二つの世界と二人と二匹
乳白色の湖の前に、一人と一匹が立っていた。
リステの林を抜け、タピ丘を越え、ナタ・デ・コ湖へと辿り着いた。
占い婆のマグの卦に、この場所で何かが起きるらしいことがわかっていた。
が、すでに一時間を経過していることもあり、少年ヤークは彼女の占いもアテにならないなと思い始めた頃、それは起こった。
「〈時空震〉だ! フロッグ、気をつけろよっ!」
ヤークが相棒のしゃべるカエルのフロッグを見る。
小型犬サイズの黄緑色のカエルは、ヤークの手をつかもうと、ベロを伸ばした。
時間と空間を揺るがす震動を時空震と呼ぶ。
アルフォス大陸では、稀に見られる現象であるが、巻き込まれると、どこに飛ばされるかわからないし、下手すると数年が経過していた事例もある。
中天にあった太陽は、卵の黄身のようにグニャリとつぶれ、色彩の嵐が巻き起こった。
次にヤークが目を覚ました時は、真夜中だった。
近くには、水瓶から水を注ぐ女神の彫像の噴水があり、ヤークの世界の湖と、この噴水とが一時的に繋がったようだった。ずぶぬれのヤークは、辺りを見回すと十メートルほど先には相棒のフロッグがのびていた。
少年は安堵の息をつくと、自分たちが、どうやら高い城壁に囲まれた場所にいるらしいことに気づく。篝火が規則的に配置された場所で焚かれ、何者かの侵入を警戒しているようであった。
(とにかく、着いたんだ)
ヤークがホッとした瞬間――
「動くな!」
喉元に白刃の長剣が当てられていた。
(動けない……)
少年は腰が抜けていた。
まだ若い女の声だった。
「武器は持っていないようね? ゆっくりと後ろを振り向きなさい!」
ヤークが喉元の刃に気をつけ、彼女の方を振り向く。
そこには、月を背にした美少女が立っていた。もちろん、物騒な長剣付きで。
髪は肩まで切り揃えた豪奢な黄金色で、純白の動きやすそうなドレスに身をまとっている。着ている服が高価そうなので、貴族の娘かも知れない。
「魔族がここまで、入り込むなんてね」
魔族が何かわからないが、ヤークはニュアンスから敵対している存在だと、当たりをつけた。
違う世界なのに、言葉が通じている。
チャンスだ。
異世界から来たという話は、信じてもらえないかも知れないが、敵意がないことだけはわかってもらえそうだ。でなくば、いきなり殺されていただろうから。少なくとも、会話する意志はあるらしい。
「難攻不落のダナン城へ、ようこそ! それで、狙いは私の命――それとも、お父さまの首?」
ヤークとフロッグが入り込んだ時点で、ダナン城は難攻不落ではなくなったが、彼女なりの嫌みで、少年に詰め寄る。
かなり、ヤークたちの立場は悪そうだ、
仕方ない。
とりあえず、会話を試みよう。
「オイラの名前はヤーカート・ピノッキオ。皆んなはヤークって呼ぶだ。ここに来たのは、迷っちまっただけで、すぐに出ていくだ! それに、魔族なんかじゃねぇし、オイラは人間だ!」
返答を期待したわけではなかったが、目の前の少年は自己紹介までしてくれた。魔族のように見えて、実は妖精か何かの類いかも知れない。
「素敵な自己紹介をありがとう、ヤーク。私は、ダリア――この国の王女よ。でも、あなたが人間ねえ!?」
ダリアが懐疑的なのは、無理からぬことだった。
なぜなら、ヤークの髪は若草色で、肌は木の表面にニスを塗ったかのようだったからだ。服装も白いカッターシャツにデニム地の半ズボンという格好だ。該当する魔族はいないが、不安要素は取り除いておきたい。
それがダリアの決断だった。
「決めたわ、ヤーク。あなたが何者かわからないけど、死んでもらうわ!」
(まだ、死にたくないな。やりかけのジグソーパズルとかあるし)
あまりのショックに、考えがマヒし始めたヤーク。
ダリアが首を刎ねるため、一旦剣を引く。
「悪く思わないでね。魔族との戦争中に、ダナン城へ忍び込むあなたが悪いのよ!」
渾身の力で、剣を振り下ろすダリア――
シュルルッ!
だが、その一撃は相棒のフロッグの長く伸びる舌によって、食い止められた!
新連載はじめました。
昔、連載してましたがデータが残ってなく。
不定期更新ですが、ブクマが増えたらがんばろうかな?
ではでは(ΦωΦ)ニヤリ