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《碧眼の花と緋の刃》軍に拾われた少女は、差別と陰謀の時代に抗い、愛を知る  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第10話 前編《師弟と父娘①》


─聖暦5607年3月─


その日、ユリウスの執務室には背筋を伸ばしたソニアの姿があった。


「えっと…改めて、本日からお世話になります。皆さんよろしくお願いします」


ソニアはそう言って一礼する。

試験休暇明けのソニアは、いよいよ部隊実習初日を迎えていたのであった。


「よくよく考えてみれば、部隊実習って今日からだったんですね」

「ソニアちゃん、先々月から執務室(ここ)に通ってたし…改めて言われると、何か変な感じだよねぇ」


シュテファンとラルフの言葉に頷きつつ、ギルベルトはフォローを入れる。


「まあ、実際今までとそんなに変わりねぇしな。武術と魔術訓練講義の時間が、部隊実習に置き換わるくらいだからよ」

「後は、実習内で通常の基礎訓練をこなす必要もある。基本的には俺が指導するが…お前たちにも声をかけることになるだろう。全員心得ておけ」


ユリウスの言葉に、ヴェルナーは首を傾げつつ口を開く。


「俺らもっすか…?」

「前にも言ったが…手合わせするにも相手が必要だからな」

「ま、お前ら全員内勤で身体(なま)ってんだろ?ちょうど良い機会だから、大尉に鍛え直してもらいな」


ニッと笑ってそう告げるギルベルトの言葉に、ヴェルナーとラルフ、シュテファンの3人は渋々「はーい…」と返事をする。

そんな彼らの様子に、ソニアは申し訳なさそうに頭を下げた。


「私の事情に、皆さんを巻き込んでしまってすみません…」

「…お前が謝罪する必要はない。気にするな」


ユリウスはそう言うと、ふと思い出したように再び口を開く。


「ソニア、急ですまないが今学期の時間割を渡してくれるか?仕事の割り振りの参考にしたい」

「あ…言われてみればそうですね。今学期は前学期とだいぶスケジュールが変わりますし…」

「ついでに、前学期までの成績表も出してくれ」

「はい、承知いたしました」


そう言ってソニアはゴソゴソと鞄を漁り、2人のやり取りにヴェルナーは首を傾げる。


「大尉、成績表まで必要なんすか?」

「当たり前だろう。今後指導していくにあたって、ソニアの得手不得手は一通り把握しておくべきだからな」

「なるほど…」

「…ありました。クロイツァー大尉、こちらです」


ソニアは鞄から取り出した時間割と成績表をユリウスに手渡し、ユリウスはまず時間割に目を通した。


「…今学期は随分と空き時間が増えたな」

「そうですね。教育課程は取れる範囲の単位は全て取得しましたし、訓練課程の補講も受け終わりましたから」

「俺が徹底的に鍛えただけのことはあるな。となると、空き時間の活用方法も考えておいた方が良いか…」


ユリウスはそう言いつつ、今度はソニアの成績表に目を通し始める。

軽く全科目の成績を確認すると、少し目を丸くしながらソニアに声をかけた。


「…ソニア、お前は苦手科目というものがないのか?」


ユリウスの言葉に、ギルベルトも成績表を覗き込む。


「…マジかよ。教育課程も訓練課程も、全科目優良じゃねぇか」


そう呟いたギルベルトの言葉に他の隊員たちも驚き、一斉にユリウスの周りに集まった。


「優良どころか、教育課程なんてほぼ満点の科目ばっかりだね…」


驚いた様子のラルフに、ソニアは慌てて補足を入れる。


「あっ…そうなんですけど、軍事戦略理論は応用問題に苦戦してしまって…。試験時間、結構危うかったんです」


その説明に、ヴェルナーは腕を組みながら成績表に目を通す。


「へー…でも、訓練課程だって1、2年のやつは補講込みなんだろ?それで優良付くなんて…ソニアちゃんって、やっぱすげーのな…」

「実は、補講もギリギリで…。射撃精度の向上に力を入れた結果、何とか優良を付けていただけました」


苦笑いでそう話すソニアに、シュテファンは感心した様子で口を開く。


「ソニアさんって、結構な努力型だったんですね。てっきり天才タイプの方なのかと思ってました」

「いや…努力型じゃなきゃ、そもそも大尉の弟子になんてなってねぇだろ?」


ギルベルトが思わずそうツッコミを入れると、シュテファンは(確かに…)と納得した表情を見せた。


「んで、大尉の講義もバッチリ優良なわけか。お前が優良付けるなんざ初めてだな」


ギルベルトがニヤッと笑ってそう告げると、ソニアは思わず目を丸くする。


「えっ、そうなんですか?」


ソニアが驚きつつユリウスに視線を向けると、彼は腕を組んでじっとソニアを見つめる。


「…実戦形式の模擬戦においては、まだ判断力に課題が残るのは確かだ。突撃を選択してしまったあの判断ミスを見るに、特定の状況下ではまだ冷静さを欠くことがあるようだからな」

「その節は申し訳ありませんでした…」

「…とはいえ、他でその部分は十分カバーできている。その辺りを鑑みても、今回の優良は妥当だろう。まあ、お前ほどの逸材もそうそういないからな…」


ユリウスに面と向かってそう言われたソニアは、何となく嬉しくも気恥ずかしくなってしまい、少し顔を赤らめて頬を掻いた。

そんな彼女の様子を眺めつつ、ユリウスはつい微笑ましく思ってしまう。


(こいつは、相変わらず褒められ慣れていないんだな…)


そんなことを考えながら、一通り成績表にも目を通し終えたユリウスは、「さて…」とソニアに再度声をかけた。


「ソニア、お前には今から俺の上官と顔合わせしてもらうぞ」

「えっ…?」


ソニアは思わず声を上げる。


(何で、わざわざ中央司令本部(こっち)で父さんと…?)


そう疑問に思うソニアを余所に、ユリウスは自席に戻ろうとしたギルベルトを引き止めた。


「ギルベルト、お前も付き合え」

「は?俺もか?」

「お前、一応立場的にはウチの副官だろう」


ユリウスの言葉に、ギルベルトは頭を掻きながら口を開く。


「まあ、大尉がそう言うなら構わねぇけどよ…」


そう言いつつ、ヴェルナーに視線を向ける。


「ヴェルナー、俺らが戻るまでの間の指示役頼むわ」

「了解っす」


ヴェルナーが素早くそう答えると、ユリウスはそのままソニアとギルベルトを連れて執務室を出る。

ルーファスの執務室に向かって3人揃って廊下を歩いていると、ギルベルトが話を切り出した。


「…んで?わざわざ俺も呼び出すなんざ、内緒話か?」

「端的に言えばそうだな。詳しくは向こうで話す」


そう話すユリウスとギルベルトに視線を向けるソニア。


(何かあったのかしら…)


そう不安に思うソニアの様子に気付いたユリウスは、軽くソニアの肩に手を乗せた。


「そう心配するな。ギルベルトも交えて、少し話をしておきたいことがあるだけだ」

「…承知いたしました」


そんなソニアとユリウスの様子に、ギルベルトは首を傾げながら廊下を進んでいくのだった。


しばらくしてルーファスの執務室に辿り着くと、ユリウスは軽く扉をノックする。

開いた扉から顔を覗かせたルーファスは、素早く3人を室内へと招き入れた。


「急にすまんな。とりあえず、3人とも座ってくれ」


その言葉にソニアたちはソファに腰を下ろし、ルーファスは3人に紅茶とコーヒーを出す。

ルーファスもコーヒー片手に3人の正面に腰掛けると、ギルベルトが真っ先に口を開いた。


「…で、早速っすけど用件伺っても?俺と嬢ちゃんまで呼び出すなんざ、何か訳アリなんすよね?」

「おい、ギルベルト…」


そう宥めようとするユリウスに、ギルベルトは食い気味に言葉を続ける。


「だってよ、明らかにこの面子はフツーじゃねぇだろ?大尉、ひょっとして嬢ちゃんに何かやらかしたのか?」


そう話すギルベルトに、ルーファスが気まずそうに声をかける。


「どちらかといえば、やらかしたのは俺の方だな」

「は…?メーゲンブルク中将が…?」


怪訝な表情を浮かべるギルベルト。

ルーファスは小さく深呼吸すると、意を決してギルベルトに向き直った。


「まず、ベルクマン准尉に1つ伝えておきたいんだが…ソニアは俺の娘だ」

「ほーん、娘っすか…」


そう言ったギルベルトは、一拍置いてから一気に表情を変える。


「…って、はぁ!?娘ぇ!?」


そう声を上げるギルベルトを宥めるべく、今度はユリウスが口を開く。


「ギルベルト、声が大きいぞ」

「あ、(わり)ぃ…。だけどよ…!」

「驚くのはわかるが、一旦落ち着いてくれ」

「いや、落ち着いてられるかっての!」


そう言いつつ、ギルベルトは小首を傾げる。


「つーか…大尉、お前妙に冷静だな。知ってたのか?」

「実は…」


ユリウスはそう言って、先日ソニアとルーファスの親子関係を知った際のことを簡潔に説明する。


「──というわけだ」


ユリウスの一通りの話に、ギルベルトは「なるほどな…」と呟く。


「教会派とのいざこざに巻き込まねぇための偽名か…。でも、入学申請でよくそんな書類通ったっすね」


ギルベルトはそう言いながらルーファスに視線を向け、ルーファスは小さく肩で息をついた。


「このことについては、シュタール元帥閣下にも話が行っているからな…まあ、共犯のようなものだ」

「え?そうだったの…?」


驚くソニアに、ルーファスはやや呆れ気味に口を開く。


「当たり前だろう、そもそも軍大学は身元調査には厳しい。俺1人の力で押し通すことはできん」

「まあ、閣下は元々中将の直属の上官でしたもんね。そりゃ話は通しやすいか…」


ギルベルトの言葉にルーファスは少し気まずそうに頰を掻きつつ、ユリウスとギルベルトに向き直った。


「詳しい話をする前に、お前たちがソニアについてどこまで知っているのか確認しておきたい」


そう言われたユリウスとギルベルトは、互いに顔を見合わせる。


「…俺から話すぞ?」

「おう、任せた」


ユリウスはルーファスに向き直ると、話を切り出す。


「ソニアの軍大学内での扱いと…瞳の色については、自分と部下4人は既に存じております。普段から魔術で色を変えていることも把握済みです」


その言葉に、ルーファスは目を丸くしてソニアに視線を向けた。


「ソニア…お前、そこまで大尉たちに打ち明けていたのか?随分と彼らのことを信頼しているようだな」


そう言われたソニアは、少し言い淀みつつ口を開く。


「あ、えっと…眼の色については事故だったというか、何というか…」

「は?事故…?」


そう首を傾げるルーファスの様子を見たギルベルトは、ユリウスに声をかける。


「…あん時のこと、この際ちゃんと報告しといた方が良いんじゃねぇか?」

「それもそうだな…」


ユリウスはそう言うと、以前ソニアがハインツから解除魔術を受けたことをルーファスに説明した。

その内容に、ルーファスは深くため息をつく。


「そうか…よりによって、教会派のシュヴァイガー大佐に…」

「申し訳ありません。自分がソニアから目を離さなければ…」


そう謝罪するユリウスに、ルーファスは小さく首を横に振る。


「いや…大尉も知らなかった以上は致し方あるまい。大佐が言い広めていないという点のみは、不幸中の幸いといったところだが…」

「ただ…その理由も不明っすからね。安心できるわけじゃねぇっすよ」


ギルベルトの言葉にユリウスは小さく頷くと、ルーファスに向き直った。


「…その後、彼女には魔術固定用のバングルを装着させておりますので、今後同様の事態に陥る可能性は極めて低いと思われます」


ユリウスの説明に、ルーファスは思わず驚き目を見開いてしまう。


「は…?お前、そこまでしてくれていたのか…正直、かなりの驚きだぞ」

「…彼女の指導を受け持っている以上、師としてできる限りのことをするのは当然かと」


はっきりとそう告げるユリウスに、ルーファスはフッと笑って口を開く。


「ソニアもだが…大尉も随分と変わったものだな」

「そこは俺も同感っすね。まあ、俺の見てる限りは良い師弟関係築けてるみたいなんで、心配は要らねぇかと」

「ふむ…お互いに良い影響を及ぼし合っているということか」


そう言われたソニアとユリウスは互いに顔を見合わせると揃って首を傾げ、その様子にルーファスとギルベルトは小さく吹き出してしまう。


「…これは、確かに良い師弟関係のようだな」

「でしょ?…んで、話を戻しますけど…中将と嬢ちゃんの関係は、他の連中には黙っておいた方が良いんすか?」


ギルベルトがそう尋ねると、ルーファスは静かに頷いた。


「ああ。すまんが、大尉と准尉の2人で留めておいて欲しい」

「了解っす。一応確認なんすけど、本配属後はどうするつもりで?」

「本配属のタイミングで公表するつもりだ。親としてはすぐにでも公にしておきたかったが…今はソニアの身の安全を優先せざるを得なかったからな。本配属後であれば、多少何かしらに巻き込まれたところで対抗手段が取れるだろう」


ルーファスの言葉に、ギルベルトは「なるほど…」と納得する。


(学生のうちは、魔術も銃器も使用制限かかってるしな。嬢ちゃんが自分の身を守る手段が限られちまう以上、下手に妙なことに巻き込んじまうのはリスクにしかならねぇか…)


ギルベルトはそう考えつつ、ルーファスに向かって口を開いた。


「…大体の状況なんかは把握しましたけど、俺まで聞いて良かったんすか?」


その問いかけに、ルーファスは小さく頷く。


「そこについては、俺と大尉とで少し話し合ってな。彼の補佐役である准尉には、知らせておいた方が色々と都合が良いだろうという結論に至った」

「ほーん、まあそれなら構いませんけど…」


ギルベルトはそう言いつつソニアに視線を向ける。

少し戸惑っているような様子の彼女に、ギルベルトは苦笑いしつつ言葉を続けた。


「…嬢ちゃんには、前もって一言あった方が良かったんじゃ?当事者なのに、除け者ってのは良くねぇっすよ」


ギルベルトがそう言うと、ユリウスは気まずそうに頰を掻く。


「予め話をしておいた方が良いとは思っていたんだが、何せソニアは休暇で不在だったからな…」


そう言い訳するユリウスに、ギルベルトは深くため息をついた。


「あのな…嬢ちゃんは実家に帰ってたんだろ?それなら、中将から嬢ちゃんに先に話しときゃ良かったじゃねぇか…」


少し呆れ気味にそう言うギルベルトの言葉に、(確かにそうだな…)とユリウスとルーファスは少し気まずく思ってしまう。

そんな2人の様子を見たギルベルトは、ポンポンとソニアの頭を撫でた。


「…父親も師匠も不器用なんざ、嬢ちゃんも大変だな」

「えっと…私も他人のことは言えないので何とも…」

「あー…そういや、嬢ちゃんも人間関係めちゃくちゃ不器用だったなぁ…」


そう言いつつ、ギルベルトは(何でこうも、俺の周りは不器用なヤツばっかなんだ…?)とつい苦笑いしてしまうのだった。

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