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059 Chapter9.再確認

 前世、というよりも私の子供時代は……まあ、それなりに悲惨だった。


 先天性の難しい疾患を患っていて、感情が昂ぶったり疲れると発作を起こして呼吸困難に陥る。常に酸素吸入器が手放せず、特にまだ自我の芽生えたての頃は両親共に目が離せなかったらしい。


 小学一年生の時、クラスの友達と喧嘩をして発作を起こした。その時に相手の子がとても大きなショックを受けたようで、私は普通のクラスではなく養護学級に移らされた。結果としていじめとか色々とありもしたけど、そこは割愛する。


 成長に従って発作は収まりを見せて、中学では早々発症することもなかった。それでも公立の中学に上がった私は、同じ学校出身の人に変な噂を流されて友達は出来なかった。


 それである日、学校に行きたくないと思ってサボった。次の日も、何かと体調不良を装って朝起きず、3日、4日とそれを続けた結果学校に行けなくなってしまった。


 引き篭もった私を、両親は無理に引っ張り出そうとはしなかった。ただでさえ症例の少ない病気を抱えているので、精神的なことで落ち込むこともあるだろうと励ましてはくれたが。


 そんな私が再び外の世界に復帰したのは、全く行っていない学校で進級した二年生の時のこと。


 担任が変わっても、それが仕事だから毎日律儀に放課後に家に尋ねてくる。ただ、その先生は一年生の時とは少し違って、私に「学校に行こう」とか「行ってみたら案外楽しい」とか、そんなことは言わなかった。


 その先生がしたことは、私と一緒に遊ぶことだった。ゲームでも、なんでも。忙しい仕事の合間に、なんとか時間を作って私の相手をしてくれた。


 そうしている内に自然と少しずつ前向きになって、はじめて病気と向き合うことが出来るようになった。リハビリで自発的に落ち着く方法を模索したり、集中力を鍛える訓練をしたりして――中学三年生になる頃には完全に発作は出なくなっていた。


 高校生になって定時制の学校に通いはじめてからも、AAOのクローズドβテストで脱コミュ障をしたり、色々あったけど――私はとても沢山の人に迷惑を掛けて生きている。


 特に両親は、生まれてからずっと他の子よりも手の掛かる子供だったと思っているに違いない。それでも見放さず、ずっと愛情を注いで育ててくれたことにはとても感謝をしている。なんなら今でも愛してるし、もしもう一度会えるなら感謝の言葉を伝えたい。


 何が言いたいかというと、私は色んな人の優しさに助けられてきた。


 元の世界ではその恩を返しきれなかったけど、この世界では助けて貰った分他の人を助けると誓った。その選択が間違っているとは思わない。


 ただ、私の行いに対しては、今頃になって疑問が浮かぶのだ。果たして、これが本当に私の誓った正義なのかと。







 動けない私の視界の先では、鮮血が迸る。


 セトに石を投げつけていた人が、また一人殺された。悲鳴を上げて、助けを乞うて。私は何も出来ずにその光景を見ている。


 ああ、なんだかな、大言壮語した割に何も出来てない。やったことと言えば、偉そうに人の境遇に共感したのと、助けようとした相手に手を払われた挙げ句論破されたくらいだ。


「……都合が良すぎるなぁ」


 救うと言って失敗した後、私は目の前で死んだ人の家族の前で「残念でした」なんて言うつもりだったんだろうか。墓に花でも備えて、悲しい顔をして事を済ませるつもりだったんだろうか。


 別に約束したとか、頼まれたとかそういうのじゃないけど――それは不誠実な気がする。それなら最初から無駄な正義感を発揮せず、助けられないと割り切っていた方がよっぽどマシだった。助ける力も、失敗した時のことも考えずに手を伸ばすよりかは、多分。


 もし、本当に助けるつもりなら、私は何もしなさすぎた。最善を尽くしていない、まだ出来ることがあった筈だ。



「ああ、そうか」


 ――――彼女が言っていたのはそういうことだったのか


 無駄に動く口が、得心が行ったようにそんな言葉を溢す。


 けど、そう、少し分かったような気がした。と言うよりも、今までは目を背けていたんだろう。


 別に善くあること、誰かを助けようとすることが悪いと、そう言っていたわけではなかったんだ。問題は相手の事情や考えていること、そういうのを考えようとしていなかったから彼女は怒っていた。


 どだい人なんてものは、心の底から他人と同調することなんてできない。どれだけ仲が良くても、自分の考えている事全てを相手に伝えることは不可能だからだ。


 それを当事者でもないのに「あなたの気持ちは分かるよ、だから私が必ず助けてあげる」なんて言われても、「なんだこいつは、お前に俺の気持ちが分かるものか!」となって腹が立つだけに決まっている。


 無論、だからといって無関心であることが良いとは思えないが、他にやりようは幾らでもあった。


 ただ「殺すのをやめろ」と言うよりも、まず相手の話を聞いてあげるだけでも違ったかもしれない。どうやっても相容れないのなら、最初から本気で殺し合いをした方が彼女の為だったかもしれない。


 私は誰も死なず平和的に事が済むだけが救いだと思っていたけど、人の望みはそれぞれだ。それは私も含めてだから、多分対立することもあるんだろう。


 たとえば戦場で死ぬことが最高の誉れだと謳う戦士がいたとして、それに「死ぬのは良くない、命を粗末にするな」と言う奴がいたら余計なお世話だ。それが誰の迷惑も掛けないのなら、口出しをするべきではない。


 口を出すのなら「この俺を倒してから行け」と立ちはだかるくらいの事をしなければ駄目だ。そして残念な事に私は、それを中途半端な覚悟でやっていた。


 止めるのなら、もっと全力を以てやるべきだったのだろう。最初から本気を出して、多少の怪我にも目を瞑って、街の被害よりもフュンフを捕まえる事に尽力すべきだった。結果論だが、あの時に彼女を殺すなり捕らえるなりしなかったことで余計な被害を出したのだから。


 今にして思えば、師匠の言った優先順位とはこのことだったのかもしれない。


 私は弱いから、この手の届く範囲もとても狭い。多分、全部守り切るなんてのは現実的ではなくて、とても多くの物を取り零すのだろう。


 メサイアコンプレックスじみているとは思う。救世主なんて柄でもない、私はただちょっとゲームが上手いだけのサラリーマンだ。


 けれど――現実を見ても尚、私は神様に頼られたことを思い出す。「助けてくれ」という、その一言心の中で反芻する度に胸が熱くなるのだ。


 弛緩していた体に力が戻り始める。心臓から全身に血潮が伝う感覚がして、意識が段々とはっきりしていく。


「ああ――」


 簡単な話だった、結局私は私自身がそうあるべきだと決めたんだ。


 優しい人たちに受けた恩を、また他の人に繋げたいから。不特定多数の見えない誰かではなく、目の前にいる人を救いたいと思ったから誓った。あの時目の前で神様に助けを求められたから、私は頷いたんじゃないか。


 それが私の思う、善くあるということだ。見返りは求めない、善意に善意がかえってくるとも思わない。全てを救えるとも思えないし、聖人なんかとは程遠い。ただ、それでも――自分の人生の中で出会えた人たちくらいは、なんとか助けたいと思ったんだ。


 それすらも出来なかった前世を悔やんで、やらなかった自分の怠惰を呪って。もう二度と、同じ失敗をしたくないから私はここにいるんだろ。


 今、また失敗しそうになっている。本気で救いたいと思うのなら、死ぬ気で取り組め。死ぬ気でやって駄目なら、死んでも成し遂げろ。それくらいやれなきゃ、またあの罪悪感と惰性の日常に戻ってしまう。


「あ゛……あぁあああああぁぁあッ!!!」


 幻覚か、全身から白い炎が立ち昇りはじめた。体に纏うそれは私を焼かず、セトの術だけを灰燼へと変えていく。仄かに温かい白炎の抱擁は、私を祝福しているようだ。


 ――――そうだ、この炎のように命を燃やせ


「やるんだ……やるんだろッ! 立て、立てッ……!」


 残った私の中の弱虫が、後ろ髪を引く。それでも立ち上がれ。両の足に力を籠めて、よろめく体を律して大地を踏みしめろ。


【……ほう、私の術式を破り立ち上がるか。それでこそだ、フランチェスカ】


 覚悟は改めた。この道の先に何があろうと、私は前に進むんだ。迷っても、立ち止まっても、いつか行き止まりがあったとしても。

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