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055

 久しぶりにあった友人に、キャラチェンしたのを突っ込まれて暫く。ここでジッとしていても仕方がないので、呪術書を取りに行こうかと部屋を出たところ――


「あ」


「お」


 青、ではなく「あ」と「お」。


 廊下に立っていた黒人に似た人種の男と、私が同時に声を上げた。因みに私があで、男の方がおである。


 その男は大分間の抜けた、気まずさを隠せない顔でこちらを見ていた。


「あ、いや、別に聞き耳を立ててたとかじゃないんだぜ?」


「……どこまで聞いた?」


「そこの女が、俺の会った奴とは別人だってところまで……」


「……やれやれ」


「おぉ……!」


 なこさん――もといファールはRPを崩さずにそう言い、男を睨めつける。その様は正にやれやれクール系主人公で、堂に入った演技に思わず感嘆の声が漏れた。


 というか散々雰囲気変わったとか言われたけど、この人も大概だな。50年間もこのキャラを崩さず、中二病全開で生きてきたのは割と凄いと思う。尊敬はしないけど、うん。


「彼は?」


「さっき話したルークだ。別に気にするほどの男じゃない、路傍の石程度に思っておけばいい」


「酷いな!?」


 ――――ルークは、ソフィアを助けてフュンフが目覚める切っ掛けになった男らしい。戦闘員ではなさそうだが、先程まで実験体を市街地から引き離す為に戦っていたと聞いた。


 正義感の強いというか、人情味に溢れた人物のようだ。怖くて逃げ出すところを、自らが囮を買って出るなど普通は出来ない。


「偉いな、あんた」


「あ、え? そ、そうか? ヘヘッ……」


 まあ、何故褒められているのか分からないまま照れる辺り、ちょっと馬鹿なのかもしれないけど。そこも含めて、第一印象は愛嬌のあるおっさんって感じである。


 それに事情も知らないまま、善意だけで誰かの味方になれる人間だ。出会って数分の私でさえ、彼から滲み出る人の良さが分かる。


「それで……あいつはどうなったんだ? まだ生きてるんだよな?」


「大丈夫、少し拗れたけど生きてるよ」


「これからその馬鹿を連れ戻す為に必要なものを取りに行くつもりだ」


 私となこさんがそう伝えれば、ルークは露骨に安堵の表情を浮かべる。


「なあ、俺も付いてっていいか? あいつには助けて貰った借りがある、俺だって当事者だ」


「やめておけ、これは一般人が関わっていい問題では――」


「いいんじゃない?」


「……フゥ」


 咎めるような視線がなこさんから送られてくるが、別に問題はなかろう。元廃人レベルのプレイヤーが二人いて、NPCを守りきれないなんてこともない。


「恩に着る! 俺に出来ることならなんでもやるぜ!」


 それに……なんでもやってくれるらしいしね。







 《エンルーブ大水路》


 皇帝にバレると面倒なので基地をこっそりと抜け出した私達一行は、現在なんとも美術的価値のありそうな水路の中にいる。


 古代の民の作り出したそれを流用したダンジョンは、ゲームの世界とはやや違いがあるものの、概ね私の知っているものと遜色はなかった。


 一応二回目らしいなこさんはほぼPvP専だったので知らないだろうが、ここには隠しエリアが存在する。その隠しエリアもかなり巧妙というか、普通なら行かない場所にある為、見つけるのは至難の業だ。


「まず、水路を下ります」


「ああ」


「おう」


 先頭を歩く私は後ろの二人にそう伝え、目の前で跳ねるスライムを蹴り飛ばす。


 入り組んだこのダンジョンで隠しエリアを見つけるコツは、取り敢えず下へ向かうこと。水の落ちる方向へと従って、同じように下るのだ。


 私達は今回上層から進入したので、暫くは道なりに下っていけばいい。それから下層との境に辿り着いたら、大きな穴のある場所を探す。


 足首まで水に浸しながら水路を進み、滝のように水が流れ落ちる大穴を見つけた。底の見えないその穴は、一見すると単なる危険地帯だが――しかし、私は知っている。


「次に、ここを落ちます」


「「えっ」」


 私がそう言うと、二人は素っ頓狂な声を上げた。


「大丈夫、落ちても死なないから」


 落ちる前に説明しておくと――AAOでは落下の距離に応じて受け身を取れないとダメージを受ける仕様だったが、一定の高さを超えるとどれだけHPがあっても即死するシステムだった。


 このシステム的に目の前の大穴は即死する高さであり、NPC以上にプレイヤーは危険だと感じるだろう。それが罠であり、怖気づいた者には絶対に辿り着けないようになっている。実を言えば、私も初見は単なる落とし穴だと思ってスルーしていた。


 他にも隠しエリアは見えない透明な橋や、偽物の壁などのギミックを見破らなければいけないため、マップを隅から隅まで調べ尽くす根気が無ければそうそう見つけられない。


「これ見つけたの、確か地図埋めギルドの……なんて言ったっけ……」


「《流浪の異邦者(ストレンジャーズ)》か?」


「そう、そこのマスターに2億ゼニーで教えてもらったんだよね」


 私は昔サブキャラ用に、最大1億ゼニーという報酬を出して当時の最高レア――星13の呪術書を求めた。その際にストレンジャーズのギルマスから、隠しエリアの情報とそこにあった宝箱の中身を買ったのだ。


 本当は中身だけで良かったのだが、出現するボスの話を聞いてしまったからなぁ。結局もう1億上乗せして、このエリアの進入条件とボスの情報を教えて貰った。


「ここは落ちるのにコツがあって、手前の壁伝いに落下するんだ。あ、ルークはファールが背負ってね」


「頼むぜ用心棒」


「……暴れたら落とすからな」


 どうやら詳細に話さないまでも、私の話を信じてくれたらしい。なこさんがルークをおんぶして、穴を見下ろしている。身長的にルークの方が大きいから、なんだか変な絵面だ。


「それじゃ、行くぞ?」


「ああ……って、おぁぁぁああああぁぁぁあああッ!?!?!?」


 準備万端との返事を貰ったので、なこさんのお尻を蹴っていざダイブ。浮遊感に晒されて自由落下を始めた体をうまく制御し、壁スレスレを維持する。


「フゥ! お前っ、よくもっ、びっくりしただろ!」


「てへっ?」


「てへ、じゃないッ! やっぱ変わってないわコイツ!」


 いやいや、私の前であんな無防備なケツを晒す方が悪い。


 穴の前にプレイヤーがいたら無意識で蹴りが出るのは、もう対人勢の本能みたいなものだからな。なこさんも昔から私に幾度となく突き落とされている。今更この程度で怒られても、痛くも痒くもない。


「うるせぇぇぇ!! 反省しろぉぉぉおおお!!」


 空洞に絶叫が反響し、背負われたルークは白目を剥き。順調に高度を下げつつある中で、私は壁を凝視していた。別にそういう趣味だからではなく、壁の変化でどこに入り口があるかが分かるからだ。


 水の染みた暗い茶色から、しばらくすると群青の石壁へと変化する。そこから苔石が現れ始めると、いよいよ近い。ヒントは一箇所だけ違う壁の色と掌サイズの出っ張り、それが見えたら即座に――――


「着地!」


「は? え、あっ、おおぅ!?」


 壁から出っ張った小さな足場へと降りる。なこさんの方も難なく着地し、その場に気絶したルークを放り投げた。尚、その衝撃で目覚め、彼はしきりに辺りを見回している。


「ここが入り口、まだかなり上の方かな」


「成程、この程度なら確かに着地は余裕か……プレイヤーなら」


 レベルを上げて身体能力が高まっている事が前提だが、この壁の出っ張りにはノークッションで降りてこられる。ただ、最初に言った通り、知らないとそもそも降りない為に見つけるのは難しい。


 この情報を売った男も、足場を見つけるまで投身自殺を繰り返している。


「で、この出っ張りを押して……」


 壁から生えた如何にもな立方体の出っ張りを押し込むと、隠し扉が重苦しい音を立てて開いた。その先には下り階段が続いており、壁に掛けられた松明が自動的に発火する。


 肝心なのはここからだ。道中には目もくれず、一直線に呪術書のある宝箱へと向かう。隠しエリアのボスも無視、ギミックもショトカしてとんぼ返りしなければいけない。


 なにせ、今は悠長にダンジョン攻略をしている場合ではないからな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 崖から突き落とされるのはフ○ムのゲームで嫌と言う程体験してるので、控えめに言ってギルティ(ニッコリ [気になる点] なこさん、何十年もそのキャラで過ごしてるから、咄嗟の反応に違和感がないで…
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