063 Chapter10.エピローグ
今回の顛末の、帝国上層部による事後処理はかなり迅速だった。
戦闘が終了すると同時に帝国兵を連れた元帥閣下が登場し、事態の沈静化を努めた。日付の変わった今日の朝の時点で負傷者の保護、及び倒壊した建物の撤去などは全て済んでいる。
戦闘のあった場所は立入禁止となり、現在は兵士が24時間体勢で見張っているとのこと。
亡くなった方の遺族にはあちらから説明すると言われ、私を含めた当事者たちは保護対象となった。
特にフュンフに関してはやったことがことなので、手錠を掛けられて隔離されている。その前にしたい話は出来たので、待遇について私は何も言及しなかった。まあ、多分今夜あたり大騒ぎになるんじゃないかな、そういう相談をしたので。
そして保護された私とジャックとなこさんは、どこへ連れて行かれたのかと言えば――皇帝の住まう宮殿だった。現在は手厚いおもてなしを受けて、何か凄い高そうな家具の並ぶ部屋に案内されたところである。
「来たか、待っていたぞ」
「取り敢えず殴っていい?」
「なんで?」
そこで扉の対極、部屋の奥にある執務机に頬杖をついた皇帝、レオナルドに出迎えられた。ので、私は腕まくりをして拳を握りしめた。
「あ、駄目って言っても殴るから」
「えっ、うそうそ、待って、ちょっと心の準備が」
この期に及んで、心の準備が出来るのを待つほどこっちの気も長くないんですわ。それにもう意味の無い所でお利口さんでいるのも止めたので、何ら憚る物はない。
あるとしたら一国の長を殴るという部分だけだが――吹っ切れた今の私は無敵だ。指名手配でもなんでも、するならしてみやがれ。
「お前のしたことで私がどれだけ迷惑を被ったと思ってんだ? ああん? それに今だって謝罪もなしに呼び出されてんだぞ、一発殴らなきゃ割に合わないよなぁ?」
慌てて後退るレオナルドに大股で近づき、机を挟んでその胸ぐらを掴み上げる。冷や汗を流しながら藻掻く姿は非常に滑稽、その綺麗な顔をぶっ飛ばしてやるぜ。
「い゛っ……」
とは言え本気で殴ると頭が破裂して死ぬので、軽めのデコピン一発で済ませてやった。それも多分金属バットで殴られるくらいのダメージがあったので、皇帝は床に背中から落ちてもんどりうっている。
ふはは、いい気味だ。
「うわ、えぐいなぁ……」
「あ、ジャック、お前も後でデコピンな」
「えっ」
――――毛根が一部死滅する程度で許してやるから、安心して欲しい。
そう言って扉前で固まるジャックを見ると、彼は覚悟を決めた顔で唇を噛み締めた。そうかそうか、そんなに嫌なのか。ならお前には特別に二回してやろう。
「ま、待て、今回の責任は全て皇帝の俺にある。殴るなら俺を――」
「……ふぅん?」
どうやら先日とは事情が違うのか、皇帝の態度が殊勝だ。
「水槽にいた頃に全部聞いたから知ってるんだけど、この国って二院制なんだよねぇ? 皇帝に全権があるわけじゃなくて、パンドラ計画も元老院の満場一致で可決したんだよねぇ? その辺はどう考えてる?」
「そ、それは……確かに、そうだが……俺が最高責任者なわけで……」
「なら、部下に責任の重みを教えるのも上司の役目だよね?」
「は、はい……」
顔を近づけて微笑むと、皇帝は泣きそうな顔で頭を下げた。王権神授が基本的な世界で、皇帝がこんな簡単に屈していいのか。いや、私がやらせたんだけども。
後ろに控えた二人の護衛も止めに入るかと思いきや、苦々しい顔で直立不動だし。左の女性は辛うじて私を睨んでいるけど、右の褐色の青年に至っては笑いを堪えてるように見える。
私が言うことではないかも知れないが、あれは不敬罪では?
「……もしかしてあんまり威厳が無い?」
「言わないでくれ」
ああ、そう言えば帝国――ルグリア人は神を信仰していないから、皇帝もただの人間って認識なのか。偉いことには偉いけど、身内とは距離感が近いのかもしれない。
「……お前の言いたいことは分かった。こちらの謝罪で矛を収めてくれるのなら、デコピンでもなんでもしてもらっていい。だから、今回の事の顛末を教えて欲しい。俺からの要望はそれだけだ」
椅子に縋り付きながらの台詞なのでシリアスも何も無いが、レオナルドは真摯な表情でそう言った。その言葉に含むところはなく、ただ純粋に何が起きたかを知りたいようだ。
「まあ……いいよ」
その後にどうするか気になるところでもあるし、元々話すつもりではあったので断る理由もない。
◇
話を聞いたレオナルドの反応は、それなりに想定していた範疇に収まった。有り体に言えば、後悔と反省。話し終える頃には、何かに失敗して落ち込む子供のように黙りこくってしまった。
特に途中で選手交代したジャックから、ヘンリーの正体について聞かされた時の顔は相当酷かった。彼に指示を出していたのは皇帝自身だったので、その分ショックも大きいのだろう。
「……これは、単なる賠償では償い切れないな」
「まあ、そうでしょうね」
言いたい事は言い終えたので敬語に戻った私がそう言うと、レオナルドは泣きそうな顔でこちらを見た。まるで捨てられた子犬だ、最初の印象とは真逆である。
実際、国家ぐるみの場合は犯罪にならんぞい、と言いたい所だが今回は話が違う。帝国の過失が100%で私は被害者、その上で――人知れず国の危機を救ったのだ。この期に及んでまだ許されると思う程、皇帝も馬鹿ではない。
金銭でも、何かしらの配慮でも、とにかく償う姿勢を見せる必要がある。
「爵位とか……要らないよね? 吸血鬼だもんね、生まれつきの貴族だもんね」
「興味ないです」
「じゃあ、お金は? 分割でいいなら、一生遊んで暮らせる額も払うけど……」
「要らないです、一生遊んで暮らす予定がありません」
「土地は?」
「この国に住む予定も無いです、用事が済んだら出ていくつもりなので」
それも全部私にとってはあまり興味を惹かれるものがなく、強いて言うならばAFと呼ばれる装備が欲しい程度。だが、AFも技術的には帝国の益になる物なので、賠償という場には相応しくないだろう。
「だから、約束して欲しいんです」
「約束?」
「帝国の技術資産とそれによって開発されたもの全ての共有に、出来うる限り私からの要求は叶えること。それと、私個人と私の所属する組織とは一切の敵対行動を取らないという旨の約束ですね。これだけです」
それを聞いたレオナルドは一瞬呆けたような顔をして、溜息を吐きながら椅子に凭れ掛かった。
「……仮にだ、仮にだが断れば?」
「何もしません、ただ――政治に関わっている貴族のお方々が……ちょっと、不自然な死に方をするかもしれませんけど」
レオナルドの顔色が少し青くなって、心做しか目が死んでいる。
その……一応言っておくが、これはただの脅しだ。実現可能でありながら、絶対にする予定がない本当の意味での脅しである。わざわざ守った国の政治家を、なんで殺して回らにゃいかんのだって話だからね。
今回の問題以外では国としては至って正常に機能しているのだから、それを壊したら私はただのテロリストである。え? 脅迫の時点で既に怪しい?
「…………」
流石に即答は出来ないのか、レオナルドは熟考している。前半はさておき、後半は友好条約に等しい。これ以上の譲歩は難しいので、首を縦に振って貰わなければ困るのだが――
「…………分かった、その条件で条約を交わそう。元老院は俺が説得する」
「良かった、では――これから末永く宜しくお願いしますね? 陛下」
ただの賠償では罰とは言えない、ましてや死は救いだ。本当の罰や償いとは、終わりの無い献身にのみある。帝国は一生掛けて私に搾取、もとい償い続けるのだ。
「あ、それと――」
「報告! 至急お伝えしたいことが!」
もう一つ伝えたい事があったのだが、私が言葉を発すると同時に、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。殆ど叫びに近い声を上げて入ってきたのは、宮殿を守護する近衛騎士。
「隔離していた実験体仮称フュンフが脱走! 監視の騎士三名を昏倒させた末に、関係者の市民を人質に取って逃走しましたッ!」
「……まさか、これもお前の予定通りか?」
「どうでしょうね、それは私の口からはなんとも」
半目になってこちらを見るレオナルドに、私は薄く微笑みながら答えを濁した。ああ、だが一つだけ言えることはある。
「それと陛下、彼女の名前は研究者が付けた無粋な数字ではなく"ハル"です。今後お間違い無きよう」
フュンフ改めハルは、別れ際に自分でその名を名乗って存在を確かなものにした。これから歩む人生も私とは違う、彼女だけのものだ。
今生の別れかもしれない。それでも多分私は彼女とは相容れないから――二度と交わらない方が互いの為になる。だから、彼女の人生に少しでも多くの幸せがあることを願って、私は私の道を往く。
何より彼女が望んだのだから、一度助け方を間違えた私はその意思を尊重するべきなのだ。
「ところで陛下、そろそろ陛下と呼ぶのも疲れたので呼び捨てでいいですか? それと100も年下の男に敬語も使いたく無いんですけど、公的な場以外では普通に喋っていい?」
「……もう好きにしろ、どうせ敬意なんて籠めてないだろお前」
というわけで、帝国を私の良いようにコキ使っていこうと思うので頑張ります。下手な謝罪や賠償より、彼らは働いた方がよっぽど私の為になるのだ。
本当に長い付き合いになるだろう。これからも私は自分の思いに従って生きるが、その途中で沢山の人の助けが必要になるかもしれない。
帝国はその一番最初の場所で、ここから私は一から始める。
私が修羅になろうとも、邪悪から人々を守るために生きるのだ。そしていつか、私が助けた人がまた別の誰かへと優しさを繋げるように――――
本作はひとまずここで完結とさせて頂きます。
続きは気が向いたら書くかもしれません。
気付いている方もいらっしゃいましたが、二章は作者の中でも書きたい物と書くべき物で悩みに悩んで前者を取り、少し舵取りに失敗しました。
MMOの世界観を使ってもっと面白く出来たと思う反面、今回の経験は次に活かせるなとも思っています。
次回作があれば、きっともう少し面白い話が書ける気がするので、新作を投稿したときは「あ、またなんか書いてんじゃん、見てやるか」ぐらいの気持ちで読んでいただけると幸いです。
最後に、ここまでお読みくださった読者の方々、評価や感想を送って頂いた方には深く感謝を。