008
日に日に暖かくなり春の日和が近づいて来た今日この頃。みなさんは元気に過ごせているでしょうか。 私は元気です、季節とか年中曇りで暑くも寒くもないからよく分かんねーけど。とにかく元気でやってます。
あの日、この場所にやって来てからもう二十年も経った。
感覚としてはあっという間だったが、それでも人間にとって二十年とは生まれてから成人するまでという途轍もなく長い時間だ。その間をずっとトレーニングに費やしていた私とは一体……いや、考えないことにしよう。
そしてこれだけ時間が過ぎれば色々と変わる、私の肉体も少なくない変化が起きた。身長は全く変わってないが、多分体重は増えたと思われる。元々細かった足は目立たない程度にしなやかな筋肉が薄っすらと付き、腹筋も触れば分かる程度に固くなった。
ステータスもかなり成長したが、吸血鬼は肉体的な不変性がウリなので、外見の変化は少ないのだと思われる。これ……種族が人間だったら、多分下半身だけゴリゴリマッチョなんだろうな。吸血鬼で良かったと思う。マジで。
さて、二十年もトレーニングだけして生活するという狂気じみた苦行を達成したわたくしですが、本日はその成果を発表したいと思います。注目して頂きたいのはAGIとSTR、他のステは全然上がってないから見なくていい。
極振りした結果、どれだけ強くなれるのかだけ見てくれ。
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[名前]フランチェスカ [クラス]剣士
[種族]吸血鬼 [性別]女
冒険者等級:未登録
称号:お前も筋トレしないか?
Level:20
HP:1020/1020
MP:250/250
EXP:0/150000
スキル:【再生】【活性】【高揚】
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STR:405
VIT:263
AGI:567
MAG:57
DEF:55
MND:89
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どうだろうか、他のステータスが50やら80やらでとどまる中、二つだけ突出した数値を叩き出しているこの光景。
因みにVITはもうなんか吸血鬼の補正がすごすぎて勝手に上がってるだけだ。
私としてはもう感無量と言うか、よくトレーニングだけでここまでやれたと思う。本当に。正しいゲームの遊び方じゃないからねこれ。いや、遊び方は人それぞれだけど、少なくとも私の知ってるAAOはこういうことするゲームじゃない。
とは言え、実はこれもまだ下準備が終わっただけだったりする。
筋トレは一旦終わりにして、次は実戦で武器を使えるようにする為のトレーニング内容に切り替えるのだ。主に剣を振れるようになりたい。
その前に、私はこの二十年ラダトレを続けて来て、単純な足の速さよりもフットワークの方が上達している事に気づいた。
ゲームのシステムが反映されているとは言えここは現実なので、もしかするとトレーニング方法によって具体的に敏捷性のどの部分が強化されるのかが変わるのかもしれない。
なので、鍛錬値を貯める時も、剣を振るう為の筋肉を重点的に鍛えようと思う。それとグリムガーンには、スライムの群れを見つけたら私に教えるよう言っておいた。次にいつ来るかは分からないが、多分三年もあればまた機会は巡ってくるだろう。
それまではまだまだ、筋トレ祭りの継続である。
【TIPS】
[ステータスその2]
反射神経、動体視力、スタミナ、器用さなどのプレイヤーに依存する部分はステータスにて数値化されず、それはこの世界でも共通している。また、数値化されているステータスにおいても通常の身体機能に対して+αで付与される為、たとえSTRの表記が0であってもそれは筋肉が一切存在しないこととイコールにはならない。
ある日、不思議な少女が突然現れた。
艷やかな白銀の髪をした、新雪のように美しい肌。大きく吊り気味の瞳は血よりも紅く、形のいい鼻と桃色で愛らしい唇。少女から女性へと変貌する狭間の、幼さを残しつつも少しづつ大人の階段を登りつつある可憐な少女だ。
正直に言うと、生前と死後を合わせても初めてここまで美しいと思える女性に出会った。
少女はそんな絶世の美貌を持ちながら、どこか挙動不審に我の棲む領域へとやって来た。
ここはイルウェト。滅び荒んだ地獄の大地であり、ただの少女が立ち入れるような場所ではない。にも関わらず、彼女自身がどうやってここに辿り着いたかを覚えておらず、道に迷い、魔物に襲われ、酷く憔悴していた。
脱出の手段は無いと伝えると、少女は顔に絶望を浮かべてうずくまってしまった。
実際には手段はあることにはあるのだが、『イルウェトに生息する魔物の殆どを狩り尽くさなければいけない』などという条件を達成出来るわけがない。特に彼女は戦えるほど強いようには見えず、また心も歳相応に弱く見える。
吸血鬼が普通の人間よりかは頑丈とは言え、これではどうすることも不可能。
――――そう思っていた。
少女は数ヶ月ほど壁に凭れてうわ言を呟き、時々この世の終わりのように泣き喚き、かと思えば何が嬉しいのか幼子のようにひとりでに笑っていた。この状況に追いやられて、心が耐えきれず壊れてしまったのだろう。哀れだとは思ったが、死人たる我には彼女は救えない。
ただ早まって自死だけはさせぬよう、見守っていたある日のこと。
少女は急に目に生気を取り戻し、なにやら忙しなく動き回り始めた。地上へと続く縄梯子を外し、家具を分解して何か道具を作り始めたのだ。その後、恐らくは何かの鍛錬かと思われる激しい運動をするようになり、次第に虚ろな目で泣く時間よりも鍛錬に費やす時間が増えていった。
何か生きる目的を見出したのなら良い事だろうと思ったが、来る日も来る日も……それこそ狂ったように鍛錬を続ける少女には、やはり病的なものを感じてしまう。
体感で一年ほど過ぎた頃だろうか、四六時中見張っていなくても大丈夫だと判断した我は時折外の様子を見に行くようになった。この手で触れることは出来ぬまでも、停滞の中に沈むこの大地を見つめれば我が何者であったかを強く再確認することが出来る。
数週間ほど砦の周りを彷徨い、イルウェトの固有種であるアシッドスライムの群れが向かって来ているのを見つけた我は一応少女に忠告するために地下へと戻った。
その時少女は虚空と睨み合いながら何やら唸っていたが、いつものことなので気にする必要はない。だが、我がスライムの件について伝えると、思った以上に食いついた。まるで天啓が下されたかのような、衝撃に満ちた顔で外へと飛び出していったのだ。
その後慌てて帰ってきたかと思えば、今度は見たことが無い程にんまりと笑みを浮かべて、機嫌良さそうに棚から縄梯子を引っ張り出して鍛錬を始めた。
フランが鍛錬に費やす時間は留まることを知らずに増え、気づけば一年、また一年と過ぎていった。十年が過ぎた辺りで我は思った。
やはり、彼女はどこかおかしいと。