第11話 後編《迫る影②》
ギルベルトはコーヒーと紅茶を淹れ直し、ソニアたちは3人揃って無言でカップに口を付ける。
ルイーゼから聞いた話を、頭の中でぐるぐると何度も反芻するソニア。
ふとギルベルトからの視線に気付いて視線を上げた。
「えっと、何でしょうか?」
「いや……今後のことを考えると、嬢ちゃんに護衛をつける必要がありそうだと思ってよ」
「護衛は流石に大袈裟では……?」
そう言うソニアの言葉に、ユリウスはやれやれと息をつく。
「大袈裟なわけがあるか。士官養成課程のある最終学年の学年担当官ともなれば、学生とは接触し放題だからな」
ユリウスの説明に、ギルベルトもうんうんと頷いて同意する。
「大尉の言う通りだぜ?演習なんかは基本的に学年担当官がそのまま指導教官になるし……何より、遠征演習が前期と後期で1回ずつある。その進行管理を担当すんのも、学年担当官の役割だ」
「遠征……」
ポツリと呟いたソニア。
(ということは、まさか──)
そう少し顔を青くするソニアの様子に、ユリウスは真剣な表情で口を開いた。
「移動中なり現地なり──軍大学の管轄外で、何かしら事が起こる可能性も否定できないということだ。だからこそ、何らかの形でソニアに護衛を付けられるような体制を、予め整えておいた方が良い」
はっきりとそう告げるユリウスの言葉に、ソニアはどう対処すれば良いのかと考え込んでしまう。
ユリウスは、そんな彼女の額をピンッと指で軽く弾いた。
「1人で考え込むのは止めろ。この件は、ウチの部隊全員で取り組む必要のある案件だからな」
「ですが、皆さんにもお仕事が──」
「だーから、そんなの気にすんなって。大尉から前に言われた事、覚えてるか?」
ギルベルトにそう問われたソニアは、思わず無言でユリウスに視線を向ける。
「覚えていないのであれば、もう一度言ってやる」
ユリウスはそう言ってソニアの目をまっすぐに見つめた。
「……ソニアは、俺たちの仲間だ」
その言葉にソニアはハッと表情を変え、それを確認したユリウスは言葉を続ける。
「全員、仲間の危機に力を貸すことは厭わない。だから、お前も俺を……俺たちを頼れ。わかったな?」
「ありがとうございます、クロイツァー大尉」
そう頭を下げるソニアに、ユリウスは「気にするな」と告げる。
そんな2人の様子を見守るギルベルトは、少し困ったように頭を掻いた。
「とはいえ、俺らがちょいちょい抜けるとシュヴァイガー大佐にもすぐバレそうだからなぁ……とりあえず、嬢ちゃんに追跡系の魔術でもかけとくか?」
その言葉に、ユリウスも腕を組んで考え込む。
「その辺りは大前提だろうな。諜報の方で、護衛に使えそうな魔術はないのか?」
そう問われたギルベルトは「うーん……」と唸りながら自分の記憶を辿る。
「後は、隠密魔術くらいか?ただ、結局は嬢ちゃんのそばに付く必要があんだよな……」
「まあそうなるか。仕方がない、その辺りは追々考えるとして──」
ユリウスはそこまで言うと、ソニアに向き直った。
「ソニア、今後空き時間は必ずここで過ごすようにしてくれ。それだけでもリスクは減るはずだからな」
「は、はい……わかりました」
少し怯えたようにそう返事をするソニアの様子に、ユリウスはちらりとギルベルトに視線を向ける。
その意図を察した彼は、少しおどけたように口を開いた。
「あ……そういや、書籍の返却今日までだったな。今のうちに返して来るわ」
ギルベルトは借りていた本をまとめると素早く執務室を後にし、室内にはソニアとユリウスが残される。
ソニアは執務室の扉の方をチラリと見やってから、ユリウスに顔を向けた。
「大尉、私に何かご用なのでしょうか……?」
その言葉にユリウスは苦笑いしつつ、ため息まじりに口を開く。
「……相変わらず、お前は察しが良いな」
「だって、その……書庫はまだ開いてない時間ですし……」
少し気まずそうにそう言うソニアの様子に、ユリウスは思わず頬を掻いた。
(流石に、不自然過ぎたか……)
そう考えながら、ユリウスは首を傾げるソニアをじっと見つめる。
「ソニア、大丈夫か?」
「えっ……?」
ユリウスからの唐突な言葉に、ソニアは思わず驚きの声を上げてしまう。
どう返すべきなのか戸惑っていると、ユリウスは心配そうな表情でソニアの頭をそっと撫でた。
「大佐の学年担当官就任の件も当然あるが……先ほど、ギルベルトから碧眼についての追加報告書を受け取ってな」
その言葉に、ソニアはつい俯いてしまう。
(そういうことね……)
そう思いながらも、伏し目がちに口を開く。
「……大丈夫です。私は気にしていません」
そう言うソニアの様子にユリウスは小さくため息をつくと、彼女の顔を両手で挟んで上に向けさせ、まっすぐに彼女の目を見つめる。
「本当か?」
「えっと、その……」
気まずそうにスッと目を逸らそうとするソニア。
その様子に、ユリウスは再度小さくため息をつくと、彼女の肩に手を置いて真剣な表情でもう一度彼女と視線を合わせた。
「誤魔化そうとするな。あんな文献を読んで、上官に理由もわからないまま狙われて……大丈夫なわけがないだろう」
ユリウスの言葉に、ソニアはギュッと胸を締め付けられる。
が、それを悟られぬよう、努めて平静を装って口を開く。
「一応私も軍人の卵ですし、この程度で傷付いたり戸惑ったりするわけにはいかないかと……」
そんなソニアの言葉に、ユリウスは思わず小さくため息を漏らした。
「お前な……軍人だって人間なんだ。戸惑うことも傷付くことも、当然あるに決まっているだろうが」
「でも……」
俯くソニアの様子にユリウスは考え込む。
(相変わらず頭の固いやつだな……気を逸らせてやる方が効果的か)
そう判断したユリウスは、少し悪戯っぽい表情で声をかける。
「俺なんざ、ソニアを弟子に取ってからはほぼ毎日戸惑うことだらけだぞ?」
「えっ!?」
ソニアはそう声を上げると、オロオロと狼狽始める。
「わ、私……何かやらかしてしまったんでしょうか?」
肩をすくめるように身を縮め、目を泳がせるソニア。
彼女の反応が予想外だったユリウスは、慌てて訂正を入れる。
「おい、少し落ち着け……すまない、そういうつもりで言ったわけではなくてだな……」
「えっと……では、どういうおつもりだったのですか?」
少し不安気にそう言うソニアの頭を、ユリウスはポンポンと撫でる。
「ソニアは、俺の初めての弟子だからな。どう指導していくべきなのか、どうサポートしてやるべきなのか……今まで学生指導を怠ってきたツケが回ってきているのもあって、戸惑うことも多いんだ」
「そうだったんですね……」
ポツリと呟くソニア。
(完璧に見える大尉も、色々と思い悩むことがあるのね……)
そう考える彼女を、ユリウスはじっと見つめた。
「とはいえ……1番戸惑うのは、こうして話をしている時のお前の反応だろう。6割……いや、7割方は予想外の反応をされるからな」
「えっ!?」
ソニアは思わず声を上げてしまう。
「私、そんなに変なこと言ってます……?」
「変というよりは…ズレている、といったところだな。当然、人付き合いに慣れていないせいだとは理解している。それに、最近はその予想外の反応に対しても、だいぶ楽しむ余裕が出てきたしな」
「楽しむって……どういうことですか?」
少しムッとした表情でそう言うソニアの表情に、ユリウスはフッと笑ってしまう。
「こうして、お前の表情を変えさせるのはなかなか面白いぞ?」
ユリウスの言葉に、ソニアは今度は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「弟子で遊ばないでくださいっ……!」
「遊んでいるつもりはないんだが……何にせよ、ソニアはもう少し表情筋を鍛えた方が良い。表情が読み取れないというのは、こちらとしても不便だからな」
「……努力します」
少し口を尖らせてそう答えるソニア。
(多少は気が紛れたようだな……)
ユリウスはそう思いながら一瞬微笑み、ふと硬い表情で考え込む。
(だが……ソニアが巻き込まれているのは、『この程度』では済まない事柄である可能性が高い。大佐だけが動いている今の状況はまだマシだが、テオリム教自体に関わっているとなると、いずれ教会派の連中や教会関係者がこぞってこいつを狙ってくる恐れもある……)
そんなユリウスに、ソニアは恐る恐る声をかけた。
「あの……大尉?」
少し不安気に首を傾げるソニアの様子に、ユリウスは胸の奥に広がる感情をうまく言葉にできず、ただ手を伸ばして彼女の頭を撫でる。
「ソニアのことは、俺が必ず守り抜く。何があっても、絶対にお前の助けになると約束する」
その言葉に、ソニアは思わず目を見開く。
まっすぐ彼女を見つめるユリウスの眼差しに、ソニアは胸が熱くなった。
(本気で自分の力になってくれる人がいることが、こんなに心強いなんて……)
その時、目からポロリと涙が一粒溢れ、ユリウスは慌てた様子でそれを拭いつつ彼女に声をかけた。
「お、おい……大丈夫か?すまない、俺が何か変なことを──」
少し狼狽えるユリウスに、ソニアはフルフルと首を横に振る。
「いえ、その……何だか嬉しくて、つい……」
「は?」
ユリウスはつい肩の力が抜けてしまう。
(何だ、ただの嬉し泣きか……)
そう思ったユリウスは、フッと笑ってソニアを見つめた。
「去年に比べれば、お前も随分素直になったな」
「大尉が、いつも私に真剣に向き合ってくださるからですよ?」
ソニアは少し照れ臭そうに微笑んでそう答える。
(初めて会った頃のソニアからは、想像もつかないな……)
ユリウスは出会ったばかりのソニアの様子を思い返しつつ口を開く。
「弟子に真剣に向き合うのは当然だろう?」
「でも、それ以前から大尉にはしっかりとご指導いただけていたと記憶してますけど……」
「ソニアには、元々見込みがあったからな。それに、お前は自分から学ぼうとしていただろう?教官として、そういう学生には真摯に対応するべきだと思ったまでだ」
そう言うユリウスの言葉をありがたく思いつつ、ソニアは決意に満ちた表情でユリウスに向き直る。
「……大尉には、いつか必ず恩返しさせていただきますね」
ユリウスは、自分をまっすぐ見つめてそう宣言するソニアに、どうしたものかと頭を掻く。
(別にそんな必要もないんだが……ソニアは言い出したら聞かないからな)
そう考えたユリウスは、ソニアを真っ直ぐに見つめ返した。
「それなら、まずは軍大学をストレートで卒業するんだな。恩返し云々は、本配属後にしてくれ」
「承知いたしました。引き続き精進します」
ソニアがそう言って一礼すると、ユリウスは満足気な表情で彼女の頭をポンポンと撫でるのだった。
その後、ソニアたちが書庫から戻ってきたギルベルトと共に3人でこれからのことについて頭を悩ませていると、ガチャリと執務室の扉が開く音が聞こえた。
「おはよーございまーす……あれ?」
ヴェルナーの少し間延びしたような声が聞こえ、少しの間の後に彼はひょっこりと休憩スペースの方へと顔を覗かせる。
「あ、皆こっちにいたんすね」
「おはようございます、ローデ少尉」
ソニアが率先して挨拶をすると、ヴェルナーは「おはよ、ソニアちゃん♪」とニッと笑って、空いているスペースにドカッと腰を下ろした。
「朝から3人揃って内緒話っすか?」
興味津々に首を突っ込もうとするヴェルナーに呆れるユリウス。
が、その時ふとあることに気付き、ハッとした表情でヴェルナーに声をかける。
「ヴェルナー、お前来期で何年目だ?」
「へっ?えーっと……9月で3年目っすね。それが何か?」
「指導教官研修……」
ユリウスが何かを考え込むような表情でそうポツリと呟くと、ギルベルトもハッと顔を上げた。
「確かにその手があるか。いや、でもなぁ……」
腕を組んでブツブツと何か呟いているギルベルトの様子に、ソニアとヴェルナーは顔を見合わせる。
「えっと……指導教官研修って、何なんでしょうか?」
「あ、悪ぃ……嬢ちゃんには説明が要るよな」
ギルベルトはそう言うと、学生であるソニアにも理解できるよう、言葉を選びつつ説明を始める。
「簡単に言うとだな……幹部候補の連中は、3年目以降で1回、軍大学の先生っぽいことをやらされんだよ」
「え、先生……ですか?」
「ま、正確には研修官って名前だけどな。半期、つまり半年間は『見習い指導教官』ってわけだ」
「なるほど、そんな制度があったんですね。でも、一体どう関係が……?」
そう首を傾げるソニアに、ユリウスは補足を入れた。
「お前の学年に、ヴェルナーを研修官として放り込めば良いんじゃないかと思ってな。少なくとも、大佐の監視役兼牽制要員にはなるはずだ」
ユリウスの言葉にハッとするソニア。
(確かに、研修という名目なら原則は大佐とセットで動くことになるものね……)
そう納得していると、話の見えていないヴェルナーは首を傾げる。
「いや、何の話っすか?」
「ヴェルナー、今から俺が話すことをよく聞け。良いな?」
「あ、はい……」
ヴェルナーがそう答えるのを確認したユリウスは、ルイーゼからの話を彼にも共有する。
ユリウスの話に真剣に耳を傾けるヴェルナーは徐々に顔を青くし、話を聞き終わると少し慌てた様子でソニアに声をかけた。
「ソニアちゃん、そんなことになってたのかよ……大丈夫なのか?」
「はい、今のところは大丈夫です。ただ──」
「9月以降が問題ってわけか……」
そう言いつつ、ヴェルナーはユリウスに向き直る。
「確かに、その案ならひたすら俺が大佐と2人行動になりますからね。ソニアちゃんの身の安全って観点でなら、断然ありっすよ」
ヴェルナーの返答に、ユリウスはさらに真剣なトーンで口を開く。
「最悪、大佐から排除対象として認定される恐れもあるんだぞ?」
「あー……まあでも、そこは何とかなるんじゃないっすか?大佐も人目のあるところで行動に出るってことはないでしょうし……その辺り気を付けとけば、大丈夫そうな気もするっす」
飄々とそう答えるヴェルナーに、ユリウスとギルベルトは顔を見合わせた。
「んじゃ、とりあえずそういう方向で考えるか。嬢ちゃんも構わねぇな?」
「えっと……」
ギルベルトに話を振られたソニア。
(でも、もしローデ少尉に何かあったら──)
ついそう考え込んでしまうが、ヴェルナーはそんな彼女の顔を覗き込むとニッと笑った。
「大丈夫だって。何より、1番危ねーのはソニアちゃんなんだろ?女の子のピンチに黙ってるなんて、男じゃねーよ!」
「……ありがとうございます、少尉」
ポツリとそう呟いたソニア。
(皆さんがこうやって私のために動いてくださるのは、素直に嬉しい……けど、私にできることは自分でやらないと)
そう思うと、顔を上げてユリウスに向き直る。
「大尉。私にも何かできることはありませんか?ただ守られているだけなんて、嫌です」
はっきりとそう告げるソニアに、ユリウスは僅かに眉をひそめた。
(ソニアのことだ、いずれはこう言い出すだろうとは予想していたが……)
ユリウスはそう考えながらやれやれと息を吐く。
「お前の気持ちは理解している。が、士官養成課程の最中に、そんなことを考える余裕があると思っているのか?」
「えっと、やっぱりそんなに厳しいんでしょうか……」
「当たり前だ。最終学年は士官養成課程と仮配属の同時進行になるからな。他のことを考えている余裕なんざないぞ?」
ユリウスの言葉に、ヴェルナーもコクコクと首を縦に振って同意する。
「ソニアちゃんなら多少余裕があるかもだけど……俺、結構ギリギリだったんだよな」
「そもそもが、学生の1割がクリアできれば良い方って内容だからな。流石の嬢ちゃんでも、気ぃ抜いたら落とされる可能性大だぜ?」
ギルベルトの言葉に(覚悟はしてたつもりだけど、そんなに厳しいなんて……)とソニアは少し不安に思ってしまう。
そんな彼女に、ギルベルトは続ける。
「何より、評価すんのが大佐だからな……ちょっとでもやらかしたら、1発アウトってこともあり得る」
「ギルベルトの言う通りだ。何かできることを、と言うなら、真面目に士官養成課程を受けてくれ」
「……わかりました」
ソニアがそう引き下がると、ユリウスは腕を組んで考え込む。
「部隊実習と空き時間はここ、演習時はヴェルナーが付くとして……他にソニアが1人になりそうなタイミングは、移動を含めた他講義周りか?」
そうブツブツと呟くユリウスに、ギルベルトが横槍を入れた。
「後は、寮周りもじゃねぇか?つっても、俺らじゃ女子寮には手ぇ出せねぇからな……」
「いや、流石に大佐だって手出しできないっすよ。あそこ、女性隊員いなかったはずですし」
ヴェルナーの言葉にユリウスは(確かにそうだな……)と思いつつも懸念点を挙げる。
「だが、部隊実習で女子学生が仮配属している可能性はある。ギルベルト、その辺りを少し調べてもらえるか?」
「あいよ。任せときな」
ギルベルトがそう返答すると、ユリウスはソニアに向き直った。
「ソニア、講義や寮への移動時は原則俺か他の連中が同行する。良いな?」
「えっと……」
(流石にそこまでしなくても……)と思うソニアであったが、ユリウスの真剣な表情に気圧されてしまい、素直に頷く。
「わかりました。皆さん、よろしくお願いします」
ソニアがそうペコリと頭を下げると、ユリウスたちはフッと笑う。
ふと壁の時計を見上げたユリウスは、スッと立ち上がってソニアに声をかけた。
「……1時限目は講義があったな。送っていく」
「あ、えっと……ありがとうございます」
ソニアも礼を言いつつ立ち上がり、ギルベルトとヴェルナーに一礼してからユリウスの後に続く。
(ユリウスも随分と成長したもんだな……)
ギルベルトはそう思いつつ、2人を見送るのだった。




