癒えぬ者たち
母親と名乗る人物から、兄弟げんかが大ごとになり兄が刃物で刺されたという通報があった。現場に急行すると、めった刺しにされている男の子が死体となり転がっていた。そこらじゅうに血が飛び散り、燦々たる状況だった。私たちは息の荒い母親を落ち着かせ、自室に閉じこもっていた加害者の弟とともに署に連れて行った。
弟の陽太はまだ六歳の子どもで、ふつうにしていればごく一般的な小学生という感じだった。彼への事情徴収がはじまった。
「お兄ちゃんとの間に、なにかあったのかな」
陽太は首を横に振った。
「なにか嫌なことをされた?」
これも違うらしい。
「じゃあ、お兄ちゃんが・・・・・・好きじゃないとか」
「ぼく、お兄ちゃんのことは嫌いじゃないよ」
陽太はあっけらかんと答えた。この様子に私たちは精神異常の可能性を考え、一度医師に引き渡すことにした。一方の母親は泣きながらも質問にはきちんと答えてくれ、途中から父親もこちらに来てくれたのである程度の家族情報はまとまってきていた。
「家族を殺すだなんて、相当ですよね」
島田はコーヒーをすすっていた。
「私もこんな事件ははじめてだ」
はじめは毎度吐いていた現場検証にも次第に慣れ、数々の事件を見てきた。どれも忘れられないものであったが今回の事件は常軌を逸しているようだった。
「家族仲は悪くなさそうですし、いったいどこから攻めていけばいいのやら分かりませんね」
島田の言うとおりだった。外側からでは因果関係がまったく見当たらず、正直お手上げ状態だった。ひとまず陽太への検査を待つ以外に私たちができることはなかった。
検査の結果は、精神は正常とのことだった。心の検査などというものにはあまり信頼を置いていないが、とりあえずこの結果は、陽太は彼のなかにあるなにかしらの動機によって犯行を起こしたということを教えてくれた。こうなってくると、彼の年齢から考えるに、周りの環境が彼に与えた影響についても考えるのが妥当で、小学校、友人関係、親族についてと、陽太の人生を取り囲むあらゆるものを調べることとした。
担当教員は、成績は中くらいで、特に問題を起こさぬいい子だと言っていた。友人関係も良好で、みなが口をそろえてしっかりした子だと話していた。親族とのつながりはあまりなく、年始だけ顔を合わせていたようだが、それも三歳以降やっていないとのことだった。年が近いいとこもおらず、ここまでで分かったことは、彼の世界は割と狭い範囲に収まっているということだった。
私たちは改めて家族内を洗い直した。父親は四大卒後、都内の出版会社に勤めており三十一のときに結婚していた。母親は高校を出た後すぐに働き始め、二十五の時に、当時働いていたバーで旦那と出会い結婚していた。二人についてさらに捜査を続けると、母親のほうは家族仲があまり良くなく、それで若くして家を出たことが分かった。彼女の母親は育ちの良い家系で生まれていて、要領の悪い自分の娘の人格を否定する節があったようだ。そのような環境に耐えられず、高校を出た後は水商売をして生き残っていたらしい。
私たちは一度、彼女の精神鑑定を依頼することにした。後ろめたい気持ちもあった。彼女のこれまでの経歴を聞き、この人こそが異常者なのではないかとどこかで思っているからだ。捜査のためとはいえ、私は人を人として扱っているのか、それともただの事件に接続している駒のようなものとして扱っているのか分からなかった。正義とはなにか、正しさとはなにか、私たちは実際なにを裁いているのか、仕事のことだけを考えて長年生きてきたがずっと分からないことであったし、むしろ、年々答えから遠ざかっているように思えた。
医師たちの検査により、事件の全貌が分かった。家族によって虐げられてきた陽太の母親は、いつからか逃れられない家族という環境に恨みを覚え、そこに対して暴力的な感情を抱くようになっていたらしい。また、彼女の姉が才色兼備を絵に描いたような人だそうで、姉と比べられては親から罵詈雑言を浴びせられていたらしい。
この経験から彼女のなかに生まれたのが、兄弟を産み、年下の子が上のものに勝つのを見たいという考えだった。たしかに、第一子を産むとすぐに二人目の出産を望んできたと父親も話していたからつじつまが合う。二人の子をもうけた母親は弟に対して、「兄は愛すべき存在だが、同時に乗り越えるべきもの、打ち勝つべきものである」という考えを地道に植え付けていった。結果、兄弟げんかが増えてきて、弟のなかには兄を越えるという価値観が強く芽生えることになった。エスカレートした母親は殺めるところまでを欲するようになり、ついにこの事件が起こることとなった。私たちが現場に行ったとき母親が息を荒らげていたのは、悲惨な状況に対するものではなく、下剋上が完了したことへ興奮していたからだったのだ。この家族は、どこかでできたほころびのなかに入り込んでしまい出てくることができなかったのだ。
殺人を犯した陽太は少年院に行くことになり、母親は精神病院にて治療を施されることになった。
「誰が悪いんでしょうか」
島田は、署に戻る車の中でそう聞いてきた。
「事件を解明してみたところで、絶対的な悪を、この人だけが悪いというものを見つけることはできたのでしょうか」
私は少し考えてから答えた。
「さあな。俺にもまだ分からないよ。けれど、加害者も被害者だということはよくあることさ。それでも手を出した奴が悪いんだ。死んでしまったら二度と戻ってこない。その圧倒的な力を振るうことは、どうしたって悪なんだ。情を持ってしまっては論理的判断ができなくなる。少なくとも、それが今の俺が分かってることだ」
ほんとうだろうか。悪は相対的にしか存在せず、また善もそうであるため、価値観の置き場所によって物事は簡単にひっくり返ってしまう。加害者と被害者こそあれど、善と悪はほんとうのところ存在していないのではないだろうか。私には自分のことばが、部下に聞かれてしまった以上、それなりの形として出されただけで本心ではないような気がしていた。私は自分のデスクで今回の事件についての書類を整理しながら考えた。私は何に対して正義を実行しているのだろうか。なにかを救っているのだろうか。我々の存在意義とはなんなのだろうか。
それでもなお、生きることを奪われた人がいることは確かなのだ。全てを拒否されたものがいるのだ。そんな人に対して我々ができることなど実際にあるのだろうか。生のないものが救われるという考えは幻想ではないのだろうか。結局私たちは残されたものを救っているに過ぎないのではないか。または、自分たちの生を維持するために悪しき者を悪しきものとして罰しているだけに過ぎないのではないか。これから生きるものたちのために正しい倫理観を残そうとしているだけではないか。死んだものは、だとすれば、どこまで行っても命を失ったものでしかなく、救われることなんてないのではないか。
しかし、だからこそなのだ。かけがえのない命を奪うという行為はあまりにも強烈なことなのだ。その瞬間から誰かが救われることはなく、残るのは苦痛しかない。あまりにも耐えられぬものであるからこそ私たちは死者を偲び、彼らのためを思って、という形で多くを救おうとしてみるのだ。私は書類をファイルに入れ、署を後にした。
桜が咲いていた。そろそろ満開の時期だった。桃色と緑の補色関係は綺麗に街を彩っていて、まだ風は冷たく、太陽との温度差を感じた。行き交う人々は日常を生き、世界もまたなにも変わらないようだった。私は胸ポケットにいつも入れている写真を取りだし、まだ幼い我が子の笑顔を見た。




