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隣家の客  作者: 空色
2/3

中編

 


「──あら、お帰りなさい。そちらは?」


 長谷川は菊川に引っ張られるまま店までついていくと菊川の女房・さえが出迎えてくれた。


「長谷川さんだよ。実はこの間の件で来てもらったのさ」


 何故か自慢げな菊川に長谷川は長い前髪の隙間からジト目を向けた。


 ──確かめられるか分からないと言ったのに……。


「まあ! あんたご無理を言ったんじゃないだろうね?」

「いや、長谷川さんは快く引き受けてくれたんだよ!」


 眉尻を釣り上げるさえに菊川は胸を張った。若干抗議したい気持ちになったものの、長谷川はぐっと堪えた。


「ええ、菊川さんには何時もお世話になっていますし。早速ですが、例の落書きのある場所に案内して頂けますか?」

「おう! 子供等が詳しいんでね、呼んで来ますよ!」


 菊川はそう言って店を慌ただしく出て行くと、数分後、子供を5人連れて戻って来た。


「──待たせましたな! この子らが他の落書きを見つけたんだ。お前たちこの兄ちゃんに落書きの事を教えてやってくれ」


 すると、真ん中の子供の一人が帳面を取り出して見せてくれた。


 ──これはこれは……。


 長谷川は感心した。それは下町の地図の様で、二股に分かれた道と家、○や△、✘といった記号も書かれていた。印がある家は5件程度。丁寧に書かれておりとても分かりやすかった。


「盗みに入られた家にはどの落書きがあったのですか?」

「これだよ」


 一番年長の子供が地図を指差した。そこには○と◎の印が書かれていた。その他の家にも似たようなマークがちらほらある。


「何か分かりますか?」


 菊川が期待を込めた瞳で長谷川を見た。子供達もじっと長谷川を見る。気不味くなった長谷川は咳払いをしてから口を開いた。


「気になる点はあります。君、少し帳面を貸してもらえるかな?」


 長谷川が尋ねると子供は真剣な顔で頷いた。



 ✧✧✧



 長谷川は菊川と帳面を頼りに菊川の家から印のある5件を順に周ってみることにした。


 ──1件目


「──気になる事ねぇ?」


 菊川の家から6件先にその家はあった。鋳物屋の老夫婦が二人で暮らしている家だ。表札付近には●と○、✘の印が書かれていた。長谷川達が訊ねた時、家にいたのは老婦人のみであった。


「空き巣の事かしらねえ? ほら、隣町でも強盗があったって話だし、最近物騒になったわねぇ、って主人と話してたの……」


 ──話が、長い! 他の4件もこの調子なのか?


 長谷川は一軒目にも関わらずうんざりとしてしまった。良く喋る老婦人であったものの、落書きは気が付いたらあったというくらいで手掛かりになりそうな事は聞けなかった。


 ──2件目


 ○と●、◎の印がついた2件目は留守だった為、話は聞けなかった。


 ──3件目


 入り口の軒先の盆栽の下に○、▲、△、✘が書かれている家だった。此処では陽気な婦人が出迎えてくれた。


「空き巣の事かしらね。そう言えば、丁度主人が隣町に行ってた時に強盗があったって! 後から場所も近かったらしいって聞いて、逃げた強盗に鉢合わせしなくて良かったわねって……」


 等々と話してくれたものの、一軒目の同様落書きの事はわからなかった。


 ──4件目


 菊川によると此処には今は元大工の棟梁をしていた老人が一人で住んでいるらしい。帳面にある様に、入り口付近に小さく○、✘の印が描いてあった。


「おう! 菊川の、何をしてんだい?」


 長谷川達に気が付いたのか、元大工の老人は玄関から顔を覗かせた。


「この間の件でな。ちょっと調べて貰ってんだ。話したろ、この人が長谷川さんだ」

「おお、この兄さんがねぇ!! 何でも聞いておくれ!」


 菊川がどんな説明をしたのか分からないが、元大工の老人は長谷川に協力的で、早く帰りたい長谷川には有り難い。


「では、お言葉に甘えて。最近、何時も違う事や何か気になる事はありませんでしたか?」

「違う事?」


「うーん」と考え込んだ。軒先に目を向ける。そこには盆栽が一つ置いてあった。


「知らない男に盆栽の事を聞かれたな」

「盆栽?」

「おう! 隠居してから盆栽に嵌ってな育ててんだが、立派な盆栽だから何処で買ったのかってな。まぁ、関係ないだろうが」


 そう言ってカカカッと笑い声を上げた。

 大工の老人から話を聞き終えると長谷川達は5件目へと向った。


 ──盆栽、そう言えば……。


 長谷川は前の3件を思い返していた。


「彼処が5件目ですよ。因みに彼処の家が空き巣に入られた家です」

「あの、盆栽の鉢を割られていたという?」

「ええ、そうです」


 5件目に着くと家の前には一人の老人が待ち構えていた。


「おお! あんたが長谷川さんかね」


 喜色を含んだ表情で出迎えた。長谷川が驚いて一歩引き、間に菊川が入る。


「爺さん出迎えは有難いんだが、長谷川さんがびっくりしてるじゃないか」

「儂の盆栽を割った奴を捕まえてくれるって話だろう? 是非とも強力させてもらいたくてな」


 ──話が変わってる!?


 ぎょっとする長谷川の横で「おお、そうでしたか!」と菊川と老人の話は勝手に進む。ハラハラとしているとくるりと老人が長谷川を見た。


「で、長谷川さん何を聞きたいんで?」

「盆栽の事をお聞きしたいのですが」

「盆栽?」

「空き巣の事じゃねえんですかい?」


 老人も菊川も首を捻る。


「何時もは何処に置いてらっしゃるのか、とか」

「何時もは軒先に置いてたんだがな、丁度台座が壊れちまって家の中に置いてたんだ。直す部品を買いに行ってる間に盗みに入られたのさ。折角、この間の盆栽の催しものの会で、一番になったっていうのに悔しくってさ」


 悔しげな老人の様子に長谷川は目を瞬かせた。


「町内会に盆栽の会の様なものがあるんですか?」

「ええ、そうですよ。お遊戯みたいなものですが、この間は品評会と称して隣町まで行っていました」

「他の参加者を教えていただけませんか?」


 長谷川が喰い気味に訊ねると老人は驚きながらも帳面を指差して教えてくれた。


「長谷川さん! これは」


 菊川にも伝わったらしい。長谷川は急いで来た道を戻ろうとした。


「待った、長谷川さん何方に行くんで!?」

「何処へって、さっき訊ねた家に戻るんです」


 慌てて菊川に止められ長谷川は首を捻る。


「もと来た道はとこっちです」


 そう言って菊川はもう一つの道を指した。


「ここいらは似た家が多くて迷うんで」


 そこで長谷川は再びはっとした。








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