053 Chapter8.拝啓クソッタレな親友へ
ジャックへ向けた手紙回です
突然で悪いが、俺は今かなりヤバい状況にある。どれくらいヤバいかと言うと、九歳の誕生日の日に寮長の目を盗んで、帝都へと夜遊びしに行ったのがバレた時くらいヤバい。因みに冗談だ。
つまり、冗談を言える程度にはまだ余裕がある。それもすぐに無くなっちまうだろうけど、これを読んでいるお前には関係のないことだろうな。
最初にも書いたが、端的に言って俺は相当ヤバい事に首を突っ込んでしまった。
事の始まりはそうだな……十数年前、俺が調査団の研究チームとしてイルウェトへ入った時だ。
俺のご先祖様、つまり八代目前のまだスーウェンの前にフォンなんて仰々しいものが付いて無かった頃、イルウェトにはバカでかい結界が張られていたのは知っているよな?
当時は魔族との戦争で疲弊していた祖国は調査どころではなく、その後も結界に干渉できる術を持っていなかった。それが変わったのは今から100年ほど前、ここまで来ると少し身近だが、それでもかなーり昔の出来事だ。
地鳴りと共に突然結界が消滅して、当時ルグリアは大騒ぎになったらしい。それから第一次調査団が結成されて、地表の状態や生態系について調査が行われた。結果は記録に残っている通り、極々少数の魔物以外に生命体と思しき存在は消え失せている。
それ以前――戦時から結界を監視していた時代の記録と照らし合わせると、結界内部には少なくとも万を超える魔物が生息していることになっていた。
忽然と消えた魔物、そして消えた結界。色々と謎はあるが、第一次から第六次までの調査団が派遣され『魔物が数を大きく減らしたのは生存競争の結果であり、結界の消滅も関わっている』と結論づけた。
実際この時の記録を見るに、俺もそう思う。
生き残っていた魔物はその全てが外界とは隔絶した強さを持つ、戦争に用いられた生物兵器だったそうだ。恐らく人類は、これを閉じ込める為に結界を張ったんだと思われる。
それから慎重に慎重を期して……っつーのも、襲われたら終わりのヤベー魔物が徘徊する土地だからな。何十年も掛けて地表の調査を終え――調査団の興味は地下に移った。
まあ、知っての通り、イルウェトの地下にこそ魔族の首都がある。風化し、破損していた転移魔法陣を修復して地下都市へと辿り着いたのが今から二十年前。
第七次調査団はその地下で、とんでもない物をみたらしい。かく言う俺も、その次の次の調査で、同じ物を目にしたんだが……とにかく凄かった。
ともすれば帝都よりも広い地下空間に、都市が広がってんだ。天井に剥き出しの輝煌石が街を照らしていて、建物は全部熱でグズグズに溶かされたみたいになってた。一体何が起きればそうなるのか、上位の火属性魔法でもこうはならないだろう。
それで、その……俺は見つけちまった。
廃城の玉座の間で、灰に埋もれた真紅の心臓を。何処にも血管が繋がってないのに、体温があって鼓動するそれはまるで宝石のようだった。ひと目見た瞬間、「ああ、これは多分とんでもなく厄い代物だな」と思ったぜ。
それでも持ち帰る俺、やっぱ根っからの研究者気質だわ。籠もって研究するより、フィールドワークの方が好きだけどな。
と……どうでもいい話は置いといて、やっぱり持ち帰った心臓は学者の間に論争の嵐を生んだ。この頃のお前は、まだこの件に関わってこなかったから知らないだろうけど、本来心臓の研究調査は、第一研究室が受け持つ予定だったんだわ。
んで、やれ「これは魔王の心臓」だの「結界の維持をしていた術士のもの」だの、色々と憶測だけで話が進んで、俺も第一発見者なりこの心臓が何で、誰のものなのか考えた。
前提として、形状から察するに2mを超えない、俺達に程近い人型の生命体の物であることは確かである。臓器の大きさからして恐らくは女性、魔王は男だったので先程の説は一つ消えた。それからその心臓がどうして動いているか、ついでに分かった。
[解析]スキル持ちがいないから、せめて保有する魔力を可視化しようって事になって、その為の道具を用いて心臓を見た時、白く見えたんだわ。
本来その魔導具で視認出来る魔力は青色だから、どうにもおかしい。そういう話になって、もっと詳細な検査と過去の文献の洗い直しを行って――それが神の力と呼ばれる代物であることが判明した。
ウチら帝国人は特定の神を信仰しないが、それとは無関係に神は実在する。つまりこの心臓は神話級アイテムに相当する何かで、学者たちはまたまた当然大騒ぎよ。
この力を抽出することができれば、帝国は新たな力を得られる。それこそ、結界の中にいた魔物も、恐らくそこからはぐれた、帝国の宿敵と言える相手をも上回る戦力を手に入れるチャンスだった。
皇帝陛下はそんな研究者学者連中の発言に乗り気で、直ぐにその神の力についての研究が始まった。いや、始まってしまったと言うべきか。
それと同時に、ヘンリーという職員が不穏な動きを見せ始めた。
既存の物とは全く違う理論を以て、奴は成果を上げた。あの心臓が[吸血鬼]のもので、神の力――《エーテル》によって現在の状態を保っている事を実証した。誰もその発表を疑わず、正しいものだと信じ込んでいたんだわな。
だが、俺は疑った。そりゃあもう、これ以上ないってくらい疑った。
そもそもヘンリーなんて研究者は記憶にねぇし、かと言って所内の人間全員の顔と名前を覚えてる俺が知らないわけがねぇ。どうにもおかしいと思って、実家の伝手を頼って身元を探ったら――全て偽造されたものだと発覚した。
だっつーのに、周りの人間はまるで昔からの仲間のようにヘンリーを扱うもんだから……正直不気味だったぜ。
それでその頃からだな、何処にいても視線を感じるようになったのは。
ヘンリーの件で監視されてるのはすぐに分かった。奴はこの国の人間どころか、人類であるかどうかも怪しい。だがよ、それでも奴が何をしてるのかを知る必要があった。俺には貴族として、この国を守る義務がある。
誰かが何かを企んでいるのなら、危ないことになる前に突き止めるべきだと――正義感溢れた俺は思ったわけよ。
その結果、非常に優秀な俺は奴の正体と何を目的にしているかを突き止めた。正直今でも知らなきゃ良かったって思ってる。それぐらいヤベェ、悪戯で担任の椅子に自作の魔導爆弾を仕込んだ時よりヤベェ。
奴らの正体は《悪徳神トロン》を主神と崇める邪教崇拝の輩――黒教だ。正確に言うと、黒教の分派の《世界調和委員会》とか呼ばれてる連中だった。
どちらにせよ、奴らは世界的に指名手配されている危険因子。発見次第殺害を許可されているような相手で、しかもヘンリーはその幹部だ。
神代の眷属であり、黒教の最高位でもある《朽ちぬ者》なんかとは比較にはなんねぇだろうが、それでもパンピーが手を出してどうこうなる相手じゃない。この時点で俺は遠からず殺される事を悟った。多分こうして正体を探っていることもバレてるだろうしな。
で、黒教である奴らの目的は基本的に上位者、《朽ちぬ者》の降臨だ。
ジャック、お前がもし《朽ちぬ者》を知らないのなら言っておくと、奴は恐ろしき人類の天敵《悪魔》と同等――つまり個体によっては単騎で国を一つ滅ぼせる。
何故こんな詳しいかは、うちの家系の歴史にある。
スーウェン家は武勲をあげて執政官の立場を得た。それが初代スーウェン卿、英雄リュウセイと肩を並べて戦ったご先祖様のお陰でな。初代は《賢者》と呼ばれる程の博識で、だから俺の家は色々と世に伝わらない話も教えられることが多い。
んで、その中にあるんだよ。《朽ちぬ者》の生き残りとの戦いの話が。
所謂兵卒に相当するものでも、英雄級の人間が漸く倒せる。その上に位置する司祭、司教、枢機卿なんて肩書が付くともう人の手に負える相手じゃねえ。知性を持って、人間を策謀に嵌め、滅ぼす。
ただ、幸いなことに連中は太古の昔に滅んでいる。……ごく少数の生き残りは別としてだが。
奴らの生き残りは黒教を立ち上げ、人間を使って暗躍している。それと戦ったリュウセイと初代の話もあるが、今は時間がない。
長々と語って悪い、恐らくヘンリーはあの心臓に仕掛けを施す予定だ。どうやらこのままでは何か上手くいかないらしく、俺にも理解不能な技術を使って、新しい生命を人工的に作り出したいらしい。
具体的にどうやって上位者を喚び出すかは分からねぇ。俺も最後まで調査は続けるが、如何せんそろそろ身動きが取れなくなってきた。これを書いてる今も、背後に気配を感じてるんだ。
最後に一つ、言わせてもらう。
忘れるなよ!
俺はいつでもお前の味方で、例えお前が俺を忘れようとも、必ずお前の助けになる。
お前がこれを読んでるとしたら、状況は今よりかなりヤバいかもしれねえ。だがジャック、お前ならなんとかできる。お前がなんとかできなくても、何とかできる奴を見つけることができる。
この手紙を仕舞った金庫の中に、奴らへの特攻となりえる物を入れておいた。
お前が使うにしろお前以外の誰かが使うにしろ、役に立つはずだ。何せ超優秀で天才な俺の餞別だからな、絶対活用しろ。
言いたいこと終わり!
じゃあ俺は先に逝くけどよ、お前はちゃんと結婚して、長生きして、もう十分だって思えるくらい人生を楽しめ。もし、もうダメだってなったら、俺があの世から戻ってきてその尻蹴っ飛ばしてやる。だから、安心してお前は生きろ。俺の分まで、幸せになれ。
クソッタレな親友、ジャック・フォン・オズワルド。俺がここまで頑張れたのは、お前のお陰だ。
友達でいてくれて、ありがとよ。