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花蜜病

私のつがい、今すぐに名乗り出てください!〜花蜜病で死んでしまいます!〜

作者: 川奈あさ

 


 リズは焦っていた。


 リズの胸に「花蜜病」の印である痣が浮き出てから一週間が経過していた。

 つがいとなる相手にも既に痣は出ているはずだ。痣が出たらすぐに手続きをすることが義務付けられているのに。


「どうして名乗り出ないのよ!あなた死んじゃうわよ!」


 相手に聞こえるわけもないのにリズは叫んでしまうのだった。



 ・・


 花が咲き乱れる小さな島国。

 かの国には決して立ち寄ってはいけないよ、恐ろしい奇病があるからね、と近隣の国では言い伝えられている。


 その噂は本当で、この国には「花蜜病」という奇病があった。


 発症確率は低く、年に数組。

 組とはいうのは、必ずペアで発症する病気だからだ。


 花蜜病は人間が花に変わってしまう病気だ。

 最初は香水のように花の香りが患者に纏い始め、進行すると涙や汗が花びらに変わり、末期になると身体中に花が咲き誇り、最後には花が全て散りそこにいたはずの人間ごと消えてしまう美しくて恐ろしい病気だ。


 しかしこの病気には治療方法がある。


 必ずペアで発症するこの病気、花の症状が顕れるのは「フローラ」と呼ばれる片方のみ。

 もう片方の「アピス」は病を患うのではなく、フローラの特効薬となる。

 アピスがキスをすると、フローラを花に変えていく毒素を吸い出す事ができた。アピスには毒はうつらない。それゆえに「花蜜病」と呼ぶ。


 完治することはないが、アピスと共に過ごし定期的にキスをすることで症状を抑えることができる。


 もう百年以上も続くこの病を国民は受け入れており「花蜜病」を患った者は国に保護され、男女関係なくペアを結婚させることが法律で決まっていた。

 アピスにはリスクがないこの病、アピス側がフローラ側に多大な見返りを求めたり、気に入らないことがあると見殺しにすることが長い歴史の中で繰り返された。それを防ぐための法律だ。

 長年研究は進められているが、未だに病気については解明されておらず、解決策とはいえないが対処策として結婚が採用されていた。


 これはそんな奇病「花蜜病」によって引き起こされる男女の小さな恋物語たち。


 ・・




 伯爵令嬢のリズ・オルグレンの結婚が数カ月後に決まった。

 相手は商社を経営している資産家の息子。オルグレン家は爵位を持つものの領地は資金不足による経営難、お互いの利害が一致したよくある政略結婚だ。


 両家の顔合わせが終わり、帰宅したリズは執事のノエに愚痴をこぼしていた。


「本当に結婚する日が来ちゃったのね」

「そうですね」


 リズが自室のテーブルに顔を突っ伏していると、ノエがお茶を出してくれた。リズの好きなミルクたっぷりのアッサムティーだ。


「でも家のため、それからお金のためだから仕方ないわね」

 リズはいつもこうやって自分に言い聞かせている、この結婚は仕方ないと。


「彼はすごくお金持ちなのよ、この貧乏生活ともおさらばだわ!」

「お嬢様はいつも貧乏が嫌だと愚痴ってましたからね」

「これからはこの私に似合う豪華絢爛な生活が待っているわ」

「豪華絢爛ねえ、ドレスが破れても自分で繕って使い続ける人が」


 ノエは片眉を上げて軽口を叩いてくるが、いつもみたいに言い返す気が今日は起きない。拗ねた口調でリズは続けた。


「ノエは一緒には来てくれないんでしょ」

「同世代の若い男がお嬢様付きの執事なんて、先方はいい気がしないでしょうからね」

「それは……そうだけど」


 ノエはリズの三つ上の青年で、婚約者よりも遥かに顔が整っている。確かにノエを連れてきたら気を害すかもしれない。


 ノエの父が住み込みでオルグレン家の執事長を務めていたので、リズとノエは幼なじみのように兄弟のように育った。


 リズが生まれてからの人生はずっとノエがいた。初めてリズの手を握ったのはノエだったし、遊びも勉強も教えてくれたのもノエだった。

 幼い頃のノエが、父のマネをしてリズの執事ごっこをしていたら、ごく自然にそのまま本当のリズ付きの執事になった。リズが熱烈に希望したからだ。


「お嬢様はどこにいたって明るく過ごせますよ」

「うん、そうね」


 ノエがいない場所でこんなに明るく過ごせるかしらと言う言葉は飲み込んだ。


 リズがいつも楽しく過ごせるのは、話をいつも聞いてくれるノエがいるからだ。嬉しいことも嫌なことも腹立つことも全部ノエに共有してきた。

 これからは誰に話せばいいのだろうか、ああ、夫になる人か。


 ノエがいないと嫌だ、と簡単に言葉に出せないのは、ノエへの感情が兄弟や幼なじみや、ましてや執事に対しての物ではないからだ。

 三歳のときに遊びでキスをしたことは未だに覚えている。それからキスの経験は一度もないが、本当はこの先もノエ以外としたくはなかった。


 何も考えずに二人で楽しく遊ぶだけの頃はよかった。

 結婚を意識する年齢になると、そういうわけにもいかない。どれだけ一緒にいてもリズとノエは結婚はできない。

 彼への気持ちを封じ込めるために、リズは何度も自分に言い聞かせるために言葉にしていた。


「お金持ちがいいの、お金持ちじゃないと嫌だわ」

「それから、金髪がいいわ」

 ノエが茶髪だから。

「目の色はブルーがいいかしら」

 ノエの瞳がグレーだから。


 常日頃そうやって言葉に出しているものだから、リズの父も願いを叶えて資産家の金髪碧眼を探してきてくれたのだろう。文句は言えなかった。



 ・・


 翌朝、リズは目を疑った。胸に六角形の痣が出来ている。六角形、蜂の巣の形のこの痣は花蜜病のアピスの紋章だ。


「嘘……」


 この国の誰もが、痣ができた場合の対処法を知っている。花か六角形かどちらかの痣が現れたら国に届け出る義務がある。リズは大声をあげた。


「大変! ノエ!ノエ、来て!」



 そこからオルグレン家は大騒ぎになった。

 なにしろ昨日結婚が決まったばかりである。念のため、婚約者の胸元も確認してもらったが彼の胸にフローラの印である花の痣はなかったようだ。


 国の法律で決められていることなので先方も文句を言わなかった。婚約は破棄になるだろう。

 婚約者との手続きは父に任せ、リズは王城へ行くことにした。申請手続きをしなくてはならないからだ。もちろんいつものようにノエも連れて。


「それにしても驚いたわ、まさかこのタイミングでアピスになるだなんて」

「本当に驚きました」


 ノエの顔色は悪い。朝から大騒ぎになって、彼も朝からやることが山積みだったようだ。


「婚約破棄になるわね」

「残念でしたね」

「そうね、理想通りの人だったもの」


 ノエと正反対になるように作られた理想の人ね、と心で付け加えた。


「でもどうせ新しい結婚相手が決まるわ。

 ……せっかく最高の相手が見つかったのにね」


 結婚しなくていいんだ!と一瞬喜んだ。


 しかし花蜜病ならば必ず結婚をしなくてはいけない。

 父がリズを想って選んだ相手と違って、勝手に組み合わされた相手というのはかなりギャンブルではある。昨日までの相手よりずっといいかもしれないし、絶望するかもしれない。


 王城の市民窓口に行き、窓口の男性の指示に従いアピスの手続きをした。

 リズのつがいとなるフローラはまだ申請をしていないようだった。

 気が焦るリズは、もしかしたらフローラがこの窓口に来るかもしれないと思い三十分程待ってみたが、フローラは現れなかった。

 相手側の申請があり次第、リズに連絡が来るとのことで一旦帰宅した。


 帰宅したリズはいつものようにノエに紅茶を入れてもらい、話を聞いてもらう。


「どんな相手なんだろう」

「ソワソワしてますね」

「そりゃそうよ!ランダムに相手が決まってしまうのよ」

「どんな相手がいいですか」

「それはもちろんお金持ちよ!」


 そう言ってからリズは思った。今まではノエと正反対の相手を挙げていたが、彼と似た男性の方がいいかもしれない。

 いや……ノエと似た男性であれば、ノエを重ねてしまって切なくなるだろうか。


 ノエでないなら誰でも同じなのだから。



 ・・


 リズはソワソワしながら毎日国からの便りを待っていたが、一週間しても音沙汰はなかった。


 最初はどんな相手か早く知りたくて気が焦っていたのだが、今はそれよりも相手が心配でならなかった。


 この花蜜病、アピス側にはリスクはない。つまり相手が名乗り出なくてもリズの健康になんら問題はない。

 しかし相手はどうだろうか。同じ時に痣は現れ、病は発症すると言われている。

 いつから病状は進行して、いつ死に至ってしまうのか。

 まだ見ぬ相手の状況を考えると不安になる。この国の者であれば一度はフローラになった時のことを想像する。身体が散っていく悪夢を見たこともある。


 それを考えるとリズは居ても立っても居られなかった。ノエを連れてまた王城へ向かうことにした。


 自室から階下に降りるとリズの父が見えた。リズは駆け寄り、父に尋ねた。


「お父さま、今日も便りはないのかしら」

「そうみたいだな。もしかすると相手の方はずいぶん前に亡くなっているのかもしれない」

「そんなことがあるの?」

「うーん、わからない。でも名乗り出ないなんて普通はありえないだろう」

「そうね……」


 考え込んだリズに父はそういえば、と続けた。


「婚約の件なんだが、先方はリズのことを大変気に入っていてね」

「あらそうだったの」

「このままフローラが見つからなければ、婚約を破棄せずそのまま結婚したいと仰っているんだ」

「ありがたいわね。でも今はそれより私のフローラよ。大丈夫なのかしら……このままだと死んでしまうわよ」


 口に出すとますます心配になってくる。後ろに控えているノエを見ると彼も難しい顔をしていた。ノエはいつもリズと一緒に考えてくれているのだ。


「じゃあお父様、ノエともう一度王城に行ってくるわ」



 ・・



 王城の窓口で話を聞いてみたが、フローラの申請手続きはまだされていないようだった。窓口担当も過去に同様の例がなく戸惑っていた。


 帰路、リズは考えていることをノエに共有することにした。考えがまとまらない時はいつもノエに話した。話しているうちに自分の中で整理され、方向性が見えることもあるのだ。


「ねえノエ、もしかして私のフローラは痣に気づいてないんじゃないかしら」

「そんなことありますかね」

「ないかあ。あ、もしかして私の胸にあらわれた痣が、偽物だったとか?」

「それもないでしょうね」


 今回の話は、整理するまでもなく全てあっさり終わってしまった。


「この病について詳しいことは知らないのよね。花が咲き乱れて最終的に死に至ることは皆知っていると思うけど」

「確かにそうですね」

「今から図書館に行ってみない?花蜜病の文献もあったはずよ」

「ああ、すみません。これから用事があるんですよ」


ノエは残念そうな表情を作った。


「また?」

「お嬢様が結婚されることになってから、他の仕事が増えましたから」

 

 リズが嫁いだ後、彼は父の跡を継ぎ、オルグレン家の執事長になることは聞いていた。

 その話通り、リズの顔合わせが終わってからノエは頻繁に姿を消していた。声をかけようと思っても見当たらないことが多い。いつもは後ろにピッタリついてきてくれたのに。

 結婚後はこれが当たり前になってしまうのだから、慣れなくてはいけないのだけど。



「それじゃあ図書館はまた今度にするわ」

「そうですか……すみません。私はここで失礼します」


 ハンカチで顔を拭きながらノエはそう言うがいなや、すぐに立ち去ってしまった。トイレにでも行きたかったのだろうか。


「あら、ノエ何か落としたわよ」


 ノエのハンカチから何がひらりと落ちてきた。白い小さな花だ。



 ・・



 帰宅したリズはノエの部屋に向かっていた。


 ノエの父から聞いた話に疑問を感じていたからだ。


 彼曰く、ノエの仕事はまだ何も増えていないらしい。リズがいる間は今のままでと彼自身から要望があったそうだ。


 それなのにどうして最近姿を消すのか、なぜ嘘をついてリズを避けているのか。気になることがあると直接聞きたくなるのがリズの性分だ。


 ノエの部屋でノックをするが、返事はない。少し扉が開いている。花の香りがする。


「ノエ、いるの?」


 ノエはそこにはいなかった。きっちり整頓された部屋だが、いつもと違うのは花束がいくつか置いてある。どれも白いすずらんだ。束になったすずらんは水色のリボンがかかっていて清楚で可愛らしい花束だ。


「なにこれ」


 最近見かけないと思ったら、こんな花束を作っていたのか。

 そういえば最近彼から甘い匂いがしたのを思い出す。

 もしかしてノエは恋人ができてしまったのではないだろうか。その香りだろうか。だから最近見かけないのかも。


 ……いや、違う。

 彼の恋人を想像して一瞬胸が痛くなったのだが、もう一度部屋の雰囲気をみてリズは違う、と思った。


 これはまさか……。嫌な予感がじりじりと背中をはいあがってくる。


 花束に使われている花は全てすずらんだ。そして部屋にはいくつもすずらんが落ちている。机のにも、ベッドの上にも。部屋のあちこちにすずらんばかりが。



 まさか……まさか……!


 彼がそうだといいなとは、リズに痣が浮かんだ朝、少しだけ願った。

 でも、一週間たった今は違う。


 リズは屋敷を飛び出した。ノエは今どこにいるんだろう。早く彼に会わないと、手遅れになる前に。焦りから足がもつれそうになるけど、必死に動かした。急がないと……!


 身を隠すならきっとあそこしかない。

 幼い頃に二人でよく過ごした湖のほとりだ。リズは走り続けた。


 屋敷の裏手の小道を進んだところにあるこの場所はめったに人がくることはない。リズは涙が出てしまいそうなときはここでこっそり涙をこぼした。そんな時も隣にはもちろんノエがいた。



「ノエ!」


 息を切らして湖にたどり着くとやはりノエはここにいた。ノエは湖をみながら静かに座っている。


「お嬢様」


 リズに気づいてノエは振り向く。彼の近くにすずらんがいくつか落ちていてドキンと心臓が鳴る。彼の身体には……生えてはいなさそうだが。


 ズカズカとリズはノエに近づき、隣に座り込むと彼のシャツを無理やり開いた。


「ちょ、何するんですか! ……やめろって」


 子供の頃のような口調でノエは抵抗するが、もうシャツはリズの手によって開かれいる。


「やっぱり……」


 彼の胸には小さな痣があった。花の模様はすずらんだろうか。



「ねえ、どれくらい症状は進行しているの?」

「汗の代わりに花が落ちるくらいですよ」

「部屋を見たわ」

「……もう少し進行していますね、花が生えます」


 ノエは腕を差し出した。先程は気づかなかったが、肘から一房すずらんが生えている。


「気味が悪いでしょう」

「どうして国に申請しなかったの?」


 リズは怒りで言葉が震えた。こんなになってまでどうして我慢をしたのか。一週間彼を襲った恐怖を思うとさらに声は震えた。


「お嬢様の結婚を邪魔したくなかったんです。ずっと願っていた理想通りの人でしょう」

「そうだけど……」

「私と結婚したら、貧乏生活のままですよ」

「そんなことどうだっていいわ。それよりも自分を大切にしてよ。このままだと死んじゃうのよ!」


 怒りと同時に深い恐怖が襲ってきた。誰よりも大好きなノエが死んでしまうかもしれなかったのだ。怒りなのか、悲しみなのか、恐怖なのか、全てが入り混じった涙がこぼれてきた。

 口癖のように、ノエと正反対の理想の結婚相手を語ってきた自分への怒りも湧いてきた。私がノエを追い詰めてしまっていたのだろうか、と思うとこぼれた涙は止まらない。


「すみません……」

「謝るなら今すぐキスをしてよ」

「ですが」

「これは命令よ!」


 リズが泣きながら喚くと、あやすように優しい手がリズの頬に触れた。そしてノエはこわごわリズの唇に触れた。

 すぐに唇が離れて、リズはすぐにノエの肘を確認した。まだすずらんは生えている。


「もっとして!」


 ノエは今度は何も言い返さなかった。涙で濡れた頬を優しく拭ってもう一度キスをした。今度はすぐには唇を離さなかった。


「よし、とりあえず肘のは取れてるわね」

「あはは」


 唇が離れた瞬間に肘を確認したリズにノエは笑った。確かに勢いが良すぎたかもしれないが、笑うことはないだろうとリズはむくれる。


「どうしてこんなことしたの? そんなに私とキスしたくなかったのかしら!?」


 いつもの調子を取り戻しながらリズは声を荒げた。


「まあそうですね、したくなかったですね」


 ノエはあっさり答えるから、リズは黙り込んで本気で落ち込んだ顔を見せる。

 そんなリズの顔に、ノエは両手を伸ばして優しく撫でた。


「だから嫌だったんですよ」

「何が」

「一回したら戻れなくなるから」

「えっ?」


 そしてもう一度ノエはリズにキスをした。大切に頬を両手で包みこんで、宝物を扱うみたいに、そっと、何度も。


「これだけしたらもう大丈夫でしょう」


 しばらくキスをした後にサラリと言ってリズから離れた。リズを見ると涙目で茹でダコのように真っ赤になっている。


「うーん、俺が大丈夫じゃないな」


 そうつぶやいてノエがもう一度キスをしようとするから、待って待って!とリズはギブアップした。キスの前に聞きたいこともある。


「そんなに私と結婚したくなかったの」

「いや……」


 ノエは俯いてなんといっていいか悩んでいるようだ。しばらくしてから口を開く。


「貴女は触れていい存在ではなかったので。結婚なんてとても思いつかなくて」

「ただの貧乏令嬢よ」

「それでも貴女が生まれたその日から私の主は貴女だけですから」

「バカじゃないの!?こんなに花を咲かせてまで……」


 その場に落ちている花を見ると、また恐怖と涙が込み上げてくる。

 本当に馬鹿な話だ、こんな危ない目に合うなんて。


「ノエ、私と結婚してくれる?」

 震える言葉と一緒にまた涙がこぼれた。


「結婚相手がお金持ちかなんてどうでもいいの。金髪碧眼はもっとどうでもいいわ。ノエと結婚できないのなら、あとはもう誰だって同じ。

 ノエのことだけがずっと好きなの。本当は結婚したい相手はノエしかいない」


 いつもノエの前では素直でいられなかったのに、ノエがいなくなってしまう恐怖を前にしたら全て打ち明けてしまいたくなった。


 こんなにも大切で大好きなのに、ノエはリズの前から消えてしまうかもしれなかったのだ。花が散るように。


「ごめん、リズ。俺が悪かった」


 子供の頃のようにノエはリズと呼んだ。そのまま肩を抱き寄せられる。


「もう症状を隠さない?ちゃんとこれからはキスしてくれる?」

「うん」

「花蜜病は義務なんだからね! ノエが嫌でも結婚しないといけないんだからね」


 リズはそう言ってノエにしがみつくが、ノエに引き剥がされてしまった。やはり嫌なのだろうかと不安になって、上を見上げるとまたキスが降ってきた。


「義務だけど……あなたは嫌じゃない?」


 恐る恐るリズが聞くと、なんでそう思うかなと呟きながらまたノエはキスを落とそうとする。


「ちょっと待ってよ!」


 唇を手のひらでガードすると、ノエは手のひらの向こうで笑っている。


「可愛い」

「私の顔が可愛いのは当たり前のことよ」

「顔も可愛いけど、全部可愛い、ずっとリズだけが可愛い」


 熱に浮かされたようにそう言ってまたキスをした。これがもう治療行為でなく、彼の恋心だと伝わったリズは受け入れることにした。



 ・・


 しばらくキスをした後、我にかえった二人は並んで湖を眺めていた。


「ノエはフローラの申請をせずに死ぬつもりだったの?」

「俺がフローラだとわかったら、リズは俺と結婚する羽目になるだろ」

「当たり前じゃない。死んでしまうのよ!」


 リズがまた怒りながらノエを見ると、彼は頼りない表情で笑ってみせた。


「リズの理想の結婚を邪魔したくなかったんだ。それにフローラになる前から俺は死ぬつもりだったし」

「えっ!?」

「リズがいなくなる生活には耐えられないからね」


 なんでもないことのようにノエは恐ろしい発言をしている。

 いつものように軽口を叩きながら、その裏で彼は人生を諦めていたというのか。リズと離れるのが嫌だというだけで。


「じゃあ嫁入り先についてきてくれたらよかったじゃない」

「正気か?どうせ昨晩キスされただとか報告してきただろ」

「……そうかも」

「気がおかしくなるよ」

「どうして?」


 リズの質問に、ノエはあきれたような笑い声をこぼした。


「いや、わかるだろ。好きな女のそんな話聞きたくないだろ」

「ノエは私のことが好きだったの?」


 リズは水分をたっぷり含んだ瞳でノエに質問した。まっすぐリズに射抜かれてノエは少し狼狽えながら答えた。


「わかるだろ」

「でもまだ好きと言われていないわ」


 その言葉にハアとため息をついたノエは、リズの頬に手を触れて――リズにその手を払われた。


「キスでごまかすの禁止」

「ごめん」


 ノエの目が泳ぐ。照れているらしい。いつも飄々としているこの男の初めて見る顔だ。


「リズのことがずっと好きなんだ」

「もう死のうと思わない?」

「うん、遠慮するのはやめた。もう諦められない」


 ノエの手がまた伸びてくる。リズは今度は振り払わなかった。

 誤魔化しではなく、素直にリズを求めている手だったから。


「俺と結婚してもらえますか」

「ふふ、義務だからね、花蜜病の」


 素直になれず未来を諦めていた二人を結びつけてくれたすずらんが白く輝いている。



 fin


花蜜病はシリーズとして、

自分のすきな組み合わせを書きたいと思っています。

今回は伯爵令嬢と執事のカップルでした。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] いいです…何か凄くいいです…。キュンキュンです。諦めようとしたノエだけど間に合って本当に良かったです。このシリーズ是非とも続けて頂きたいです
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