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シロマル  作者: 今村
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日常。

 「国民の皆様、昨日の党本部発表によりますと、我が軍は連戦連勝。敵の重要拠点であるアメリア市に迫る勢いです。」

 何度も耳にしたような報道官からの発表が、外に設置されたオープンテレビから聞こえてきて僕は目を覚ました。初めの頃は勝利の発表を聞くたびに喜んでいたけれど、今ではすっかり聞き慣れてしまっていた。

 時刻は午前7時。大学に行くまではまだ時間がある。どうせ1時間目からエルバ教授の退屈な政治史の講義を聞かなければならないのだからもう少しゆっくりしていたい。

 下の階からご飯の支度が出来ましたよ、というメイリィおばさんの声が聞こえた。降りていくと他の寮生達は既に席についていた。

 キオ君、おはようというおばさんの声が聞こえて、僕はにっこりと笑っておはようと返した。いつも通りの1日が始まる。

 僕の住んでいるこの国、リーザ共和国では子供は5歳になると『小国民』とみなされ、全員全寮制の初等学校に入学する。その後義務教育過程である中等学校、高等学校へと進み、高等学校での成績次第で「研究者」と「労働者」に振り分けられる。「研究者」とはその名の通り、大学まで進んで選択をした分野での研究を行う者達だ。「研究者」としての道を歩むことで大学卒業後の進路は約束されているから、みんな一緒懸命頑張る。特に今は隣国のロレンヌ王国と戦争中だから、軍事関係の職業が人気だ。「軍事関係」と言っても現場で戦うなんてことはなく、多くは後方で安全に出世していく。

 勉強の出来によって就くことが出来る職業は変わってきちゃうけど、このシステムのおかげで僕の国は世界でも最高水準の教育普及率を誇る。そんなことは初等学校で習う常識だった。

 「聞いたか、キオン。また俺たちの国がロレンヌ国民を解放したらしいぞ!」

 席に着くなり嬉々として話しかけてきたのは3つ上のメイザー先輩。とても優秀で既にミューラー国営航空に努めることが決まっているエリートだ。おまけにリーザ協働党の熱心な党員でもある。

 やりましたね!ととりあえず喜んでみるけど内心はそこまで喜んでない。そもそもリーザはロレンヌの5倍の国土を持っているし、党主導の元工業生産力も遥かに上回っているから勝つのは当たり前だろうと思っている。でもこの人にちょっとでも積極的でない意見を唱えると、何時間もこの人からこの国の歴史がどうで、軍事力がこうで、みたいな話を聞かされるから本心を言うのはやめておく。就職活動が終わって時間のある人間のなんと恐ろしいことやら。

 メイザー先輩の話をよく飽きないですねと内心思いながら聞き流しつつ朝食をとり、時間なのでと適当に切り上げて支度をしてシューグ大学へと向かう。この人の話を長々と聞き続けるよりは大学に早く着いて時間を潰した方がマシだと思った。でもこの後にエルバ教授の講義かと思うと気分が重い。

 大学に着いても時間が早かったため、人影はまばらだった。時間があるので講義棟の外のベンチでレポート課題用の本を読むことにした。

 「ふむ、アダミスか。なかなか興味深い物を読むね。」

 しばらく本を読んでいるといきなり前から声をかけられた。振り返ってみるとそこには長身で髭を整えた、初老の男が立っていた。教授にこんな人がいるなんて知らないし、どう見ても学生じゃない。

 「ええ、レポートの課題ですので…」

 ひょっとしたら他の学部の教授かもしれない。そういえば見たことある顔かもな、と思いつつ返す。

 「アダミスは半世紀前にこの国の国営企業の一部民営化を唱えた人物だね。君はこれに対してどう思うのかね。」

 この人はなんなんだろうと思いつつ答えに困る。実際、このレポートは民営企業がいかに個人を搾取するか、という失敗例を挙げつつアダミスの論を否定せよ、という物なのだ。僕がどう思うも何も無いと思ったが、とりあえず思っていることを答える。

 「わかりません。」

 「何、わからないとね?」

 目の前の男は少し呆れたようだった。

 「ええと、わからないというのは比較する対象が古いため結論の出しようが無いということです。」

 慌てて付け足す。この男が何者かは分からないが、もし大学の関係者だったら勉強を怠っているようには見られたく無い。

 男のふむ、続けたまえという言葉に安堵しつつ、思っていることを話す。

 「資本家が労働者から搾取をする、というのは、まだこの国の社会制度が不十分だった時や、他国においての話です。今、この国で一から資本家が運営する民間会社を設立した場合、昔と同じような搾取の体制が取られるかどうかは比較の仕様がありません。」

 確かに連日報道のニュースでは他の資本主義国がいかに労働者を劣悪な状態に置き、企業を全て国営化したリーザがいかに素晴らしいか、ということが報道されている。でも僕はそんなに素晴らしい国ならば搾取のない体制を作れるのではないかと思うこともある。

 「なるほど、面白い考え方をするね。」

 男は笑ったが、僕には笑い方が少し不自然なように感じられた。

 男は「邪魔をしたね。」と歩いて去っていった。なんだったんだろうと考えていると後ろから声をかけられた。

 「なに?あんたさっきの人と知り合いなの?」

 そう声をかけてきたのは同じ政治学部のリムだ。彼女はなぜかよく僕に絡んでくる。

 「いや、いきなり声をかけられただけだよ。」

 リムが少し驚いたような聞き方をしてきたが、別にただ話しかけられただけだ、と答える。そう、ただ話しただけ…のはず。

 「リゼル・ガランにいきなり話しかけられるなんてあんた何したのよ〜」

 笑いながら彼女は小突いてくる。待てよ、どこかで聞いたことのある名前だな…

 その名前が新しく国家教育局長に就任した男の名前であることを思い出した瞬間、僕の頭の中は真っ白になった。

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