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碧眼の花と緋の刃  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第12話 後編《休暇の影②》


半月前のあの日──そこから続く今に、ユリウスは思考を引き戻す。


(あの後、ザクセン中佐に快諾してもらえたのは、実に有り難かったな)


そう振り返るユリウスは、チラリとソニアに目を向ける。

その視線を受けた彼女はコクリと小さく頷いた。


「親には、『今のうちに運転技術を身につけておかないと、後々困ったことになるから……』と説明しておきましたので、問題ありません」

「なら良いんですけど……」


そう言うシュテファンを横目に、ラルフはユリウスに声をかける。


「でも、丸1日教習ってわけにもいきませんよね?空き時間なんかは上手く誤魔化せます?」


その問いかけに、ユリウスは腕を組みつつ口を開く。


「その辺りは、学生の外出申請の煩雑さを理由にすれば何とかなるはずだ。休暇期間中とはいえ、そう何度も出たり入ったりが許可されるわけではないからな」

「あー……確かにそれもそうですね」


そう話すユリウスとラルフの横で、ヴェルナーは何やら緊張した面持ちでじっと地面を見つめている。

その様子に気付いたギルベルトは、バンバンと彼の背中を叩いた。


「そんなに緊張すんなって。別に、研修官に落第はねぇんだからよ」

「いや、それはわかってるんすけど……それでも、学生からしたら指導教官と変わりないじゃないっすか」


珍しくネガティブな空気を漂わせるヴェルナー。

そんな彼の様子に、ギルベルトはニッと笑ってユリウスに視線を向けた。


「そんなヴェルナーのために、大尉がサプライズプレゼントを用意してるんだぜ?」

「えっ!?」


思わずそう声を上げたヴェルナーは、ジトっとギルベルトを見やる。


「……なーんか、嫌な予感しかしないんすけど」


そんなヴェルナーの様子に、ギルベルトは苦笑いで頭を掻いた。


「あー……プレゼントは言い過ぎたかもな。まあでも、サプライズはサプライズだ」

「そもそも、クロイツァー大尉がサプライズとかプレゼントとか……ウチで1番似合わなさそうっすよね」


怪訝な表情を浮かべるヴェルナーの言葉に、ラルフとシュテファンは思わず小さく吹き出してしまう。


「た、確かに似合わないかも……」

「何というか、想像すらつかないですよね。ソニアさんもそう思いません?」

「えっ?えーっと……」


急にシュテファンから話を振られ、どう答えるべきなのか戸惑ってしまうソニア。

そんな彼女の様子を眺めていたギルベルトは、ニヤッと笑うとユリウスに向き直った。


「そういや……大尉は、嬢ちゃんにサプライズもプレゼントもしてたよな」


その言葉に、ヴェルナーとラルフ、シュテファンの3人は「えぇ!?」と驚いた様子を見せる。

当のユリウス本人は眉をひそめ、ギルベルトに向かって口を開く。


「お前な……適当なことを言うな。俺がいつソニアにそんなことを──」

「嬢ちゃんのバングルは、お前が買ってやってたろ?それに、個別指導の話だって、嬢ちゃんからすればかなりのサプライズだったんじゃねぇの?」


そんなギルベルトの言葉に、ソニアとユリウスは思わず顔を見合わせた。

ソニアは少し困惑の混じった苦笑いを浮かべて、ギルベルトに向き直る。


「そこは否定しませんけど……あんまり変なこと仰ってると、大尉に叱られてしまいますよ?」

(わり)ぃ悪ぃ。2人がどう反応するかと思ってよ」


ギルベルトはそう笑い飛ばし、ユリウスはその様子に思わずため息をつく。

そんな3人を苦笑いで見ていたヴェルナーは、ユリウスに声をかける。


「……で、サプライズプレゼントって何なんすか?」


そう言うヴェルナーに、ユリウスはスッと書類の束を手渡した。

ヴェルナーは、その書類の束にじっと目を凝らす。

表紙には『遠征訓練計画書』と書かれており、思わず首を傾げる。


「遠征訓練、っすか?何でわざわざこの時期に──」

「理由は3つある。まず、1つはソニアの夏期合宿の代わりだ」


その説明に、ソニアはパッとユリウスを見上げた。


(夏期合宿……確か、第3学年終わりの夏には、各仮配属先で合宿をやるのが慣例なんだっけ。わざわざそこまで気を回してくださるなんて、本当にありがたいわ)


以前小耳に挟んだ同級生たちの会話を思い返しつつ、ソニアは心の中でユリウスにそう感謝する。

そんなソニアを横目に、ユリウスは話を続けた。


「2つ目は、ヴェルナーに指導教官としての基礎を叩き込むためだ。こうでもしなければ、碌に教える時間も取れないからな」

「あー……確かに俺、その辺りほとんど何も知らねーっす。サプライズプレゼントって、要するにただのスパルタ教育期間ってことじゃないすか」


苦笑いするヴェルナーに、ユリウスとギルベルトは「そういうことだ」と揃って告げた。

ユリウスは一度小さく息をついてから、話を続ける。


「最後に3つ目だが……下見のためだ」


その言葉に、ソニアとヴェルナー、ラルフ、シュテファンの4人は首を傾げた。


「えーっと……?どういうことです?」


そう言うラルフに、ユリウスとギルベルトは顔を見合わせ、互いに頷く。


「今回の遠征訓練の行き先は、軍所有の山間地──士官養成課程での遠征演習の実施先と同じだ」


ユリウスの言葉に、ソニアたち4人はハッと表情を変えた。

それを確認したギルベルトは、腕を組みつつ口を開く。


「演習時に、シュヴァイガー大佐がどう動くかわかんねぇからよ。何かあった時のためにも、予め地形だの環境だのをある程度把握しといた方が良いって話になってな」

「なるほど……確かに一理ありますね。それなら、いざって時に僕らも動きやすいですし」


顎に手を当てつつそう言うシュテファンに、ラルフもうんうんと同意する。


「そうだね。となると……訓練中は何手かに分かれる感じになるんです?」


ラルフの問いかけに、ユリウスはコクリと頷く。


「とりあえずは、初めの数日間でグループに分かれての生存訓練を予定している。あちこち動き回っていても怪しまれにくいからな」


ユリウスの返答に、少し不安に思うソニア。


(要はサバイバルってことね。私、そういう経験って1度もないんだけど……大丈夫かしら)


そんな彼女の隣で、ユリウスはため息まじりに口を開いた。


「ただ、1つ問題があってな……」


その言葉に、ソニアたちは何事かと身構える。

そんな彼らの様子を伺いつつ、ギルベルトは話を切り出す。


「遠征訓練は、医官かそれに準ずる人間の同行が必要なんだよな。俺の知り合いにも聞いてみたんだが……勤務シフトの関係で無理そうでよ」

「事情も事情だからな、どの医官でも良いというわけじゃない。お前たち、信頼の置けそうなやつを知らないか?」


そう言うユリウスの言葉に、ヴェルナーやラルフ、シュテファンはフルフルと首を横に振った。


「俺はそっち系の知り合い皆無っすね」

「僕も、医官の方と関わりあう機会なんてないですし……」

「俺も同じくですね」


困ったように頭を悩ませるユリウスたち5人。

そんな中、ソニアの頭の中にふと1人の人物が思い浮かぶ。


(でも、流石に巻き込むわけには……)


そう思い悩むソニアの様子に気付いたユリウスは、彼女に声をかける。


「ソニア、心当たりがあるのか?」

「あ、えっと……」


ソニアは話すべきか否かとしばらく考え込むが、意を決してユリウスと向き直った。


「以前、友人が1人いるとお話ししたこと……覚えてらっしゃいますか?」

「ああ……確か、入学式で知り合ったと言っていたな」


以前の会話を思い出しつつそう言うユリウスに、ソニアはコクリと頷く。


「その子──アンナっていうんですけど、アンナは看護学部の在籍なんです。学生なので医官に準ずるのかわかりかねますが、心当たりがあるとしたら彼女かなと……」


少し自信なさ気にそう述べるソニアの言葉に、ユリウスとギルベルトは顔を見合わせる。


「看護学部か……入学式ってことは、1年なんだよな?」

「はい。学年末の試験は全てクリアしたそうなので、来期からは問題なく第2学年に進級するそうです」

「なるほど……」


ギルベルトはそう呟くと、ユリウスに視線を向けた。


「大尉、どう思うよ?」

「学生が同行者として認められるか微妙なところだな……1度、メーゲンブルク中将に相談すべきだろう」

「だな。ついでに、嬢ちゃんのお友達についてもちょいと調べさせてもらうが……構わねぇか?」


そう問われたソニアは、思わず返答に詰まってしまう。


(状況が状況だから、身辺調査が入るのは理解できる。でも本人に何も言わずになんて、もしアンナが知ったらどう思うかしら?私だって、勝手に身の回りを調べられるのは嫌だもの。最悪、友人関係が崩れてしまうんじゃ……?)


不安気にそう思い悩むソニア。

ふと頭の上に何かが乗せられる感触がして、彼女は顔を上げる。

その視線の先には、ソニアの頭をそっと撫でているユリウスの姿があり、彼女は少し驚いたように目を見開いた。

そんなソニアの考えていることを大体察したユリウスは、彼女に問いかける。


「その友人は、信頼に足る人間なのか?」

「……私は、そう思っています」


はっきりとしたソニアの返答に、ユリウスは少し考え込んでから口を開く。


「……わかった。それならまず簡単に事情を話して、協力を仰げるか聞いてみろ」

「おい、大尉!万が一、その子が大佐や教会派と繋がりがあれば──」


そう声を荒らげるギルベルトを、ユリウスは素早く制した。


「ギルベルトの言いたいことも理解している」


そう言ったユリウスは、隣に座るソニアをじっと見つめる。


「だが……ソニアにとっては、唯一の友人だ。ソニアの身の安全が第1であることは揺るぎないが……それでこいつが友人を失うことになるのは、俺としても不本意だからな」

「クロイツァー大尉……」


ユリウスの気遣いに、胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていく。

思わず俯いたソニアは、ポツリと「ありがとうございます……」と呟いた。

その言葉にユリウスはフッと微笑み、そんな2人の様子にギルベルトはやれやれとため息をつく。


「ったく……まあ大尉と嬢ちゃんがそれで良いってんなら、俺も従うしかねぇな」

「申し訳ありません、ベルクマン准尉」

「気にすんなって。んじゃ、とりあえず俺らはその子を何とか同行させらんねぇか、中将と調整しとくか」

「そうだな」


そう話すユリウスたちを、ソニアはじっと見つめる。


(17年近く生きてきて、こんな風に自分の気持ちを尊重してもらえたのはこれが初めてかも。こんな部隊にいられる私は、やっぱり恵まれてるんだな……)


少し俯き気味に微笑むと、ソニアはしみじみとそう思うのだった。



───────

────

──


その日の夜、薄暗い自身の執務室内で1人黙々と書類に目を通していたハインツ。

その静寂を破るように、重い扉をノックする音が聞こえてくる。


「ん……?」


首を傾げつつもスッと立ち上がったハインツは、そのまま扉を開ける。


「君は……」


そう呟きながら、外にいた人物を素早く執務室内に招き入れた。

しっかりと扉を閉めると、ハインツは来訪者に向き直ってゆっくりと口を開く。


「久しぶりだな。君の方からこちらに来るとは……実に珍しい。何か動きがあったのかね?」

「いやぁ、それ以外で俺がわざわざこっそり大佐に会いに来ると思います?」

「思わんね」


ハインツはフッと笑ってそう答えると、すぐに真剣な表情を浮かべる。


「……で、何があった?」


ハインツの鋭い視線に、向き合う人物は苦笑いしつつ口を開く。


「そんな怖い顔しないでくださいよ……実は、クロイツァー大尉が、『夏期休暇期間中に、遠征演習先の下見に行く』って言い出しまして」

「下見に……?」


思わず眉をひそめるハインツに、来訪者は小さく頷いて言葉を続ける。


「はい。演習時に何かあった時のための保険のつもりだそうです。大佐、あの辺りであれこれ計画してましたでしょ?なので、早めに報告しておいた方が良いだろうなぁと」

「ふむ……」


その話を聞いたハインツは、腕を組んで考え込む。


「たかが学生1人に、あの男がそこまでするとはな……」

「あはは、そこは俺も同意しますね。まあでも、あそこまで完璧な子なら、流石の大尉も多少は絆されるんじゃないです?」

「あの朴念仁がか?いや、あり得んだろう……」


そう言うハインツの言葉に相手は「確かにそうですね」とケラケラと笑い、その様子にハインツは小さくため息をつく。


「まあ、あの男が劣等種をどう扱おうが構わんが…万が一、計画に支障が出そうになれば──」

「わかってますって。障害となるものは全て排除、ですよね?」


その言葉に、ハインツはコクリと頷いた。


(あれはおそらく……我々が5000年以上探し続けてきた、()()宿()()()()だ。ようやく見つけたというのに、何も知らない青二才に好き勝手されるのは、実に不愉快でならない)


そう考えながら、ハインツは最近受けたユリウスに関する報告を思い返す。


(あの男……劣等種についてあれこれ調べまわっているらしいからな。奴らに勘付かれる前に、何とかしてあの小娘をこちらのものにせねばなるまい)


そんな様子のハインツを、向き合う人物はじっと見つめる。


「……不安なら、今のうちに排除してしまえばよろしいのでは?」


その言葉に、ハインツは深くため息を漏らした。


「そう簡単にいかないからこそ、困っているのだよ……あれは尉官の立場でありながら、メーゲンブルク中将の直下だからな」

「あー……確かに他人が関わった痕跡があれば、徹底的に調査が入りかねませんね」


その言葉にハインツは小さく頷き、会話の相手は少し考え込みながら口を開く。


「それなら、当初の予定通り遠征演習で……というのがやはりベストかと」

「そのつもりだったのだがな……」


ハインツはため息まじりにそう言うと、言葉を続ける。


「ただ、奴らが来るというのであれば、今回は諦めて全て撤去しておくしかあるまい」

「そうですか?まあ、俺は大佐の方針にはあれこれ言うつもりはないんで……とりあえず、必要な時に指示を出していただければ」

「わかった。報告ご苦労だったな」


ハインツがそう声をかけると、相手はサッと一礼してくるりと向きを変えると、執務室の扉の方へと向かう。

そんな彼の背中に向かって、ハインツは声をかけた。


「……くれぐれも気取られるなよ。万が一、君とこちらの繋がりが明るみに出るようなことがあれば──」

「その際は、俺も処分対象ですよね。ちゃんとわかってますよ、ご心配なく」


振り返ってそう述べる相手の顔に、窓から差し込む月明かりが当たる。


「……わかっているならよし。引き続き頼むぞ、()()()()()()()


そう言われたラルフの表情には、感情の波が静かに凍りついたような冷ややかさがあった。


挿絵(By みてみん)


「はい。では、俺はこれで。失礼しますね」


ラルフはそう言うと、そのままハインツの執務室を後にする。

そんな彼を見送ったハインツはデスクに戻り、真剣な表情で考え込むのだった。

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