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華麗なる大剣使い、鉄血の貴公子、剣士なのに魔法少女、などなど様々な異名を持つ中で最たるは《理論家》の二つ名で知られたAAO最強の特大剣使い。その実中身は女性で、どちらかと言えば残念な社会人であることを知る人は少ない。
そしてギルド《金星の旅人》のNo.3であり、付き合った年月で言えば最長と言える《魔法少女マジカル甘味☆きな子》さんは、私の大事なフレンドだ。
そんな彼女、もとい今は彼……なのかな? は、眼前でお茶を啜っている。見慣れたアバターの姿だが、その肉体は本物。男の体で女性のなこさんが、と考えると少々不思議な気分である。それを言ったら私もなのだろうけど、自分と他人とではまた話が違う。
「――――そっか、フゥも苦労したんだね」
現在は互いにざっくりとこれまでの経緯を話し合った後。なこさんはティーカップをソーサーに置くと、幾らか低くなった声でそう告げる。
今のなこさんは傍から見ると長身の美形男子で、ファンタジー系RPGの主人公か――そのライバルにでもいそうな風貌だ。実際、このアバターは《Arcadia》のナンバリングタイトルの、五番目に出てくる主人公を参考に作ったと、いつだったか本人が語っていた。
「んー、フゥの話聞いて分かったけど、私なんかまだ恵まれてた方だったねぇ」
「なこさんが目覚めたのって、ヘイゼル平原だっけ。あそこは変わりなかったんだ」
私がイルウェトで目覚めたように、彼女は《ヘイゼル平原》で――と、その話をする前に少し地理の事を説明しておく。
今、私となこさんがいるのは《エフィールド大陸》と呼ばれる大地だ。大きさで言うと大体オーストラリア大陸程度。そして、今までの情報から想像するに大陸の西側にイルウェトがあり、ルグリア帝国はそれに接した東側の土地にある。
その《エフィールド大陸》から南、群島を抜けると《ルースガルド大陸》が存在し、大体アフリカ大陸ほどのそれの東に旧大陸と呼ばれる《ラザ大陸》が広がっているのだ。
そして《ヘイゼル平原》は《ルースガルド大陸》の南端の街を出た先のエリアである。ゲーム的に言えば始まりの街と、最初のフィールド。レベル1のプレイヤーがなんやかんやとチュートリアルをこなし、はじめて魔物と戦う場所だ。
つまり、なこさんは運が良かった。いきなり高難易度エリアに放り込まれず、安全な場所からスタートすることができた。
異世界とも呼べる場所へ飛ばされた時点で、運の良し悪しなど無いかもしれないが……。
「とにかく、無事で良かったよ。またなこさんと会えて、ホッとした」
「ん、俺……私もフゥと会えて嬉しい」
私が安堵の表情でそう言うと、なこさんはクールを装った面持ちを少し崩す。どうにもこの世界でずっと男として生きてきたせいか、RPで定めたキャラ通りに振る舞うのが癖になっているらしい。
そう言えばフレンドやギルメンには素の顔を見せてたけど、外では"ダークヒーロー"という設定のRPを崩さなかった記憶がある。だからこそ私はリアルとは逆の性別でゲームをRPしている仲間だと思って、フレンド申請を飛ばしたんだけどね。
こうしてそれが現実になって、性別が逆転した状態で再会したのも――何かの因果かもしれない。
「ところで、その黒い靄のような人はさっきの話の――」
「あ、師匠のこと見えるんだ」
おずおず、と言った様子で背後の師匠を指すなこさん。彼女と目が合った師匠は、少し驚いた様子で赤い双眸を細めた。
「見える、というかその言い方だと、他の人には見えないの……?」
「らしいよ、まだ検証数が少なくて確証はないけど、恐らく普通の人間には見えない」
して、なこさんに見えたということは、プレイヤーなら見える可能性が浮上したということになる。ゲームでは、お化け屋敷でレイスと出会ったのはプレイヤーだけだ。この世界でもレイスを肉眼で視認出来るのがプレイヤーだけ――そう考えると辻褄が合う。
まあ、あくまで推察なので、間違っている可能性は高い。
「それで、師匠さんは……フゥについてどこまで知ってる?」
「あっ」
そう言えば師匠には私の素性とか色々話してなかったっけか……。思わず話し込んでしまったが、すっかりその事を忘れていた。
師匠はなこさんの問いに、すぐには答えず黙考する。
『……まあ、そんなところだろうとは思っておった』
「えっ!? そんなってどんな!?」
『自分の身元も分からん、どこから来たかも分からん、なのに知識だけはある。怪しさ満点であろう。それで疑われていないと思っていたのなら、鈍いにも程があるぞ貴様』
「むぅ……」
『この世界の者ではないのでは、と思ったのも一度は二度ではない。事実、異界から来た《超越者》という存在は我も知っていたからな。今、なこ殿の話を聞いて寧ろ納得が行ったわ。やはりか、と』
……なんか、それなりに隠そうとしていた私が馬鹿みたいだ。一時期は正体がバレたら師匠からの見る目が変わるのでは――なんて思ってすらいたのに。
『貴様が何を考えていたのかは知らんが、その程度で我が見放すとでも思っていたのなら心外だぞ』
「……ほんと?」
『嘘は言わん、何処の何者であろうとフラン――貴様は変わらず我の大事な愛弟子だ』
「まなっ……」
『どうした、急に顔を赤くして』
「ううう、うるさいっ!」
正面切ってそんな事を言われるの、それはそれで恥ずかしいんですけど!? 嬉しいけど、嬉しいけどさ! 私だって今更何があろうと師匠に対する尊敬とか親愛の気持ちは変わらないけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「……って、それより! なこさん、なこさんがいるってことは他のギルメンも――」
「それについてなんだが、一つ残念な知らせがある」
――――それより《超越者》と呼ばれる存在が師匠の生きていた時代からいるなら、りゅうせーさんやらいさんもこっちの世界にいてもいい筈だ。
なこさんはそんな私の言葉を遮るようにそう言い、首を横に振る。まさか、私達以外は転移してきていないのか?
「りゅうせーさんはこっちに来て、もう死んでる。桶丸さんらしき人の記録もあったけど、それもかなり昔の話だ、生きているかは分からない。他のメンツは――情報すらないよ」
「……っ」
そう思った私は、やはり頭を鈍器で殴られたような衝撃に見舞われた。いや、これも薄々分かっていたことだ。プレイヤーが転移して来たのなら、誰しも私やなこさんのように運良く生き延びられるわけではない。
それこそ地球でVRゲームなんかやってる連中は、恵まれた環境で暮らしている人間の方が圧倒的に多いだろう。幾らゲーム知識があろうと、死ねば普通はリスポーンもしない。調子に乗って死んだプレイヤーも、わけが分からずパニックになって死んだプレイヤーもいたはずだ。
現在進行系で、どうしようもないまま生きている人もいる可能性はある。誰しもが、現実を捨てて生きられはしないのだから。
「けど、らいさんもンゴちゃんもぺこ氏も他のメンツも、異世界転移くらいで死ぬようなヤワなプレイヤーじゃない。死んだって記録がないなら、どこかでひっそり生きてる可能性はある。特にオフィサーの三人はあれでかなりシビアな世界の住人だからね」
「そう……だね、うん。そうだ、皆きっと生きてる」
なこさんの言う通り、らいさんはリアル警察機動隊だし、ぺこ氏も戦場カメラマンで荒事には慣れてる。ンゴちゃんは……リアル男子高校生だけど、実家が古武術の道場を営んでいるガチ武闘派だ。
その気になれば皆、私やなこさんなんかよりも余裕で異世界を生き抜ける力を持っている。
りゅうせーさんが死んでいたのはショックだけど、彼は彼で犬死したなんてことは絶対にない。パッション系勇者の彼は、全力でこの世界を駆け抜けたのだろう。その結果の死なら、「一向に悔いはないッ!」なんて笑って言っている姿が想像できる。
私もそう生きたい、その為にやるべきことがある。
「だからなこさん、お願いしたいことがあるんだ」
「わたし、フゥの頼みならなんでも聞くよ!」
よかった、これは多分なこさんにしか頼めないことだからな。
「じゃあ取り敢えず、[転職]しよっか?」
「へ?」
まずは生粋の物理アタッカーを、魔法使いに変えることからはじめよう。