↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

海へ行く時

作者: 村上
掲載日:2022/01/23

 海へ行こうと、彼女が言い出した。

 僕としては、行ってもいいし、いかなくてもいい。

 そのくらいの気分だった。

「行きたくないの?」

 返答が遅いことで、そう察したのかもしれない。

 それとも、正直、面倒臭いと顔に出てしまったのだろうか。

 彼女は提案が素直に受け入れられないに、少し寂しそうで、哀しそうだった。

 そういう顔はずるい。

 行くしかなくなる。

「どっちの車でいく?」

 イエスかノーの代わりに、行く前提で手段の話をする。

 僕らはそれぞれ一台ずつ軽自動車を持ち、アパートの前の駐車場に止めている。

 都会に住んでいた頃は、電車移動で車必要なかったが、田舎に来ると生活するのに必要だった。

「それじゃあ、私の車で行こう」

 本当にどちらでも良かったのだが、自分が誘ったのだから運転して当たり前だと思っているのだろう。

 彼女は妙に律儀なのだ。

 あと、僕があまり運転が得意ではないことも、彼女は当然知っている。

 海に到着するまで、僕らのアパートから2時間あまり西へ向かう必要があり、長時間の運転だと助手席に乗っていて不安になるのだろう。

 ドライブデートにはちょうど良い。

 そうして、僕らは準備もそこそこ、海へ向かって出発した。


 なんでもない平日の午前中。

 彼女は本来なら仕事のはずだが、出勤時間になっても家にいた。

 昨日の夜から何やら様子がおかしかった。

 絶対に何か嫌なことがあったのだろうが、理由は聞かないでおく。

 海に向かっているうちに、そのうち話してくれるだろう。

「お腹空いたかも……」

 運転席に乗りこんだ彼女が呟く。

 コンビニに寄ってサンドイッチとおにぎりを買い、食べながら向かう。

 西側の海を目指し、大きな山を迂回するようにうねった道を進む。

 山を登る道もあるのだが、軽自動車だと坂道が心もとない。

 途中、車と数台すれ違う。

 朝に釣りにでも行った人だろうか。

 街中へと向かう道を僕ら逆走している、

 こちらの車線には車は少ない。

 彼女の運転も好調。

 膝上までのスカートで運転する姿は可愛らしくも、格好よくもある。

 僕よりも運転が上手だ。

 その走りが自信に満ちてている。

 ただ、僕には車のうまいの定義がなんだかわからない。

 ただ単にスピードの出し過ぎなような気もしている。

 信号も少ないのも手伝って、順調に海へ向かって車を走らせていた。

 無言で。

 おにぎりもサンドイッチも無言で食する。 

 彼女がここまで一切、何も言わないとは、予想外だった。

 言葉数が多いとは言わないが、いつもは大体、彼女のから話をし出す。

 僕はなんて、声をかけていいのかわからない。

「いい天気だよね」

 なんて妙な緊張から、なんて掠れた声で言う羽目になった。

 なんてつまらない一言だと、自分でも思う。

「そうでもないよ。曇りでしょ」

 言われてみれば確かにそうだ。

 考えなしに言ったことを後悔する。

 普段は冷静そうなんて、言われるが何にも考えていないだけだ。

 それを利用するときもあるけれども。

 どれだけ周囲が見えていないことか。

 不意に、けたたましいエンジンを鳴らした車が後ろから迫ってきた。

 バックミラーを見ると、真っ赤なスポーツカー。 

 対向車線へ飛びすとそのまま抜き去っていった。

 一体、法定速度の何十キロオーバーなのだろう。

「すごいね」

 車の中で、初めて彼女自ら発信した言葉。

「うん。すごいよ。ほんと」

 僕らは感心する。

 ほとんど同時に、頷いていた。

 不快だが、ある意味、救われたと思ってもいい。

 なんとか、何気ない会話をすることができ、少しだけ、雰囲気が和んだ気がした。

 しかし、良い車に乗っているだけで、あんなに偉そうな運転が出来るなんて。

 自信があるのだろう。

 僕が歪んでいるだろうか。

 そんなものは、お前の力ではない。

 良い車を買うのを努力だといえば、努力か。

 彼女は惑わされずに、同じペースで運転を続けると、次の信号で真っ赤な車が止まっていた。 

「信号は守るんだ」

「そんなもんだよ」

 彼らの基準が良くわからない。

 信号が青に変わると、エンジンを無意味にふかして、ものすごいスピードで先へと行ってしまった。

 それに安心する。

 あんな車の近くにいたくなかった。


 緑の生い茂った山間を抜けると、一気に視界が開けた。

 海沿いの道路と合流し、左折すると、後はひたすら直線だ。

 彼女は運転席側の少しだけ、窓を開けた。

 潮風が車内に入り込んでくる。

 僕は海を見るフリをして、運転する彼女の横顔を眺める。 

 徐々に彼女の機嫌が良くなっている。

 これは関係性の滲み出る雰囲気から、なんとなくわかるものだ。

 そのうちに、笑いだすのではにかと思うほどだ。

 彼女の機嫌を直すのは、一応の彼氏の僕の役割ではなく、海のような大自然なのだろう。

 少しだけ、寂しさを覚える。

 大自然に僕みたいな一個人が勝てる訳ない。

 そもそも大自然には、勝った負けたの概念すらないのだから、こっちが勝手に勝負だと思っているだけであって、一方的に土俵に上がって、タップダンスを踊っているようなものなんだろう。


 目的地へ到着すると、先の駐車場に一台車が止まっていた。

 さっき豪快に抜いていった赤い車だった。

 凄く、嫌な気持ちになった。

 そこそこ大きな駐車場には、僕らの車しか止まっていない。

 車を降りると、海が一面に広がっていた。

 雲はなくなり、遥か上空に、太陽が浮かんでいる。

 波に日光が反射し、たまに眩しい。

 遠くに水平線が見える。

 感受性に乏しい僕ですら、素直に綺麗だと思える。

 彼女は、靴を脱ぎ捨てると、一直線に海へと向って歩いて行く。

 少しの岩肌や砂浜、スカートなんて関係ない。

 僕は完全に置いてけぼりにされた。

 膝下近くまで、海に浸かるとようやく止まった。

 このまま入水自殺するでもするんじゃないかと思って、ひやひやした。

 波が何度も彼女の柔肌を撫で上げている。

 僕も彼女の後を追い、ズボンの裾をまくり上げて、海に入る。

 初夏にも関わらず、海水はまだ少しひんやりしている。

 潮風が頬を撫でる。

 肌寒さはない。

 心地よい気温。

 波を掻きながら進むも、足が持っていかれそうになりながら、僕はようやく彼女に追いついた。

 運動不足な僕は、それだけで少し息が上がってしまった。

 でも、何故だかわからないが、それがきっかけになった。

「何があったの?」

 ようやく、今日、一番、聞きたかったことを彼女に聞けた。

「……ファックスを使えって怒られたの」

 彼女が発した単語に、頭が真っ白になる。

「……ふぁっくす? ふぁっくすって何?」

「わざわざ一回、紙で印刷した後に、紙のデータを読み込ませて、電話回線で送るの」

 その説明で辞書に乗せててもいいと思うほど、的確な説明だった。

「ていうか、この世にまだそんな機械あるの?」

「あったんだから、仕方ないでしょ。しかもそれを使えだなんて……」

「もう超古代兵器というレベルだよ。レーザーとか出てもおかしくないと思う」

「そんな会社が効率化や自動化やAIや生産力の向上とか語るんだからね。笑っちゃうよ」

「う、うん。メールとかでデータ送っちゃだめなの?」

「ダメみたい。ファックスで送るのが、うちの会社の決まりだって、課長に言われたの」

 下らな過ぎる。

 この世はどうして、こんなに下らないのだろう。

 どうして、そんな奴らが偉そうにしているのだろう。

 僕はそんな世界が死ぬほど嫌いだった。

 早く滅びればいい。

 なんて、本気で思ってしまう。

 彼女をそんな下らない世界から救いたい。

 だから、僕らはこうして海へ来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。