるからなぁ。ああいうとこ、本当にずる賢いよねぇ……)


思わず小さくため息をつくと、ギルベルトは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。


「ん?ラルフ、あんまし嬉しそうじゃねぇな……せっかくの休みなんだぞ?」

「あ、いえ……自分がお力になれないのが申し訳なくて」


ラルフがそう取り繕うと、ヴェルナーが素早くフォローを入れる。


「いや、皆で休み取る以上は全員そーゆータイミングがあるわけっすし、サヴォイア曹長が気にしなくても大丈夫っすよ」


「その分、俺が頑張っちゃいますんで!」と張り切るヴェルナーに、ラルフはフッと笑ってしまう。


「じゃあ、ローデ少尉が休みの時は俺が頑張らないとね」

「むしろ、皆で頑張らないといけないんじゃありません……?」


そう言うシュテファンのツッコミに、全員がその通りだと意識を改めるのだった。

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