後編
「──菊川さん、そんな急いでどうしたの?」
二軒目の家に着くと、一軒目の老婦人がいた。彼女も二軒目の老婦人を訪ねてきてた様だった。
「木梨さんに用があってな。さっき訊ねた時は留守だったんだが戻ってるかい?」
菊川が言うと老婦人は首を捻りながら言った。
「いや、留守みたいだよ。だけど、おかしいね。木梨さんと午後から出掛けるって約束してたのに。忘れちゃったのかしら?」
長谷川と菊川は顔を見合わせ、強引に扉を開けようとした。すると背後から声を掛けられた。
「──あんた達、人の家の前で何やってるのさ?」
背後から声を掛けられ、振り向くと眉尻を釣り上げた初老の女性が立っていた。
「あら、木梨さん何処行ってらしたの?」
どうやらこの人が木梨さんだったらしい。長谷川と菊川は早とちりをした事に気が付き、顔を真っ赤にして俯いた。
「──そう言う事だったの。でも、どうして私の家が狙われると?」
「この帳面を見てください」
そう言って、長谷川は子供から借りた帳面を見せた。
「この○、●、△が家族構成、◎が目当てのものがあるかではないかと思いました。先日、この先の家が空き巣被害に遭われましたよね? その家にも◎が書かれていました」
長谷川がしどろもどろに説明すると、木梨婦人は納得してくれたものの、怪訝そうだ。
「でも、家に盗まれるようなものなんてないのに」
「盆栽です」
「盆栽? 空き巣と盆栽に何の関係があるの?」
彼女は更に首を捻った。
「はい。印のある家は盆栽の会に参加していました。犯人は何らかの理由で盆栽を探しているのではないでしょうか? 何か盆栽に関わる事で気になる事はありませんでしたか?」
木梨婦人は首を傾げると何か思い当たる節があったらしい。
「そう言えば主人が盆栽の土に誰かが悪戯をしたようだと言っていたわね。ちょっと待ってて」
そう言うと婦人は家の中に入り、何かを持って戻って来た。
「鍵、ですね」
婦人の手には布に包まれた古びた鍵があった。
「土に掘り返した様な後があってね。そこから出てきたの」
「きっと空き巣はそれを探しているのではないでしょうか」
木梨婦人は半信半疑であったものの、その鍵は交番へと届けられた。
その後、その鍵は盗品の隠し場所の鍵だと判明し、強盗も木梨家に盗みに入ろうとしたところを無事逮捕され、盗品も発見されたそうだ。
「──何でも、逃げる途中に盗品とは別に隠したらしい。それが偶々開かれた盆栽の会の会場でな、盗っ人が戻って来たら盆栽もなくなって焦ったらしい。そこで、聞き出して探しに来たんだと」
店の軒先に座り話す菊川は茶を啜った。その顔は未だ晴れない。
「まだ、何か気掛かりな事でも?」
「いや、かやさんを訪ねてきたのは盗っ人じゃなかったのは分かったんだがな。何者かってのが気になってね」
元々菊川はその事を長谷川に相談したのだ。かやの家には落書きもなく、盆栽もなかった。先日の客人は今回の一件とは無関係であると証明されたのだ。しかし、あれから訪問も無かったので気になっているらしい。
「──御免下さい」
不意に店の入り口の方で声がした。二人が顔を覗かせると隣家──かやの家の前に背広姿の若い男が立っていた。身なりもだが、品の良さそうな男である。
「蓮見さんはいらっしゃいますか?」
そう尋ねる青年の顔は何処は緊張している。
「どちら様ですか?」
そう声がして、戸が開を開いて現れた老婦人──かやは目の前の青年を見て目を瞠った。
「真澄さん? いや、そんな」
彼女は口元を両手で覆い驚きを顕にした。
「真澄は祖父です。私は孫の真一。お初にお目にかかります、お祖母様」
そう言ってはにかんだ彼を見て、かやは更に驚き、涙を浮かべていた。
──実はかやには亡くなった夫との間に一人息子がいたのだ。しかし、婚家を追い出される際、跡取りとなる息子は一緒に連れて行く事が出来なかったそうで、泣く泣く置いてきたらしい。
数年前、かやを追い出した張本人、真一の曾祖母が他界。それから孫の真一は父の為に各地を探し、漸く彼女を見つけ出したとの事だった。
✧✧✧
「──そのかやさんは息子さん達と暮らすのかい?」
長谷川が『長谷川植物研究所』に戻ると当然の様に寛ぐ美青年──相馬が待っていた。彼にこの話をしてやると彼はそう訊ねた。
「いいや、気楽だからと、今まで通り一人暮らしをしていくそうだ」
「そっか」
長谷川が彼の問に答えると、興味を失ったのか、庭に視線をやった。長谷川も彼の視線の先を追う。
何時の間にか小さな桜は満開となっていた。