006
あれから5ヶ月、それ以前の期間を合計すれば既にこの世界に来て10ヵ月と20日経っている。
何故そんな正確な日数が分かるのかと言えば、壁にx印を付けた……わけじゃなく、トレーニングを始めて2日目に、メニューを開いたら現在日時が出ることに気付いたのだ。
現在はこの世界の暦で神聖歴965年、10月の12日。元々ゲームの世界なので1年は365日、1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒である。
この間に私がやったことと言えば、筋トレと足回りの強化だけ。凡そ7ヶ月間ずっと、トレーニングだけをして毎日を過ごしてきた。
吸血鬼という種族は肉体の再生が早く、筋肉痛が起きた数時間後には回復してしまう。現実世界の私より体力も多いので、ほぼノンストップでトレーニングをし続けている。というかそれ以外にやることが無い。
そしてとうとう、私の経験値があともう少しで次のレベルへと上がる寸前まで来た。
「まさか本当に筋トレだけでレベルアップする日が来るとは……」
これでレベルが2に上がって、AGIの上昇値が他のステより多かったら私の苦労は報われるのだ。ランダムで偶然……ということがないようにどれだけ上がるかは一応計算した。
鍛錬場で一つの鍛錬値を最大まで振る為にはゲーム内時間で三十一回昼夜が入れ替われるのが目安と言われており――――AAOでの一日は70分。つまり現実時間にして35時間以上必要なわけだ。
因みに一度最大まで稼いでしまえば、レベルカンストさせるまで鍛錬値の補正は効き続ける。そして、いくら鍛錬値を稼ごうとも、レベル1から2で得られるレベルアップ時の上限の数字は決まっている。ここの上昇値だけは吸血鬼剣士のステータス上昇の検証していた頃に何度も見たので、ちゃんと覚えていた。
そこに鍛錬値を加味して出した実数値は――――23。
つまりAGIが23上がって、且つVITとSTR以外が鍛錬値無しで得られる上昇量より上が出なければ、一先ずは検証を続けてもいいラインになるだろう。
「さて……やるか」
気合を入れ直していつも通りダンベルを持ちつつラダートレーニングを行うこと数時間。特になんの兆しもなく、唐突にレベルは上がった。少し疲労し始めた体全体に力が漲るような感覚と共に、自動でステータスウィンドウが表示される。
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Level:1→2
HP:120→160
MP:50→60
EXP:0/400(250)
STR:5→24
VIT:3→15
AGI:7→30
MAG:5→7
DEF:3→5
MND:2→5
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「おぉ……!」
その光景に思わず感動の声が漏れる。輝かんばかりの30という数値、これは間違いなく鍛錬値が作用した結果だ。でなければレベル1でこんな偏り方するはずがない! 私は正しかった、この世界にもちゃんとある。やりようは、あるんだ――――
「こ、これを後48回繰り返すのか……?」
いや、別にある程度まで行ったら様子見で弱そうな魔物を探しに行くとか色々あると思うけど……少なくとも数十回はこの作業の繰り返しだと考えると心が折れ……。
『おい小娘』
そんな風に私がステータス画面とにらめっこしていると、頭上からグリムガーンに声を掛けられた。
彼は時折地下から出ていって、地上の様子を見に行ったりとそれなりに自由に行動している。ここ数週間どこかへ行ったきりだったが、何かあって戻ってきたのだろう。
『まあ……恐らくお前はここから出ないだろうが、一応言っておくぞ。外にアシッドスライムの群れが来ている、落とし戸はちゃんと閉じておけ。入り込まれたら大変だ』
「ス、スライム……!?」
その言葉を聞いて私は思わず聞き返してしまった。
スライムがこの土地にもいて――――しかも群れを作るほどの規模で移動している。これはもしかすると私に運が向いて来たかもしれない。
RPGでお馴染みのモンスター、スライムは当然このゲームにも様々な姿で登場する。スタンダードなブルースライム、森林に生息するグリーンスライム、溶岩から生まれたマグマスライム、変わり種で植物に寄生されたプラントスライムなど種類は豊富。
プルプルと揺れる愛らしい見た目から、ペット用のスライムも課金アイテムで存在するほどだ。
なれど、その強さを侮ることは出来ない。彼らは相手の体を取り込むと溶かし、骨まで養分に変えてしまう。弱点は貫通属性と斬属性、特殊なスライムでない限り共通して炎を苦手とする。
そしてなにより、スライムはこのAAOで最も狩られたモンスターとして有名なのだ。理由はそのうち話すが、とにかく本当に有益な情報が手に入った。延々と筋トレ祭りかと思われたが、ゴールが見えたかも知れない。
「ちょっと戸の確認してくるっ!」
私はそう言って通路へと向かい、縄梯子の無い壁を登って外へと出た。筋トレの成果かステータスが上がったお陰か、既に地球のアスリートより身体能力は向上しているので壁のぼりくらいは余裕で出来る。
凡そ十ヶ月ぶりにやって来た厨房は以前と変わらず、埃を積もらせてただ沈黙を守っている。しかしよく見ると所々に粘性の液体が付着しており、そこから引き摺ったような痕跡が新たに増えていた。恐らくこれが、グリムガーンの言っていたアシッドスライムの移動した跡だろう。
安全を確認しながら厨房から外の様子を伺えば、遠目に毒々しい緑色をしたアメーバ状の何かが動いているのが見えた。あれがアシッドスライムの実物なんだろうけど、何十体もひしめく様はちょっとグロい。私はそのうちの一体へと視線を定めると、"あること"を試す。
「……サーチ」
そう口にした瞬間スライムの頭上に[Lv.77]という数字と、[アシッドスライム]という種族名が表示された。AAOで敵の強さを確認する為のシステムを呼び出すサーチという単語を言えば、こうして相手の種族名とレベル、それに大まかなステータスと弱点が……って、あれ?
「名前とレベルだけ?」
目標を定めてサーチと言えばどんな相手であれステータスが表示される筈なのだが、これもやはりゲームが現実になった弊害だろうか。いや、現実がゲームになったのか?
と……その辺はいいとして、確かにサーチと言っただけで相手の情報を知ることが出来るのは現実的にあり得ない。これ、「常時名前とレベルが表示されてるのは世界観を壊す」とかいう運営の拘りで作られたシステムだし。
多分ゲームで出来ていたことをやるには、解析系統の技……スキルが必要になるのだろう。
「78レベ……ギリギリだな、運がいい」
他のスライムにもサーチを使ったところ、平均で言えば大体レベルは80前後。
スライムはそのエリアの魔物よりレベルとステータスが低いので、それを踏まえて推測出来るイルウェトの推奨レベルは……うん、130~150と言ったところだろう。思ったよりは高くないな。
だが、今の私と比べれば月とすっぽん、逆立ちしても勝機はない。
私はもう一度だけスライムのレベルを確認すると、おとなしく厨房の落とし戸から地下へと戻る。今回はこれでいい、相手のレベルを知れただけで十分な収穫だ。私が奴らと正面切って相まみえるのはまだまだ先なのだから……。
「ひひひ……待ってろよ、そのうち私が狩り尽くしてやるからな……」
私がこの土地で狩る最初の標的が、定まった。
【TIPS】
[スライム]
多種多様な亜種が存在するRPGの定番モンスター。AAOにおいてもその地位は健在で、基本的にどのエリア、どんなレベル帯でも見ることが出来る。大抵のスライムは半透明の楕円形が溶け出したような見た目をしており、一部その姿に愛くるしさを見出すプレイヤーからは熱狂的な支持を得ている。そしてなんでもよく食べ、なんでも溶かす。