第13話 後編《兆しと警告②》
終業後、揃ってルーファスの執務室にやって来たユリウスとギルベルト。
「──業務報告としては、以上となります」
出されたコーヒーに口をつけつつ、ユリウスはつつがなくその日の報告を終えた。
ソファの背にもたれながらそれを聞いていたルーファスは、顎に手を当てつつ口を開く。
「ふむ……今のところは、特段問題は無いようだな」
「はい」
ユリウスは短くそう返答すると報告書から目を上げ、正面のルーファスにまっすぐ視線を向ける。
「ところで……ローデ少尉の指導教官研修についてどうなったのか、伺ってもよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ」
ルーファスはデスクに置いてあった書類の束を手に取ると、そのままユリウスに差し出した。
それを受け取ったユリウスは、ギルベルトと並んで書類に目を通す。
そこには9月より半年間、ヴェルナーの第4学年への研修官配置を許可する旨が記載されており、2人はホッと息をついた。
「お力添えありがとうございます、メーゲンブルク中将」
ユリウスが頭を下げると、ルーファスは小さく首を横に振る。
「礼は要らんよ。娘のためでもあるしな」
そう答えるルーファスに、ギルベルトは少し考え込んでから声をかける。
「……シュヴァイガー大佐は、このことはもう知ってるんすか?」
その問いかけに、ルーファスは腕を組みつつ口を開く。
「まだ公にはなっておらんが、極秘情報というわけでもないからな。何より学年担当官ともなれば、どこかから情報を仕入れている可能性は十分にあるだろう」
「であれば、既に知っていると仮定しておくのが安全ですね」
ユリウスは少し考え込みつつ、ルーファスに向き直った。
「後は、遠征訓練の人員調整についてですが……」
そう話を切り出すと、ルーファスはうんうんと頷く。
「うむ、それについては俺の方から1つ報告がある。看護学部の学生の付き添いについてだが……一応は認められたぞ」
「本当っすか!?いやぁ、流石に研修前の子はダメかと思ってましたよ……」
ホッとした様子のギルベルトに、ルーファスは軽くため息をつく。
「あくまでも『一応』だからな」
「……と言いますと?」
話が見えず、つい首を傾げるユリウス。
ルーファスはソファの背にもたれかかると、腕を組んでユリウスをまっすぐに見つめた。
「書類上許可が出たとはいえ、学生単身では何かあった時に厳しいとシュタール元帥閣下から返答があってな」
「ということは……別途医官を付ける、ということでしょうか?」
「いや……医官のバックアップが必要だろう、ということだ」
そう言ったルーファスは、ユリウスに別の資料を差し出す。
ユリウスはそれを受け取ると、パラパラと中に目を通し始める。
(エリーザベト・クラウゼ──年齢35、軍病院所属の女性医官か……)
概要を把握しつつ、ユリウスは資料から目を離してルーファスに視線を向けた。
「こちらの医官は、信頼できる人物なのでしょうか?」
その言葉に、ルーファスは小さく頷く。
「ああ。ソニアとも顔馴染みで、あの子の瞳の色や俺との親子関係なんかの諸事情も一通り知っている」
「ほーん……ってことは、嬢ちゃんのかかりつけ医ってとこっすか?」
ギルベルトの言葉に、ルーファスは一瞬言い淀む。
「……まあ、そんなところだな」
複雑な表情を浮かべながらそう答えるルーファスの様子に、引っ掛かるものを感じるユリウス。
が、何か事情があるのかもしれないと深く追求することは避ける。
「この医官を、どう立ち回らせる予定なのでしょうか?」
「お前たちの遠征訓練期間に合わせて、夏期休暇を取ってもらうことにした。遠征地の麓にある街で待機してもらうつもりだ」
「それって……任意で来てくれるってことなんすか?」
「その通りだ」
ルーファスの説明に、ユリウスとギルベルトは揃って(なるほど……)と納得する。
が、ギルベルトは一瞬眉をひそめると、ルーファスに目を向けた。
「でもそれ、後から問題になりません?一応、休暇期間なんすよね?」
「そうだ。よって、原則彼女がお前たちの方に手出しすることはない……が、緊急時は資料に書いてある番号に連絡すれば協力を得られる」
その言葉に、ユリウスは資料のページをめくる。
そこには、エリーザベトの滞在先と思われる施設住所と電話番号が書かれていた。
「承知いたしました。確認ですが、これは共有事項でしょうか?それとも──」
「念のため、お前たち2人とソニアの間で留めておいてくれんか?下手に外部に漏れると、クラウゼ先生にも危険が及びかねんからな」
ルーファスの真剣な表情に、ユリウスとギルベルトは静かにコクリと頷く。
そんな2人の様子を伺いつつ、ルーファスは続ける。
「とはいえ、緊急時に初対面というのもやりづらいだろう。先生は明日、持ち回りで本部の医務室に来るはずだ。遠征用の常備薬の補充とでも理由付けて、ソニアを連れて訪ねてみると良い」
「はい、そのようにさせていただきます」
ユリウスがそう答えると、ルーファスはふと申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「……中将?」
「いや……ソニアのことで、色々と巻き込んでしまってすまんな。まさかこんな事態になるとは……」
それを聞いたユリウスは、フルフルと首を横に振って口を開く。
「中将に謝罪いただくことではありません。全ての元凶は、他ならぬシュヴァイガー大佐ですから」
「大尉の言う通りっすね。孫弟子のためってんなら、俺も全力で協力しますよ」
2人の言葉に、ルーファスはフッと小さく笑って俯く。
(この2人には、本当に感謝しかないな。ソニアは長年苦労してきたが……ここにきて、ようやくあの子も理解者を得られたということか)
そう考えつつ、ルーファスは顔を上げる。
「……礼を言う。お前たちも、くれぐれも気をつけてくれ」
「「はい」」
ユリウスとギルベルトは、揃って一礼するのだった。
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──
ルーファスと共に遠征訓練計画の内容を一通り再確認し合った後、執務室に戻って行くユリウスとギルベルト。
「まだやることが山積みだよなぁ。とりあえず、明日は医務室か」
「そうだな……」
そう言いつつ、ユリウスはふと先ほどのルーファスの表情が気になってしまう。
(『一通りの事情』──ソニアには健康上の問題があるのか?だが、軍大学への入学が許可されている以上、継続的な通院が必要になるような症状は、本来あってはならないはずだが……)
難しい顔で考え込むユリウスに、ギルベルトは声をかける。
「大丈夫か?」
「ああ、中将の話が少し気になっただけだ」
前を向いたままそう答えるユリウスの横顔に、ギルベルトは小さくため息をついた。
(まあ、ユリウスがこういう反応すんのは予想してたが……)
そう思いつつ、口を開く。
「あんま深入りすんなよ」
その言葉に、ユリウスは視線だけをギルベルトに向ける。
ギルベルトは、そんな彼の目をまっすぐ見つめながら続けた。
「今更なとこもあるけどよ……嬢ちゃんの件に関しては、ある程度のところで一線引いとけ。俺と違って、お前は部隊長でもあるんだからな。そっちに影響出過ぎんのは良くねぇぞ」
「……わかっている」
そう答えたユリウスは前に向き直り、そのまま廊下を歩き続ける。
そんな彼の様子に、ギルベルトはやれやれとため息を漏らした。
(いや、どう見ても『わかってる』って顔じゃねぇだろ……)
そう心配に思いつつ、ギルベルトも廊下を進む。
ふと、隣のユリウスが前方を睨みつけながら足を止めた。
何事かと彼の視線の先に目を向けたギルベルトも、素早く警戒態勢をとる。
2人の視線の先には、不敵な笑みを浮かべたハインツの姿があった。
ハインツはユリウスとギルベルトを交互に見やると、やれやれと手を上げる。
「上官に対する態度とは思えんな。それに、君たちにそう警戒される覚えはないんだが──」
「ソニアのことをあれこれと嗅ぎ回っておいて、ですか?」
ユリウスの言葉に、ハインツはこれ見よがしに呆れ顔でため息をつく。
「相変わらず、君はあの劣等種の肩を持つのだな。全くもって理解に苦しむが……そこまで状況を把握しているのであれば、話は早いか」
ユリウスのこめかみがピクリと動き、拳に力がこもる。
『劣等種』の一言が、彼の理性を一瞬激しく揺さぶった。
ハインツはそんな彼の前にツカツカと歩み寄る。
そんなハインツの動きに瞬時に戦闘態勢を取るギルベルトを、ユリウスは素早く制する。
ユリウスの視線を受けたギルベルトはコクリと頷くと、一歩下がりつつも引き続きハインツを警戒した。
それを確認したユリウスは、目の前の男に視線を戻す。
「……話とは?」
「あの劣等種にとって、君の部隊への仮配属は本当に幸運だったようだ。が、今のうちに正しい道へ導いてやるのも、上官の務めだと思わんかね?」
ハインツの言葉に、ユリウスは思わず眉をひそめた。
(正しい道……?)
そう疑問に思うユリウス。
が、すぐに以前ルイーゼから聞いた話を思い出し、ハッと表情を変える。
(……なるほどな。大人しくソニアを渡せ、ということか)
そう察したユリウスは、ハインツに鋭い視線を向けた。
そんな彼の様子に、ハインツはフッと小さく笑みを浮かべながら、そのまま話を続ける。
「私の言わんとすることは理解してもらえたようだな……そもそも、尉官の君に仮配属の受け入れなんざ荷が重いだろう?ちょうど学期の区切りでタイミングも良い。君にとっても悪い話ではない──」
「お断りします」
やや食い気味に拒否の姿勢を見せるユリウス。
ハインツはピクリと眉を動かすと、そんな彼を睨みつけた。
「部下など駒の1つだろう?君のところには、他にも優秀な人材がいる。劣等種1人私に譲ったところで、損はないはずだがね」
その言葉にユリウスは怒りが込み上げてくるが、深呼吸をして努めて冷静に口を開く。
「部下を駒扱いするのはいかがかと。彼らも自分も、皆同じ1人の人間です」
そう返したユリウスに、ハインツは深くため息をついた。
「まあ、その辺りの考えについては個人の自由だが……」
ハインツはそこまで言うと、ユリウスの目をまっすぐに見て言葉を続ける。
「それでも、あの劣等種を人間扱いするのはどうかと思うぞ?」
ニヤリと笑ってそう告げるハインツに、ユリウスはカッと頭に血が上る。
「貴様!ふざけたことを──」
「大尉、落ち着け!」
ギルベルトの声が響き、ユリウスはハッと我に返った。
「……失礼いたしました」
ユリウスは短くそう告げながら素早く頭を下げる。
(何故、こんな男に……)
そう思う彼の様子を、ハインツはつまらなさそうに見下ろした。
「そう思うなら、詫びとしてあれを寄越してはどうかね?」
「断じてお断りします。彼女のことは、このまま当部隊に本配属させますので」
顔を上げ、再びはっきりと拒絶するユリウス。
ハインツはやれやれと頭を軽く振ると、ポンとユリウスの肩に手を乗せた。
「君も強情だな。こうして穏やかに話のできるうちに、言うことを聞いておいた方が身のためだぞ?」
「……それは、脅迫でしょうか?」
ユリウスはギロリとハインツを睨み付け、対するハインツは余裕のある表情でフッと笑う。
しばらく睨み合っていた2人だったが、やがてハインツはユリウスの肩に乗せていた手をスッと離した。
「まあ良い。君がそう言うのであれば、私も無理にとは言わんよ」
そう言うとハインツは踵を返し、その場を立ち去ろうとする。
ふと立ち止まると、くるりと顔だけをユリウスたちに向けた。
「……警告はした。後悔しても遅いぞ」
その凍てつくような視線に、ユリウスとギルベルトも思わず一瞬ゾクリとしてしまう。
ハインツはそのまま前に向き直ると歩き去り、彼の姿が見えなくなるとユリウスたちは揃って深く息をついた。
「な、何なんだよ、あの男……」
ギルベルトは微かに震える声でそう言うと、ユリウスに視線を向ける。
彼は、ハインツの去って行った方向を怒りに満ちた表情でじっと見つめていた。
(シュヴァイガーの危険性は、今の会話で改めてよく理解した。あの男の目的も何もわからないままだが……何としてでも、ソニアを奪われないようにしなければ)
無言でそう考えるユリウスの耳に、ふとギルベルトの声が飛び込んでくる。
「そんな顔してたら、嬢ちゃんにも怖がられちまうぞ」
その言葉と共にギルベルトの手が肩に置かれ、ユリウスはハッと我に返った。
「まあ、お前の気持ちもわかるぜ。いくら碧眼が気に食わないからって、あそこまで言う必要ねぇわな……」
そこまで言うと、ギルベルトは軽くユリウスの頭を小突く。
「だからって、上官に真っ向から噛みつくのは控えろっつーの。さっきのは、流石の俺でもちょいと肝が冷えたぞ」
「すまない、つい……」
申し訳なさそうに俯くユリウスに、ギルベルトはやれやれと小さくため息をついた。
「ったく……現状お前に何かあれば、嬢ちゃんはその時点でほぼ確実に大佐に取られちまうんだ。向こうの見え透いた挑発に乗っかるんじゃねぇよ」
「……心得ておく」
「それなら良し。とりあえず、戻るか。他の連中にもこの話は共有しといた方が良いだろ」
ユリウスはコクリと頷くと、ギルベルトと共に執務室へと向かう。
到着するや否やヴェルナーたち3人に声をかけ、5人揃って休憩スペースへと移動した。
ただならぬ様子のユリウスに、シュテファンが恐る恐る声をかける。
「大尉、何かあったんですか……?」
「実は…」
ユリウスは、先ほどのハインツとのやり取りを3人にも共有する。
すると、真っ先にヴェルナーの怒号が飛んだ。
「はあぁぁ!?あの野郎、何考えてんすか!?よくもソニアちゃんのことを……!」
「落ち着いてください、ローデ少尉!」
「いや、落ち着いてられるかっての!」
シュテファンが宥めるも効果がない様子で、ラルフもそれに加勢する。
「ここでただ怒ってても仕方ないのは事実でしょ?一旦落ち着きなよ」
「ぐっ、それはそうっすけど……」
そう言ってやや落ち着いた様子のヴェルナーを横目に、ギルベルトが口を開く。
「ヴェルナーがキレるのも仕方ねぇよ。大尉だってブチギレかけたんだからな」
その言葉に、ヴェルナーは驚いたように声を上げる。
「えっ、上官相手にそれって……大丈夫だったんすか?」
「俺が止めた。でなきゃ、今頃何かしらの難癖付けられてただろうよ」
ギルベルトの説明を受け、じっとユリウスを見つめるラルフ。
(大尉も准尉も、堂々と上官を敵に回すような馬鹿じゃない。けど、わざわざそんな賭けみたいなやり方に出るなんて……どうも、大佐は手段を選ばない方向に切り替えたみたいだなぁ)
そんなことを考えつつ、何事もないように口を開く。
「それで、今後どうするつもりなんです?話を聞く限り、今まで通りの牽制とは受け取れませんよね?」
ラルフの言葉に、ユリウスとギルベルトは顔を見合わせる。
「……とりあえず、遠征訓練は予定通り決行する。それ以降は、まず警戒度を上げるところからだな」
ユリウスはそこまで言うとふと顔を上げ、ヴェルナーと視線を合わせた。
「それと、ヴェルナーの研修官配置の許可が下りた。9月からの半年のみだが、ソニアの学年に入ってもらう」
「……っ!了解っす!」
「大佐に近いところで動くことになる以上、しっかり気を引き締めろ。良いな?」
「はい!ソニアちゃんのことは、俺がきっちり守って見せますよ!」
ニッと笑ってそう言うヴェルナーに、ギルベルトは思わず苦笑いしてしまう。
「まあ、やる気満々なのは良いけどよ。何かあったら、すぐに大尉か俺に報告すんだぞ?」
「わかってますって!心配無用っすよ!」
「いや、いつものローデ少尉を見てる限り、心配しかないんですけど……」
少し呆れ気味に話すシュテファンにヴェルナーはムッとし、即座に言い合いが始まってしまう。
そんな様子を、ユリウスたち3人はため息をつきつつ眺めるのだった。




