身の丈にあった生活の方が幸せ
ふわっとした感じでお読みください。
カナバート伯爵家には娘が二人いる。
前伯爵夫人の娘マリアナと、現伯爵夫人の連れ子のナエラだ。前伯爵夫人はマリアナが5歳の頃に病で亡くなり、その一年後に伯爵は再婚した。
再婚相手は伯爵の上司の兄の庶子で、平民だった。
抵抗したが断りきれず母子ともに家に迎え入れた。
「家の評判を落とすようなことをしなければ好きにしていい」
伯爵はそう言い、滅多に帰らなくなった。
継母は当然のようにナエラだけを可愛がり、マリアナには辛くあたった。
ナエラには毎日豪華な食事やスイーツを与えた。もちろん太りすぎないように適度に運動もさせた。
マリアナには粗末な食事しか与えなかった。口答えをすれば食事を抜かれることもあった。もちろん栄養が足りなくて毎日フラフラだった。
ナエラには綺麗なドレスやアクセサリーを用意し着飾らせた。
マリアナには粗末なワンピースしか着せなかった。
ナエラには家庭教師やマナーの講師をつけた。「元平民」と侮られないように。
マリアナには最低限しか教育をしなかった。
継母は元々平民だったので知らなかった。
冷遇するにも虐待するにも、それなりの『やり方』があるということを。
あるお茶会にて。
「あら、マリアナさんはずいぶん痩せて…。カナバート家はよほどお金に困ってるのね」
「マリアナは偏食がひどくて、ちっとも食べてくれなくて…」
「まぁ!カナバート家はそんな我が儘を許しているの!」
あるパーティーにて。
「あら、マリアナさんのドレス、サイズも合ってないし流行遅れだわ。ドレスを新調する余裕も無いほど困窮しているのね」
「マリアナが他のを着たがらなくて…」
「まぁ!カナバート家はそんな我が儘を許しているの!」
ある夜会にて。
「あら、マリアナさんはちゃんとした挨拶も出来てないのね。娘にきちんとした教育をする余裕も無いのかしら」
「マリアナが勉強を嫌がって…」
「まぁ!カナバート家はそんな我が儘(以下略)」
…………。
お茶会や夜会に出る度に様々な『ご指摘』を受け、自分の娘と同じレベルの食事・服装・教育をすることになり、結局マリアナは立派な淑女になった。
「お義母様は頑張ったと思うわ」
「何よ……」
「私を貶めてナエラの評価を上げたかったのよね?」
継母は力無くマリアナを睨む。
「だったらもっと上手くやらないと」
曰く、服で隠れる範囲に暴行したり、食べ物でないものを食べさせたり。精神的に追い詰めたり。
マリアナを見る目にうっすらと恐怖が混ざる。
「安心してくださいな。お義母様にそんなこと致しませんわ。結果的にきちんと育てて下さいましたし」
ただ、このままとはいきませんけどね?と上品に微笑むマリアナ。
「お義母様には『貴族』の才能が無い様子。…ここでは暮らしにくいでしょう?」
今、継母は地方の小さな町で暮らしている。それなりの大きさの屋敷に十人程の使用人と共に。
小さな町だが賑わいがあり、食べ物も美味しい。少し足を伸ばせば観光地もある。
ドレスを山ほど作るような散財は出来ないが、毎月小振りなアクセサリーを買うぐらいの金銭は与えられる。
使用人は大切に扱ってくれるし、買い物に行けばそれなりにチヤホヤしてもらえる。
社交界とは完全に切り離されたが、もう『ご指摘』を受けることもない。
「幸せ…」
平民が思い浮かべるような裕福な暮らし。
これぐらいが継母の『身の丈』に合った幸せだったようだ。