007
この世界へ来て十四ヶ月目、つまり一年と二ヶ月。
依然として鍛錬値の為にトレーニングは継続中。勝手が分かったので始めよりかは気が楽であり、また既に日課と化しているためかトレーニングをやらないと逆に気持ちが悪い。
そしてレベルが1上がっただけで足に掛かる負荷が物足りなくなり、トレーニング時間と密度を倍にした。中々にキツく、そして追い込みを掛ける度に着実に自分が強くなっていることを実感する。
経験値は全体の二割ほど溜まって、同じペースで続ければ恐らく一年後の終わり辺りでまたレベルが上がるだろう。
ただ、レベルが上がっていないのに、体の動きのキレが上がったのは気の所為か?
余談だが、グリムガーンはやはりあの日記の持ち主だった。
聞いても色々とはぐらかされてばかりで、詳しいことはまだ知れてはいない。代わりに新品の日記帳を貰ったので、気が向いたら定期的にこうして記録をつけることにした。
あ、グリムガーンの生前が竜人族だったことだけは、一応教えてくれた。AAOでも竜人は気位が高かったから、アイツもあんなに偉そうに喋るんだろうな。
◇
[二年目]
レベルが3に上がった。
AGI、STR共々順調に上昇している。現在私のAGIは53。これがどれくらい凄いかと言うと、普通に走ることを意識して魔物を倒し続けたプレイヤーがレベル7辺りでこの数値に到達するといえば分かるだろうか。
まあ、それ以降は上昇値に変化があるので一概には言えないが、それでも普通にレベルを上げるよりかはよっぽど強くなっていることに違いはない。
レベルが上がったらまたトレーニングが物足りなくなったので、砦の中にあった鉄の足枷を重りに改造した。砦の中を物色していて分かったが、遠目に見える魔物たちもどうやら砦周辺には近寄ってくる気配がない。あのスライムたちだけが例外だったようだ。
しかし、重りを作ったお陰で結構いい感じに負荷がかかり、程よい疲労で夜にぐっすりと眠れる。……別に寝なくてもいいんだけど、人間だった頃の癖で眠らないと違和感がある。元の世界では特に意識したこともないのに、私は本当に人間じゃなくなってしまったのだろうか……?
気分が優れないので、今回の記録はこの辺りで終わりにする。
◇
[三年と四ヶ月目]
漸くレベルが4に上がった。今回は少し経験値の貯まりが悪く、当初の予定より大幅に遅れてしまった。それでも進歩していると考えて、前向きに取り組むことにする。
今回は負荷の上昇は無しに、少し余裕を持ってやることにした。これはトレーニングの厳しさと経験値の上昇量が比例するのかの検証でもあるので、分かり次第また新たに内容を調整する可能性がある。それが分かるのは恐らく半年以上先だろう。レベルが上がる毎に必要経験値が増え、そしてまた鍛錬の時間も増えているからな――――
――――どうでもいいことだが、最近昔の夢を見る。私がまだ小学生だった頃の夢だ。特にいい思い出でもない記憶の方が夢に出るのは、何故なんだろう。
◇
[四年と八ヶ月]
気づけばまた一年以上経っていて、レベルは5に上がっていた。日に日に時間が経つのが早くなっている気がするが、これは一体どういうことなのか不思議だ。
……いや、それよりもステータスの上昇値について話そう。今回のレベルアップで私のSTRとAGIは、普通にレベリングしたプレイヤーの12レベル相当になる。10レベルからは上昇値の上限が変化するので、暫くは比較として目に見えて凄い結果は得られなくなるだろう。
ただそれも私のレベルが10を超えれば話は別だ。
目標のレベルは20。そこまで上げるのにあと何年掛かるか分からないが、とにかくやるしかない。そう言えば負荷の話だが、やはり強い負荷を掛けた方が経験値の溜まりは早かった。半分まで余裕を持ってやったのと、そこからかなり追い込んでやったのとでは四ヶ月ほどの差が出たのだ――――
――――今回は両腕と首にも枷を嵌めて負荷を高めたが、これ以上となればいよいよ鎧でも着込むしかなくなるのでは? あまり気乗りしないし、これについてはまた考えておくことにする。
◇
[九年目と十ヶ月]
ここ五年ほど記録を付けていないことを今日思い出した。レベルは10まで上がり、取り敢えず見れる数字にはなったと思う。いつものように平均と比べると、大体20レベルに相当するだろう。
グリムガーンが時々昔のことを話してくれるようになった。彼はこの砦を指揮する将軍であり、魔族最後の部隊だったらしい。それが何故滅んだのかは教えてくれないし、彼がこの地下で死んだ理由もまだ話してはくれない――――
――――最近段々と眠る時間が短くなって来ている。寝る必要がないと、どこかで考えるようになったと言った方が正しいかもしれない。
◇
[十八年と三日]
とうとうレベルが17まで上がった。STRもAGIも400の大台を超え、概ね予定通りと言える上がり方をしてくれている。500を超えればAGIの高い亜種で無い限り、スライムと速度の面だけは対等に戦えるので、この凄まじさがいよいよ実感出来てくる頃合いであろう。と言うか、上昇値の上限がインフレしてくるここからが本番だ。
あと3レベル、これを上げきったら私はいよいよ兼ねてより計画していたことを行動に移す。
ところで、過去の自分の日記を見たらなんだかちょっと恥ずかしいことを書いていたようだが、これはトレーニング直後の昂ぶった精神状態のまま書き殴ったからである。別にそこまで病んでないし、現状を正しく認識して適応しようと頑張っているだけだ。
別に、私は自分が人間だろうと吸血鬼だろうとある程度幸せに生きてさえいられればどうでもいい。その為に鍛錬を続け、この地獄のような状況から脱し、なんとしてでもイルウェトから出ていく。可能性は十分にある、何も出来ないと思っていた頃とは違うんだ。