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碧眼の花と緋の刃  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第11話 前編《迫る影①》


─聖暦5607年6月─


昨夜の雨の湿り気が残る早朝。

まだ眠気の残る空気の中、朝早くから執務室で調べ物をしているユリウスに、ギルベルトは書類の束片手に声をかけた。


「ユリウス、ちょっと良いか?」


ユリウスは書籍から目を離して顔を上げると、まっすぐにギルベルトと視線を合わせる。


「どうした?」

「碧眼についての追加情報をまとめといた。業務報告ついでに、メーゲンブルク中将と共有頼むわ」


ギルベルトはそう言うと書類の束をユリウスに手渡し、ユリウスはパラパラと中身を確認する。

そこに書かれた内容に、ユリウスは思わず眉をひそめた。


──碧眼を持つ劣等種と呼ばれる人間は魔術が使用できないため、長年テオリム教会で奴隷として扱われてきた。

劣等種たちは一度反旗を翻したものの、教会所属の魔術師たちによって壊滅させられた──


ユリウスの様子に、ギルベルトは小さくため息をつく。


「……まあ、お前の反応は当然だわな。何か深い事情があるのかと思ってたけどよ、単にテオリム教の連中にとって都合の(わり)ぃ事実を隠したかったってだけのことだろ?」

「実に、吐き気のするような話だな。だが、一度壊滅させられた過去があるのなら、碧眼を持つ人間がここまで希少だという理由にも納得がいく……ソニアは、このことについて知っているのか?」


ユリウスがそう問いかけると、ギルベルトは複雑そうな表情で口を開いた。


「当たり前だろ、嬢ちゃんも一緒に調査してくれてんだからよ……何より、奴隷扱い云々についての記載はあの子本人が見つけたんだ」


ギルベルトの説明に、ユリウスは思わず目を見開く。


(よりによって、あいつが……)


そうソニアを気にかけるユリウスに、ギルベルトは真剣な表情を向ける。


「一応、俺からも嬢ちゃんに声はかけておいたが……お前がきちんとフォローしてやるべきだろうな。多少なりとも、ショックは受けてるはずだからよ」

「わかった。ソニアには後で俺から話をしておこう」


そう言いつつも、ユリウスは複雑そうな表情で考え込む。


(とはいえ、内容も内容だ。どう声をかけたものか──)


とその時、執務室の扉がノックされ、ユリウスとギルベルトは顔を見合わせた。


「……こんな時間に誰だ?」

「嬢ちゃんにしては、ちょいと(はえ)ぇな……とりあえず出るわ」


そう言ったギルベルトは素早く移動してそっと扉を開くと、そこに立つ人物に目を丸くした。


「ベルクマン准尉……こんな時間にすまないな。クロイツァー大尉はいるか?」


目の前のルイーゼにそう問われたギルベルトは、くるりとユリウスの方へと振り返る。


「大尉、ザクセン中佐だ」

「中佐……?わかった、お通ししてくれ」


ユリウスの返答に、ギルベルトはルイーゼを執務室内に招き入れる。

そんな彼女の様子を、ユリウスはじっと伺う。


(こんな時間からわざわざ何の用だ……?ひょっとして、大佐の差金か何かか?)


そうユリウスが身構えた刹那、ルイーゼは小さく笑みを浮かべた。


「……そう警戒するな。大尉に内密に伝えておきたいことがあって来たまでだ」

「内密に、ですか?」


怪訝な表情を浮かべるユリウス。


(そう言われると、ますます怪しい気もするんだが……)


そう思いながらもユリウスはルイーゼを休憩スペースへと案内し、揃ってソファに腰掛ける。

ギルベルトも人数分のコーヒーを用意すると、ユリウスの隣に腰を下ろした。


「それで、伝えておきたいこととは何でしょうか?」


ユリウスが早々に話を切り出すと、ルイーゼの表情がふと厳しいものへと変わる。


「実は……来学期より、学年担当を解任されることになった」

「は?このタイミングでっすか?」


衝撃の事実にギルベルトは驚きの声を上げ、ユリウスは眉間に皺を寄せて沈黙する。


挿絵(By みてみん)


(学年担当官は、原則入学から卒業まで変わらない規則となっているはずだ。士官養成課程の始まるタイミングでの交代か……一体、何が起こっている?)


そう考え込むユリウスをルイーゼはじっと見つめる。


(大尉が不審に思うのも、もっともだろうな……)


そう彼の心中を察しつつも、ルイーゼは更に衝撃的な事実を口にする。


「一応伝えておくと……私と入れ替わりで学年担当官に就くのは、シュヴァイガー大佐だ」

「大佐が……!?」


ユリウスは動揺を隠せずつい声を荒らげてしまい、そんな彼をルイーゼはじっと見つめる。


「大尉のその反応……やはり、大佐には何か狙いがあるのだな?」

「……と言いますと?」


ユリウスは不審そうな視線をルイーゼに向ける。


(この際、大尉には全てを話しておいた方が良いだろう……)


ユリウスの視線に、ルイーゼはそう判断した。


「今学期の部隊実習に関してだが……大佐が、自らの部隊へのシュミットの仮配属を画策していたのだ」

「は!?」

「大佐がっすか……!?」


全く予想もしていなかった事実に、ユリウスとギルベルトは反射的に声を上げ、ルイーゼはコクリと頷く。


「理由までは検討つかぬが……そういう動きがあったことは確かだ。リスト内の部隊に圧をかけていたらしい」


彼女はそこまで言うと、ソファに深く腰かけ直す。


「通常であれば、仮配属先は学生個人の自由だが……幾つか気になる点があってな。大佐の思惑通りに事が運ぶと(まず)いのではないかと、私は考えた」


その説明に、ユリウスは顎に手を当てつつ思考を巡らせる。


(てっきり、大佐(あの男)はソニアをどうにかして排除したいのかと思っていたが……反対に、あいつを手元に置きたかったということなのか?一体何故……)


判断するには情報が足りないと、ユリウスはルイーゼに向き直る。


「気になる点とは?」

「実は、去年から大佐がシュミットのことを嗅ぎ回っていてな。それに気付いた私は、どうにか彼女の師である大尉に介入してもらえないかと考えたのだ。正直賭けではあったが……無事にお前に話が行ったようで安心したぞ」


その言葉に、ユリウスとギルベルトは顔を見合わせる。

何故ルイーゼがソニアに仮配属先を誘導するようなことを話したのか、ユリウスたちはようやく合点がいった。


「嬢ちゃんが大尉に個別指導受けてること、中佐は知ってたんすか?」

「ああ、以前少し本人から聞いてな」


そう言うルイーゼの言葉に、ユリウスは(ソニアが自分のことを素直に話すなんざ珍しいな……)と思いつつ、疑問を口にする。


「大佐がソニアのことを嗅ぎ回っているというのは、どういうことでしょうか?」

「言葉通りの意味だ。彼女の身辺に加えて、軍大学での成績や受講態度、各学年の講義での様子なんかを探ろうとしているらしい」


そう話すルイーゼに、ギルベルトは感心したように口を開く。


「ほーん……意外に嬢ちゃんの周りのこと、しっかり観察してるんすね」

「学年担当官ともなれば、自分の担当の学生たちを気にかけるのは当然だろう」

「……なら、もう少しあの子の境遇を改善できたんじゃないっすか?」


ギルベルトはルイーゼに鋭い視線を向ける。


(私が責められるのも当然だな……)


その視線を受け、ルイーゼは小さく息をこぼした。


「そう言われると返す言葉もない。何とかしたいのは山々だったが……学年担当官という立場上、1人の学生にかかりきりになるわけにはいかないからな。ゆえに、私は傍観者に徹することしかできなかった──その点に関しては、シュミットには本当に申し訳ないことをしたと思っている」


罪悪感や後悔の混じった声でそう言うルイーゼ。

そんな彼女を、ユリウスとギルベルトは顔を見合わせつつじっと見つめた。


(中佐のことは、ある程度信頼しても良さそうなものだが……どうしたものか)


ユリウスがそう考えたその時、再び執務室の扉がノックされる音が聞こえてくる。


ユリウスがルイーゼに断りを入れてから扉を開けに行くと、そこに立っていたのはソニアだった。


「おはようございます、大尉」


サッと一礼してそう告げるソニアを、ユリウスは室内へと招き入れる。


「ちょうど良かった。ソニア、お前も同席してくれ」


ユリウスの言葉に、状況のわかっていないソニアはきょとんとした顔で首を傾げる。


「えっと……何かあったのでしょうか?」

「まあ、そんなところだな。とりあえずついて来い」


そう言って休憩スペースに向かうユリウスの後にソニアも続く。

ルイーゼの姿に驚いたソニアの口から「えっ?」と声が漏れた。


「ザクセン中佐?」

「シュミット……すまないな、邪魔しているぞ」

「あ、はい……」


ユリウスは少し狼狽えているソニアを自分の横に座らせ、ギルベルトは素早く彼女に紅茶を淹れる。


「ほれ、熱いから気ぃつけな」

「ありがとうございます……」


ソニアはそう言いつつティーカップに口をつけ、ユリウスたちの様子をちらりと伺う。


(ザクセン中佐が、こんな時間に大尉の執務室(ここ)にいらっしゃるということは……私、気付かないうちに何かやらかしてしまったの?)


平静を装いつつも内心不安に思うソニアの頭に、ユリウスはポンと手を乗せて声をかけた。


「お前が何かしでかしたわけじゃない。安心しろ」

「そうなんですか……?なら良かったです」


少しホッとした様子でそう言うソニアを見て、ルイーゼはソニアとユリウスを交互に見比べてからフッと笑う。


「……どうやら、良い師弟関係を築けているようだな」

「えっと、そうでしょうか?」

「そうだ。大尉がシュミットの心情を汲み取れているというのは、そういうことだろう?」

「……?」


ルイーゼの言葉の意味がよく分からず首を傾げるソニアに、ギルベルトが補足を入れる。


「ウチではだいぶ剥がれてきたけどよ……嬢ちゃんはポーカーフェイスのせいで、何考えてんのかってのがめちゃくちゃわかり(づれ)ぇんだよな」


ギルベルトがそう言うと、ルイーゼは小さく頷いて再び口を開く。


「つまり、大尉とシュミットがしっかりと信頼関係築けているからこそ、大尉もお前の考えをすぐ理解できるというわけだ」

「信頼関係……」


そう呟いたソニアは、じっとユリウスの顔を見上げた。


(そっか。自分の感情を隠す必要がないほどに、大尉のこと信頼してたのね……)


そう考える彼女の様子に、ユリウスは思わずフッと微笑んだ。


「警戒心の強いお前に信頼されているというのは、光栄に思うべきだろうな」

「そうなんでしょうか……?」

「どう考えてもそうだろ。つーか、嬢ちゃんもわざわざそこまでポーカーフェイスを維持する必要もねぇと思うんだけどな」


ギルベルトの言葉にソニアは俯いてしまい、ルイーゼは慌ててフォローを入れる。


「シュミットにはシュミットなりの事情があるのだろう。あまり容易に首を突っ込むのは良くないぞ、准尉」

「すんません……嬢ちゃんも悪かったな」


謝罪するギルベルトに、ソニアはフルフルと首を横に振る。


「いえ、准尉に謝罪いただくようなことではありません。個人的にその方が楽だから、というだけの理由ですので……」

「楽だから……?どういうことだ?」


ユリウスがそう首を傾げると、ソニアは俯いて考え込む。


(この3人になら、少しくらい話しても大丈夫よね……)


そう判断したソニアは、顔を上げて話を切り出した。


「他人から言われたことに対して、私がどう反応しても良い結果にならないことがほとんどですので……それならば、初めから自分の気持ちや考えを表に出さずに淡々と処理する方が、身体的にも精神的にも楽なんです」


ソニアが努めて冷静にそう告げると、ユリウスたちはハッとした表情で彼女を見つめる。


(私、何か変なことを言ってしまったのかしら……)


ユリウスたち3人の様子に、ソニアはついネガティブに考えてしまう。


「申し訳ありません、ただの言い訳で──」

「嬢ちゃん……その歳でマジ苦労してきたのな」


ソニアの言葉を遮ってそう言ったギルベルトに、ユリウスも同意するように口を開く。


「ポーカーフェイスにはそういう理由があったのか……すまないな、お前には嫌な話をさせた」

「いえ……私は気にしておりませんので、問題ございません」


軽く首を横に振りつつ淡々とそう言うソニアに、ユリウスは思わず小さくため息を漏らした。


「それは本心か?またポーカーフェイスで誤魔化しているんじゃないだろうな?」

「えっと……」


そう言い淀むソニアの顔を、ユリウスはじっと覗き込む。


「……ソニア、俺に対してくらいは本音で話しても構わないんだぞ?」

「ですが、それでもし大尉にご迷惑をおかけしてしまったら……」

「迷惑上等だ。そもそもお前は俺の弟子なんだからな、そこまで気を遣う必要もない」


そう告げるユリウスのまっすぐな視線に、ソニアは(この人が師匠で、本当に良かった)と思いつつ、何だかくすぐったい気持ちになってしまう。


「……ありがとうございます、大尉」


ソニアはユリウスにそう礼を言いつつ、話を戻そうとルイーゼに向き直る。


「それで、どうして中佐がこちらに?」

「実は……」


ルイーゼはそう言って、一通りの事情をソニアに説明する。

ソニアは少し目を丸くしてルイーゼの話を聞いた後、不安気な表情でユリウスを見上げた。

そんな彼女の様子に、ユリウスはどうしたものかと思い悩む。


「そう不安そうな顔をするな、と言いたいところだが……実際のところ不安しかないな。大佐に何かしらの目的があって、ソニアがそれに関係しているのはほぼ確定だろうが……」

「大佐の目的がわからねぇことには、こっちも対抗手段が限られちまうからな……」


ギルベルトはそう言いつつ、ルイーゼに視線を向ける。


「ただ……中佐が大佐側の人間じゃねぇってことは確定したんで、そこはありがたいっすね」


その言葉にソニアは一瞬首を傾げる。

が、すぐに納得したように「あ、なるほど……」と声を上げた。


「確かに、中佐と大佐に繋がりがあるのであれば、わざわざ学年担当官の変更をする必要もありませんよね」


ソニアの言葉に、ルイーゼは感心したように口を開く。


「ふむ……シュミットはやはり頭もよく回るようだな。こういう優秀な人材が直弟子とは、大尉が羨ましいものだ」


そう話を振られたユリウスは、満足気な表情を浮かべると、軽くソニアの頭に手を置いた。


「ソニアは、自慢の弟子ですから」


そう言ってソニアに向かってニッと笑ったユリウスの表情に、ソニアは一瞬目を丸くしてしまう。


(大尉がこんな風に笑うなんて……ちょっと驚きだわ)


そう思いつつ、ソニアもつられてフッと微笑みながら口を開く。


「大尉も、自慢の師匠ですよ?」


そう言うソニアの様子に、ルイーゼは思わず目を丸くする。


(シュミットも、師の前では笑うことがあるのだな……)


そう微笑ましく思う彼女の様子に、ギルベルトはニヤッと笑って小さく声をかけた。


「微笑ましいでしょ、あの2人」

「確かにそうだな……師弟愛、というやつか?」


ルイーゼはそう言ってソニアとユリウスをじっと見つめ、少し何かを考え込むとスッとソファから立ち上がる。


「シュミットのことは、大尉に全面的に任せても問題ないようだな。何か新たな情報が手に入れば、私からも共有するとしよう」

「ありがとうございます」


ユリウスがそう礼を言うと、ルイーゼは真剣な表情でソニアたち3人に向き直った。


「3人とも、くれぐれも大佐の動向には気を付けるように。特に大尉……万が一シュミットの身に何かあれば、全ての責任を負わされるのはお前だからな」

「承知しております。本日は、ご忠告感謝いたします」


ユリウスがそう言って一礼すると、ルイーゼは答礼してそのまま執務室を後にする。

ソニアたち3人はその後ろ姿を見送りつつ、それぞれ今後どうすれば良いのかと考え込むのだった。

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