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《碧眼の花と緋の刃》軍に拾われた少女は、差別と陰謀の時代に抗い、愛を知る  作者: 伊太利ひなぎく
第1章

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第1話 前編《孤独と光の講堂》


《国防最高令 第十二条:非常時、警察は軍の指揮系統に編入される。最終決定は元帥府に属す。─オルデングルント公報》


─聖暦5606年9月─


オルデングルント(通称オルデン)の首都であるオルドンハイム。

その中央区、通称ツェントルムにそびえる軍中央司令本部併設の軍大学では、その日、入学式が行われていた。


新入生たちは整列して椅子に座り、壇上の教官が短く口を開く。


「まず事務連絡だ。本学は中央司令本部直轄。非常警備令下では校務も軍規に従う。各学部、命令系統は即答できるように──以上」


その一言で、講堂の空気が一段階、キュッと硬くなる。

教官は名簿を手に取り、淡々と氏名を読み上げ始めた。


「…ソニア・シュミット」


そう呼ばれた金髪翠眼の女学生は、迷いなくスッと立ち上がる。

そのまま一礼し、「はい」とよく通る声で返事をした。

途端、周囲の席からヒソヒソと囁きが上がり始める。


「あの子、めちゃくちゃ背高くない?しかも美人だし…」

「ホントだな…。でも、シュミットって確か飛び級入学って話題になってた奴じゃねーの?」

「あー…今年16なんだっけ?完璧過ぎて、なーんか気に入らないよね」


そんな会話を聞きながら、ソニアは小さくため息をつきつつ席に腰を下ろした。


(大体の周りの反応は予想していたけれど…ここまで予想通りなんて、もう笑うしかないわね)


自嘲気味にそう思っていると、隣に座っていた女学生が、こっそりと声をかけてきた。


「ねえ、何か好き勝手言われてるけど…大丈夫?」

「…あなたが気にする必要はないわ。16なのも飛び級なのも、事実だから」


無表情で淡々とそう答えるソニアを、女学生は心配そうにじっと見つめる。

彼女は少し俯いて考え込むと、パッと顔を上げてニッと笑った。


「あんたって、頭良いんだね。羨ましいよ」

「そう?」


相変わらず表情を変えないまま、視線だけを女学生に向けてそう答えるソニア。

そんな彼女の様子に、女学生は少し気まずそうに頭を掻いた。


「あたし、勉強ってちょっと苦手なんだぁ…」

「…あなた、何学部?」

「看護学部。国家試験もあるのに、致命的だと思わない?」


軽い調子でそう笑う女学生。

そんな彼女の様子に、ソニアは内心やや呆れてしまう。


(それを、自分で言うのもどうかと思うけれど…)


ソニアがそう小さく息をついたその時、壇上の教官が彼女たちの方に視線を送り、咳払いをする。


「…そこ、式典中は私語を慎みたまえ」


注意されてしまったソニアたちは、揃って「申し訳ございません…」と謝罪をする。

ソニアはやれやれと前に向き直ると、そのまま黙って式典が終わるのを待つのだった。



小1時間が経ち、式典が終わると新入生が次々と講堂を後にしていく。

ソニアも移動しようと席を立ちかけると、先ほどの女学生に呼び止められた。


「さっきはごめんね?あたしのせいで、あんたまで注意されちゃって…」

「気にしてないわ」


そんなソニアの返答に、女学生はホッとした表情を浮かべる。


「それなら良かった。えっと…確かソニア、だったよね?」


そう尋ねられ、ソニアは一瞬だけ言い淀んでから名乗る。


「ええ、ソニア・シュミット。あなたは…」

「あたしはアンナ・ベーゼ。良かったら、同級生同士仲良くしてね、ソニア」


アンナはそう言って右手を差し出す。

ソニアは少し戸惑いながらも、その手をそっと握り返した。

返事をしようとしたところで、彼女を名前で呼ぶべきか、苗字で呼ぶべきか一瞬迷ってしまう。


(名前で呼ばれた以上は、名前で返すのが礼儀かしらね…)


そう判断したソニアは、アンナを見やる。


「アンナとあまり接点はないと思うけど…よろしく」


ソニアの淡々とした口調に、アンナは首を傾げた。


「えっ?まあ、学部が違えばそうかもだけど…でも学年の共通講義では会うじゃん?」

「…私、工学部の第3学年に編入扱いなのよ」

「えぇ!?そうなの?」


驚いた様子でそう声を上げるアンナ。

対してソニアは、表情一つ変えずにコクリと頷いた。


「…私、入学手続きしたのは2年前だったの。年齢の関係で正規入学が認められなくて…聴講生扱いとして、教育課程のみの受講が許可されたのよね」

「ええ…?何で、そんな面倒なことに?」


ソニアの言葉に、訳がわからないというような反応を見せるアンナ。

そんな彼女の様子に、ソニアは小さく息を吐いた。


(私も、当初は『何で?』って思ったわ…)


そう当時のことを思い返しつつ、口を開く。


「…軍大学とはいえ、『未成年を命の危険のある軍に関わらせるのは倫理的にどうなのか』という話になったそうよ。軍本部の方でも色々議論を重ねたみたいで、今年ようやく特例措置として正規学生としての入学が認められたというわけ」


ソニアの説明に、アンナは納得したような感心したような表情を浮かべる。


「なるほど、そういうことかぁ…。頭が良いっていうのも大変なんだね」


そう言うと、アンナはニコニコとソニアに笑いかけた。


「まあでも、寮で会ったりはするもん。今日隣になったのも何かの縁だしさ、一緒にご飯食べたり駄弁ったりしようよ」

「…私で良ければ付き合うわ」


そう答えつつ、講堂の壁にかけられた時計を見上げるソニア。


(いい加減、移動した方が良さそうね…)


視線をアンナに戻しつつ、口を開く。


「そろそろ、第3学年のオリエンテーションに行かせてもらうわ」

「あっ、引き止めちゃってごめん…」


申し訳なさそうにそう謝罪したアンナは、少し考え込んでからチラリとソニアを見上げる。


「…ねえ、後でお昼一緒に食べない?」

「私と…?」

「うん。あたし、ソニアのこともっとよく知りたいな」


ニコニコと屈託のない笑顔でそう告げるアンナ。

そんな彼女の様子に、ソニアはつい疑心暗鬼になってしまう。


(…本当にそう思っているのかしら?それとも、何か裏があるの…?)


そう思いながらソニアは眉をひそめ、アンナの表情をじっと観察した。

その視線を受けたアンナは、キョトンとした表情を浮かべて首を傾げた。


「ソニア?どうかした?」


アンナの様子からは、特に何か仕組んでいそうな印象は受けない。

それなら、提案を素直に受けておいた方が良いだろうとソニアは判断した。


「…何でもないわ。それなら、後で学生食堂で会いましょう」


ソニアがそう答えると、アンナの表情がパッと明るくなる。


「わかった!じゃあ、また後でね」

「ええ、また後で」


嬉しそうにニコニコと手を振って、ソニアを見送るアンナ。

そんな彼女にソニアはサッと手を振り返し、第3学年のオリエンテーションが行われている講義室へと向かった。


(悪い子ではなさそうだったけれど…念のため、警戒しておくに越したことはないわ)


そう心の中で呟きながら、学生棟の廊下を歩くソニア。

第3学年の講義室に辿り着くと、1度深呼吸してから入り口の扉を軽くノックした。


「…入りなさい」


中からそう返事が聞こえたのを確認したソニアは、そっと扉を開く。

講義室の壇上には見慣れた女性指導教官が立っており、ソニアの姿を認めて声をかけた。


「…シュミット、待っていたぞ。こちらに来なさい」

「はい」


ソニアは教官の側に歩み寄ると一礼する。


「遅れまして申し訳ございません、ザクセン中佐」


ソニアがそう謝罪をすると、目の前に立つルイーゼ・ザクセンは小さく首を横に振ってから口を開く。


「入学式典があった以上、致し方あるまい」


フッと微笑んでそう告げるルイーゼの様子に、ソニアは内心ホッと胸を撫で下ろす。


ルイーゼは、ソニアの在籍する第3学年の学年担当官でもある女性軍人で、軍全体で見てもそう数の多くない女性幹部という立場でもある。

そんなルイーゼは、席に着いている学生たちの方へとソニアを向き直らせた。


「さて…全員既に知っての通り、今年からシュミットも正規学生としての在籍が決まった。同級生同士、今後とも切磋琢磨していくように」


ルイーゼの言葉に学生たちは「はい」と返答をするが、ソニアに向けられた視線は決して温かなものではない。

刺すような視線を感じながら、ソニアは内心小さくため息をつく。


(正規学生になったところで、状況は何も変わらなさそうね…)


ルイーゼに席に着くように指示されたソニアは、他の学生たちと少し距離を置くように座席に腰掛けた。

ルイーゼはそんなソニアと他の学生たちの様子を一瞥し、オリエンテーションを進めていく。


一通りの説明が終わり、学生たちが講義室を出て行く中、ルイーゼはソニアのそばに歩み寄った。


「シュミット、少し残ってもらえるか?」

「はい」

「新入生向けのオリエンテーション資料を預かっていてな。重要そうな事項だけ、先に口頭で伝えておこうと思う」


ルイーゼはそう言ってソニアに資料を手渡す。

説明によると、正規学生になったことに伴い、学生棟内の訓練所をはじめとする、聴講生には使用制限のあった各施設も今後は自由に使えるのだという。


「訓練所…」


ポツリと呟くソニアに、ルイーゼは間髪入れずに補足する。


「訓練課程講義の補講や…最近はそう見かけないが、学生の自主訓練で使われている施設だ。興味があるなら一度覗いてみると良い」


その説明に、ソニアは小さく頷く。


「…承知いたしました。有効活用させていただきます」

「もし不明な点があれば、遠慮なく尋ねなさい」

「はい、ありがとうございます」


相変わらず、無表情かつ淡々とした様子でそう答えるソニア。

ルイーゼはそんな彼女に向けてサッと片手を上げて去っていき、ソニアは一礼してそれを見送った。

ふと室内の時計に目を向けると、時刻は午前11時を示している。


(まだアンナとの待ち合わせには早いわね…一旦寮に戻ろうかしら)


そう思い立ったソニアは、講義室を後にして女子寮へと向かうのだった。



───────

────

──


女子寮にたどり着き、自室に向かうべく寮内の談話スペースを横切ろうとするソニア。

そんな彼女の耳に、周りの寮生たちがヒソヒソと話しているのが聞こえてくる。


「ねぇ、聞いた?あの子結局、誰からも同室OK出してもらえなかったんだって」

「いや、普通に考えてそんな物好きいないでしょ…。アタシだって嫌だよ」


そんな会話から逃げるように、ソニアは足早に自分の部屋に入り、扉を閉めるなり鍵をかけた。

広めの部屋の中にポツンと設置されている1人分のデスクに荷物を置くと、同じくポツンと設置されている1人分のベッドにコロリと横になる。


「こうなると予想してなかったといえば、嘘になるけれど…」


ぼんやりと天井を眺めながらポツリと呟くソニア。

その時、隣の部屋からワイワイと楽しげな話し声が聞こえ、ソニアは耳を塞ぐように布団を被る。


聴講生時代のソニアは、正規学生たちと区別されるべく女子寮でも1人部屋が提供されていた。

この度、ソニアも正規学生になるにあたって通常通り5人もしくは6人部屋への移動が検討されていたのだ。


(どの部屋からも受け入れてもらえなかった、ということなんでしょうね…)


ソニアは先ほどの会話や、移動の声がかからない今の状況からそう判断した。


しばらくベッドでぼんやりとしていたソニアは、ふとデスクの方に目を向ける。

そこには教育課程の講義の教科書がずらりと並んでおり、(そういえば…)とソニアはベッドから体を起こした。


(訓練課程の講義に向けて、各理論くらいは復習しておいた方が良いわよね…)


そう思い立ったソニアはデスクに移動する。

並んだ教科書の中から『魔術基礎・魔術理論』と書かれた一冊を手に取り、ページをめくった。


大気中を霧のように漂う『ネーベル』と呼ばれる物質を介し、自らの体内にある『魔力』を放出する術式のことを総称して『魔術』と呼ぶ。

世界では魔術が発達しており、人々の日常生活にも深く結びついているのだ。


──と、教科書はそう説明している。


(でも、これだと魔術が『誰でも自由に扱える力』みたいに誤解されるのよね…)


確かに、真剣に学びさえすれば『簡易魔術』くらいは誰だって使える。

街の至るところで見かける、小さな灯りをつけたり、荷物を少し軽くしたりする程度の魔術は、簡易魔術によるものだ。

でも、それはあくまで『日常生活を少し便利にするための手段』でしかない…。


ページをめくりながら、ソニアは静かに考えを巡らせる。


──私が学ぼうとしている本格的な魔術『術式魔術』は、簡易魔術とは全くの別物だ。

これは取り扱いが難しく、知識や訓練のないまま使用すると暴発・暴走の危険すらある。

そのため、軍や警察、それにテオリム教会といった限られた機関に属する者だけが、正式に使用を許可されている。


もちろん、所属さえしていれば使えるようになる、というものでもない。

厳しい訓練と試験を経て、初めて『術式魔術使用許可』が認められる。

だからこそ、街中で術式魔術を勝手に使えば、即座に摘発されるような法律だってあるのだ。


書籍をパラパラとめくりながら、ソニアは訓練に必要そうな事項を再確認していく。


(基礎技術くらいは、講義が始まる前に自主鍛錬しておいた方が良いわね)


そう心に決め、ソニアは昼食の時間まで、黙々とページを読み進めていくのだった。

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